第4話 合流と、適格者
金指双葉と共に校舎を脱出した色羽。
武器庫から駆け出した色羽は、友人達に迫るモンスターを目撃する。武器庫で手にしたボウガンを構えた色羽は、怒りのままにモンスターを倒す。
日が落ちかけた学校のグラウンド。モンスターを討伐した色羽はすぐさま友人達に駆け寄った。そんな彼女達に向けて、モンスターが怒りの形相で駆け出す。
「やらせない……!!」
再びボウガンから矢が放たれる。
モンスター達の行動速度は、人間とそこまで大差無い。逆に言えば人間を狙えるだけの腕が無ければ、矢を当てるのは困難だ。
しかし色羽の放った矢は、正確にモンスターを貫いた。
これは色羽の異能が関わっている。
”力の目”は力の強弱が見える……つまり、”弱点を狙う”事に特化している。その為、狙いを定めた際に命中する場合”マーキング”が光るのである。
最初の一撃目でそれに気付いた色羽は、容赦なく引き金を引いて行く。二本目・三本目と矢を放ち、モンスターを射抜く色羽。
「いろはちゃん、残りは私が! 早くお友達を!」
「はい!」
双葉の言葉に甘えて、色羽は後ろでへたり込む三人に駆け寄る。
「色羽ちゃん……!!」
「無事だったのね、良かった!!」
「イロハ、大丈夫デス!?」
その姿を見て、友人達が最初に感じたのは……安堵だった。彼女達は、真っ先に色羽の無事を喜んだ。
対する色羽も、三人の様子にホッとしてしまった。
モンスターを殺す姿を見られたら、拒絶されてしまうのではないかという恐怖が心の中にあった。
しかし三人が真っ先に口にしたのは、自分の無事を喜ぶ言葉だった。
その言葉と声が、色羽の迷いを振り切る力になる。
(私、間違っていないよね……皆を守る為に戦う力を得た事は、きっと間違いなんかじゃないよね……!!)
ボウガンを握り締めて、色羽は三人に向けて口を開いた。
「怖がらせてごめんね、もう大丈夫だよ。安全な所があるからそこに行こう! そこで、ちゃんと説明もするから!」
その言葉は力強く、三人にもう一度立ち上がる勇気を与えた。色羽に向けて頷いた三人は、立ち上がって色羽に駆け寄る。
……
モンスターに向けてUSP45の引き金を引く双葉は、色羽達の様子に気付いた。
(あの子達は余程、いろはちゃんを信頼しているのね。ふふっ、良い友達がいるみたいで羨ましいわ)
何せ、自分の周りには問題児だらけなのだ。普通の友達といった感じの色羽達を羨むのも、無理は無いだろう。
そんな内心はさておき、双葉は立ち回りを変えるタイミングだと察した。彼女は色羽達を体育倉庫へ誘導する事を、この戦場における自分の最優先任務と判断している。
モンスター達の殲滅ならば、北斗に任せて問題は無いだろう。それに色羽達を体育倉庫へ避難させた後は、自分も殲滅に加わるつもりだ。
そんな事を考えていると、視界の端に見知った姿が映る。黒く塗り潰された壁のような、校門の向こう側から現れる三人の人影。
「……何で完全武装してんのかしら」
双葉のぼやきも無理はない。黒い壁の向こう側は普通の現代日本である。だというのに、三人は完全武装して戦闘区域内に突入して来た。
アサルトライフルを持っている、剣崎冬弥。
ハンドガンや手榴弾を装備したベストを着込んだ、四谷焔。
サブマシンガンを手に持った、李美鈴
双葉や北斗と行動を共にする、チームメンバーである。
「双葉ちゃん、応援に来たネ!」
明るく声をかけつつ、サブマシンガンを構えてモンスター達に向けて引き金を引く濃紺の髪をショートカットにした、長身の少女・美鈴。H&K MP5という名のサブマシンガンで、モンスター達に銃を乱射していく。
「そこに居る子達を、武器庫に匿いたいの! 援護をお願い!」
その声に反応したのは、多種多様な銃器・爆発物をベストに装備した焔だ。
「巻き込まれちったん? 可哀そうに」
軽い調子で色羽達を見る焔は、ニマニマと笑っている。二十代くらいの小太りな焔は、一見すると完全にオタクである。
「気を悪くしないでね。この人、軍事オタクだから……銃をいじったりできるのが嬉しいだけなのよ。悪い奴じゃないから」
フォローをする双葉だったが、色羽達は不安感を倍増させた。
