第18話 不適格者と、少年少女
色羽を狙った弾丸は、標的を見失い壁に着弾した。その弾痕を横目に確認して、色羽は美鈴が自分を殺害しようとした事を認識する。
顔を怒りに歪めた美鈴は、今も色羽を睨んでいる。その表情に込められた殺意は、侵略者に向けられるそれを凌駕していた。
「李さん……何、を……?」
仲間であるはずの美鈴が、自分を殺そうとした。その事実は、色羽に焦燥と恐怖の感情を抱かせる。
彼女はまだ洗脳されているのか? という疑念が一瞬浮かんだが、色羽はそれを即座に否定する……否定せざるをえない。
何故なら、彼女の額に見えていた”力の印”はもう見えない。それに、洗脳者の男も指先に浮かんでいた”力の印”は見えなかった。
何より、洗脳されていた美鈴は無表情だった。色羽を連れ出した時の表情は、確かにいつもの彼女に近いものがあった。だが、それでもどこか無感情な様子であったのだ。
今は違う……明確な殺意と、怒りの感情。美鈴は、それを自分に叩き付けて来ているのだ。
「最初から……こうすれば良かっタ……!!」
そう呟いて、美鈴は色羽に向けて駆け出した。その動きはまるで、獲物を狙う肉食動物の様。
「色羽、危ないっ!!」
美里の悲鳴じみた叫びに、ようやく色羽は思考の海から浮上する。美鈴は間違いなく、自分を殺そうと迫っている。
――何で……私を……?
自分が一体、何をしたというのだろう。美鈴はいつも自分に対して素っ気なく、話し掛けてもつまらなそうに無視をされて来た。
好感を抱かれていないのは、気が付いていた。その理由は解らなかったものの、彼女の態度から察する事が出来た。
もしかしたら平凡なただの高校生に過ぎない自分が、異能を得て組織に加わった事が気に入らないのかもしれない。あるいは自分の異能が、美鈴にとって気に入らないのかも……そんな風に考えていた。
しかしだからといって、殺意を覚える程の悪感情を抱かせていたとは思わなかったのだ。
色羽とて、相手が侵略者ならば命を奪う覚悟は出来ていた。しかし今、自分を殺そうと迫る相手は人間……それも、同じ適格者。ナイン・ライヴスの仲間であるはずの、李美鈴だ。
殺せない、殺したくない……でも、殺されたくもない。
――どうすれば……私は、どうすれば良いの……!?
美鈴は熟練の適格者であり、その実力はメンバー内でもトップクラス。自分の実力で彼女を制圧する事は、容易ではない。
しかし、死にたくはない。相手を傷付ける事になったとしても、死にたくはない。あの学校の屋上で、侵略者に絞殺されかけた時から……生きたいという思いを、色羽は強く常に実感している。
美鈴は銃を色羽に向け、その心臓に狙いを定めている。その引き金に力が込められ、銃口から殺意の込められた弾丸が放たれようとして……突然、美鈴は足を止めて横に跳んだ。
直後、彼女が居た場所を小さな何かが通過する。それが建物の外壁に当たった事で、色羽と美里はそれが弾丸だったのだと解った。
美鈴を狙った弾丸……それも、銃声は聞こえなかった。恐らくは消音器を付けた銃だろう。
「ちっ……!! 誰が邪魔を……!!」
忌々しいとばかりに、自分を狙撃した者に視線を向ける美鈴。弾丸の飛んできた方向を見れば、すぐに相手は見付かった。
それは、銀色の長い髪を風に靡かせた小柄な少女だった。白磁の様な白い肌に、整った容姿ビスクドールの様。しかしながら、顔立ちは幼さを感じさせるものだ。
「ナイン・ライブスじゃナイ……不適格者ネ」
邪魔された相手が不適格者ならば、殺してしまおう……そんな思考に至った美鈴が、銃口を謎の少女に向ける。
動じる事なく、謎の少女は美鈴を見下ろすばかりだ。その眼からは、何の感情も覗えない。
そして、その蕾のような形の良い唇から放たれた言葉。
「不適格者は、あなた」
彼女がそう口にした瞬間、美鈴は引き金を引こうと指に力を込める。
「李さん、ダメッ……!! 相手は、人……っ!!」
色羽はその蛮行を止めようとするが、駆け寄って止めるには距離が遠い。ならばせめて、彼女が重症にならないように……足を撃って、止めるしかないと判断した。
「何てことを……っ!!」
美里も美鈴が何をしようとしているのかを察し、彼女を投げ飛ばしてでも止めなければと走り出す。
その凶弾が放たれる、その直前。
「駄目だよ」
美鈴の真後ろに、突如として姿を現したのは金色の髪を靡かせる少年だった。歳の頃は小学生くらいの、あどけなさを残す顔立ち。
そんな幼い少年は、美鈴の首目掛けて手刀を叩き込む。
「がっ……!?」
その一撃で、美鈴の動きは止まった。同時に彼女は意識を刈り取られ、膝から崩れ落ちて倒れてしまう。
金髪の少年は人一人の意識を混濁させた直後とは思えない、柔らかな笑みを浮かべて色羽と美里に視線を巡らせる。
「姉さんを助けようとしてくれた事、心より感謝致します」
そう言って少年は微笑みながら、丁寧に一礼する。その様子から、敵対の意思は覗えない。
彼が身に纏う衣服は仕立ての良い物らしく、特に金色の刺繍が施された黒地のベストが目を引く。
