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童子切異聞 <剣豪将軍 義輝伝> ~天下の剣、菊童丸でございます~  作者: 牛一/冬星明
第一章『俺は生まれながらにして将軍である』
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14.孫次郎(三好長慶)の決意。

天文7年10月19日(1538年11月10日)、(三好)政長と(波多野)稙通の連合軍は籠城する(内藤)国貞の八木城を攻撃して大きな被害を出した。


数に任せた力攻めであり、11月3日(11月24日)にも大きな被害を出していたが、流石に1ヶ月も過ぎると雪も降るようになり、八木城の城兵に疲労の色が濃くなった。


「兄上、八木城が落ちたそうですぞ」

「そうか」


孫次郎(後の三好 長慶(みよし ながよし))は報告を伝えにきた彦次郎(実休)にそう答えた。


八木城の陥落は11月10日(12月1日)であった。


(内藤)国貞は城を捨てて逃げだし、湯浅 宗貞(ゆあさ むねさだ)を頼って世木城(京都府南丹市日吉町)に入った。


「世木城か、随分と山奥になるな」

「八木城から北東に10里(40km)くらいですか」

「で、追ったか?」

「いいえ、雪も深くなりそうなので兵を引いたようです」

「ならば、参賀に兵を連れてゆくいい口実になるな」

「何のことですか?」

「正月のあいさつだ」


彦次郎(実休)は嫌そうな顔をした。

管領(細川)晴元は親の仇であり、堺公方府を見限って将軍義晴と和睦するという裏切りがなければ、父の壮絶な死はなかった。


「父上は(ぶん)を過ぎたのだ」

「また、兄上の『分』でございますか」

「そうだ、分をわきまえよ。守護代でありながら守護の如く振る舞うから恨みを買った。それがすべての原因だ」

「それと兵がどう関係するのですか?」

「晴元は用心深い。こちらが隙を見せれば、すぐに取り潰す気でいる。分家の政長殿に三好の実権をすべて渡したいらしい」

「あの裏切り者はいつか殺します」

「兵を引き連れておれば、迂闊に手も出せまい」

「ならば、わたくしが兄上のお供に………」

「おまえはここを固めて欲しい」


彦次郎(実休)は数えで13歳であり、自分に何かあった場合、彦次郎(実休)を捲き込んでは父上に合す顔がないと考えていた。


「孫七郎叔父上に残って貰う。委細を頼む」

「畏まりました」


孫七郎は三好元長の弟であり、三好 康長(みよし やすなが)と言う。

父を死に追いやった原因の『天文の錯乱』で一向一揆の勢力が暴走し、晴元でも抑えらなくなった。

その一向宗と晴元の和睦を整えた手腕の持ち主だ。

(手柄は12歳の孫次郎(長慶)に譲られている)


孫七郎(康長)が要れば、阿波は安泰であった。


孫次郎(長慶)は加世者ら2,500人を傭兵として集めて海を渡った。


 ◇◇◇


天文8年1月14日(1539年2月2日)に孫次郎(長慶)は2500人の兵と伴って、正月の参賀として細川屋敷(長岡京市勝竜寺)に赴いた。しかし、用心深い(細川)晴元は孫次郎(長慶)の兵を摂津の芥川城(あくたがわじょう)付近で留め置くように命じた。


「「「殿!」」」

「安心しろ! 参賀に赴いた者を殺したとあれば、六郎様は末代まで臆病者と罵られることになるであろう。何も起こらん」

「しかし、万が一の事を考え、少しでも兵をお連れ下さい」

「無用だ。儂は臆病者になりたくない」


それでも無理矢理で10人の家臣が連れ立った。


孫次郎(長慶)の予想通り、(細川)晴元は管領らしく迎えてくれた。


「大義である」

「昨年は八木城の攻略。誠におめでとうございます。然れど、(内藤)国貞は世木城に逃れたと聞きました。どうぞ御下知下さい。この孫次郎が直ちに出陣し、(内藤)国貞の首を持って返って見せましょう」

