第一話 朧車
昔々。
都にあった「賀茂」という場所の大通りを、謎の音を立てて通るものがいたそうな。
それを聞いた、勇気ある若者…巡は、その正体を確かめるべく、夜の賀茂へと赴いた。
「噂ではそろそろらしいけど…ん?何か聞こえる?」
ギャリギャリギャリ…!!
ガラガラガラガラ…!!
巡が音の方へ目を向けると、何と大通りの角を鮮やかなターンで切り返し、一台の牛車が爆走してきたではないか。
しかも、車を引く牛の姿は無く、車全体から青白い陽炎のような光が立ち昇っている。
目を剥く巡の前で、牛車は土煙を上げて停車した。
「何だ、お前」
停車した車の御簾が上がり、中から赤毛の威勢のよさそうな女子が顔を覗かせる。
硬直していた巡は、おずおずと名乗り、ここに来た理由を告げた。
すると、
「あたしは輪ってんだ。宜しくな」
男勝りな中に、健康的な美しさを滲ませ、輪が笑う。
「は、はあ…宜しくお願いします」
「ところでお前、ヒマか?ヒマだよな?ヒマに決まってるだろ?」
「え、いや、僕はもう帰ろうかと…」
そう断ろうとした巡の腕をとる輪。
女性に免疫のない巡は、ついどぎまぎしてしまった。
「よし。じゃあ、あたしと付き合え」
「は?え?つ、付き合うって…」
「ちょうど、一人でドライブするのも飽きてたんだ。お前、一緒に来いよ」
「ど、どらいぶ…って、わあっ!?」
強引に牛車に連れ込まれる巡。
輪はウキウキした顔で、
「いよーし!全速全開でいくからな!しっかり掴まってろよ!」
ギャギャギャ…!
車輪が物凄い音を立てると、牛車全体が燃え上がったように蒼い陽炎に包まれる。
「いくぜ【千輪走破】!ぃいやっほー!!!!」
「うわあぁぁぁぁぁ…!!!」
次の瞬間、牛車はロケットのような勢いで発車し、巡の悲鳴を残して走り去って行った。
のちにこれは「妖怪“朧車”」として語られ、恐れられたという。
ちなみに、これ以降、賀茂の大通りを、放心した若者に幸せそうにすがりつつ、空の牛車を走らせる女の姿が度々目撃されたそうな。
あなおそろしきことなり。