第1話 新生活と、正夢
異形の化物に襲われ、逃げる少女・礼名色羽。
そんな彼女は屋上に追い詰められ、凄惨な光景を目の当たりにしてしまう。その時、聞き慣れた目覚まし時計の音が聞こえた……。
「はっ!?」
目覚まし時計のアラームの音。その音が響くと同時に、色羽の意識が悪夢の舞台から浮上する。
慌てて見渡せば、間違いない……自分の部屋だ。
「やっぱり、夢かぁ……」
生々しい悪夢から解放された色羽は、安堵の溜息を漏らした。
「うわぁ、汗すっご……」
悪夢に魘されていたからだろう、彼女は寝汗をかいていた。ジットリと汗を吸った寝間着が肌に張り付いている。それが不快なのだろう、色羽は顔を顰めて時計を確認する。
「六時か……朝シャンしてこよ」
今日から、いよいよスタートする高校生活。流石に汗だくのままで入学式に出るのは、花も恥じらう乙女としてはよろしくない。
脱衣所で寝間着とショーツを脱いで浴室に入ると、色羽はシャワーのバルブを開放する。
「ふへぇ……」
熱いシャワーを頭から浴びて、一心地。
そして意識は、先程まで自分を襲っていた悪夢へと向けられた。何で現代日本に、あんなモンスターが出没するのやら……と。
「別に、最近そういうゲームはしていないよなぁ……」
彼女が最近やっているゲームは、スマホで出来るソシャゲ。主にアイドルを目指す女子高生が登場するリズムゲー“ライブ!ライブ!”とか、某ネズミーシリーズのパズル系ゲーム“ツメツメ”だ。
それらに、モンスターなんて登場しない……したら、世界観が一変してしまう。
そもそも色羽は、モンスター等が出るゲームは食指が動かない。グロテスクな表現などへの耐性が無いからである。
昔、ゾンビが出て来るゲーム“ゾンビハザード”をやった事があったが、怖すぎて途中でやめてしまったくらいだ。
「おっと、あんな夢の事はもう忘れよ。また似たような夢を見る羽目になりそうだし」
そう言って色羽は鏡の前に座り、自分の姿を見る。
黒いセミロングヘア、少し吊り目……というより、ネコっぽい目か。本人は、顔の造形は悪くないと思っている。
実際にはクラスでも二、三番目に可愛いと言われるレベルなのだが、自覚は無い。
加えてスタイルも良い。胸もDカップであるし、腰はキュッとくびれている。
なのに、中学時代は彼氏の一人も出来ずじまいであった。
「はぁ……素敵な彼氏が欲しい……」
彼女に彼氏が出来ない最大の理由……それが友人達にある事に、彼女はまだ気付いていない。
シャワーを済ませた色羽は、真新しい制服に袖を通す。
「うん、やっぱこの制服は可愛いなぁ」
黒いブレザーに、赤系統のチェックのスカート。ブラウスは白・ピンク・薄い青がえらべるのだが、色羽は白にしておいた。最初から色の付いたブラウスを着るのはどうかと思ったのだ。なので、白だけしか買っていない。本心ではピンクを買いたかった。
赤いリボンは、今年入学する一年生のカラー。二年生は緑、三年生は青のリボンだ。
この日は入学式と、レクリエーションだけである。なので、その後は中学からの友人達と一緒に遊ぶ予定だ。高校生活、最初の寄り道。意識は主にそちらに行っている。
……
着替えを済ませた色羽は、両親と共に朝食を食べる。父の龍太と母の美佐子は夫婦仲も良く、家庭環境にも何らドラマはない。平凡だが、実に幸せな三人家族である。
『続いてのニュースです。昨夜、東京都内○○駅東口にて三十五歳会社員の……』
テレビでやっているのは、相変わらず不幸なニュース。しかし、このニュースは少し毛色が違った。
『佐藤さんの腕は四肢が切断されており……』
そう、猟奇殺人事件のニュースだ。
ここ一年で、爆発的に増えた凄惨な事件。老若男女問わずに、惨たらしい死体が唐突に発見されるという事件が相次いでいる。
しかも、身体を切り裂かれた死体や四肢を切り落とされた死体……更には獣に噛み付かれたり、喰い千切られた痕跡があったりもするという。