「よくぞ言った。だが、慌てるではない。雪解けを待って、もう一度兵を出す。孫次郎も供に出陣せよ」

「ははぁ」


孫次郎(長慶)の大言に気をよくした(細川)晴元は、尾張の織田信秀から献上された大鷹を与えてくれた。


まずは、大軍を引き連れながら警戒感を解くことに成功した。


孫次郎(長慶)はその足で京に入ると、室町幕府政所代の蜷川 親世(にながわ ちかよ)に正月のあいさつに赴いた。


もちろん、将軍義晴に『拝賀の礼』をする為だ。


しかし、孫次郎(長慶)は幕臣ではなく、三好家の当主であるが役職もない。


そんな孫次郎(長慶)が将軍義晴に拝礼できようもないのだ。


だが、『蛇の道は蛇』と言う。


蜷川親世の供として登城し、渡りで謁見するという方法があった。


孫次郎(長慶)は阿波の名産である藍染めなどを多く献上しており、また(細川)高国を滅ぼした功労者の息子として、将軍義晴の期待は高かった。


もちろん、一人で謁見した訳ではない。


兵達の間借りをしている芥川城の芥川孫四郎殿も一緒であった。


天文8年1月25日(2月13日)、孫次郎(長慶)は大鷹を貰ったお礼も兼ねて、(細川)晴元を招いた宴を催した。


その宴には幕府要人の蜷川親世らも招かれており、観世能を楽しんだと『親俊日記』に残しているくらいだ。


そこで孫次郎(長慶)は爆弾発言をしたのだ。


「ははは、今宵は楽しませて貰った。褒美を与えよう。なんなりと申してみよ」

「恐れながら、我が父の任命されておりました河内十七箇所の代官職をお返し頂けないでしょうか」

「……………………」


長い沈黙が続いた。

(細川)晴元の目に『図に乗りよって!』と言わんばかりの見下した冷たい眼光が走る。


河内十七箇所の代官職は三好政長(みよしながまさ)に預けており、(細川)晴元が信頼する家臣の一人であった。


翻って孫次郎(長慶)は幼少であったとはいえ、(細川)晴元に反抗したことがある。


どちらが大切か比べるまでもない。


「妻はまだであったな。誰かよい者も探してやろう」

「ありがたき幸せ! 然れど………」

「諄い。それ以上は申すな」

「申し訳ございません」


こうして、その日は何事もなく終わった。


 ◇◇◇


宴が終わると、孫次郎(長慶)は主だった者を集めた。


「今日の管領を見て、越前(斎藤基連(さいとうもとつら))はどう思った」

「やはり、神五郎(三好政長)を頂点に三好を組み替えるつもりと見ました」

「それだけは受け入れられんな」

「「「当然です」」」

「あの裏切りを本家は誰一人として忘れておりません」

「孫次郎様、やりますか?」

「「「お下知を!」」」

「待て、今は無理だ」


孫次郎(長慶)は再び、斎藤基連の方を見た。

(斎藤)基連は足利義材に仕えたが、堺幕府崩壊の折りに孫次郎(長慶)の父に助けられて生き延びる事ができた。

その恩を感じて、孫次郎(長慶)に仕えるようになった右筆であった。


右筆いうのは文章の代筆や公文書や記録の作成などを行う事務官僚の事だが、同時に秘書を兼ねていた。


将軍家の秘書に才なき者がなれる訳もない。


孫次郎(長慶)の知恵袋である。


「選択は二つあります」

「おい、下らないことを言うんじゃねいぞ」

「神五郎(三好政長)に仕えるとか言えば、ここで叩き斬るぞ」

「承知しております」


生き延びるということを考えるなら、三好政長に頭を下げてへりくだるのが一番安全かもしれない。

ただ、(細川)晴元にいい様に使われ、常に危険な先陣を押し付けられるのは見えていた。


家臣団の不満を考えると下策であった。


「まず、上策は謀略を持って叛乱を起こさせ、殿の武威を高めてゆく事です。幸い、(細川)晴元に不満を持っている方は多い。ちょっとした噂で蜂起させることは簡単です。敵がいる間は殿に目が向くことはございません」

「叛乱を討伐するのは吝かではないが謀略は好かん」

「では、中策しかございませんな!」


実に簡単な策である。

正当な手続きで、河内十七箇所の代官職の返還を願うというものだ。


「幕府が動くのか?」

「いいえ、動きません。ですが、将軍に上訴すれば、異なります」

「どういうことだ?」

「簡単です。将軍義晴は(細川)晴元の弱体化を望んでおります。幕府に訴えて、それが認められれば、殿と神五郎(三好政長)は互いに引けなくなり、衝突するしかなくなります」

「内部分裂を望んでいるということか!」

「はい。ですが、直接戦ってはこちらが不利です。石山本願寺法主の証如に後ろ盾になって頂きましょう。その親書を持って上洛し、幕府として管領殿に命令して頂くのです」

「面白い。本願寺と幕府を捲き込んで対抗する訳だな!」

「本願寺が後ろにいるとなれば、管領殿も迂闊に戦えません。京に攻め上れば、六角や武田を呼んで対抗せざる得ません」

「右京進、雅楽助を証如に走らせろ! 儂が相談したいことがあると伝えよ」

「はぁ」

「伊賀守殿、幕府要人の伊勢 貞孝(いせ さだたか)殿に河内十七箇所の代官職の返還を願いに行って頂きたい」

「承知!」

「孫四郎殿、手紙をすぐに書きまする。上訴と共に蜷川親世様に届けて頂きたい」

「忙しくなるな!」

「堂々と河内十七箇所の代官職の返還を求めるぞ」

「「「「「「おおぅ~!」」」」」」


孫次郎(長慶)は管領(細川)晴元と対決することを望んだ。


どこまでも平和的な話し合いによる手法であった。


恫喝が平和的かは疑問だけどね!


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