そんな色羽達の内心を知ってか知らずか、焔は手慣れた様子で銃……双葉と同じUSP45を、いつでも撃てるように準備している。
「金指さんの言う通り、これも俺らの役目だしねぇ」
彼としても、どうやら護衛をすることに異論は無いようだ。
今まで接した事がないタイプの異性である。色羽が内心不安を感じるのも無理はない。
しかし色羽はここが戦場であり、自分や友人達の命が危機に晒されている事を自覚していた。
そして自分達に力を貸してくれようとしている彼に対し、感謝の念を抱いてもいた。
ならば、言うべき言葉は一つである。
「はい、四谷さん! お願いします!」
真っ直ぐな色羽の視線と言葉に、焔は一瞬目を丸くした。
彼は、自分がオタクであると自覚していた。不摂生が祟って、外見も典型的なオタク系の風貌である事を認めていた。
多くの女性には気持ち悪いだの何だのと、陰でコソコソ言われているのを知っていた。
しかし、色羽から向けられる視線、放たれた言葉からは微塵も悪意が感じられない。混じり気のない純粋な善意を感じさせる表情だった。
呆けている焔の背中を、双葉がバシンと叩く。
「うおぉっと!?」
「ほら、いけるの? いけないの?」
双葉の催促に、口元を緩める焔。思えば双葉も、自分を陰で笑わない存在だと思い出す。
「よし、任された。金指さん、俺が前に出るからさ。後ろからその子達をフォローしてやってよ」
「ありがと、お願い!」
ニッと口元を吊り上げて、サムズアップする焔。
そのまま焔は、武器庫へのルートを塞ぐモンスター達に向けて手榴弾を投擲した。
「着いといで!!」
駆け出す焔に続いて色羽達、そして双葉も走り出した。
……
一方、モンスターと戦闘を繰り広げる北斗のもとへ、一人の青年が駆け寄った……冬弥である。
「やってるじゃないか、火力バカ」
第一声から喧嘩を売るような発言だが、北斗はさらりと受け流す。
「遅かったな、脳筋野郎。来ないのかと思ったぞ」
「こんな美味しい狩場、放置するわけないだろ?」
そう言いながら、冬弥は手にしたアサルトライフルを構えた。
「H&K G3かよ……また渋いモン選ぶな、お前」
「世界四大アサルトライフルだぞ、性能は折り紙付きだ」
そう言いながら、冬弥が無造作に引き金を引く。すると、放たれた弾丸がモンスターを容易く貫通し、その背後にいるモンスターに命中した。
これが冬弥の異能“貫通”である。
冬弥が放った弾には、貫通の概念が与えられる。どんなに強固な鎧を纏っていようと、冬弥が撃つ弾はそれを必ず貫くのだ。
北斗の持つ異能“爆発”も同様に、弾丸に爆発するという概念を与える。着弾すると同時に爆発する、殺傷能力の高い攻撃であった。
「おらおら、撃ち抜くぜ!!」
……
二人の様子を少し離れた場所で見ていた美鈴は、対照的な割に息がピッタリ合うものだと苦笑していた。
そんな彼女は戦場を駆け回っては、モンスター達に牽制の射撃を放つ。
「ハイハーイ、鬼さんこちらネ~!」
サブマシンガンの連射速度と発砲音は、モンスター達の注意を引くのにうってつけだ。自らに注意を引き付けて色羽達から意識を逸らし、そのまま北斗と冬弥の射程距離にモンスターを誘導する。
地味な戦法であるものの、モンスター達は面白いくらいに美鈴の後を追い掛けて何事かを怒鳴り散らしていた。
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五人の適格者による援護を受けて、体育倉庫を目指す色羽達。そして、ついに彼女達は体育倉庫の扉を潜った。
「はぁ……はぁ……」
「た、助かった……の……?」
「こ、ここなら安全……なのデス?」
陽菜・美里・ソアラは荒くなった息を落ち着けながら、不安そうに周囲を見渡す。
「ここはまだ、とっても頑丈なだけの体育倉庫よ。こっちへ来て、ここならモンスター達から匿えるわ」
そう言って、双葉が再び武器庫の扉を開いた。背後では焔が手榴弾を投擲して、モンスター達を足止めしている。
「その子達の安全を確保したら、俺はあっちの援護に向かうよ?」
「ええ、私も行くから。それまでは足止めをお願い」
「はいよー」