犯人も、被害者達の接点も不明。警察が必死に捜査を進めているも、犯人の特定や逮捕には至っていないという。
「世も末ねぇ……」
嫌そうな表情で、美佐子がぼやく。それに、色羽は同意を示す。
「ホントにねぇ」
——全くだ、こんな猟奇殺人が多発するなんて。
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両親に挨拶をして、色羽は家を出た。二人は車で入学式に来るが、色羽は車に便乗せずに普通に通学する事にしたのだ。
通い慣れた中学への道とは反対方向にある、最寄り駅へ自転車を走らせる。日頃は使わない道で、色羽は新鮮に感じていた。
辿り着いた駅のすぐ側にある駐輪場に自転車を止め、そこからは電車だ。
電車の中には、ちらほらと同じ学校の制服を着た子の姿があった。
(あ、同じリボンの色。同じクラスになったら一緒に帰ったり出来るかもしれないなぁ)
折角の高校生活だ、やはり友達をたくさん作りたい。
人付き合いは可もなく不可もなし、それが礼名色羽である。
同じ学校に、幼い頃からの親友も進学する。クラスが同じだと良かったのだが、色羽と彼女はそれぞれ学科が違う。幼馴染の少女は理系の学科なのだ。そして色羽は……お察しの通り、普通科である。
(工業科は校舎も別だしなぁ……学食がある学校なので、お昼は一緒出来そうだけどね)
そんな、彼女が今日から通う学び舎……“初音高等学校”が電車の窓から見えた。
……
通学路を歩く中、色羽は見知った姿を見付けた。
「陽菜、おはよ!」
色羽の声に、その少女が振り返る。
サイドテールに結った黒髪がチャームポイントの、愛嬌溢れるその人物。彼女に”可愛らしい”という印象を与える最大の要因は、少し垂れがちな瞳だろうか。守ってあげたくなるような、そんな少女は色羽に微笑みかける。
色羽とは小学校時代からの付き合いの、月城陽菜である。
「おはよう、色羽ちゃん! 今日から高校生だねぇ」
「ねー! 同じクラスなら良かったんだけど、陽菜は工業科だもんね」
横に並ぶ色羽に、陽菜は微笑んで頷く。
どちらともなく歩き出すと、二人は新たな学校生活について話し始めた。
「工業科って男子ばっかりでしょ? 陽菜は可愛いから、悪い男が寄ってこないか心配だ〜」
「あはは、化学科の試験の時に女の子もそれなり居たから、大丈夫だと思うよ? 機械科とか電気科は男子ばっかりらしいけどね」
にっこり微笑む陽菜を見たら、大丈夫じゃないだろうなと色羽は思う。この天使のような可愛らしい幼馴染を、女子に飢えた男子が放っておくとは思えなかった。
しかし、色羽は気付いていない。男子から人気があるのは色羽も同様である事を。
色羽は基本的に、誰とでも仲良くなれるタイプである。その為か男子女子問わず話しやすいし、話し上手・聞き上手な事もあって人気者なのだ。
加えて言えば、平凡な顔立ちの色羽……格段に良くはないが、決して悪くはない。つまり”手の届きそうな少女”という印象を与えるのだ。
極端性回避傾向……人は、平均を好む。色羽は良くも悪くも、平均的な少女であった。
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『――ですから、本学校の生徒としての自覚を持って……』
どの学校でも、挨拶は長く退屈なものと相場が決まっているらしい。壇上に立つ初音高等学校の校長が、俗にいう”ありがたいお話”を始めてからかれこれ二十分程が経過しようとしていた。
色羽は眠気に耐えながら、一応はその話を聞く真面目な生徒だった。ただし話の内容を覚えるつもりはない、右から左へ受け流す。
そんな退屈な時間が終わり、次の段取りに移行する入学式。
『続きまして、在校生代表からの祝辞。生徒会会長、三枝大地』
「はいっ!」
