第5話 強敵と、決着
突然の出来事に、その場に居た全員が絶句してしまう。
特に双葉達……訓練を受け、最前線で幾度となくモンスターを屠ってきた適格者達の驚愕は、色羽以上だった。
「ぐああぁっ!?」
モンスターが放った銃撃は、冬弥の左足を撃ち抜いた。痛みのあまり、冬弥は地面に倒れ込んでしまう。
侵略者が手にし、撃ったのはハンドガンであった。
「侵略者が……銃を!?」
信じられないと言わんばかりの表情で、双葉が一歩後退る。
適格者達が侵略者に勝ち続けて来た要因の一つは、銃火器による優位性の確保だった。
これまでの侵略者の攻撃は、刃物や鈍器といった近接用の武器を用いたものに限定されていた。そして、その練度も然程高くはなかった。
近接攻撃しか出来ない敵への、銃火器による一方的な攻撃……それが出来たからこそ、適格者達は大きな負傷もなく勝ち残ってきたのだ。
しかし目の前に居るモンスター・侵略者は、違う。
銃を持ち、更には狙って射撃する事が出来る……それは双葉達にとって、初めて出会う脅威だった。
「……や、やばいんじゃないノ!?」
「侵略者が銃を使うとか、聞いてないぞ!?」
予想外の展開に浮き足立つ適格者達。そんな彼等の様子を見た侵略者は、ニヤリと口元を歪めた。そのまま足を撃ち抜かれて動けない冬弥に向け、引き金を引こうとする侵略者。
それに対し、冬弥を庇う様に美鈴がサブマシンガンを侵略者に向ける。
「させないネ!」
サブマシンガンから放たれる銃弾。侵略者を幾度となく屠ってきた弾丸の猛威。
しかし侵略者はその銃弾を避けようとはしなかった。迫る銃弾を平然と迎え……その身体から三十センチメートル程の場所で、銃弾が止まる。
「な、何っ!?」
「……まさか、バリアみたいな物を持っているの!?」
焔と双葉が顔を顰める。
バリア……という単語を耳にして、色羽は目を凝らせて侵略者を見つめる。
すると、その身体をスッポリ覆う円形の壁のような“強い力”が目視できた。
「あのモンスターの前面に、身体全体を覆う円形の壁が視えます!!」
色羽の言葉に、適格者達は苦虫を噛み潰したような表情になる。
「う……ぐっ、い、いてぇ……っ!!」
絶叫は収まったものの、痛みにのたうち回る冬弥。兎に角、負傷した冬弥を避難させなければならない。それは、誰もが気付いていた。
「前衛は私に任せるヨ!!」
真っ先に侵略者の目前に躍り出るのは、美鈴だ。彼女の異能は前衛向きの力を持っている為、このチームにおいて美鈴のポジションはそれで定着している。
「國光、俺らは二手に分かれるぞ!」
「言われずともっ!!」
北斗の異能“爆発”と、焔の持つ異能は攻撃性の高い異能だ。美鈴が作った隙を突いて、侵略者を打倒する作戦である。
「いろはちゃん、剣崎君をお願いできる? 私は皆の援護を……」
「はい、任せて下さい!」
この中で、経験不足の色羽は足手まといだ。それに、ボウガンの矢の残りは一本のみ。戦力にならない自覚は色羽にもあった為、素直にその指示を受け入れた。
「剣崎さん、捕まって下さい! 安全な場所へ……」
「ぐ……野郎、ぶっ殺す……っ!!」
目を血走らせて、侵略者を睨み付ける冬弥。
「無理しては……」
「黙ってろ、ド素人! あの野郎は、俺の貫通で……ぐぅ……っ!!」
色羽を押し退けて立ち上がろうとするが、痛みで上手く立ち上がれない冬弥。そんな姿を見て、色羽はある事に気付いた。
「剣崎さんの異能は……貫通なんですよね? それなら、あのバリアを異能で抜けませんか?」
……
侵略者は苛立っていた。バリアで怪我一つないものの、目の前の存在は自分の攻撃を尽く回避する。
さっさと片付けて、他の敵を殺したいのに……と。
侵略者が放つ銃弾を、美鈴は軽やかなステップで回避していく。銃弾は目にも止まらぬ速さで飛んでくる……しかし、それにも関わらず美鈴には掠りもしない。
その理由が異能である事は、明らかである。
美鈴の異能は“殺意”を見る、というものである。
剣や棍棒での攻撃ならば、相手が意識する武器の軌跡が見える。弾丸ならば、その弾道が見えるのだ。ならば、その弾道を描く線から身体を離せば良い。
発射するタイミングも、侵略者を見れば解る。攻撃の瞬間、殺意は膨れ上がり身体から強く溢れ出して見えるのだ。その瞬間が、引き金を引く瞬間である。
