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第12話 嫉妬と、苛立ち

 住宅街に発生した特異点の終息から、二日。初音高等学校の地下にある訓練場に、色羽と双葉……そして水姫が集まっていた。


「え? じゃあこの学校の理事長って……」

「ええ、私の祖父なの。ちなみに、父も企業経営をしているわ。ファーストインテリジェンスって聞いた事ない?」

「大企業じゃないですか!?」

 水姫の話に、度々驚きの声を上げる色羽。こんな身近に、生粋のお嬢様が居るとは。親友の美里もお嬢様である為、二人目である。


 三人が席を共にしているのは、水姫の要望であった。元々彼女は双葉の事を気に掛けており、時折食事などに誘っている。色羽もまた、彼女に気に入られた事でお誘いを受けるようになったのだ。

「初音先輩の血縁とは聞いていましたけど、まさか理事長のお孫さんだったとは……」

「あら? 金指さんにも言っていなかったかしら?」

「直接は聞いていませんでしたよ? そうじゃないかとは思っていましたけれど」

 とはいえ双葉がその件を知らなかったという事は、水姫とはそこまで深い仲という訳では無いらしい。


「まぁ、家は弟が継ぐから。私は気楽な物ですけどね」

 水姫は三人兄弟の長女で、弟と妹がいるらしい。

「色羽さんは、ご兄弟はいらっしゃるの?」

「いえ、私は一人っ子なんです。兄弟がいるといいなぁとは思っているんですけどね」

 一人っ子であるから上の兄姉を持つ友人や、弟妹を持つ友人の話を聞くと羨ましく感じてしまう。惜しみない愛情を注いでくれる両親に不満は無いものの、上か下に一人くらいは欲しかった。


「そうなのね、居たら居たでうるさいものだけど……」

「金指さんは、確かお兄様がいらっしゃるんでしたね」

 どうやら、双葉には兄弟がいるらしい。

「はい。今は東京の大学に通う為に一人暮らしをしていますけど……帰って来たら帰って来たで、遊び歩いていますよ」

 地元の友人と一緒に飲みに行ったりする為に、月に一度は帰って来るらしい。呆れたような口調ながらも、苦笑いしながら「作った料理に文句をつける」などとぼやく双葉。口で言う程、兄弟仲が悪くないらしい。


 そんなガールズトークをしている内に、水姫が思い出した様に言葉を発した。

「二人は、先日の不適格者の件は聞いているかしら?」

「えぇ。捕縛された二人は、ナインライブスで監視中みたいですね」

 それは、先日の特異点で襲い掛かって来た不適格者三人……江崎・福田・飯島の件だ。


 福田と飯島はナインライブスに連行された後、神奈木達によって査問にかけられたらしい。以降、常に彼等には職員による監視下に置かれているそうだ。

 彼等の持つ異能である“透視”と“加速”では、国連に所属する職員を出し抜いて逃亡する事は困難だろう。下手をすれば、事故に見せかけて殺されてしまう可能性だってあり得るのだ。

 それもあって、彼等は大人しくしているらしい。


 一方、現在も逃亡中の江崎銀二。彼は今も尚、その足取りが見つかっていない。

「一応、江崎を含む三人はナインライブスから除名処分。武器庫へのアクセスも禁止されているけれど……」

「江崎の異能が本当に“睡眠”だったら……異能で眠らされている隙に、武装を奪われる可能性があるんですよね」

「はい。警戒しないといけないですね……」

 いつ江崎が牙を剥いて来るかもわからない。警戒は怠るべきでは無いだろう。


************************************************************


 一方、同様にナインライブスの訓練施設に足を運ぶ冬弥。訓練場へ入ったそこに、よく戦線を共にする女性が立っているのに気付いた。

「ハイ、剣崎君」

「あぁ」

 短い最低限の挨拶に対し、挨拶と呼んでいいものか解らないような返答。そのまま、沈黙が続く。


 美鈴メイリンもまた、訓練の為に使用する銃を選定していたらしい。ハンドガンやサブマシンガン、アサルトライフル等が整備台の上に置かれている。

 冬弥もまた、得意としているアサルトライフルを選んでいく。彼はハンドガンやサブマシンガンには目もくれない。


「……そういえば、また特異点が発生したのネ」

「……あぁ」

 美鈴メイリンの問い掛けに、冬弥は視線も移さずに応える。そんな態度に眉を顰めつつ、美鈴メイリンは首を横に振る。

――前からこういうヤツだったし。

 冬弥の仏頂面は、今更だった。


 出会った当初は友好関係を結ぼうと、ニコニコして話しかけた事もある。しかし、冬弥は一切態度を変えなかった。そんな冬弥の態度に疲れて、美鈴メイリンもビジネスライクな対応になっていった。無理はないだろう。