アナウンスの指名に返したのは、よく通る声。そして立ち上がる生徒会長が、壇上に上がる。こういった場に慣れているのだろう、その挙動に淀みはない。
スッキリと切り揃えられた黒髪、整った顔立ち。スマートな印象を抱かせる、インテリ系美少年が壇上に立つ。
『祝辞。今日この良き日に、初音高等学校にご入学された新入生の皆様に、心からお祝い申し上げます』
スラスラと祝辞を述べる生徒会長は原稿を手にしつつも、視線は新入生達を見ていた。原稿は、この祝辞の後で校長に渡すから持っているだけで、内容は全て頭に入っているらしい。
校長の言葉に比べて格段に早い在校生代表の祝辞は、恙無く終わった。しかし大地が、原稿を纏めながら再度口を開く。
『また、我々生徒会は貴方達の学園生活がより良いものになるよう、協力していきます。何か困った事などがあった際は、私達に相談して下さい……以上。在校生代表、三枝大地』
美少年生徒会長の挨拶に、大半の女子生徒達は心を弾ませていた。お近付きに……なんて思考が発生するのも、無理は無いだろう。
……
入学式とレクリエーションを終えて、両親に挨拶した後は待ち合わせだ。
学校の校門で陽菜と翼を待つ色羽は、手持ち無沙汰なのでスマホを弄っていた。この学校では、スマホの持ち込みが禁止されていない。代わりに、授業時間の間は必ずロッカーに仕舞う事が義務付けられているが。
――ピロリン!!
「おっと、どれどれ……」
スマホを使う者達にとって必須とされている、コミュニケーションツールであるアプリケーション”RAIN”。
そんなRAINに届いたメッセージの送り主は、他校に進学したもう一人の親友。
――学校で仲良くなった子を、連れていっても良いかしら?
内容は、そんなメッセージだった。
親友に出来た新たな友人である、色羽からしたら大歓迎だ。
――おけー、私は良いよん!
そう送り返すと、同じグループメッセージを見たらしい陽菜もメッセージを送って来た。
――美里ちゃんが連れて来る子なら、悪い子じゃないと思うし構わないよ!
陽菜にも異論は無いらしい。
それはそうだろう、六浦美里の人を見る目は確かであった。
六浦コーポレーションという会社を立ち上げた、六浦文哉。その孫娘である美里は、社長令嬢である。
そんな美里に近寄る者は多かった。そのせいか、美里の人を見る目はシビアだ。
自分に下心を抱いて近寄る者に対し、彼女は踏み込んで良いラインを引く。
逆に言えば美里の親友である色羽達は、彼女にとって心から安心して付き合える存在といえる。
そんな彼女の事をよく理解している色羽と陽菜だ、美里の認めた者ならばうまくやっていけるだろう。
その確信を抱かせるくらい、色羽達は美里を強く信頼していた。
……
陽菜と合流した色羽は、美里達が待つ地元の駅へと向かう。
美里の通う事になった”聖フランドール女学院”……いわゆるお嬢様学校なのだが、色羽達の通う初音高等学校とは逆方向なのだ。
よく待ち合わせ場所にされている、駅のロータリー近くに作られた銅像の前に、その二人はいた。
黒い髪をロングのストレートにした、切れ長の目を持つ少女。
よく育った豊かなバスト、ダイエット知らずのスラリとしたモデルのようなスタイル。それを、紺色に染められたワンピースタイプの制服が包む。
誰もが羨む美しい少女は、色羽達の到着に気付いた。
「待ってたわよ、二人共」
鈴を転がすような声が、色羽達を迎えた。姿勢や口調は気品を感じさせる。
「お待たせ、美里!」
「待たせてごめんね。それで、そちらが新しいお友達?」
美里が二人を迎えると、陽菜が隣にいる少女に笑顔を向けて会釈する。
「は、初めましてデス! ソ、ソアラ・ビスコンティといいまス!」
緊張気味に自己紹介をしたのは、外国人の少女だった。
「初めまして! 私は礼名色羽、色羽って呼んでね!」
色羽が手を差し出すと、ソアラは嬉しそうに微笑んでその手を取る。
「は、はい! よろしくデス、イロハ!」