異能を駆使して、美鈴は侵略者の攻撃を回避していく。
侵略者が美鈴を放置して他のメンバーを攻撃しようとしたら、すかさず美鈴はサブマシンガンで射撃を行う。
色羽から齎された情報で、侵略者のバリアは身体の正面しか展開されないモノだと当たりを付けていた。それは正解だったようで、侵略者は決して横や背後を取らせないように立ち回っている。
無論、双葉や北斗・焔もそれは解っていた。だからこそ侵略者の死角に回ろうとするのだが、侵略者はそれを許さない。
撃ち合いの末、侵略者が校舎に辿り着く。バリアで身を守りつつ銃に弾丸を込め直し始めた侵略者に、北斗と焔が文句を口にした。
「くそっ、安全圏内から攻撃する気かよ!!」
「バリアで身を守りながら、リロードとか……せこっ!!」
言葉が通じていないようで、侵略者は悠々とリロードを完了させた。
「このままじゃジリ貧だわ……何か突破口は……」
眉間に皺を寄せつつ侵略者を睨む双葉だったが、その耳に聞き慣れた銃声が聞こえて来た。
……
冬弥はアサルトライフルH&K G3を構えて、引き金を引いた。彼の持つ異能“貫通”でバリアを撃ち抜こうとしたのだ。しかし、結果は失敗だった……バリアを抜く事は出来ず、弾丸は侵略者に届かなかった。
「……くそ、俺の異能で抜けないだと!? ふざけやがって……!!」
苛立ちを露にする冬弥の横で、色羽は視線を凝らしていた。
「いえ、他の攻撃とは違います。剣崎さんの弾は、あのバリアに食い込んでいました」
冷静な色羽の声音に、冬弥が視線を向ける。色羽の横顔は“戦場に迷い込んだ一般人”の顔ではなく……“戦場で戦う覚悟を決めた者”の表情だった。
「剣崎さん、力の弱い部分を狙って下さい」
色羽の考えが正しいならば、バリアの”力が弱い場所”を狙えば……しかし、それには問題がある。
「お前に見えても、俺には見えないんだよ!!」
そう、力の強弱が見えるのは色羽だけ。しかし、色羽もそれをよく理解している。
「はい。だから……よく見ていて下さい」
ボウガンを構える色羽。その眼は鋭く、確実に相手を仕留めるという意思を感じさせる。その表情に、冬弥は息を呑んだ。
……そして。
「そこぉっ!!」
――私の眼は、その弱点を見抜く!!
放たれたボウガンの矢は、一直線に侵略者へと向かっていく。
迫るボウガンの矢……そしてそれを放った色羽を、侵略者は見下したように鼻で笑った。自分の持つ障壁に絶対の自信を持っているからだ。
その自信に見合った性能で、障壁は色羽の矢を防いでみせた。
口元を歪めた侵略者は、銃口を色羽に向け……そして、その音を聞いた。
――パアァンッ!!
乾いた銃声と共に、マズルフラッシュが暗い空間を一瞬染め上げる。そして、侵略者は目を見開いた。
自分の障壁……絶対防御の壁が、硝子細工の様に砕け散ったから。
「フン……上出来だ、ド素人」
銃口から硝煙を上げるアサルトライフルの持ち主……剣崎冬弥。その異能は“貫通”だ。
撃たれた足の痛みに顔を顰めながらも、正確な狙撃で色羽が示した障壁の最も弱い部分を撃ち抜いたのだ。
物の力の強い部分・弱い部分、それは色羽にしか見えない。けれど、ボウガンの矢は誰もが見る事が出来る。それで“貫通”を持つ冬弥に障壁の弱点を教えたという事である。
障壁が消失した事で、侵略者は鉄壁の守りを失った。つまり、適格者達の攻撃が通るという事だ。
「っしゃぁ!! 行くぜ!!」
北斗の“爆発”を付与する異能は、強力な相手にダメージを与える事に長けている。侵略者の身体に弾丸が命中し、着弾点が爆ぜた。
「グオオォォッ!?」
侵略者は腹部に直撃した弾丸が爆ぜた瞬間、大きな悲鳴を上げた。ダメージは、決して軽くない。
侵略者は戦いに身を投じて、初めて命の危険を感じていた。
これまでの戦いでは、バリアによって圧倒的に優位に立ち回れた。更には特異点で出会った敵から奪った拳銃……最強の武器と鉄壁の防御で、自分は最強だと信じて疑わなかった。
しかし最強の武器は易々と躱され、鉄壁の防御は打ち砕かれた。それにより、侵略者は激しく動揺していた。
――それが、彼の最大のミスだった。
「喰らいなっ!!」
焔が放った弾丸。それが、侵略者の左胸に命中し……バチィッ!! という音が響いた。