軽い返事ながら、焔は淀みない動きで銃を抜く。素早く照準を合わせて、体育倉庫の陰から襲い掛かろうとしているモンスターの眉間を撃ち抜いた。
そんな焔の様子に一つ頷いて、双葉が色羽達を武器庫の中へと誘導する。
「ここなら安全。いろはちゃんは友達についていてあげると良いわ」
そう告げる双葉に対し、色羽は首を横に振る。
「双葉先輩、私も一緒に行きます。まだ怖いけど……早く、皆を外に脱出させたいんです」
ボウガンしか手元に無いが、色羽は自分の異能が思ったよりも有効である事を理解していた。
一刻も早く、戦場という異常空間から友人達を脱出させたい……それが、色羽の戦意の源となっていた。
そんな色羽の様子に戸惑うのは、三人の友人達だ。
「い、色羽ちゃん……?」
「色羽、危ない事はやめるのよ!!」
「危険デス、イロハ!!」
慌てて色羽を引き止めようとするが、色羽は彼女達に振り返って首を横に振る。
「大丈夫、双葉先輩達が一緒だし……それに、手に入れた力の使い方が解ってきたんだ」
力の強弱を見る目。この異能を活用すれば、敵をすんなりと倒す事が出来る。
色羽はそう確信して、友人達に微笑みかける。
「……わかったわ、ただし私から決して離れないようにね」
「はい、双葉先輩!」
力強い頷きを返す色羽に対し、双葉の視線はどこか厳しさを感じさせるものだった。
双葉と共に体育倉庫から出て来た色羽に、焔は顔を顰める。
「友達と一緒に居た方が良いと思うよ?」
しかし、色羽は首を横に振る。
「大丈夫です。それより、一刻も早くここから出してあげないと」
焔が双葉に視線を向けると、無表情で双葉が頷く。そんな双葉の様子に溜息を吐いた焔が、色羽に向き直る。
「俺達から離れない事、良いね?」
「はい、必ず!」
もう一つ溜息を吐いて、焔は色羽と双葉を庇うように前に出た。
体育倉庫から駆け出した三人は、北斗・冬弥・美鈴の居る方へと駆け抜ける。
……
迫り来るモンスター達は、双葉と焔が一掃していく。色羽もボウガンでモンスター達を狙い撃つ……が、色羽は自分の判断が甘かった事を思い知らされる。
色羽の異能は、一対一ならば有効に機能する。
しかし現在、校庭で繰り広げられる戦闘は乱戦状態だ。前後左右から同時に襲い掛かって来るモンスター達に、経験不足の色羽は対応しきれていないのだ。
それをカバーするのが双葉と焔だった。訓練を受けた二人にとって、この乱戦を生き抜く事は苦ではないらしい。
危なげない動作で、次々と異形を撃ち殺す二人。対して、自分はろくに戦えていない。
異能を手にして増長していた事を、色羽は恥じていた。
しかし、それで終わらないのが色羽という少女だった。
(……反省は後! 少しでも足手まといにならないように、双葉先輩や焔さんの負担を軽減するようにしないと……!!)
どこにでもいる平凡な少女に過ぎない、礼名色羽。ただ……彼女はとにかく、前向きだった。
色羽達の進行方向から見て右、十匹近いモンスターが迫る。そこへ、焔が手榴弾を投げ付けた。モンスター達の中央へ投げ込まれたそれが炸裂し、右側から迫る敵が足を止める。
左側に意識を向けると、迫るモンスター達に双葉が発砲している。飛び道具を持たないモンスター達が、警戒して防御を固める。
そこで、色羽は背後を見た。三匹のモンスターが、猛然と走り寄っている。その内の一匹に、色羽はボウガンを向けた。
「やぁっ!!」
走りながら撃ったせいで、照準がブレたらしい。生命力の最も弱い心臓部からボウガンの矢が逸れて、肩に突き刺さった。
しかし、モンスターは動きを止めた。それにつられた両脇のモンスターも、動きを鈍らせる。
モンスター達の動きが鈍った事で、色羽達との距離が開く。
色羽は、牽制射撃でモンスター達の足を止める事を選択した。
爆発も貫通も無い、使える武器もボウガンのみ。しかし、その唯一の武器を使って一瞬の足止めくらいは出来る。
その一瞬が、正式な訓練を受けた適格者達にとっては大きな隙となる。
背後に向けて、双葉が三度引き金を引く。モンスター達の頭部に命中した弾丸が、その命を刈り取った。
色羽の行動に、焔は口元を緩めた。
(武器庫に引き返すでもなく、黙って付いて来るわけでもないとはね……!!)
