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第8話 主従と、悪意

 ペンキを塗りたくったような、黒い空。

 そして、黒の中に唯一加えられた彩り。それは、深紅の月だ。


 ――特異点。侵略者インベイダー適格者ナインライブスが繰り広げる、生存競争の戦場である。


 その舞台となったのは、よりにもよって住宅街だった。

 時刻は二十時……仕事を終えた人々や、部活動を終えた中高生が帰路につく時間である。夕飯の支度を終えて食卓を囲む家族も居れば、授乳を終えて寝付いた赤子を微笑まし気に見つめる夫婦もいる。

 そんな平穏な日常に突如発生した、二つの世界の狭間。


 ……


 街の至る所に設置された発信機の信号が途絶え、特異点の発生が観測された。それに対するナインライブス日本支部の動きは、迅速かつ的確だった。

 即座に連絡が入り、車やオートバイを用いて適格者達が派遣された。

 礼名色羽もまた、その一人だった。

 彼女は現在、援護要員として特異点が発生した住宅街までやって来た。ナインライブスの職員が、家の近くまで車で迎えにやって来たのだ。


「礼名さん、お疲れ様です」

 顔見知りの職員が、色羽に挨拶を向ける。

「お疲れ様です! あの、今の状況は……?」

 戦闘への恐怖はいつの間にか薄れており、今の彼女は侵略者インベイダー殲滅と人命救助に意識が固定されていた。

「五名の適格者が、既に突入を開始しました。礼名さんは彼等のバックアップをお願いしたいのです」

「了解です!」

 返事をして、用意されている黒色のバンに向かう色羽。そのバンは適格者専用の、武器庫である。


 ……


 訓練でも使用する、黒いタンクトップとロングパンツ。その上にジャケットを羽織り、更に防弾ベストを着用していく。四つあるホルスターに収められた、四丁の拳銃。そしてベルトに装備されているのは、替えのマガジンだ。