「私は月城陽菜だよ。陽菜って呼んで」
陽菜も、ソアラと握手を交す。相変わらず緊張気味ながらも、ソアラは嬉しそうに笑っていた。
「はい! ハルナ!」
にっこりと笑いかけるソアラに、三人の口元が緩む。
身長は低めで全体的にスレンダーな、可愛らしいと形容するのがピッタリなソアラ。
長く伸ばされた金色の髪は、極上の絹糸の様に光を反射して輝いて見える。そして双眸の青い瞳はサファイアのような美しさで、吸い込まれてしまいそうな印象を与える。
まるで人間になったビスクドールのような、可憐な少女だ。
しかしその笑顔は、穏やかな日溜まりを連想させる。彼女が笑うだけで、そこら中が暖かくなるような笑顔であった。
色羽は思う、きっとモテるんだろうな……と。
……
ソアラは日本語の勉強をしてきたが、日本に来たのはつい先日なのだという。それで、美里は日本を体験させてあげたいと考えていたらしい。
「それなら、日本ならではのものを紹介するの?」
陽菜の問い掛けに、美里は苦笑する。
「日本ならではだと、放課後じゃ足りないわ。だからそれは、予定を立てて休みの日で良いんじゃない?」
「成程、今日は親睦を深めるって事だね?」
美里のプランを察した陽菜が、ウンウンと頷いて視線を色羽とソアラに向ける。
「Collarの色と、Featherの羽。これで、イロハという名前になるんデスね?」
「うん、そうそう! ソアラは日本語が上手だね。これで一年間しか勉強していないなんて、ビックリだよ」
あっという間に、ソアラと打ち解ける色羽。まるで、出会って数年来の友人のような雰囲気を感じさせる。
これが色羽という少女の特徴。すぐに誰とでも仲良くなれるという、彼女の特技でもあった。
美里の思惑は、見事に嵌まった。日本にはまだ不慣れなソアラを、色羽と触れ合わせる事で緊張を解してあげたかったのだ。
既にソアラは肩の力が抜け、自然体で会話している。
「ある意味、色羽は特別な存在よね」
「うん、確かに」
美里と陽菜は苦笑しながら頷き合う。
「ん? 何か言った?」
ソアラとの会話で、二人のやり取りに気付いていなかった色羽が首を傾げる。
「あっという間に仲良しねって言ったのよ」
「それは、ソアラが良い子だからだよ」
そう言って、ソアラに微笑みかける色羽。そんな微笑みに、ソアラは嬉しそうに微笑みを返す。
空気が和んだところで、美里が本題を切り出した。
「ソアラ、日本で気になっている物や場所はある? お休みの時とかに、皆で行ってみない?」
「うーん、そうデスね……まずは、この辺りを色々見て回りたいデス。その後で、皆と一緒に色々な場所に行ってみたいデス!」
色羽のお陰で、ものの一時間ほどでソアラは輪に加わっている。素直に自分の要望を言える程に。
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ソアラの要望もあって、色羽達は電車に乗っていた。ソアラが、色羽達の学校も見てみたいと言った為だ。
勿論、学校の敷地内に入る事は出来ない。他校の生徒を連れて中に入るのは防犯上好ましくない、それは彼女達も理解している。その為、校門の外で学校を紹介するのだ。
今日は入学式の日であり、既に時間は夕方。その影響で、生徒の数も少ない。部活動等もほとんどが休みの日となっており、グラウンドには誰も居なかった。
「秋には文化祭があるんだよね」
「その時は、美里ちゃんとソアラちゃんも遊びに来てね!」
色羽と陽菜の言葉に、美里とソアラも笑顔で首肯する。特に、ソアラはその時ならば敷地内に入っても良いという事で、目をキラキラさせていた。
事件は、そんな時に起こった。
道を行く車が、突然ハンドルを切って四人の方へと向かって来たのだ。
「皆、危ないっ!!」
いち早くそれに気付いた色羽が声を荒げる。三人はすぐに異変に気付き、その場から慌てて離れた。
——ガシャアァンッ!!