「ガアァァッッ……!!」
電撃が体内を駆け抜け、そして心臓に到達する。感電による致命傷である。
これが、焔の異能である”電撃”だ。生命体に対する破壊力は随一である。
しかしこの異能にはデメリットも存在する。一度放てば、次に撃つまで充電時間が必要になるのだ。その時間は、およそ三時間。
故に焔は多種多様な武器を身に纏い、ここぞという時のみ電撃を使う事にしている。
全身を駆け巡る電撃により侵略者は膝を着き、そのままうつ伏せに倒れ込んだ。
「……やったか?」
北斗の言葉に、焔が顔を顰める。口には出さないものの、その表情は雄弁だった。心の中で、焔はこう思っているだろう……それはやっていないフラグだ、と。
しかし、そんなフラグは回収されなかった。
「何の力も視えません……多分、死んでいます」
声を震わせながら、色羽がそう告げた。
「えぇ、私の検知にも引っ掛からない……これまでに倒してきた侵略者と、同じよ」
色羽の言葉を肯定するように、双葉も見解を口にした。
「ふぅ……どうなる事かと思ったぜ」
「まさか、侵略者が銃を使うだなんて思ってもみなかったからネ……」
肩の力を抜く北斗と、率直な感想を口にする美鈴。
「剣崎君のお陰だな……ありがとう」
「そうね、あなたが居なければ全滅もあり得たわ」
焔と双葉の言葉に、冬弥が鼻を鳴らす。
「バカ言うな、今回の大金星は……そこのド素人だ」
その言葉に、五人が色羽に目を向け……そして、ギョッとした。
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礼名色羽は、凡人である。
これまで優しい両親や気の良い友人達に恵まれて、平穏無事に生きて来た。
掴み合いの喧嘩をした経験等、幼い頃に幼稚園でやったくらい。生来の優しい性格もあり、とことん荒事に向かない少女であった。
そんな少女が穏やかな日常から、血と硝煙の臭いが立ち込める戦場に放り出されたのだ。
緊張の糸と、友人を守り死地を切り抜けるという強い意志でここまで戦い抜いた。だが、それがついに途切れてしまった。
そうなれば、色羽の胸に去来するのは恐怖心だった。
初めて感じる死への恐怖。
異形の怪物に襲われる恐怖。
生物の命を奪ったという恐怖。
生物を自らの意思で手にかける恐怖。
――そんな恐怖が、色羽の心を黒く暗く塗り潰していく。
力無く地面に座り込み、焦点の合わない眼からは涙が零れ落ちる。
そんな色羽に対する五人の適格者達の対応と心情は、それぞれ異なっていた。
最も早く、そして最も長く行動を共にした双葉。彼女は色羽に真っ先に駆け寄った。
「大丈夫、いろはちゃん? まずは、深呼吸をして。ゆっくりでいいからね」
双葉は、色羽の変調の原因に気付いていた。唐突に訪れた、命懸けの戦闘への恐怖心であると。
それでも最後まで戦い、そして侵略者打倒の糸口を見出したのは色羽だ。そんな色羽の奮闘を、双葉は愛おしく感じていた。
色羽を抱き締め、少しでも落ち着けばと背中を撫でる。
そんな色羽と双葉の様子を見て、美鈴は眉間に皺を寄せていた。
美鈴は早期に適格者となり、中国で大人と肩を並べて任務を遂行してきた古株だ。そんな彼女が日本に渡って来たのは、中国の情勢が安定してきたからであった。日本政府の要請によって、留学という形を取って援軍として送られて来たのである。
そんな彼女が初めて出会った同性の適格者……それが双葉だ。
双葉は慣れない日本に戸惑う美鈴に手を差し伸べ、親身に接した。美鈴が双葉に心を許すのに、そう時間はかからなかった。
――私の方が、双葉ちゃんと仲が良いのに。
美鈴は双葉に慰められる色羽に対し、嫉妬心を抱き始めていた。
北斗と焔は、色羽の状況を何となく察していた。
初めての殺し合いに勝ち残ったとはいえ、つい十数分前までは何の力もないただの女子高生だったはずなのだ。
――それでも、最後まで戦い抜いたんだ。すげぇ娘だよ。
単純かつ直感的な北斗は、色羽の心情よりも成し遂げた功績を評価していた。必死になって勝利を捥ぎ取った”後輩”を、心の中で称える。
――礼名色羽、かぁ……良い娘だなぁ。