 一月振りの……そして、二度目の戦場。

 ――私は私にできる事をして……大切な人達を守るんだ。

 イヤホン型のトランシーバーを装着して、色羽はバンの外へ出る。


「お、礼名ちゃん」

「お前か……ふむ、随分と鍛えて来たようだな」

 色羽とは別のバンから現れたのは、北斗と冬弥だ。彼等もつい先程、ここに到着したらしい。

「お久し振りです!」

「あぁ、元気そうで何よりだな」

「ふん……準備は良いんだな?」

 朗らかに笑う北斗に対し、ひたすらに戦意を剥き出しにする冬弥。実に対照的な二人だった。

「はい! よろしくお願いします!」

 はっきりと戦線に加わる意思を見せた色羽に、二人は頷いて特異点の発生している方を見る。

「行くぞ」

 走り出す冬弥に、北斗……そして色羽が続いた。


************************************************************


 侵略者インベイダー達の数は、二十数体。その内、五体程が銃を所持していた。

「報告にあった通りか……まさか、侵略者インベイダー達が銃器を扱うなんて」

 そう独りちたのは、きっちりと切り揃えられた黒髪を持つ少年。名を、三枝さえぐさ大地だいちという。

 Vz61というサブマシンガンを手に、侵略者インベイダー達の攻撃を避けるべく物陰に隠れた所だった。先程まで彼が立っていた場所に、銃弾が殺到する。


「だが、やはり銃に使われていますね。あのように撃ち尽くして、弾切れを起こす事を理解していません」

 鈴を転がすような女性の声が、辛辣な評価を下す。初音はつね水姫みずきである。

 初音高等学校の生徒会長と、副会長。そんな二人が銃火器を手にして殺し合いをしているとは、同じ高校の生徒の大多数が想像も出来ないであろう。


 水姫が手にしているのはM14……アメリカ海軍でも正式採用されている、バトルライフルだ。

 マガジンを交換しようとする侵略者インベイダーの一体に向けて、銃口を向ける水姫。その視線は鋭く、決して逃がさないという意思を感じさせる。

「恨みはありませんが」

 短い言葉を発した後に、迷いなく引き金を引く。吐き出された銃弾が、侵略者インベイダーの頭部に命中した。

「ごめんなさいね……我々も、生き残りたいんですよ」

 そう告げると、水姫は即座にその場から駆け出した。それに、大地が付き従う。


 彼等の戦法は、日頃からこれである。大地が隙を誘い、隙を見せた相手を水姫が撃ち抜く。そして一度距離を取って、次の機会を狙うのだ。

「大丈夫ですか、お嬢様」

「お嬢様はやめて下さい、大地。あなたは生徒会長でしょう?」

「生徒会長は、学校での役職に過ぎません。私は今も昔も、貴女の付き人ですから」


 二人の関係性は、学校では……初音家以外では、公にされていない。

 三枝大地は、初音家に引き取られた孤児だ。その恩を返すべく、彼は同じ年の水姫の付き人となった。

「はぁ、これだけ距離を取れば十分かしら」

「問題ないかと、お嬢様」

 決して態度を崩さない大地に、水姫は溜息を吐いた。

「金指さん、今のあなたを見たら驚くんじゃないかしら」

「お、お嬢様!?」

 水姫と大地の間に、恋愛感情はない。代わりに、大地は双葉に恋慕しているのだが。


 しかし、水姫も人の事は言えないのだった。それを指摘するように、大地が反論する。

「お嬢様こそ、天野さんの前では……」

「大地?」

 水姫の威圧するような低い声で、大地はすぐに大人しくなった。水姫お嬢様は、付き人の無礼に対して甘い顔はしないのだ。


 そんな二人の耳に、銃声が届いた。すぐに浮ついた思考から、戦闘に思考を切り替える。

 音……銃声の発生した方へ、警戒しつつ視線を向ける。すると、そこには三人の適格者の姿があった。

「くそっ、住宅地じゃあ俺の異能が使えねぇ!!」

「ふん、異能頼りで戦うからだ!!」

 前を走るのは、二人の男性。北斗と冬弥だ。

「あのっ! 剣崎さんの貫通も危険ですからね!?」

「ぬぅっ!?」

「はははは!! 言われてやんの!!」

「喧嘩を売っているのか、お前!!」

「止めて下さい!! 今はそんな場合じゃありませんから!!」

 戦闘中とは思えない、そんな会話。

 気負いのない様子に、水姫と大地は目を見開いた。


「大地。天野さんと剣崎冬弥さんは解ります。あの女の子は?」

「確か、先月にナインライブスに加入した方ですね。礼名色羽さん……うちの学校の一年生です」

 その言葉に、水姫が目を見開いた。

「あら、例の新人さん? 確か……あの五人が保護した直後に、彼等を手助けしたという?」

「はい、その方です」

「そう! まぁ、あんなに可愛らしい子だったのね」

 微笑みを零す水姫に、大地が呆気に取られる。


 大地は内心で、水姫が色羽に嫉妬するのではないかと思ったのだ。何せ、北斗とあれだけ仲が良さ気に会話している。

 しかし、水姫は曇りのない笑顔を浮かべていた。


「あらいけない。あのまま行ったら、先程の侵略者インベイダーに遭遇してしまうんじゃないかしら」

