第七話 砂かけ婆
昔々。
奈良県の山奥の神社で、近くの竹やぶを通りがかった人が、何者かに砂を掛けられるという事件が起こっており、いつしか妖怪“砂かけ婆”の仕業であるとされた。
ある日、巡という若者が、この神社を訪れた。
怪我を負い、床に伏している母親が早く良くなるようにと、お参りに来たのである。
その道中の事。
人気のない参道を歩いていると、巡は一人の女と出会った。
「あらあら。こんな場所に人が来るなんて、久し振りですねぇ」
しっとりとした雰囲気の和服美人のその女は、美砂と名乗った。
聞けば、神社を管理する務めに就いているという。
巡の身の上話を聞くと、美砂は大層気の毒がった。
「それは難儀な事です。ご同情申し上げますわ」
「有り難うございます。ここに祀られた神様『樹御前』は、霊験あらたかで、病や怪我を負った者を癒して下さると聞き、こうしてお参りに来たのです」
「そうでしたか。では、私が神社までご案内いたしましょう」
美砂の申し出を有り難く受けると、巡は神社を目指した。
すると、古びた鳥居が見えてきた。
「あれが、第一の鳥居です」
「え?」
「この先に、あと十一の鳥居があります。全部で十二ですね、はい」
「は、はあ」
にこやかにそう告げる美砂に、巡は戸惑ったように聞いた。
「何故、そんなに鳥居があるんですか?」
「それは、あたいが教えてやろう!」
不意に。
鳥居の影から、一人の女が姿を現した。
褐色の肌に黄金の髪をなびかせた、大柄な女である。
「あたいの名前は“牛鬼”の篝!この第一の鳥居を守護する黄金妖闘士!」
巡の目が点になる。
「…ええと…何やってるの、篝?」
「見て分かんねぇか?門番だよ、門番」
「門番って…(汗)」
唖然となる巡に、篝がニッと笑った。
「この古多万神社には、十二の鳥居があって、それぞれに門番として「黄金妖闘士」と呼ばれる守護者がいるのさ」
「どこかの聖域みたいだね…って、何でそんなに門番が要るのさ!?」
「それは勿論、その方が面白…いえ、苦難に負けない程の強い意思を持った人の願いこそが、叶えられるべきだからです」
美砂の説明に、巡が頭を抱える。
「な、何か本編でも似た展開があったような…」
「という訳で、早速勝負だ!あたいに勝ったら、ここを通してやる!」
「勝負っていっても…僕と篝とじゃ全然勝負にならないよ!?」
「それも問題ありません」
そう言うと、美砂は穴の開いた箱を取り出した。
「勝負方法は、人間と妖怪が公平に行える内容を、くじ引きで決める方式ですので」
それに、今度は篝が目を剥いた。
「はぁっ!?そんなの聞いてねぇぞ!?素手喧嘩じゃないのかよ!?」
「はい。何せ、お参りに来るのは、ほぼ人間の皆さんですから」
すると、篝は苦虫を噛み潰した顔で、
「えーい、クソ!久し振りに大暴れできると思ったのに!仕方ねぇ!何でも来い!」
「はい、ではくじを引いてください、十乃さん」
「は、はい…な、何でこんな事に」
ボヤキながら、くじを引く巡。
くじには、
「トランプ札でピラミッド作成」
と書かれていた。
それを見た篝の顔が、派手に引き攣る。
数分後。
「勝負あり。十乃さんの勝ちです」
「やった…!」
喜ぶ巡の隣りで、一段も完成できなかった篝が崩れ落ちている。
「ムリ…どだいムリなのさ、あたいにゃ…タマゴだって割るときに粉砕しちまう程だし…」
「なかなかやりますね、十乃さん」
瀕死の篝を横目に、にこやかに巡へそう告げる美砂。
「でも、篝さんは黄金妖闘士の中でも一番の小物。次はそうはいきませんよ?」
「いや、その台詞は本人の前で言わない方が…」
倒れ伏したまま、しくしく泣きだす篝を心配そうに見る巡の背を押し、美砂は虫も殺さないような微笑みで告げた。
「さ、次へ参りましょう。期待しております、十乃さん」
それから、巡と黄金妖闘士達との激戦が続いた。
「え、えーと、王手!」
「ぬあ!?や、やるでござるな、十乃殿…!」
それはまさに、血で血を洗う激戦の連続だった。
ピンポーン!
「はい、十乃さんのが早かった!」
「か、鴨南蛮?」
ピンポンピンポン!
「盛者必衰…か、完全敗北…!」
しかし、巡は諦めなかった。
「カバディ、カバディ…」
「こ、こいつ、意外と隙が無いジャン!」
「ダーリン、負けるなじゃん!」
数々の激戦を潜り抜け、巡は遂に教皇の間…ではなく、最後の鳥居へ辿り着いたのである。
「うふふふ、ここまで辿り着くとはお見事です、十乃さん」
「ハァハァ…あ、有り難うございます」
「さて、ではこれが最後の勝負になります。心の準備はよろしいですか?」
「こ、ここまで来たら、もう何でも…あれ?でも、最後の黄金妖闘士がいませんけど…?」
「いいえ、おりますよ」
そう言いながら、美砂はすっと自分の胸に手を当てる。
「最後の黄金妖闘士は…何を隠そうこの私です…!」
勿体ぶった口調でそう告白する美砂に、巡は驚きもせずに言った。
「あ、やっぱりそうなんですね」
あっさりそう言う巡に、笑顔のまま固まる美砂。
「…気付いてたんですか?」
「はい」
「ええと…いつから?」
「篝との勝負の後、貴女が『お参りに来るのは、ほぼ人間の皆さんですから』と仰っていたので」
「…」
「自分が人間なら『人間の皆さん』とは言わないですよね?つまり、貴女も妖怪なんでしょ?」
「…」
「あと、貴女の性分なら、きっとこういうどんでん返し的な演出をやりそうかな、と思いました」
美砂はそっと、袖口で目元を覆った。
「これが本当の『後足で砂をかける』…時々勘が鋭くなる十乃さんは嫌いです」
「上手くまとめないでください…!」
その後。
全クリの景品として「河童の軟膏」を美砂から分けてもらった巡は、それを使って、無事に母親の怪我を治すことができたそうな。
“砂かけ婆”に関係ない話で、あなおそろしきことなり。