第17話 急転と、殺意
銃声と共に、男の指がまた一本撃ち抜かれる。
「ア゛ッ……イィィィィアァァァッ!!」
室内に響き渡る、苦痛から齎された絶叫。しかし、それでも足りない。
この男が洗脳し、弄ばれた挙句息絶えた二人の人間がいる。未だに操られたまま、捨て駒の様に扱われている者たちが居る。
――絶対に、許さない……ッ!
命を奪えば、簡単だ。しかし相手は卑劣な洗脳者であろうと、人間である。
自分が戦うのは、あくまで異世界からの侵略者。異能を悪用する危険人物だろうと、命までは奪うつもりはない。
色羽は、命までは奪わない。その代わりに、洗脳された者達を解放させる。他の手段を選んでいる、その余裕は無い。
「ヒアァァァァッ!! オデノ……オレノ、指ィィィィッ!!」
激痛に苛まれる男だが、自業自得。今ここに至るまでの経緯を思えば、命が助かるだけ甘い措置のはず。
色羽は自分にそう言い聞かせ、再度引き金を引いた。
銃という武器の利点は、離れていても相手を攻撃出来る所だ。それは戦術的な意味でもそうだし……精神的な意味でもあると、色羽は思っている。
例えば自らの手で剣を握り、それを生き物に対して振り降ろせるか? 鈍器を手にし、渾身の力で生き物に叩き付けられるか?
答えは否……余程の極限状態でなければ、そんな事は出来ない。握った手から肉を貫く感触や、骨を砕く感触が伝わるから。
その点、銃は良い。発砲の反動はあるものの、相手を傷付ける感触が届かない。
だから冬弥は躊躇いなく、人を殺せたのだろうか。だから自分は、洗脳者に銃口を向け……引き金を引けているのだろうか。
「アッアァァァァァッ!?」
激痛に苛まれる、男の叫び声。それがやけに耳障りに思えて、色羽は彼の頭や心臓を撃ち抜きたい衝動に駆られる。
しかし自制心でそれを抑え込み、男の指をまた一本撃ち抜いた。
「ヒッ……イィッ……!!」
先程までの余裕は微塵も無く、男は慌てて物陰に身を隠す。しかしその位置は窓際であり、色羽と冬弥が居る方が出口側。逃げ場などもう無いに等しい。
「……クソッ、李はまだ操られている!!」
冬弥も、色羽の狙いについては気が付いていた。命を奪う決断を下せなかった彼女だが、状況を打開する道筋を見出す事には成功した。故に、不要と切り捨てる考えを一応は撤回した様だ。
「物陰に隠れられたら、流石に私の力では……」
力の印は、目視しなければ効果を発揮しない。それを知る冬弥は、このままあの男を撃ち抜いて殺せば良い……と思う。しかし、生け捕りに出来るならば面倒は少ない。そうも考えを改める……というよりは、自分を誤魔化した。
「フン……」
無造作に”貫通”の力を使って、引き金を引く。男が隠れたベッドを貫通した弾丸は、男のすぐ脇の壁を抉ったらしい。
「ヒイィッ!?」
慌ててその場から逃げようとするも、そこから身を晒せば色羽に撃たれる。男にもそれが解っており、ギリギリのところで留まった。
――どうするどうするどうするどうするどうするどうするどうする!?
自分の異能を使って、この場から逃げる。それしか男には考えられない。まだ自分には四人の一般人と、美鈴がいる。
「ひ、ヒッ……フッ……ァア……ぅおお前ラァッ!! 俺を守れエェッ!!」
洗脳者の呼び掛けに応じて、未だ洗脳された五人が動き出す。
「この……ッ!!」
冬弥が銃を構えるが、美鈴がそれを手で逸らした。
「来い!! 俺を守れッ!! 早くしろッ!!」
そう言うと、男は美鈴以外の洗脳された者達と共に……窓の外へと飛んだ。
「何ッ!?」
「まさか……!?」
直後、窓の外から聞こえて来る鈍い音。続けて、女性の悲鳴が聞こえて来た。
「そんな!!」
色羽が慌てて窓に駆け寄ると、そこには四人の人間の変わり果てた姿があった。夥しい血痕が、アスファルトの地面を染め上げている。
そしてそこに、洗脳者の男の姿は無かった。
「逃げられたっ!!」
「チッ……!! 李がこの状態って事は、野郎は無事に逃げおおせたか!!」
どれだけダメージを与えても、美鈴の動きは止まらない。そして洗脳されて尚、その身のこなしは歴戦の兵士のそれ。冬弥も、彼女の攻撃を凌ぐので精一杯だ。
美鈴が解放されれば、後はどうとでも出来る。そう考えた冬弥は、色羽に指示を出した。
「礼名、ヤツを追え!! 李は俺が抑える!!」
色羽では、美鈴を抑える事は出来ないだろう。そして、洗脳者を狙い撃つならば色羽が最適だ。
