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第19話 新たな適格者と、苦悩

 特異点で起きた事件を受けて、ナインライブスは美鈴メイリンを殺人未遂で捕縛した。色羽も事情聴取を受けたものの、彼女には非が無いとすぐに理解されて解放された。これは状況証拠と、目撃者の証言があったからだ。


 その目撃者の一人が、色羽の親友である六浦美里だった。そして彼女はその騒動の中で、異能を身に着けた。色羽が事情聴取を受けている間に、美里は神那木と対面し……そこで、ナインライブスに加わる意思を告げていた。

「……六浦美里さん、本当に宜しいのですね? 確かに貴女の異能は実戦向きであり、我々としては戦列に加わって貰えるのはありがたい。ですが……これは異世界の異形との、世界の存続を賭けた戦争です」

 神名木がそう問うも、美里の表情は変わらない。既に決意を固めたのだろうと、その場に居る誰もが察した。

「構いません。世界が滅びるのを、指を咥えて見ているよりマシですし……そんな戦いに色羽が居るなら、尚更です」


 美里は昔から、親友である色羽をとても大切に思っている。それこそ彼女に危険が及んでいるならば、何とか助けようと危険な場所へ赴くほどに。

 洗脳者を投げ飛ばしたあの時、彼女は恐怖よりも先に別の感情を抱いていた。色羽を傷つけようとする存在は、決して許さないという怒りだった。

 色羽は昔から、人に好かれやすい少女だった。故に美里達ほど親密ではなくとも友人は多かったし、複数の異性からも好意を抱かれていた。

 しかしそれは良い事ばかりではなく、邪な感情を抱く者も少なくは無かったのだ。そんな不埒者達から色羽を守って来たのが、この美里である。六浦財閥の令嬢である美里には、それが可能だった。


――色羽……絶対に、私が守ってあげるからね……。


 戦場に立つという恐怖よりも、自分が知らない場所で色羽が害される事の方が許せない。その一心で、美里はナインライブスに加わる決意を固めていた。

 そんな彼女の決意に、内心で頭を抱えているのは神無木である。


――特異点に立ち入る事が出来るのは知っていたが、まさか異能まで開花するとは予想外だった。水姫さんに加えて、六浦家の令嬢が加わるとなると……サポートと護衛に回す人員を、どうにか捻出しなくては……。


 初音家の長女である水姫だけでも、サポートと護衛には結構な人員を投入しているのが現状であった。そこに同等の規模である六浦財閥の令嬢が加わるとあっては、同じくらいの人員を配置しない訳にはいかない。

 第一、彼女の家はナインライブスの事を知っている。六浦財閥は国連からの要請を受け、陰ながらナインライブスに出資しているのだ。誰がナインライブスに所属しているのか、どの様な活動を行っているのかは把握されている。

 ちなみにそれは、初音家も同様……いや、初音家はむしろ発起人に近い立ち位置の家である。ナインライブスが組織される切っ掛け……それに、初音は深く関わっていた。


 加えて問題となるのは、美里の異能が非常に有用である事だ。彼女の異能は、”悪意を視認する”というモノであった。

 美鈴メイリンの異能と似ているが、彼女の異能は”攻撃の意思を視認する”というモノ。美里の場合は行動に移さなくとも、悪意を察知する事が出来るのである。悪意を向けている相手が隠れていても、悪意を向けているならばその方向が解る。これは実戦において、非常に稀少な異能と言える。

 ただし意思の無い、ただの物体等は察知する事が出来ない。また悪意を抱いていない生物も、その異能で察知する事は不可能だ。その点を考慮すると、誰かと組ませてサポート役に配置するのが適任。例えば周囲の探知を行える双葉と組ませれば、お互いの生存確率が上がるだろう。


 ともあれ、この場で美里のナインライブス加入を決定する事はまだ出来ない。出資者である六浦家の意向を確認せずに決定してしまえば、組織の不利益となる可能性があるのだ。

「……ひとまず、貴女の意思は解りました。加入を決定する前に、貴女のご家族に事情の説明が必要となります」

 神無木の言葉に、美里は「おや?」と内心で首を傾げた。彼女は色羽から、話を聞いているのだ……礼名家の両親は、ナインライブスに色羽が所属している事を知らないのだと。


――未成年だからという理由なら、色羽と私の立場に差は無い。だとしたら、私が六浦家の人間だからかしら……?


 特別視している訳では無いが、自分が六浦財閥の令嬢であるという事はしっかり理解している。それを考慮すれば、神那木の対応には大人の事情があるのだろうと察するに余りある。

「……解りました。私から両親に、話を通しますか?」

「まずは我々から早急に、アポイントメントを取ります。その上で、ご両親にお話をする事にしましょう。正式な加入は、ご両親の承諾を得た上でとします」


************************************************************


 その頃、色羽は帰宅してすぐにベッドに横になった。目を閉じて眠ろうとしても、脳裏にこびり付いた光景……洗脳の異能を持っていた非適格者である男と、仲間であったはずの美鈴メイリンの姿が浮かぶ。それと同時に、洗脳された者達を容赦なく撃った冬弥の姿もだ。