 色羽達三人が向かう先は、水姫が先程狙撃したポイントから現在地の間の通りだ。怒り狂った侵略者インベイダー達が、武器を手に駆け寄って来ていたはずだ。

「……その可能性は有り得ます」

 大地の返答に、水姫が頷く。

「行きましょう、大地。合流するの」

「はい、お嬢様」


************************************************************


 一方、手にした銃火器で苛烈な銃撃を放つ姿があった。

「オラオラオラオラオラ!! 蜂の巣だァッ!!」

「ヒャハハハッ!! 死ねやバケモノ共ッ!!」

 サブマシンガンで侵略者インベイダー達を殺していく姿は、まるで狂気に染まった様に見える。

 付近に居た侵略者インベイダーを掃討した彼等は、視線を周囲に巡らせる。

「さぁて、お楽しみはこれからだ……」

 歪んだ笑みが、口元に浮かぶ。その表情は、愉悦に歪んでいた。


「あーあ、クソつまんねー! なぁ! 先月の特異点、初音高で発生したって!?」

 苛立たし気にぼやく男……名を、福田ふくださとるという。髪を金髪に染め、耳にはいくつものピアスを付けている。目は垂れ気味ながら、それでも悪そうな印象を与える。

「チッ……気付いた時にはもう、特異点は消えてたんだったなァ」

 その隣を歩くのは、飯島いいじま拓哉たくや。黒い髪を長く伸ばし、オールバックにした男だ。だらしなく伸ばされた髭に加えて、鋭い目付きが近寄り難い雰囲気を纏っていた。


「銀さん、どっから行きますゥ?」

 飯島の声に、後ろを歩く男は咥えていた煙草を摘まんだ。煙を吐き出し、一気に吐き出す。短い髪を銀色に染めた男は、気怠そうに空を見上げた。

 彼の名前は、江崎えざき銀二ぎんじ。福田や飯島の中学時代の先輩で、隣町の不良の中では有名な男だ。

「金はこの前、たんまり確保したからな……今日は、女の気分だ」

 江崎の発言に、福田と飯島の顔に歪んだ笑みが浮かぶ。

「いいっすね!」

「それじゃあ、行っちまいますかァ」

 愉悦に歪んだ笑みを浮かべながら、三人は歩き出す。


 ……


 適格者の中には、問題を起こす者も存在する。

 ナインライブスに所属し、侵略者インベイダーとの生存競争の為に異能を使う者。

 ナインライブスに所属せず、異能を使って悪事を働く者。

 そしてナインライブスに所属していながら、適格者以外は特異点内を把握できないのを良い事に悪事を働く者。


 江崎や福田、飯島達はそれだ。

 ナインライブスに所属しているのは、銃火器を手にする事が出来るからである。無論、特異点以外ではそれらを使用は出来ない。

 しかし特異点の中であれば、盗難や器物破損……強姦や殺人ですら、侵略者インベイダーの所業と言い張ってしまえる。実際に、侵略者インベイダーによる強姦は過去に事例があった。

 被害者や目撃者の口を封じてしまえば、彼等の犯罪は闇に葬る事が可能なのだ。


 無論、ナインライブスもそれを疑ってはいる。適格者の中に、罪を犯す者が現れる事は想定しているのだ。

 故に、戦力として数えられる……尚且つ、悪事に手を染めないであろう適格者には、そういった適格者の情報を与えられている。

 今回の場合、初音水姫・三枝大地が該当する。また、天野北斗と剣崎冬弥もである。


 ――しかし、まだ訓練を始めて間もない彼女……礼名色羽には、それらの情報は伝えられていなかった。


 ……


 色羽を含めた三人の適格者が、侵略者インベイダーを撃破すべく住宅地を駆け抜ける。

「……止まれ!」

 侵略者インベイダーと遭遇しないまま走る事、五分程……冬弥が二人を制止した。その視線の先には、怒り猛った侵略者インベイダーの姿があった。

「やるぞ」

 短い一言で、二人に指示を出す。それを受けた色羽はハンドガンを手にし、侵略者インベイダーの動向に気を配る。北斗もまた、アサルトライフルを構えて戦端が開かれる瞬間に備えた。


 先制攻撃は、冬弥のアサルトライフル。愛用のGr G3だった。貫通の異能を発動させ、同時に三体の侵略者インベイダーを撃ち抜く。

「グオアァッ!?」

「ギャアァッ!!」

 ダメージを負った侵略者インベイダーが叫び声を上げると、その周囲に居た侵略者インベイダー達が色羽達に視線を向けた。


「ググアアッ!!」

 怒り心頭の侵略者インベイダー達が、得物を手に駆け出して来る。その手にしたのは、鈍器や刃物……原始的な武器だった。

 また今回遭遇した侵略者インベイダーは、先日の初音高等学校で交戦した侵略者インベイダー達とは異なる姿をしていた。


 初音高等学校に出没した侵略者は、甲殻類を思わせるゴツゴツとした肌に、肥大化した太腿に、細い脛廻りの脚。そして山羊の頭部を持つ異形だった。

 しかし、今回の侵略者インベイダーはその姿が全く異なる。

 頭部の外見は、馬としか言いようがない。まるで馬面のマスクを頭からスッポリ被ったような姿だ。そして、その額には一本の捻じれた角。言ってみれば、ユニコーンの頭部だ。

 更にその両手は鱗が生えており、指先には鋭い爪。腰回りのみを布で隠した胴体は、筋肉質な男性の物だが……肌は浅黒い。そして脚は黒い獣の毛で覆われており、その脚線は獰猛な獣の脚に思えた。