お世辞にも格好良いとは言えない自分に対しても、含みの無い純粋な態度で接してくれた少女。焔にとっては、貴重な”異性”と言える。しかし、恋物語に発展するかと言われれば、それは内心で否定していた。自分と彼女では釣り合わない、彼女にはもっと良い縁が訪れるはずだ、と。
さて、残る一人……冬弥は、色羽に対する評価を上方修正していた。初めは単に、戦場で調子に乗って死にかけたド素人という印象しか抱いていなかった。
しかし怪我をした自分を介抱しようとし、怒鳴りつけられても逃げずに向き合った。更には侵略者討伐の糸口を見つけ出し、冬弥の異能を最大限に生かした作戦で勝利に導いた。
――このド素人、中々に良いかもしれないな。
これまで、自分に相応しい女性などそうそう居ないと思っていた冬弥。しかし、色羽ならば……そんな考えが芽生え始めていた。
最もそれは、冬弥からしてみれば”自分のモノになる資格があるかもしれない”という考え。上からの視点である。
そんな好悪の感情が渦巻く、世界の存亡を賭けた戦いの場。その空間が、徐々に歪んでいく。
「特異点が……」
「この侵略者が最後だったか。そうだ、コイツの銃は奪っておこうか」
侵略者の死体から、銃を捥ぎ取るのは北斗だ。
「やっぱコレ、ナイン・ライブスの銃だな。って事は……誰かやられちまったのか?」
「そんな話は聞いていないけど……他に考えられないか。基地で聞いてみるしかないね」
北斗の推測に、焔が返す。しかし、そんなのんびりしている余裕は無い。
「それも重要だけど、早く武器庫へ行くわよ! 一般人にこの状況を見られたら、警察に通報されるんだから!」
そう……完全武装状態の自分達の姿を見たら、厄介事が待っているのは明白である。
「それもそうだな。余計な事で時間を浪費するのはバカバカしい。行くぞ」
他のメンバーの事を一顧だにせず、走り出そうとする冬弥。しかし、その足が止まる。
「金指、その娘とお前の武装は俺が運んでやる。今のその娘では、早く走るなんて無理だろう」
冬弥らしからぬ発言に、他の四人が目を見開く。しかし、時間をかけている場合ではない。
「そうね、お願い!」
自分のタクティカルベストを脱ぎ去り、冬弥へ手渡した双葉。そのまま色羽のタクティカルベストを脱がして、それも手渡す。
「ゆっくりで構わないからな」
そう言って、今度こそ駆け出した冬弥。
それを見た美鈴は、冬弥が色羽を見初めたのではないかと感じる。双葉だけでなく、冬弥まで……そんな感情を抱く美鈴。しかし、そんな事を言っている暇はない。
「私達は先に行くネ、双葉ちゃん!」
「ええ。いろはちゃんの友達が武器庫に避難しているから、安心させてあげて」
双葉の、色羽とその友人を気遣う言葉。面白くない……そう思いながらも、美鈴は表面上はいつも通りの笑顔を浮かべて駆け出した。
「ってか、真っ先に剣崎が現れたら……ヤバッ、俺等も急ごう!」
「確かに! ごめん、金指さん! 先に行くね!」
見た目は良いが、態度がでかく冷たい印象を抱かせる冬弥。そんな彼が一人だけで、色羽の友人達……それも異世界との戦争が繰り広げられる戦場に迷い込み、混乱しているだろう少女達。そんな彼女達の前に現れたら? 何かしらのトラウマを植え付けられるかもしれない。
北斗も焔も、そして双葉もそんな想像をしてしまった。
「お願い、マッハで」
「おう!」
「はいはいっ!」
軽い返事を残して、猛ダッシュを開始する二人。
そんな四人を見送って、双葉は色羽に視線を向ける。
「……私達も行きましょう。慌てないでいいの、焦らなくていいから……大丈夫、私が一緒にいるからね」
あやすような、優しい声色で双葉が色羽の手を握る。その手の温もりは、少しばかりではあるものの……色羽の心を和らげる事に成功した。
「双葉先輩……済みません、何から何まで」
努めて普通にしようとするも、色羽の顔の強張りは抜けない。それでも、受け答えが出来る状況になった事に双葉は一先ず安堵した。
「さぁ、行きましょう。あなたが守った友達のところへ」
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双葉に支えられて歩く色羽。
二人の様子を、屋上から眺める黒い影があった。
――ここからが、本当の”戦争”だ。
口に出さずに、心の中で呟いた黒い影。
その姿が徐々に薄れ消えていく。
その存在に気付く者は、今はまだ居ない。