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第13話 ヤンキーと、情報

 先の特異点が発生してから、二ヶ月が経過していた。

 色羽は、これまでの人生で最も真面目に授業を受けている。変わってしまった非日常の中に残された、ささやかな日常を謳歌する事を大事にしたいからだ。

 お陰で教師からは優等生として見られ、クラスメイトからも一目置かれる存在である。更に彼女自身の魅力もあり、男子生徒からの人気は鰻登りだった。最も、本人はその事に一切気付いていないのだが。


 その傍らで、放課後は学校の地下施設で訓練を重ねる色羽。次の戦いも任務を完遂し、皆で生き残る為にだ。

 世界と世界の衝突まで、あとどれ程の猶予があるのか。そして、適格者の中に存在する不適格者……異能を悪事の為に利用する者達が、どれ程居るのか。それを考えると、気が滅入ってしまいそうだった。

 そんな不安に苛まれ、押し潰されない為に、色羽は訓練を重ねている。


――私に今出来るのは、目の前の事に全力で取り組む事。それしか……無いよね。


 不安に彩られた未来に負けじと、色羽は前向きに頑張ろうと意気込んでいたのだ。

 もし、彼女一人で戦うならばこうはいかなかっただろう。しかし、彼女には双葉達がいる。

 同じ学校の金指双葉・初音水姫・三枝大地はよく、色羽と一緒に訓練をするようになった。そんな先輩達のアドバイスもあり、色羽の戦闘能力が向上している。

 また天野北斗や四谷焔・剣崎冬弥は、顔を合わせると気さくに接してくれる。お陰で、色羽は前向きな姿勢のままでいられた。


 訓練を重ねる色羽の身体能力は、みるみる向上して行った。銃器の扱いにも慣れて来たし、特例措置で講習を受けて二輪の免許も取得した。

 自分の様に、特異点に巻き込まれた人を救う。大切な人達を救う。その為に努力を積み重ね、色羽は実戦に堪え得る実力を身に付けつつあった。


************************************************************


 火曜日の四時間目、色羽達のクラスは体育の授業となっている。生徒達からは不評な時間割である。昼休みの直前、空腹を訴える身体を酷使しなければならない時間だから。

 しかし、訓練を重ねた色羽にとっては何て事は無かった。体力トレーニングの成果である。


――そろそろ、次の特異点が発生してもおかしくないよね。


 四月の始めに発生した、この学校を中心とした特異点。次に発生したのは、五月の半ば。市街地に発生した特異点だ。それから二カ月が経過し、今は七月の後半に差し掛かろうとしている。

 このまま、平穏な時間が流れるならばそれで構わない。だが、それは希望的観測だろう。


 特異点が発生すれば、ナインライブスから貸与された携帯端末に連絡が入る。その端末と適格者が所持している腕時計は常時接続リンク状態で、腕時計にも緊急連絡の表示がされるのだ。

 故に体育の時間等、携帯端末を手放さざるを得ないタイミングでは、色羽は腕時計に意識がいってしまう。


「早く授業が終わらないかなって思ってる? わかるわかるー」


 そんな言葉がかけられたのは、背後からだ。

「……え?」

 軽快に走るのは、金髪の少年だ。生え際のあたりが黒いところをみるに、染めているのだろう。耳にはピアス、更に首からはネックレスをしており、ガラがよろしくない。

「たしか、礼名さんだっけぇ? 脚速いんだねー、何か運動とかやってんの?」

 色羽は少年の名前を必死に思い出そうと、頭をフル回転させる。というのも、ニつのクラス合同で体育をしているので、隣のクラスである彼と会話をするのは初めてなのだ。


「……えぇと、あなたは……」

「俺? 俺は木之下きのした吾郎ごろう。ゴローちゃんって呼んで良いよ?」

「……木之下さんですね」

 色羽にとって、彼の様なチャラい男は苦手なタイプだった。しかし吾郎は別段気にした様子もなく、笑った。

「礼名さんさぁ、よく生徒指導室に行ってるでしょ? もしかして、ご同類?」

 自分が放課後に生徒指導室に行っているのを見て、自分の同類ふりょうなのではないかと思ったらしい。


「進路について、先生方に相談しているんです」

「そっかぁ、偉いんだねぇ。俺ってこんなナリじゃん? だから、よく呼び出し喰らうんだけどさぁ……その時、君の姿が部屋に無いんだよね」

 その言葉に、色羽はしまったと内心で頭を抱える。

 彼が生徒指導室に入った際、自分は隠し通路でナインライブスの訓練場へ向かった後なのだ。それを不自然に思われて、何かあると勘繰られたのだろう。

「心配しないで良いよ、取って食う気は無いからー。地下、でしょ?」

 最後の一言は、周囲の生徒に聞き取れない程の小声だった。


「……!! 木之下さん、もしかして?」

 視線を向けると、彼の左腕に時計が見える。自分とはデザインが違うものの、見覚えがあるデザインだった。支給される腕時計を選ぶ時に、カタログで見たのだ。

「ねぇねぇ、後でRAIN交換しよーよ。俺、礼名さんみたいな子がタイプなんだよねー。今度一緒に遊ばない? 俺、結構この辺では顔広いよ? 友達もいっぱいいるし。天野君とか、剣崎君とかさ」