「彼女の処遇は、任せる」
いつの間にか、色羽の背後にはあの銀髪の少女が立っていた。黒いゴシック風のドレスを身に纏った少女は、改めて見ても少年同様に整った顔立ちである。
「マコ、もう時間が無い」
「そうだね、そろそろ頃合いだろうし……」
二人は気やすい雰囲気で会話し出すが、色羽と美里からしてみたら何が何だか解らない状態だ。
「待って、あなた達は一体……」
色羽の呼び掛けに、立ち去ろうとしていた二人は振り返る。
「僕は……そうですね、マコト……と呼んで下さい」
金髪の少年は、そう言って微笑む。日本人には見えない顔立ちと髪の色なのだが、その響きは明らかに日本的なものだった。
「……私は、メイ」
少女は銀色の髪を揺らしながら、言葉少なに名乗った。彼女も日本人離れした容姿である。
その瞬間だった。空が罅割れ、その隙間から光が漏れ出す。特異点が消滅する、その前触れだろう。
「それでは、時間ですね。ご縁があれば、またお会いしましょう」
空に視線を向けていた色羽と美里が、マコトとメイに視線を戻す……しかし、そこに二人の姿は無かった。
「消え、た……!?」
「い、いつの間に……」
……
特異点が消滅した直後、数分でナインライブスの構成員が駆け付けた。色羽と美鈴の信号を頼りにして、探し出したのだ。美鈴は相変わらず、意識を失ったままである。
そこで色羽と美里から美鈴が色羽を襲った事を聞いた彼等は、半信半疑ながらも彼女を捕縛する。
特異点を終わらせたのは、後から駆け付けた双葉・北斗・焔だったらしい。侵略者の親玉を倒す事に成功し、無事に帰還済みだそうだ。
「それと、一名の不適格者の死亡が確認されました」
不適格者の死亡……その言葉を聞き、美里の顔から血の気が引く。それはおそらく、あの洗脳者ではないか? という考えからである。
「先日の特異点でも適格者を襲撃した、御上です。また、一般人も巻き添えになっていたらしく……」
「え……あ、あの!! ここに来るまでに、男性がいませんでしたか!? 指を撃たれた男の人なんですが……」
色羽がそう言うも、構成員の面々は不思議そうな顔をして「いえ、目撃していないと思います」と言うだけだった。
「……何だったの? もう、訳が分からなくて……頭の中が、ぐちゃぐちゃだよ……」
「色羽……」
美里は俯いて震える色羽の肩を抱き、支える様にしていた。
――大丈夫だよ、色羽。私が色羽を支えるから……。
その力を、美里はつい先程手に入れたのだ。
それは美鈴の意識が刈り取られた後の事……美里の意識は、どこか解らない謎の空間に招かれた。
彼女はそこで、謎の青年から異能の力を授けられていたのだ。
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その頃、何処か解らない空間。
男は意識が浮上すると同時に、激痛で呻き声を上げる。
「ぐあぁっ……!! い、いてぇ……いてぇよ……っ!! くそっ……!! どこだここは……!!」
どこまでも広がる、無機質な白い床。果てがあるのかも怪しい、漆黒の空。物悲しさが漂うと同時に、寒気のする場所である。
「おや、目が覚めたか」
声を掛けたのは、青年だった。黒い髪に、黒い瞳を持つ青年。男はその青年の顔に、見覚えがあった。
「て、てめぇは……!! てめぇの、てめぇのせいで俺の人生は……ッ!!」
「責任転嫁するなよ、全て君自身の選択の結果だろう?」
突き放す様なその言葉は、冷たい声色だった。男は歯軋りをして青年を睨むが、彼は全く意に介した様子は無い。
「まぁ、人生に悩む事はもう無いよ……君は既に死んでいるからね」
死んでいる。青年は、あっさりとそう告げた。
その言葉の意味を、男は即座に理解は出来なかった。ゆっくりとその意味を咀嚼し、自分の置かれた状況に気付いて……一気に頭に血が昇った。
「ふざけんなッ!! なら何で、指がいてぇんだ……ッ!! デタラメ抜かしてんじゃねぇ!!」
「痛みがあるのは、生きている証拠とでも? まさかぁ」
がなりたてる男だが、青年はどこ吹く風で肩を竦める。
「僕の立場では、君達の世界に干渉は許されない。しかし君は既に死に、世界の輪から外れたんだ。だから同郷であり……異世界で巡り合ったよしみという事で、別れくらい言おうと思ったまでさ」
青年がそう言うと同時に、男の身体が末端から薄れていく。
「な、何だ!? 身体が……!! 消えて……!!」
自分の身体が消滅していく……その恐怖に、男は震え上がる。青年はそんな男を、冷ややかな視線で見るだけだ。
「あっちでもこっちでも、君は好き勝手にやっただろう? どうやら、君には輪廻する価値は無いと判断された様だね」
「い、嫌だ……消えたくない……!! おい、助けろよッ!!」
「悪いが僕の管轄外だ……それに、僕には君を助ける理由がないね」
消滅は止まらず、男は喚き立てる……が、すぐにその悪足掻きも途絶えた。
男が消滅した場を見て、青年は一つ息を吐く。
「もう会う事は無いだろう……さようなら、萬田豪」