同時に双葉も、色羽の援護に驚いていた。色羽の切り替えの早さに、内心では舌を巻く。
(いろはちゃん……普通の女の子にしか見えないのに、その前向きさはどこから来るのかしら?)
そんな内心はさておいて、二人は色羽をここで死なせるわけにはいかないと認識する。
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モンスターへの牽制を色羽が……そして隙を突いてとどめを双葉と焔が行いながら、最前線へ向かう。到着する頃には、既に状況は収束に向かっていた。美鈴がグラウンドに残ったモンスターを蜂の巣にしている所で、色羽達も三人に合流したのだ。
「あれ? その娘も来たのか?」
北斗の言葉に、色羽はバツが悪そうな表情になる。体育倉庫を出る時まで、自分が異能を得て増長していた事を自覚しているのだ。
「済みません、友達を早く特異点の外に出してあげたくて……でも、異能を使えるようになって舞い上がってたんです。皆さんの足手まといになるって、気付けなくて……」
肩を落とす色羽に、双葉が首を横に振る。
「最初はその通りだったわ。でも、すぐにいろはちゃんは自分にできる事を探して、実行した。ボウガンで侵略者を牽制したのは良かったわよ」
「そうそう、切り替えも早かったしさ」
二人がフォローするも、冬弥と美鈴の視線は厳しいものだった。
「自分の力量を正確に推し量れないと、奴らの餌食になるだけだ。その二人がいなければ、お前は死んでいただろうよ」
「自分の身を守れるようにならないと、戦場ではただのカカシ同然ヨ」
そんな厳しい言葉に、色羽は何も言えない。自分の異能を過信して突っ走った自覚があるのだ。
だが、そんな色羽に救いの手が差し伸べられた。
「適格者になったばかりのお前らと同じじゃん」
北斗だった。
「自分の異能ならーって、調子に乗って怪我したのは誰だっけ?」
「な、それは…っ!!」
「うぐっ!! それを言われると……」
冬弥と美鈴が、言葉を詰まらせてしまう。
「自分の事を棚に上げて、新人をイジメるのはどうかと思うぜ? これから仲間になるんだからよ」
何も言えなくなった二人から視線を外し、北斗が色羽に向き直る。
「俺は天野北斗だ、よろしくな」
「あ、はい! 礼名色羽です! よろしくお願いします!」
ぺこりと頭を下げる色羽に、北斗は口元を緩ませる。
「こいつらの事、悪く思わないでやってくれ。戦場で命のやり取りをしちまうと、どうしても辛口になっちまうのも解らないでもないんだ。一歩間違っていたら、死んでいたかもしれなかったろ? それに対する苦言でな、悪気があるわけじゃないんだよ」
色羽を落ち着かせる為か、穏やかながらも軽い調子で捲し立てる北斗。これはこれで冬弥と美鈴、そして色羽へのフォローのつもりなのだ。
そんな気遣いらしき様子を見せる北斗を意外そうに見つつ、モンスターらしき影が校舎内で動くのを見咎めた双葉が注意を促す。
「さぁ、残りを片付けましょう。そうすれば、この切り取られた世界……特異点は解消されるわ」
双葉がそう促して、北斗と焔は首を縦に振る。バツの悪そうな冬弥と美鈴も、すぐに意識を戦闘へ向け直した。
「今、校舎の方を見てたけど。数は解る?」
焔の言葉に、双葉は首を横に振る。
「一瞬見えただけだから、正確な数は解らないわ。多分一体だけだと思うんだけど」
「五人、プラスアルファ。双葉、陣形は?」
冬弥の言葉に、双葉は溜息を吐く。
「あのね、少しは自分で考えてよ……ともあれ、いろはちゃんは最後尾。剣崎君と天野君は前に出て貰うとして……美鈴さんと四谷君、私で援護射撃が無難でしょうね」
元より、五人でチームとして動く彼等だ。通常時の陣形に色羽を加えても、大した変更は無い。
陣形を整えてモンスターを待ち構えていると、いよいよモンスターが校舎から躍り出てきた。
そして……。
――パァンッ!!
その手にした銃で、弾丸を放って来た。