「今回は、不適格者が出たんだっテ?」

「そうだ。一人は未だ逃走中だ」

 そう言って、冬弥が携帯端末で写真を表示する。

「江崎銀二。隣の街で暴れ回っていた不良で、暴行傷害や窃盗等での補導歴は数え切れない程に多い」

 所謂、札付きのワルである。

「中学時代の後輩である福田聡・飯島拓哉と共に、特異点に迷い込んだ。その後、周辺にあった物を使用して侵略者アグレッサーを殺害。異能を手にして以降、ナインライブスにスカウトされ、所属する事を了承……」


 その経緯に、美鈴メイリンは溜息を吐く。

「ふぅん……こいつの異能は解っているノ?」

「いや、不明だ。しかし、逃走後の現場を確認した奴が推測するには……相手を“睡眠”状態にする可能性があるらしい」

「……地味に嫌な異能ネ」

 眠らされてしまえば、どんな異能を持っていても無防備になってしまうのだ。ある意味、非常に汎用性が高い異能と言える。


「また、こいつの逃走には不審点がある。もしかしたら、もう一人か二人……適格者が関与している可能性が高い」

「ふぅん……」

 江崎の写真を見つつ、美鈴メイリンは興味なさげに相槌を打った。

 敵対する者ならば、殺意の線を見る事で視抜けるのだ。出会ったならば、その時に対処すれば良い。それが出来るだけの自信を、美鈴メイリンは持っていた。


「そう言えば、今回もあの新人ルーキーが居たんだっテ?」

 江崎の写真から視線を逸らし、用意した銃に弾を込めていく美鈴メイリン

「あぁ……大分、訓練を積んだらしい。俺や天野と一緒に走るだけの体力、銃を扱えるだけの技術は身に付いていた」

「付け焼き刃でショ」

 素っ気なく切って捨てる美鈴メイリンだが、それは事実という他ない。

 色羽はようやくそれなりの動きが出来るようになったというレベルであり、美鈴メイリンのように長年の訓練を続けて来た者からすれば最低ラインに立ったに過ぎないのだ。


「随分と棘がある言い方だな……礼名が嫌いなのか?」

 冬弥の言葉に、顔を背けていた美鈴メイリンの表情が歪んだ。

「随分と庇うのネ? あの娘が好きなノ?」

 美鈴メイリンの言葉に、冬弥は表情を消して口を閉ざした。そのまま、冬弥も銃の選別を再開する。


 その態度自体が、美鈴メイリンには不愉快だった。何の興味もない相手に対してそう言われたならば、冬弥は一言「下らない」と言って終わりだろう。

 否定しなかった、それが全てである。


――礼名色羽……邪魔な娘。


 一カ月前に美鈴メイリンの中に生まれた、色羽に対する憎しみの感情。それは、徐々に肥大化し始めていた。


************************************************************


 五日後の休日、色羽は陽菜や美里、ソアラと一緒に街を歩いていた。屋台で買ったクレープに舌鼓を打ちながらする話題は、主に色羽の現状だった。

「イロハ、訓練の方は大丈夫なのデス?」

「最近は色羽ちゃんと、あまり帰りの時間も合わないもんね」

「本当に無理をしていない? 気を付けるのよ、色羽」

 口々に、心配そうにしてくる友人達。その表情から読み取れる思い遣りの気持ちに、色羽は心から感謝の念を抱いた。

「うん、ある程度は休むように言われてるんだ! 教官達にもやり過ぎって言われてるし。だから、今日はオフだよー!」


 そこで今日は、ソアラとの約束だった街の案内等に繰り出した。最もソアラは、陽菜や美里と一緒に何度か出掛けている。実際には色羽の為に、折角の休日を満喫させようという意味合いが強いのだ。


 ナインライブスからは、訓練に費やす時間は放課後の一定時間と限定されている。平日の月曜と火曜、そして木曜と金曜だ。水・土・日は、原則休みと言い渡されている。

 これは色羽の身体と、周囲への配慮だった。


 色羽は両親へ、訓練に充てている時間は部活動だと説明している。また周囲の生徒達へは、委員会の活動だと話しているのだ。

 最初は嘘を吐く事に躊躇していたが、実際にこの説明は意外と効力を発揮している。毎日、休みの日問わず訓練漬けであれば、こうはいかないだろう。


「そういうワケね……」

「うん。でも、やっぱ訓練は訓練だからね。ヘトヘトになって、休みの日はぐったりする羽目になるから。一カ月で大分慣れたからか、今日は全然元気だけど!」

 そう言って、グッと力こぶを作る様にポーズを取る色羽。事実、以前に比べて少し筋肉も付いたらしい事が、幼馴染の二人にはすぐわかった。

「確かに、どこか雰囲気が変わったかも?」

「頼れるオーラが出てマス!!」

「えー、そうー?」

 そんな風に、笑い合いながら街を散策する四人。色羽の動向に少々心配気味ではあるものの、色羽自身が心からの笑顔を見せている為、他の面々も普段通りに接するのだった。


「よく行くゲームセンターはここかなぁ」

「おぉー、大きいデス!!」

 まずソアラを案内したのは、ちょっとしたデパートくらいの規模があるゲームセンター。中にはゲーム機だけではなく、スポーツゲームやVRバーチャルリアリティーゲーム等も備えられているのだ。