 チャラい台詞なのだが、その目は真剣だった。そして、彼が名前を挙げた二人……北斗と冬弥だろう。


 つまり、この木之下吾郎も適格者なのだろう。


「親しい人以外には、LAINは教えていないんです」

 視線を前に向ける色羽は、話はお終い……という態度を取る。そして、声を出さずに口だけを動かした。


――放課後、訓練場で。


 吾郎は色羽の口の動きを見て、小さく頷いた。


「ゴローちゃん、フラれてやんのー!」

「ダセェー」

 色羽とのやり取りを見ていた、他の男子生徒が茶化すような言葉を投げ掛ける。

「いやいや、絶対礼名さんは照れてるだけだって! ねー?」

「どうでしょうね。それじゃあ、私はこれで」

 走るスピードを上げて、色羽は吾郎から離れる。

「ギャハハ、ゴローちゃんマジウケる!!」

「失恋しちゃったね!!」

 そんな男子生徒達の会話に、色羽は溜息を吐く。


――大丈夫かな、あの人と接点を持って。


 とはいえ、現場で協力する必要が出て来るかもしれない。連携が取れるように、最低限の付き合いはしなくてはならないだろう。


************************************************************


 放課後、色羽は生徒指導室から地下訓練場へと赴く。そこには、既に吾郎が居た。

「お疲れ様です、礼名さん」

 投げ掛けられたのは、そんな丁寧な挨拶だった。授業中の態度とは全く違ったので、色羽は目を丸くしてしまう。

 それも無理のない事だろう。彼の出で立ちは明らかに派手で、街でブイブイいわせているヤンキー……もしくは、クラブ通いでもしていそうなパーリーピーポー。そんな彼が、キレイな角度で頭を下げてみせたのだ。


「お、お疲れ様です……」

 戸惑い気味の色羽に、吾郎は苦笑しつつも言葉を続ける。

「授業の時は、済みませんでした。礼名さんが適格者だと腕時計で気付いて、声を掛けちゃったんです」

 そう言って、もう一度頭を下げる吾郎。見た目ヤンキーに頭を下げられ、色羽が微妙そうな顔をしてしまう。


「え、えぇと……今の木之下さんが、素ですか?」

「えぇ。生徒指導室に頻繁に行くので、呼び出されそうな外見にしているんです。先生達には、話が行っていますよ」

「あぁ……成程」

 本来の彼は、真面目な少年の様だ。チャラい外見は、ポーズらしい。


 そこへ、水姫と大地がやって来る。

「こんにちは色羽さん、木之下さん」

「お疲れ様です。お二人も、これから訓練ですか?」

 驚いていない所を見ると、二人は吾郎とは顔見知りらしい。

「三枝先輩、初音先輩、お疲れ様です」

「こんにちは、水姫先輩、三枝先輩」

 挨拶を返す二人に、水姫が笑みを深める。


「木之下君は、ナインライブスには慣れたかい?」

「はい。皆さんのお陰で」

 大地と吾郎の会話に、色羽は首を傾げる。

「もしかして、木之下さんも最近ナインライブスに?」

 そんな色羽の質問に、吾郎は苦笑して頷いてみせる。

「高校に入学する前の、休みの期間からです」


 話を聞く所によると、吾郎は地元では目立たない少年だったらしい。そんな彼が適格者となったのは、偶然に偶然が重なった為だ。

 原付バイクで走っていたら、たまたま特異点の発生に巻き込まれたらしい。そんな特異点の中に現れた侵略者が、たまたま吾郎の目前に飛び出して来た。

 吾郎の原付バイクは侵略者を轢き、更に侵略者は運悪く電柱に頭部を強打。侵略者は命尽き、吾郎は異能を手に入れたのだ。


 更に、そこに突入して来たのが水姫と大地である。

 侵略者を轢き殺してテンパっていた吾郎に、二人は事情を説明し落ち着かせた。吾郎はその後、二人と行動を共にして特異点から生還。ナインライブスの拠点に同行し、スカウトを受け入れたのだった。


