23.若狭武田、小浜の陣の前哨戦。
守護・信豊は守護代の内藤 元兼に激しく怒りを当たり散らしていた。
「何故、儂が卑怯者と呼ばれなければならん」
「先日、申し上げました通り。後瀬山城に滞在されております山県 盛信を解放した後に、改めて管領様への援軍を協議することで合意したと申しました」
「だが、まだ和議はなっておらんであろう」
「確かにそうでありますが、我ら家老が承諾した印を記した承諾印を交わしておりますれば、一方的に破棄して兵を上げるとなると、卑怯者の誹りを免れません」
「余計なことをお主らがするからだ」
武田 義統方は合意に従って傭兵を解散した。
その傭兵を取り込んだ守護・信豊が町衆や傭兵らから卑怯と言われるのも仕方なかった。
「ここの守護様はえぐいな」
「ご子息すら騙し討ちにするのか?」
「俺達は金さえ貰えれば、どっちでもいいがな」
「だが、手柄を立てても仕官する気にはならんな」
「まったくだ。背中から刺されては堪らん」
「「「ははは」」」
義統方は銭払いが良く、飯を食べさせてくれ、別れ際に握り飯を持たせてくれた。
傭兵たちもすぐに再就職できたのは嬉しいが、それが敵方でうしろめたかった。
また、契約の銭は高く気前がいいように思えるが、後払いというのも不評だった。
“なぁ、本当に払ってくれるのか?”
“息子を騙す奴だからな”
“タダ働きは嫌だぞ”
信豊に疑心が生まれ、義統に同情するのも頷ける。
傭兵らが不審を口々に漏らすのを小姓らが聞き、それを(守護)信豊の耳に入れ、大激怒を誘った。
もちろん、手付金を払いたくとも払えない理由があった。
若狭武田の台所は火の車なのだ。
小国でありながら将軍の為に戦が続き、昨年は謀反が起こっていらぬ出費がかさんだ。
収穫した米をすべて売り払って清算しても、まだ足りない。
借財を借財で返して、翌年に繰り越したのだが、ここで『義統の陳情』が起こり、さらに財政を悪くした。
小浜の商人らが銭を貸してくれないのだ。
ゆえに割高な空手形を渡すしかなかった。
この戦に勝てば、渋る商人も出さざるを得ない。
守護方は勝たねばならないのだ。
そう、勝てば問題はない。
管領晴元の弱みに付け込んで、若狭の財政を一気に解決する。
援軍の代償に管領晴元から無償で米を借り入れ、丹後を平定した後に、その丹後の収穫で、借財と管領晴元から借りた米を返して換金する。
すべての借財を清算することができる。
それが(守護)信豊の考えであった。
義理や忠義で飯は食えない。
借財を戦で清算しようという脳筋であった。
脳筋であるが、この若狭の国を本当に考えているのは俺だけだという自負があった!
そんな風に若狭を考えて行動していた。
それなのに卑怯者と罵られるのだから腹も立った。
何故、儂が!
◇◇◇
天文8年閏6月10日(1538年7月25日)暁七つ、寅の刻(午前3時)に守護・信豊軍が動き出した。
今年はずっと天候が悪く、雨も多かったので水量も多く、北川・多田川・南川の3つの川を渡河するのに手間取ったようだ。
雲が掛かって月明かりを消しており、足元が悪かったのも原因であろう。
高塚の山の麓に到着したのは、空が白くなり出した卯の刻(午前5時)に近づいていた。
ここでやっと行軍速度も上がってきた。
「菊童丸様、いかがいたしましょうか?」
「こちらから見ると、思っていた以上に道が狭く感じる。騎馬隊で奇襲をすると逃げ道を失うな!」
「では、どうされます?」
「三郎、おまえの騎馬隊は5町(500m)ほど下がった林に隠しておけ!」
「はぁ」
「こちらは本隊が通るまで待って奇襲を掛ける。追撃を掛けてきたなら、その追撃の隊に横槍を入れろ!」
「全滅させますか?」
「そのつもりだったが止めだ。無理をするな! こちらが逃げる時間を稼いだ所でガラガラ城(賀羅岳城)の麓で本隊と合流する」
「畏まりました」
高々、800人の兵である。
街道を二列で行軍すれば、10分と掛からず通過する。
先鋒をやり過ごして、山側の草村で身を隠す。
山と川に挟まれた狭い間道である。
山には鬱蒼した木々が立ち、その手前に草むらが広がる。
伏兵に最適な場所だ。
普通、警戒しないものか?