「VR技術も進歩したよね。美里ちゃんの御家族の会社も?」

「ゲーム会社に出資しているそうよ。確か、VR・MMO・RPGを作るとか……」

 ゲームの話をし出す美里に、他の面々が食いついた。

「それ、どんな感じなのかな?」

「興味ありマス!!」

 色羽とソアラは、どうやらゲーム系は大好きらしい。


「まだ実現には漕ぎ付けていないけど、フルダイブ型バーチャルリアリティーを研究しているみたいよ。相当な資金と時間を費やしているんだって」

「ええっと、大丈夫なのかな? 正式サービスが始まったら、ログアウト出来なくなるというアニメが昔……」

「やめなさい陽菜。本気で止めなさい」

 美里と陽菜のやりとりに、色羽もソアラもクスクスと笑った。


……


 そんな色羽達だったが、陰ながら四人を尾行する者達が居た。いや、尾行では無く護衛だ。

「平和だねぇ」

「全くね。それにしても……気付いている? 私達以外に、彼女達を護衛している連中が居るの」

「六浦のだろ? 見覚えのある奴の顔があったからな、すぐ解った」

「うちの新人ルーキーは凄い娘と友達だったのね……」

 一般客に扮して、美里を護衛している面々が居るのだった。美里のお嬢様レベルの高さが解る。


 あちら側も、彼らの存在には気付いているらしい。しかし特に警戒を見せていない所を見ると、事情を知っているのかもしれない。


……


 そんな中、色羽達がゲームセンターを歩いていると……色羽は、一人の顔見知りに気付いた。

美鈴メイリンさん?」

 その声に、美鈴メイリンは振り返り……そして、心底嫌そうな顔をした。

「どうも。訓練をサボって友達と遊んでるノ?」

「あ、今日は休みです」

「暢気なもんネ。自分の立場を解ってないみたい」

 そう吐き捨てると、美鈴メイリンは足早に歩き去っていった。


「あの人、学校の時の……」

「うん。あれ以来顔を合わせてなかったんだけど……もしかして、私嫌われてるのかな」

 万人に好かれたいと思っている訳では無い色羽だが、嫌われたいわけでもない。命を預け合う仲間が相手ならば、尚更だ。


「むしろ、色羽が嫌われるのが驚き……」

「だよね、色羽ちゃんって人に好かれる性質たちだから……」

 その場合、考えられる要因は多くない。

――彼女の好きな人が、色羽ちゃんを好きになったんじゃないかな。

――それくらいしか、考えられないわよね。

 それは、過去の事例に基づいた推理であった。


 彼女達は気付くまい……美鈴メイリンの好きな相手が双葉であるという事には。


************************************************************


 その翌日、美鈴メイリンが訓練の為にナインライブスの本部へ向かう。地下へ降りるエレベーターの乗り口で、水姫と大地が先に待っているのに気付いた。

「あら、李さん。こんにちは」

 笑顔で美鈴メイリンに声をかける水姫と、目して一礼する大地。美鈴メイリンは、彼等が正直苦手なのだった。

「どうも」

 挨拶をかわした所で、丁度エレベーターが到着した。


「何階ですか?」

「……地下十八階」

 大地の問いかけに、素っ気なく答える美鈴メイリン。大地は黙ってボタンを押し、水姫の脇に控える。


「李さんは、色羽さんが適格者になった時に居合わせたんだったかしら?」

 その言葉に、美鈴メイリンは唇を噛み締めた。

――また、アイツなの。

 ここ最近は、何故か色羽の影が付き纏う。美鈴メイリンは腹立たしさを隠そうともせず、視線を水姫に向けた。

「私の前で、あの娘の話をしないで」

「……え?」

 予想外の言葉に、水姫と大地は耳を疑った。二人が知る色羽は、誰もが構いたくなるような女の子だったからだ。


 エレベーターが目的の階に辿り着き、扉が開く。美鈴メイリンは一言も発する事無く、エレベーターを降りて行った。

「……色羽さん、彼女に何かしたのかしら?」

「礼名さんですから、考え難いですけど」


……


 訓練施設で、美鈴メイリンは一心不乱に銃を撃っていた。

「……邪魔なのよ」

 その先に、憎きあの少女の顔を思い浮かべて。


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