「そこからは訓練漬けでしたね。お陰で少しは、強くなれたとは思うんですが」

 話せば話す程、授業中のチャラさが薄れていく吾郎だった。

「じゃあ、私とはそんなに加入の時期が離れていないんですね」

「ほんの数日差ですね。学年も同じですし、同期とでも思って貰えれば嬉しいです」

「ふふっ、了解です」

 和やかに会話する色羽と吾郎を、水姫と大地は穏やかな表情で見守る。


 ……


 そのまま、訓練場へと連れ立って向かう事にした四人。

 色羽はハンドガンやアサルトライフル、サブマシンガンでの射撃訓練を行うのだが、その姿に吾郎は目を見張った。無理もないだろう、その精密射撃は百発百中……正確に的を撃ち抜いていくのだ。

「凄い……僕とそう変わらない時期に適格者になったとは思えない……」

 正確無比な色羽の射撃に、吾郎は目を奪われていた。そんな二人に、大地は苦笑する。


――多分俺も、彼女の異能を知らなければ同じだったな。


 そう思いつつ、色羽の射撃を観察する。彼女はしっかり訓練を積んで、銃を構える姿も大分サマになっていた。


 そこへ、坂東が姿を見せた。

「お疲れ様です、皆さん」

 支部長専任秘書・坂東久美子。色羽が顔を合わせるのは、ナインライブスにスカウトされた時以来だ。

「お久し振りです、坂東さん!」

「礼名さん、お久し振りです。お元気そうで、何よりです」

 柔らかく微笑む坂東に、色羽も笑顔を浮かべる。


「お疲れ様です、坂東さん。こちらにいらっしゃるだなんて、何かあったんですか?」

 水姫の問い掛けに、坂東は苦々しそうな表情になる。

「はい、先日の離脱者の件です」

 離脱者……不適格者の事を、ナインライブスではそう評している。その言葉に、色羽達も表情を引き締めた。


「江崎銀二と思われる男を連れた集団を、市街地に設置している防犯カメラが捉えました。支部長が皆さんをお呼びですので、同行して頂けますか?」

 坂東の要請に、色羽達は頷いた。

「はい、了解です」

 水姫が代表して了承すると、坂東が頷き返して教官に視線を向ける。

「済みませんが、このまま向かいます。後片付けをお願いします」

 坂東の指示に、教官が敬礼して応える。

「はっ! 了解であります!」


 ……


 自分は、十八人目の適格者である……入学式のあの日、奇妙な空間で謎の青年からそう教えられていた色羽。

 ナインライブス支部に集まった適格者で、顔を合わせた事が無いのは一人だけだった。長身の男性で、スーツを身に纏っている。見たところ、二十代半ばから後半だろう。


 現在ナインライブスに所属する適格者は、色羽を含めて十人……ということらしい。江崎達三人もナインライブスに所属していたが、二人は捕縛の後に監視されている。

 そして、残る一人……江崎銀二。


「良く集まってくれた、適格者諸君。既に通達しているが、ナインライブスから出た離反者・江崎銀二……彼の消息について、有用な情報が入った」

 支部長である神奈木が、視線を巡らせる。色羽達、適格者は真剣な面持ちで神奈木の言葉を待っていた。

 神奈木はモニターに映し出された地図の一角を指差す。

「場所は、この周辺だ」

 神奈木の言葉を引き継ぐのは、千道院である。

「ここは市街地で、空き家も多い。そういった場所に、彼が潜伏している可能性もある。また、彼と行動を共にしているらしき者達がいる」

 その言葉を受け、適格者達に緊張が走る。それは即ち、ナインライブスの適格者である自分達の敵対者……侵略者インベイダーとは異なる、人間の敵対者集団が存在するという事だ。


「確認出来た限り、六人。ナインライブスが把握しているのは、江崎のみだ。また、全員が適格者なのか? それとも、一般市民も混じっているのかは解らない。また、他に繋がっている者が居ないとも限らない」

 そんな千道院の言葉に続き、坂東も力強く宣言する。

「日本支部としましては、全力で彼等の行方や素性を追いましょう。適格者の皆さんに出動が掛かる際は、三人から四人でチームを組めるように指示します。皆さん、侵略者インベイダー以外にも注意を払う様にお願い致します」

 真剣な面持ちの神奈木達に、色羽は息を呑む。


――人間同士で、争うなんて……でも、相手は異能を持つ適格者……隙を見せたら、殺される……。


 人間と戦う……その事に踏ん切りが付かない色羽は、目を伏せる。

 侵略者インベイダー……化け物が相手でも、未だに命を奪う事に慣れない。それは、女子高生として普通の感性だろう。


 そんな色羽は、背後に立つ美鈴メイリンの鋭い視線には気付けなかった。

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