獣人たち
夕方になると街にいる獣人たちの数がかなり増えてきた。そのほとんど酒場で酒を飲んで、宿屋に泊まることを目的とした者たちである。
これは、この日本人街がある国の法律が関係している。この街がある大陸東部を治めている王国では、日没後の都市や町に獣人がいることを認めていない。一応この日本人街も王国にある宿場町という扱いになっているが、国の政治には中立かつ不干渉ということで独立を維持しているのだ。
そんなこともあって、この一帯にいる獣人がこの街に集中して宿泊するためかなり混雑するのだ。そして、これは仕方のないことなのだが、大勢が一か所に集まれば問題が起きる。
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「朝風さん。ケンカ」
「マジか。すぐに行く」
斜め向かいの酒場の店員が駆け込んできたため、俺はすぐに用意をしてワーオンとキャッドとともに臨場した。警部補は本部、フォッグスは留守番である。
酒場の中に入ると食卓や腰掛が倒れていて、真ん中に人だかりができていた。
ピッ!ピッ!ピピー!
俺は十手を抜いて、笛を吹きながら人ごみをかき分けていく。どうやら獣人の男二人による喧嘩のようだが、面倒なことに二人とも酒が入っているようだ。今は野次馬が作った輪の中にある腰掛や食卓を蹴飛ばして場を作っているが、いつ戦い始めてもおかしくはない。
だが、こんなことが日常茶飯事なのがこの街だ。
「うぎゃ!」
「がっ!」
男たちは向き合うと同時に床に押さえつけられた。ワーオンとキャッドが背後から組み伏せたのだ。
「離せこの野郎」
「ぶちのめすぞゴラっ!」
男たちは暴れるが、腕をさらに捻るか首根っこを鷲掴みにして押し付ければ抵抗もしなくなる。結局この二人は本部に引き渡し、朝になって酒が抜けたら釈放されるらしい。
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このようにこの街で起こる事件のほとんどは獣人によるものだ。しかし、これは彼らの倫理観が低いとか、道徳が乱れているといったわけではない。王国の決まりでここに獣人たちが多く集まるというのと、夜に安全に酒が飲める場所ということもあって羽目を外す者が多いだけなのだ。
王国の法律で野宿しか出来ない獣人にとって、いつ獣や魔獣に襲われるかわからない状況で酒を飲むなんてことができるわけがない。そんな彼らにとって酒を浴びるほど飲むというのは一大行事であり、この街で初めて酒を飲んだというのもよくあることなのだ。そういった事情を我々日本人も分かっているので、被害者が日本人でなければっ釈放ということがほとんどだ。
だが、ここで問題となるのが彼らの取り押さえ方だ。ただの人間である俺たち日本人には暴れている獣人たちを捕まえるなどできるわけがない。獣人たちは身体能力に優れその戦闘能力も高く、普通の人間ではどうすることもできないのだ。
しかし、そこで出てくるのがワーオンやキャッド、フォッグスといった警察官として雇われている獣人たちだ。俺はどのような経緯で採用されたのかは知らないが、犯人を捕まえる彼ら獣人たちは日本人全体から厚い信頼を得ている。そのため、俺のような日本人警察官がやることといえば現場の支持や監督、報告書の作成といったことぐらいだ。
「ただいま戻りました」
「おお、どうだった」
「みんな酒飲んでますよ」
交番に戻ると、警部補とフォッグス待っていた。あと三十分ほど、午後六時ぐらいには店も一度閉めて、客に持ち帰り用だけの酒を売るようになる。あとは宿屋や店以外のところで飲んでくれということだ。ちょうどその時間に俺の勤務も終わるのでなにも起こらないことを祈るばかりだ。
一方、帰ったばかりのワーオンとキャッドはフォッグスと一緒に筋トレをしていた。職業柄筋肉を使うというのと、常に体を温めておきたいというがあるのだろいうが、本当によく体を鍛える三人だ。
そして午後六時。あの後何事も起こることなく、俺の業務時間は終了した。