「……毎度思うんだが、侵略者インベイダーってキメラっぽい感じだよな」

 色羽は戦闘に集中するべく口を閉ざしているが、北斗の言葉に内心で同意する。初音高等学校で遭遇した侵略者インベイダーも、キメラとでも言うべき姿形であった。

「怪物に変わりはないな。相手がこんな怪物ならば、生存競争で命を奪うのにも……躊躇いが要らないっ!!」

 再び引かれる、アサルトライフルの引き金。最前線を走る侵略者インベイダーが撃ち抜かれ……更にその身を貫通した弾丸が、その背後の侵略者インベイダーを貫く。

「住宅街じゃなければなぁ……仕方ない、普通に撃ちますかね」

 ぼやきながら、北斗が銃撃を開始する。言葉の通り、爆発の異能を封印しての攻撃だ。しかし異能を封印して尚、北斗の弾丸は侵略者インベイダーの命を容易く刈り取っていく。


 ――相手は怪物。それなら、戦う事に躊躇いはない。


 自分の心にそう言い聞かせ、色羽もまた銃を構える。数歩下がった位置で、北斗と冬弥の援護をする為に。


 ――視えた。


 銃の射線から離れ、鈍器を振り上げる一体の侵略者インベイダー。その弱点……心臓に銃口を向け、引き金を引く。

「ガァ……ッ!?」

 命中した銃弾により、一撃で侵略者インベイダーが絶命した。そのまま倒れる侵略者インベイダーには目もくれず、色羽は次の標的ターゲットを見極める。


 ……


「……一カ月で、あれ程の腕とは」

「ええ、彼女の異能かしら? でも良いわ、あれは仲間を守る為の立ち回りです。心強い仲間が増えた事を、喜びましょう」

 援護に入ろうと、駆けて来た水姫と大地。しかし手を出す暇もなく、侵略者インベイダーは次々と地面に倒れ伏していく。


「剣崎さんの貫通……天野さんの爆裂は存じております。ですが、彼女のあれは……」

 ただの銃弾で、次々と侵略者インベイダーを撃ち抜く色羽。その特筆すべき点は、正確な射撃……そして、撃たれた侵略者インベイダーがあっさりと死ぬ事だ。

 銃で撃たれても、即死するとは限らない。致命傷でも、全く動けなくなるとは限らない。だが色羽に撃たれた侵略者インベイダーは、あっさりとその命を散らせていく。

「どんな異能なのでしょう。聞いたら教えてくれるかしら?」

「友好的な人物であれば。さて、友好関係を結ぶために……手伝いましょう」

「えぇ、そうですね」

 銃を構え、二人は色羽達に向けて疾走する。


 背後から迫る、人の気配。そして聞こえて来る足音に、色羽は振り返った。その眼は鋭く、予備のハンドガンを抜けるように構えている。

 油断が無い……それもまた、共に戦う上では好印象だ。

「ナインライブスの三枝だ! 援護する!」

「同じく初音です! 戦線に参加致します!」

 声だけで二人の存在を確かめた北斗と冬弥が、ハンドサインで指示を出す。内容は“援護を受け入れる”だ。

 色羽もすぐに頭を切り替え、侵略者インベイダーを警戒しつつ二人の為に動線を開ける。


 水姫は色羽より少し下がった場所で止まり、ライフルを構える。

(あの女性……副会長は、狙撃?)

 そのまま走って、色羽の脇を通り過ぎる大地の得物に目を向ける。サブマシンガンを持った大地は、前衛だ。

(なら、私は副会長の護衛……だよね!!)

 教官達の教育により、色羽は瞬時に最適なフォーメーションを頭の中で組み立てた。

「初音先輩、私が護衛します!!」

「ありがとうございます、礼名さん。頼らせて頂きますね」


 適した陣形をすぐに見出した色羽に、大地と水姫……そして北斗と冬弥も、感心した。

(しっかり鍛えて来たか。それでこそ、俺の隣に立つに相応しい)

 冬弥は、相変わらずの上から目線……しかし、心の中で純粋に色羽を称賛する。

(ははっ、頼れる仲間が居るってのはありがたいね!!)

 北斗もまた、口に出さずとも色羽を評価した。


「早々に片を付けよう」

 サブマシンガンの引き金を引き、侵略者インベイダーに向けて乱射する大地。迫って来る多量の弾丸に、侵略者インベイダー達は足を止めた。迫る銃弾に対応しきれず、ダメージを負う者も居る。身を屈め、または射線から飛び退いて銃弾を回避する者も居る。

 そのどちらにしても、大地の背後に控える適格者達にとっては格好の的だった。

 水姫のライフルによるヘッドショットが、侵略者インベイダーの頭部を吹き飛ばす。

 北斗と冬弥のアサルトライフルによる銃撃で、心臓を撃ち抜かれた侵略者インベイダーが苦痛に身悶える。

 そして色羽の放つ致死の弾丸が、侵略者インベイダーの力が弱い部分を撃ち抜いていく。


 その場に居る侵略者インベイダーを殲滅するまで、数分もかかりはしなかった。


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