それとも奇襲する側は、自分が奇襲されると思っていないのか?
息を殺して本隊を待つ。
やっと本隊が見えてきた。
◇◇◇
馬上で(守護)信豊は行軍の遅れに顔をしかめて舌を打った。
「これでは奇襲にならん」
「まったくでございます」
夜討ち朝駆けが奇襲の『いろは』であった。
煌々とかがり火を炊き、後瀬山城にいると思わせて油断を誘い、日の出と同時に賀羅岳城を強襲する。
油断させる為に、出立を寅の刻(午前3時)まで遅らせたことが裏目に出た。
「急がせよ。日が上る前に押し掛ける」
「はぁ」
先陣を賜った粟屋 勝久が頭を下げて、前衛の部隊に戻ろうとした時、(守護)信豊が勝久を止めた。
山から吹き降ろす風にわずかな土の香りがした。
「待て! 伏兵だ」
見渡すと北川と高塚の山に挟まれた細い間道である。
「ぬかったわ! 守りを固めよ」
戦場を駆けて来た(守護)信豊の反応は早かった。
◇◇◇
ちぃ、気づかれた。
「矢を放て!」
草むらに身を隠した弓兵100人が一斉に矢を放つ。
狙いは馬上の武者達だ。
一撃必中とは行かないが、一年間も狩りで鍛えた猟人の腕は的を外さない。
ほとんどの矢が武将に目掛けて飛んでゆき、鎧など各所に当たって、針ねずみのようになっていった。
中でも俺の周りを守っている土御門家で家臣にした五人の大弓が次々と武将を討ち取ってゆく。
マジでこいつらは拾い物だ。
猟人の使う弓と違って、大弓は倍ほども大きい。
猟人が使っている普通の弓は90mほどの飛距離しかないが、大弓は三十三間堂で有名な120mを軽々と超える。
しかも五人が五人とも百発百中の腕前であった。
瞬く間に10人の武将が絶命させた。
弓隊の集中砲火で20人くらいは負傷させたと思う。
だが、そこまでだ。
馬を降りて、矢盾の中に逃げると、反撃の指示を出された。
大弓の一人は(守護)信豊と思われる武将目掛けて矢を放ったが、見事な矢切りで防がれた。
おいおい、この世界はチートが多すぎる。
「引き上げる」
押し寄せてくる敵の足軽を余所に山の獣道を抜けて裏手の道に逃げてゆく。
『追え、追え、追い詰めろ!』
少し甲高い声の若武者が足軽を引き連れて追い駆けてくる。
俺は楽ちんだ。
撤退と叫ぶと、惟助が俺を抱きかかえて走り出す。
裏手の道で馬に乗せられて先頭と切って逃げてゆく。
皆が俺を目標に逃げてくる。
一人だけ馬で逃げるのだからいい的ではあるが、ライフル銃でもないと狙撃は無理だ。
弓隊の後に敵の足軽が追いついてきたと思った瞬間、林の切れ間から三郎の朽木騎馬50騎で横槍を入れる。
ダンプカーにでも引かれたと思えるように、兵が横倒しになっていった。
突然の奇襲に総崩れだ。
敵は走り去る馬群を見送るしかなかった。
『おのれ! 尋常に勝負せよ』
馬鹿か!
数え4歳の稚児に勝って嬉しいのか?
戦う訳ないだろう。
とりあえず、出鼻を挫いておいた。




