第16話 窮地と、激情
不適格者・銀二と、洗脳された人々。そして仲間であるはずの美鈴に、謎の男。状況を察するに、色羽を襲おうとしていたのは一目瞭然。
「チッ……お前は一体、何をしているんだ」
美鈴に呼び掛ける冬弥は、心底腹立たしいと言わんばかりだ。
美鈴は、適格者達の中では熟練メンバー。その事に誇りを持っていると思っていたし、自分の任務を忘れる様な人間では無いと思っていた。
そして彼女が色羽を嫌っている事は、冬弥も知っていた。しかし、こんな風に多勢に無勢で襲う様な女性だとは思っていなかったのだ。
冬弥の視線が剣呑なモノに変わったのを見て、色羽は慌てて声を掛ける。
「あの男に、全員操られているみたいなんです! 本人の波長とは違う、力の印が視えます!」
色羽の言う、力の印。それが彼女の異能である事は、冬弥も重々承知している。
「洗脳か。チッ、クソみたいな異能だな」
口汚く罵ると、冬弥は色羽に予備の拳銃を差し出す。
「それは、いつも持ち歩け。お前の身を守るのは、お前自身だ」
「す、済みません……」
そんな二人に、謎の男がつまらなそうに鼻を鳴らす。
「たった二人で、この状況を打破できるとでも?」
彼がそう言うと、洗脳された者達が動き出す。男を守る為、自らの身を盾にしているのだ。無論、それは本人の意思では無い……男による、命令に従っているのだ。
そんな洗脳被害者を、撃つ事は出来ない。そう考えた色羽は顔を顰めながら、どうすれば良いかと冬弥に問い掛けようとして……彼が、銃を構える瞬間を目の当たりにした。
「……待っ……!!」
制止しようとするも、それは間に合わず……乾いた銃声が、室内に響き反響する。
「……ア?」
額を撃ち抜かれ、目を見開くのは銀二だ。その瞳には、理性の色が戻った様に見える。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアァッ!?」
続いて、激しい絶叫。その狂ったような叫び声を上げたのは、謎の男である。銀二の頭部を”貫通”した弾丸が、彼の肩を抉ったのだ。
そんな絶叫が響き渡る中、銀二はうつ伏せに倒れ込んだ。地面に広がっていく、鮮血。そのショッキングな光景を目の当たりにした色羽は、全身を駆け巡る悪寒に身を震わせた。
「け、剣崎さん!?」
「騒ぐな、不適格者を処分しただけだ」
咎めようとする色羽だが、冬弥はそれを切り捨てる。彼にとって、銀二は生かしておくべき存在では無いという認識なのだろう。それは、謎の男に対しても同様である。
だが、色羽にそこまで割り切る事は出来ない。初めて、人が死ぬのを目の当たりにしたのだ。
更に冬弥は、銃を構える。その銃口は、裸身を晒す女性達に向けられている。
「だ、駄目!! あの人達は、操られて……!!」
「任務の邪魔をする者だ、排除する」
慌てて制止する色羽だが、冬弥は銃を下ろす気配がない。このままでは、銀二の様に女性達まで……そう思った色羽は、声を荒らげる。
「あの人達は被害者です!! それじゃあ、ただの人殺しですよ!!」
色羽の言葉が効いたのか、冬弥は銃を撃つのを思い止まった。それは決して色羽の言葉に納得した訳では無い……ただ、そう言ったのが彼女だったからだ。
そんな二人の言い合いを遮る様に、室内に怒声が響き渡る。
「そいつらを殺せッ!!」
痛みと屈辱に顔を醜く歪めた男が、目を血走らせながら怒鳴る。そんな洗脳者の指示に従い、操られた人々は二人に向けてにじり寄る。
相手は侵略者ではなく、自分達と同じ人間。銃に怯む事無く迫る者達を前に、色羽は唇を噛み締める。
――どうすれば、この人達を解放出来るんだろう……!?