 侵略者インベイダー達ではなく同じ人間から向けられた、おぞましい悪意と激しい殺意。それによって、彼女の心は恐怖と哀しみに侵されていた。


――何故、人をあんな風に利用出来るんだろう……何故、仲間であるはずの私を殺そうとしたんだろう……何故……。


――何故……私は、何で戦ってるんだろ……。


 他人を洗脳し、奴隷の様に扱い、その命すら踏み躙った不適格者。

 洗脳された者達を、邪魔だからという理由で無慈悲に撃ち殺した冬弥。

 怒りに染まった表情で自分を睨み、銃口を向けて来た美鈴メイリン


……何故、殺されなければならないのか。

……何故、殺さなくてはならないのか。


 そんな疑問が延々と浮かび上がっては消え、浮かび上がっては消える。堂々巡りの思考は色羽の精神を蝕み、彼女の戦う意思を削いでいくのだった。


……


 そのまま眠れぬ夜を過ごした色羽は、学校に登校する為に家を出た。憔悴した様子を家族に心配され、休んだ方が良いのではないかと言われたが……自宅に一人で居れば昨日の事で、更に精神的苦痛を味わうだろう。だから色羽は、あえて学校に向かう事にした。

 通学路を歩く間、彼女の目に映るのは人々の姿だった。眠そうにしている通勤中の会社員、友人同士で談笑しながら登校中の学生達。それは、ありふれた日常の光景である。


――あの人達だって、本当はこんな風に……当たり前の生活を、送りたかったんだろうな……。


 洗脳の異能を持つ男によってその日常を奪われ、尊厳と命を踏み躙られた者達。その最期の姿が、無惨な最期を押し付けられたその光景が……色羽の心に重く圧し掛かる。

 本来ならば彼等は普通に生き、平穏な日常を送る権利があった。それを無慈悲に奪ったのは、洗脳者か……冬弥か……それとも、自分か。


 あの時……自分が冬弥を止めなかったら、何人かは生き残る事が出来たのではないか。

 否……冬弥は任務遂行の邪魔をするならば、洗脳された者も容赦無く撃ち殺した。


 あの時……美鈴の動きを止める事が出来ていたら、彼女があんな凶行に及ぶ事は無かったのではないか。

 否……美鈴を行動不能にする為に、実戦経験豊富な冬弥が苦戦していた。色羽にそれは出来なかっただろう。


 あの時……自分が洗脳者を殺す覚悟が出来ていたのなら、彼等を助ける事が出来たのではないか。

 否……自分が戦うのは侵略者インベイダー達であって、人間ではない。


 あの時、洗脳者を殺していれば、それは正当防衛だったのではないか?

 実際に首を絞められた瞬間、色羽は洗脳者を殺害してでも被害者達を解放するという意思の下に引き金を引いた。

 もしくは最初から、自分が何もしなくても冬弥が洗脳者を殺害を倒していたのではないか。それを自分が、許容していたら結末は違っただろうか?

 だが冬弥は洗脳者よりもまず、彼を殺害する障害になるであろう被害者達を殺していたのではないか?


……それならば、やはり自分が洗脳者を殺していれば良かったのだろうか?


 思考は徐々に、自分自身が悪かったのではないか? という考えに至り、彼等を救う事が出来なかったのは自分の責任と思い始めてしまうのだった。


************************************************************


「気持ちは解るけど、それは結果論だと私は思うな」

 昼休みの屋上で、並んで座る色羽にそう諭すのは双葉だった。彼女は校門の前で色羽が登校するのを待ち、昼食に誘ったのだ。理由は勿論、昨日の事件の顛末を耳にしたからである。

 人間同士の殺し合い、洗脳という危険過ぎる異能、美鈴の襲撃。そのどれもが、色羽の心に相当なダメージを与えているはず。そう考えた彼女は、色羽の心痛を和らげたいと思ったのだ。

「剣崎君は割り切り過ぎというか、情が無い所があるというか……まさか立ち塞がる相手なら、被害者でも殺す事を躊躇わないとは思わなかったけど」

 眉間に皴を寄せつつ、双葉はそう口にする。よく組む相手が好戦的な人間だとは思っていたが、そこまで徹底した実践主義だとは思わなかったのだ。

 確かに首謀者の制圧もしくは殺害によって、事態の幕を引くのは理解できる。そしてその障害となる者を、実力で排除するのも間違いとは言い切れない。だが、息の根を止めてまで……それも、洗脳された被害者を殺してまで徹底するのは、間違っていると考えていた。


 とはいえ、自分がそれを冬弥に言うのは無意味だ。彼の性格的に、それを双葉は理解している。その件については、神那木達に報告して指導して貰うほかない。

 とにかく優先されるのは、色羽の事だ。そう思って、双葉は色羽の肩に手を置く。

「むしろ私は、色羽ちゃんの迷いは人として大切な物だと思うの。あなたは、間違っていないよ」

「……でも、私は……あの人達を、助けられなくて……」

 双葉の言葉でも、色羽は沈痛な面持ちのままだった。その表情は、少しも和らいではいない。彼女はそれ程の出来事に直面し……それ程の悪意を向けられ、命の危険を味わったのだ。


 双葉はそれでも、色羽の心の負担を軽くしたい……そう考えて、彼女の話を聞き、自分の考えを伝える。

 だが結局、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴るまで……色羽は、一度も普段の笑顔を見せる事は無かった。

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