車は正面から、初音高等学校の塀に激突した。
「きゃあぁっ!?」
「じ、じ……事故デス!?」
陽菜とソアラが困惑し、悲鳴を上げる。だが幸いな事に、色羽と美里は冷静だった。
「落ち着いて! まずは、乗っている人の安否を確認するのよ!」
真っ先に、美里が運転席にいる男性に駆け寄って声をかけた。
「大丈夫ですか! 意識はありますか!」
「う、うぅ……」
男性は意識が朦朧としているのか、呻くだけだ。
「美里、救急車を! 私は先生に協力を要請して来る!」
「解った! お願い、色羽!」
スマホを取り出す美里に頷きを返した色羽は、陽菜に荷物を預けて駆け出した。
……
色羽は、職員室がある本館に入って何かおかしいと感じた……人の気配が感じられないのだ。
「おかしいな、だってまだ夕方の四時過ぎ……え?」
窓の外に視線を向けて、色羽は異変に気付く。
まず、空に紅い月が浮かんでいる。その紅い月は完全な円形……満月だ。
「な、なんで……? 異常気象? 満月、数日前に見たような気が……」
色羽の卒業と進学の祝いで親戚が来た時に、「今日は満月だね」なんて会話があった。実際、従姉妹と部屋で話している時に満月も見た。
次いで、満月が浮かぶ空の色。夕暮れ時だというのに、星一つない真っ黒な空だった。まるで、真っ黒なペンキで空を塗りたくったような黒。
夕焼けも星も雲も見えない。あるのは紅い月ただ一つ。そんな紅い月が照らすのは、初音高等学校のグラウンドや校舎、そして敷地を囲っている塀……だけである。
「へ、塀の外……目の前に住宅地やアパートがあったのに……」
色羽の背筋に悪寒が走った。似ているのだ、あの悪夢に。
「……あ、ぁ……まさ、か……」
身体に震えが走る。あれは夢だったはずだ。なのに何故。
——コツッ……。
その音が耳に届くと、色羽の肩がビクンッ! と跳ねた。その音は、ついさっき駆け上がって来た階段から聞こえて来た。
——コツッ……コツッ……。
色羽は無意識の内に、自分の身体を抱き締める様にしながら物陰に隠れた。息を殺して、やり過ごそうとする。
聞こえてくるのは足音……よく清掃されワックスもかけられたこの床を、硬い靴底で歩いているような音だった。
悪夢の記憶が脳裏に蘇る。
全身から血の気が引く感覚。足音は近付いて来る。
——あんなの、ただの夢だ。
化物が実在するはずが無い。ここはファンタジーな世界ではない、現代日本だ。自分にそう言い聞かせて、強張った身体を抱く。
——コツ……。
音は、そこで止まった。
何故、音が止まったのだろうか? と、色羽は視線を音がした方へ向ける。
——スン、スンスン……。
臭いを嗅ぐように、鼻を鳴らす音。そして……。
「クヒッ……クヒヒヒヒッ……」
嗤い声が、した。
——コツ、コツ、コツッ!!
勢いを増した足音が、勢いよく階段を上がって来るのが解る。
「あ……ぁ……」
——そして、悪夢が追い付いた。
甲殻類を思わせるゴツゴツとした肌。
肥大化した太腿に、細い脛廻りの脚。
そして山羊の頭部。
「……ギヒッ」
夢で色羽を追い詰めた、あの異形がそこに居た。