16.陶工、阿米也の一番弟子。
近衛 尚通の使い方を悩んでいる内に、煉瓦の家を変更した張本人を連れて来て貰った。
下人頭の藤四郎に呼ばれた男はまだ若く、十五~十六歳くらいに見えた。
「蒲生佐々木庄の佐々木家の家臣、佐々木 阿米也が一子、佐々木 捨と申します」
おっと、武家の出身だったか!
衣服は一緒だが、どこか身の振る舞いが落ち着いていると思った。
なるほど、頭をお洒落っぽい手ぬぐいで隠しているのか!
そう、この時代は頭部を晒すのは恥ずかしいことなのだ。
お爺様や公家衆もちゃんと帽子を被って頭を隠している。
捨と申した男も『さかやき』(月代)を手ぬぐいで隠している。
俺も元服すると頭を剃らねばならない。
ヤダね!
将軍になったら、『さかやき』禁止令でも発布しよう。
頭部だけ禿って、虐めか!
坊主の方がマシだよ。
◇◇◇
如何、どうでもいいことを考えてしまった。
俺が黙っているので、皆が心配そうな顔をしていた。
悪いことをした。
「見事な煉瓦の家だ。そなたが考えたのか」
「はい。いいえ、菊童丸様が考えた家の設計図を元に手直しさせて頂きました」
「手直しどころか、別物であろう」
「いいえ、六軒を一つもまとめただけでございます。それで煉瓦の量を減らすことができます。また、別物に見えるのは煉瓦を少し見栄えよくさせて頂きました」
捨の父の阿米也は元々明国の者であり、朝鮮に渡ってから日本に流れ着いた。
陶芸の腕も見込まれて、蒲生佐々木庄の佐々木家の家臣に取り立てられ、娘を妻に貰って佐々木の名を貰ったそうだ。
「捨様は我らが大将だ。一番弟子で腕の良さから養子になられた」
「偶々、気に入られただけです」
「法華の僧難で都の屋敷も焼けて、阿米也様は堺に避難されましたが、捨様は我らを思って都に残られた。ありがたいことです」
「残ったのはいいのですが、結局、何もできず、皆に苦労させました。此度、菊童丸様が難民を助けていると聞き、そのお慈悲におすがりさせて頂きました」
捨は河原者の生まれだったらしい。
捨を生んですぐに亡くなった母の代わりに河原者に育てられ、3歳で阿米也に拾われて弟子入りした。
以来、河原者を世話しながら修行を続けたそうだ。
捨を慕って京に残った五人の弟弟子も皆が河原の出身らしい。
「煉瓦が生乾きでしたので、一度軽く火を通した後に釉薬を付けて焼き直してみました」
釉薬は陶器、磁器の色鮮やかな色彩を作ることができる交趾焼技法らしい。
表面がガラス質になって実に美しい。
餅は餅屋だね!
「褒美を与える。何かあるか? ただし、銭は余りないので、できることは知れているぞ。無茶は言ってくれるな」
わははははぁぁぁぁ、下人が一斉に笑った。
菊童丸の銭がないは口癖なのだ。
「では、一つ」
「うむ、言ってみよ」
「我らは煉瓦造り職人ではございません。焼物師でございます。一段落つきましたら、我らの窯を作る許可を頂けると嬉しく思います」
「許す。この朽木谷の名産を増やしてくれ。良い物ができれば、ここのお爺様の所に持ってゆけ、どこかに高値で売って下さる」
「麿が売るのか?」
「お爺様以上に高値で売れる者がいますか。元太政大臣でございましょう。将軍より偉い方なのですから」
捨一同が一斉に膝を地面に付けて平伏した。
それを見て、下人も慌てて平伏する。
将軍より偉い人など雲の上だ。
「皆者、平伏はいらん。この村にいる間は俺のお爺様だ。遠慮はいらんぞ」
「そう言って貰えるとありがたき幸せでございます」
「それでよろしいですね。お爺様」
「構わん。遠慮はいらん」
一同がホッとした顔になった。
「菊童ぉ~~~」
「どうかされましたか?」
「わらわはここに住むぞ」
はぁ?
何を言っているんですか!
◇◇◇
俺の母上らはあいさつを受けている間に弟の千歳丸(数え三歳)を連れて煉瓦の家に入っていた。
「母上、何を申しておるのですか。興聖寺の僧らが母上の到着を待っておられるのです」
「嫌じゃ、嫌じゃ、わらわはここに住むぞ」
「母上、このような温かな家は初めてじゃ」
そう聞くとお爺様も煉瓦の家に入っていった。
畑に水を撒く為に用意した水路を利用して暖炉の裏に水槽を用意してある。
暖炉に火が付くと煉瓦の向こうで水槽が温められ、ちょろちょろと注がれる水の分だけ溢れて、床下の水路を流れるようになっている。
簡易床暖房である。
この煉瓦造りの六軒が長屋のように二行三列で並ぶと、裏の暖炉の熱が水路を通って暖気が上がってくるのである。
しかも、暖気が上がり易くするように三列の家にはわずかな段差を付けてあるのです。
つまり、玄関口以外は外気が入ってこない。
「藤四郎、他の煉瓦家もこんなに温かいのか?」
「いいえ、暖炉の火が命の支えで、寒さを忍ぶ程度でございます」
「背中合わせにした為か」
「これほどの効果があるとは思いませんでした」
この煉瓦の家はまだ完成したばかりで誰が入るのか決まっていなかった。
「父上、お、温泉までありますぞ」
「これは凄い。都でもこれほど豪勢な屋敷はないぞ」
いいえ、温泉ではありません。
ただのお風呂。
しかも廃水利用です。
捨は煉瓦の家の周りに煉瓦の壁を作って軒下を作っていた。
軒下が外気を防ぐ緩衝帯となり、しかもそこで六軒分の調理が作れるように設計を変更していた。
調理場と風呂窯の熱が一番下の部屋の暖気を作るようになっていた。
これを同じ六軒家が上にもう一つある。
宿屋でも始めるか!
お爺様もここで泊まることを決めたようだ。
あぁ、もう覆らないな!
「ちょっとそこの女子」
「はい、何でございましょう」
「髪を見せてたもれ」
気が付かなかったが、割とみんな綺麗な髪をしている。
「綺麗とかではない。わらわより美しいではないかぁ!」
「言われてみれば、そんな気がする」
「説明せよ」
母上に責められる下人の女の子が可哀そうになったので、解放させて藤四郎に説明させた。
なんと!
松ぼっくりを煮て、出た煮汁を風呂上りに軽く塗っていた。
ほのかな松の香りが森林浴っぽいエッセンシャルオイルになっている。
何でも煮終わった松ぼっくりを乾燥させると虫除けになる。
そう言えば、あちらこちらに置いてあるね。
おばあちゃんの知恵袋のようなアイデアじゃないですか!
凄い!
えっ、河原者の遊女の知恵ですか!
わぁ~~~複雑だ。
今日から使うと母上が言っていますよ。
誰の知恵とか関係ないそうです。
母は強し!