第二話 鬼女
昔々。
まだ、人の世の闇が現代より濃かった頃の話。
奥羽は阿武隈川の周辺に「安達ケ原」の呼ばれる原野があり、そこには恐ろしい鬼婆が住んでいると噂されていた。
恐ろしいことに鬼婆は、通りがかった旅人を襲っては食い殺しているとされ、誰も安達ケ原には寄り付かなくなった。
そこへ、何も知らぬ旅の若者が訪れた。
若者…巡は、安達ケ原を通りがかった頃、運悪く日が暮れてしまい、途方に暮れていた。
「はぁ…参ったな。こりゃあ、野宿しかないか…」
そう諦めかけていた時、
「もし、旅のお方。何かお困りで?」
不意に声を掛けられ、巡が驚いて振り向くと、そこには何とも美しい女が一人、立っていた。
「はい。実はかくかくしかじか、うんぬんそうそう…でございまして」
このような場所に女一人で…と、不思議に思いつつ巡が説明すると、女は気の毒そうに、
「まあ、それはお困りでしょう。よろしければ、私の家にいらっしゃいませんか?」
「それは有り難い。ぜひお願いいたします」
こうして、女に連れられ、巡は一件の家へと案内された。
女は巡をよくもてなし、巡も大いに喜ぶが、旅路の疲れもあり、早々に床へ就いた。
その夜。
シャーコ…
シャーコ…
シャーコ…
夜も更けた頃、何かが擦れる音を耳にし、目を覚ます巡。
ふと見ると、隣の部屋から、明かりが漏れている。
さては、あの女が夜なべ仕事でもしているのだろう。
身体も休まった巡は、ささやかでも手伝ってやろうと、隣の部屋を覗いて戦慄した。
「な…!?」
そこには…
「1569!1570!1571!1572!」
何と、トレーニングウェア姿の女が、チェストブレスに励む姿が…!
ガタン
「むっ!?」
驚きのあまり、物音を立ててしまった巡に、気付く女。
ゆっくりと襖が開かれると、そこには角を生やし、瞳を金色に光らせた女の姿が!
腰を抜かした巡に、女は顔を赤らめ、胸を隠した。
「見たな?」
「え?は?いや…僕は何も…!」
女がワナワナと震え出す。
「嘘を吐くな。年齢のせいで、最近少し弛んできた私の胸を見て、せせ笑っていいただろう?」
巡の目が点になる。
ちなみに、女の胸は十分なボリュームと張りを誇っていた。
「そ、そそそそんなこと、思ってないですよ!?」
「…本当か?」
「本当!本当です!」
「よし、ならば誠意を見せてもらおう」
「は?せ、誠意…ですか?」
女は巡の前に一枚の紙を差し出した。
紙には「婚姻届」と記されている。
巡の全身から、汗が噴き出す。
「あ、あの、主任、これって…」
「黙れ、主任ではない。私は鬼女“岩手”だ。お前には私の良人となってもらう。拒否は許さん」
「そんないきなり!?」
「ふふ…これで私も専業主婦だ。さて、では早速だが、初夜と洒落込もう」
「はいぃぃぃぃぃ!?」
「今まで連れ込んだ奴は皆逃げ出してしまったが、お前は絶対に逃がさん。安心しろ、なるべく優しくしてやる。それとも痛い方が好みか?私はそっちが好みだ」
巡の襟首を掴み、奥の寝室へと引きずっていく鬼女。
巡は絶叫した。
「うわぁぁぁぁッ!?」
その後、安達ケ原で旅人がいなくなることは無くなった。
代わりに、仲睦まじい夫婦(夫の方はやつれていたが)の姿が目撃されるようになったそうな。
あなおそろしきことなり。