一番手っ取り早いのは、冬弥か自分が洗脳者を殺す事。そう理解してはいても、実行に移す決断が出来ない。
「手足を撃つ。死ななきゃ治る」
冷徹な声色で、冬弥は銃を構えて一人の男性の足を撃った。その衝撃でバランスを崩し、倒れ伏す男性。その足から、真っ赤な鮮血が迸る。
「……っ!!」
彼等を無傷で解放したい……そう思っていた色羽は、止める間も無く行われた凶行に言葉を失う。
しかし、撃たれた男性はすぐに起き上がり……二人を捕らえるべく、歩みを再開した。
「え……っ!?」
「チッ、痛覚が麻痺しているか……これじゃあ、いくら痛め付けても止まらないな」
驚いている色羽は、そんな冬弥の言葉が耳に届き……そして直感する。
解放するには、彼等か洗脳者の……息の根を止めるしか無いのかもしれない。
その可能性に思い至った色羽は、銃を持つ手が震える。
彼女は、人を守る為に適格者になったのだ。決して人を殺す為ではない。
しかしそんな彼女の善意は、同じ人間の悪意によって折られかけている。異能の力を悪用し、己の欲望を満たす為だけに利用する醜悪な悪意に。
「……目を閉じて、隅で震えてろ。戦場に腰抜けは必要無い」
ついには、冬弥も苛立った様子でそう口にした。
侵略者との戦いも、不適格者の処分も変わらない。全てはこの世界を存続させる為に、必要な事だ。少なくとも、冬弥はそう考えている。
それから目を逸らそうというのならば、それは彼にとって最も邪魔な存在だ。
色羽という少女を気に入ってはいたが、今回の出来事で彼は色羽を切り捨てる事にした。もう何を言われても、止まらない。
冬弥は銃を構え、そして引き金を引く。
鮮血が、コンクリートの壁を赤く染める。撃たれたのは、男の慰み者になったであろう二十代前半程の女性だ。いくら痛覚が無くても、生命活動が停止すれば動けないらしい。
「け、剣崎さ……」
それでも尚、冬弥を止めようとする色羽。しかし、そんな色羽に対して冬弥は怒りを露わに怒鳴り付けた。
「戦えないなら、さっさと消えろ!!」
容赦の無い言葉に、色羽は何も言えない。足から力が抜けて、その場にへたり込んでしまう。
そんな色羽に舌打ちをして、冬弥は銃を構え直す。
だが、そんな冬弥に向かって一気に距離を詰める女性が居た。美鈴である。
「お前か……っ!!」
美鈴に照準を合わせるべく動く冬弥だが、それよりも美鈴の動きの方が速い。射線から外れるべく、ジグザグに走りながら迫る美鈴。そんな彼女を捉えられないまま、冬弥は引き金を引いた。
「チィ……ッ!!」
「シッ!!」
しなやかな脚から繰り出された蹴りを避け、冬弥は地面を転がる様にして距離を取る。しかし、美鈴は逃すまいと冬弥に接近し直した。
「王に命を捧げろ……!!」
「お断りだ!!」
格闘技で襲い掛かる美鈴と、それを必死に避ける冬弥。しかし痛覚を感じないせいか、美鈴の動きは常軌を逸している。壁や机を砕く拳や足は、あちこちが傷付いて血が飛び散っている。恐らく、骨も無事では無いのだろう。
それでも美鈴は止まらない。
一方、色羽に向かって残る操られた者達が迫る。一人の男性が力無く項垂れる色羽を蹴り飛ばすと、彼女を組み伏せる様に圧し掛かった。
「ううぅ……っ!!」
涙を流す色羽の首に、男性は容赦なく腕を伸ばす。両手で握り潰さんとばかりに、色羽の首を掴んだのだ。
それは、あの日の屋上の事を思い出させた。異能に目覚めたあの時から、色羽は生きる為に抗い続け……しかし、こうして何も出来ずに生涯を終えようとしている。
どうせ死ぬならば……最後に、一矢報いよう。自分の命を、無意味な死で終わらせない為に。
この極限状態に陥ってようやく、色羽は覚悟を決めた。首が締め上げられて、呼吸もままならない。それでも、視界の隅で狂った様な形相を向けて睨み付けている男に、銃口を向けた。
人殺しと罵られても……せめて、洗脳された人達だけでも助ける。最後の力を振り絞って、色羽は霞む視界の中で照準を合わせる。こんな視界の中でも、力の印だけはハッキリと見えた。
「ひっ……や、やめ……っ!!」
色羽の意図を察してか、男は顔を青褪めさせる。顔を庇う様に、両手を挙げた所で……色羽の指が、引き金を引いた。
乾いた銃声……そして、銃弾が肉を抉る音が室内に反響する。
「ギィイィヤァァァッ!!!! 指がッ!! 俺の、指イィィィッ!?」
どうやら色羽の弾丸は、男の指に当たったらしい。外した……そう落胆して、色羽は身体から力を抜く。全力を振り絞った、最後の弾丸。それは、ハズレだったらしい。
しかし、それが大当たりだった。
「お、俺は……何を……っ!?」
そんな男性の声が頭上から聞こえると共に、色羽の首を締め付けていた力が緩む。
「ひ、ヒィッ!? 何だ!? 何なんだこれはっ!?」
ブラックアウトしかける意識が、急速に浮上していく。
「かはっ……!! ゴホッ、ゴホッ……ウゥェ……ッ!!」
血と硝煙の臭いが充満する室内の空気だが、それでも空気は空気。ようやく呼吸が出来た事で、色羽はなんとか三途の川を渡らずに済んだ。
「な、何だよコレェッ!! うわあああぁぁぁっ!!」
色羽に圧し掛かっていた男は、その惨劇を目の当たりにして恐慌状態に陥り、駆け出した。どうやら彼は、何らかの要因で意識を取り戻したらしい。
「ゲホッ……な、ンデ……」
圧迫された喉、そして首をへし折られかけた痛みに顔を顰めながら、色羽は現状を把握しようと意識を周囲に向ける。
目立った変化は、やはり洗脳者の男だ。彼の左手の人差し指が、夥しい血を撒き散らしている。どうやら彼の指に見えた”力の印”を、撃ち抜いたらしい。
――指? そして、洗脳された人達の、おでこ……力の印……まさか!!
洗脳の異能は、彼の指が力の源。よく見ると、右手の親指と左手の小指は力の印が消えている。恐らく、冬弥が射殺した二人のものだろう。
洗脳された人々は、先の男性以外はまだ意識を取り戻していない。なら……残る指を何とかすれば。
未だに痛む、締め上げられた首と、蹴られた腹。虚ろな目をした人々に、鮮血を撒き散らして倒れている二人の被害者。無茶苦茶な戦いを強いられてボロボロの美鈴。
「……撃、つ……ッ!!」
沸々と沸き上がる怒りに身を任せ、色羽は洗脳者に銃口を向け……即座に引き金を引いた。