「はいっ!!」
階段を駆け下りて、廃墟ビルから出た色羽。目に飛び込んで来たのは、洗脳者の下敷きになり無残な姿になった人々の姿があった。
「……許せない」
地面には、血痕が残っている。この血痕を追って行けば、洗脳者を補足できるだろう。色羽はそう判断し、駆け出した。
その瞬間だった。
「……このタイミングで!?」
この世界と、並行世界が接近する事で発生する空間……特異点。空が黒く染まり、紅い月が街を照らす。
適格者が派遣されるとしても、それまでは色羽と冬弥だけ。しかも、美鈴は洗脳者に操られた状態である。
「早く、あの男を何とかしないと……!!」
色羽は疲れ切った脚に鞭を打ち、駆け抜ける。
そうしてようやく姿を見付けた男は、一人の少女に声を掛けられていた。その少女は、色羽にとって見覚えのある存在。今は別の学校に通っているが、長年の付き合いである親友だ。
「美里!! そいつから離れて!!」
「え!? 色羽!?」
「クソッ!! こっちへ来い!!」
美里を強引に引き寄せようと、手を伸ばす洗脳者。その指が触れたら、美里はこの男の異能で言いなりの人形になってしまう。
色羽は銃を構え、引き金を引こうとし……。
「ふ……っ!! やぁっ!!」
美里の繰り出した美しさすら感じさせる一本背負いを、目の当たりにした。
というのも、彼女は六浦財閥の令嬢。暴漢や不良に襲われる可能性を考慮し、幼い頃から護身術を学んでいたのである。
洗脳の力は脅威だが、指先で額に触れなければその効果を発揮できない。そして、それを許す美里ではない。
「ぐはぁっ!?」
美里の一本背負いによって、地面に勢い良く叩き付けられた不適格者。受け身を取れなかった彼は、白目を剥いて意識を手放した。
「色羽、大丈夫?」
「う、うん……こっちの台詞だったんだけどね……」
キリッとした表情で、色羽に無事か尋ねる美里。
「とにかく、こいつの指を……あれ、力の印が消えてる……」
無抵抗の相手の指を撃つのは、気が引ける……そう思っていた色羽。しかし、男の指先に浮かんでいた力の印が見えなくなっていた。
――もしかして、意識を失ったから? だとしたら、李さんも……。
美鈴も今頃、洗脳から解放されているのではないか。そう考えて安堵の息を漏らす色羽……しかし、状況は更に悪化している。
「色羽!! 上!!」
「えっ!?」
美里の指摘に従い、視線を上に向ける。そこには、醜悪な姿をした怪物の姿があった。
「侵略者……!!」
「やっぱり、ここは特異点なのね……」
周囲の環境の変化から、自分が今どこに居るのか……美里もそれを察していた。異能は保有していないが、彼女も特異点に入る事が出来る人間。そして色羽が異能を手にした際に、彼女も同じ特異点に迷い込んだ事があるのである。
「美里、私から離れないで!!」
必要なのは、武器だ。この近辺に配置されている、ナインライブスの武器庫……そこに到達すれば、侵略者に対抗可能。
色羽はそう判断し、特異点の攻略に意識を切り替えた。
……
美里と連れ立って、色羽はナインライブスの武器庫を目指す。道中に遭遇する侵略者は、色羽の撃つ弾丸で次々と息絶えていった。
その様子を見ながら、美里は難しい顔で色羽の背を見つめる。
――こんな戦いに巻き込まれて……色羽は優しくて、争い事が嫌いな普通の子なのに……。
幼馴染である美里だから、色羽の事はよく知っている。だからこそ、彼女が戦う理由にも察しが付く。
色羽は誰かの為にと、戦いに身を投じている。家族や友人、そういった人達の為なのだと。本当ならば、戦いたくない……戦争に身を置くのが、怖い。そう考えているのだろうと、気付いている。
――私が……私が代わってあげられたら良いのに……。
そんな事を考えている美里の視界の隅に、一人の女性の姿が映った。それは美里も見覚えのある、ナインライブスに所属する適格者だ。
――色羽の仲間。これで、色羽も楽に……いや、違う!!
その女性が色羽に向ける視線は、殺気に満ちていた。そして、その手には拳銃が握られている。
更に言うと、その女性の顔や服には血が付着していた。
「色羽!!」
美里は衝動的に、色羽を突き飛ばす。そして、銃声が街中に響いた。
「……李さん」
目を血走らせた、適格者・李美鈴。彼女が銃を向けたのは、同じ適格者である色羽だった。




