第11話 狙撃/逃亡
不適格者三人を捕縛した色羽達は、二手に分かれた。北斗と焔、冬弥と双葉。そして水姫と大地のコンビに、色羽が同行する。
北斗・焔班と冬弥・双葉班は住宅地を駆け抜け、侵略者に迫る。そして色羽達は、この特異点で最も背の高い建物の屋上に上がっていた。六階建てのマンションだ。
江崎達三人は、このマンションの入口にあるメールコーナーに縛ったまま転がして来た。
水姫が持っていたM14を借り受けた色羽が、銃口を侵略者に向けて引き金を引く。
「凄いわ、色羽さん! 本当に百発百中なのね!」
攻撃が命中し、侵略者が倒れた様子を見ていた水姫が歓声を上げた。
その手には、双眼鏡。焔が持ち歩いていた双眼鏡だ。彼女はそれを使って、侵略者を捜索しているのだ。
屋上に陣取った後から、色羽は水姫の指示を受けて狙撃を担当している。大地は、二人の護衛として付近の警戒だ。
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時間を遡る事、十数分前。
色羽と水姫は、適格者達の視線を受けながら向かい合っていた。
そもそも、水姫は本気で彼等を餌にする気はなかった。
一人か二人を見張りに回し、他のメンバーで侵略者を討伐……それが無難だと思っていた。江崎達に「そうされても文句は言えない」と突き付けるつもりだった。
しかし、そこに狙撃役を立候補した色羽。他の面々は、冗談と理解している様子だった。だがこの入って日の浅い新人は、冗談だと見抜けなかったらしい。
最も、それを口にするつもりは無い。それを悪いとは欠片も思わない。だって自分の発言が、不適切なものだと自覚している。まったくタチの悪いブラックジョークだと、理解しているのだから。
「礼名さん? 彼等の命に価値はあると思いますか? 本来ならば、協力し合うべき仲間を殺す事も厭わない連中ですよ」
故に、最後まで悪い女になろうと決めた。大地が眉間に皺を寄せているが、知らんぷりだ。
「命の重さに、差は無いと思うんです……」
感情を押し殺すように、色羽が呟く。
――多分、彼女は良い子なんだろうな……。
そんな少女が、戦場という殺し合いの場に放り込まれた。その事が、水姫の心に暗い影を落とす。
今後も彼女が不適格者に遭遇し、命の奪い合いをする可能性は低くない。そんな事が続けば、感覚がどんどん麻痺していくだろう。
人型の化け物に銃口を向けるように、人間に銃口を向ける。既に水姫は、何度か経験した事だ。引き金を引く指が震えなくなったのが、いつ頃からだったか思い出せない程度には。
だが、その先の台詞は予想だにしていないモノだった。
「だからどうしようもない場合以外は……自分達の為に、人を殺さない方が良いと思います。それが直接的でも、間接的でも」
それは彼等の為の言葉ではなく、自分達の為の言葉だった。
「……えぇと、私達が手を汚さない方が良いと?」
戸惑った様子の水姫に、俯きがちだった色羽が顔を上げる。真っ直ぐに水姫の目を見る、色羽の瞳。そこには、確かに色羽の意思が宿っていた。
「この戦いが終わった後、私達が日常に戻る時の事を考えたら……この人達みたいに、殺す事に対する忌避感が薄れてしまうのを避けるべきだと思うんです」
その言葉は、水姫の心に衝撃を与えた。
侵略者との戦いが、終わった後の事。水姫はその事を、これまで一度たりとも考えていなかった。
異能を与えられ、侵略者との戦いに身を投じてきた。それからは目の前の事にだけ集中するのが精一杯で、その先を見る事が出来ていなかったのだ。
水姫は、色羽の目をジッと見つめる。色羽の目からは、不思議と力強さを感じた。
初めて見た時の印象は、平凡な少女だった。しかし、水姫は色羽の評価を改める。
最後まで戦い、侵略者との生存競争を生き抜く。そして日常を取り戻す。そんな覚悟を宿している様に見受けられたのだ。
「そうね、貴女の言う通りだと思います」
そう告げると同時に、水姫は色羽に微笑んだ。
「戦いを終わらせて、日常に戻る……ね。そうね、そうよね。そうなったら、私達は殺し合いなんてしなくて良いんだもの」
うんうんと頷く様子に、色羽は戸惑いを隠せない。自分は普通の事を言ったつもりだった。その中に何か、水姫の琴線に触れる要素でもあったのかと首を傾げてしまう。
「ねぇ、色羽さんって呼んでも良い? 貴女とお友達になりたいわ!」
更には突然の告白だった。
「え!? あっ、はい!!」
「私の事も、水姫でいいから! 今度、一緒にお昼にしない?」
水姫のその様子は、長年行動を共にして来た大地にとっても珍しい物だった。
……
そんな色羽と水姫のやり取りに、双葉は目を細めた。
水姫とは元より交流があったし、色羽は大切な後輩だ。この二人が仲良くなる事は、大歓迎だった。
それに色羽の言葉は、双葉にも感じ入る部分があった。
――戦いが終わったら、か。色羽ちゃんらしいわね。
思えば彼女は、先の特異点でも前向きだった。一時的に増長した部分は否めなかったが、決して諦めずに最後まで駆け抜けたのだ。
意志の強さ。それに関しては、色羽は平凡とは言えないのではないか。
「うん。良い事言うじゃん、礼奈ちゃん!」
そう言って笑った北斗が、色羽の肩に手を置いた。
「そうですね。人を殺す事に慣れて、彼等の様になってしまうのはよろしくない。日常に戻る事を考えたら、最大限避けるべきです」
大地も頷きながら、水姫の横に立って色羽に笑顔を向ける。
「え? あ、はい……ありがとうございます?」
突然の事で、色羽は戸惑い視線を彷徨わせる。そして、その視線が双葉に向けられた。
双葉はフッと微笑んで、可愛い後輩の為に一肌脱ぐことにする。
双葉の“検知”に敵影は映らないから、まだ大丈夫だろう。しかし油断は禁物だ。
「はいはい、それじゃあ話を纏めましょ? ほら天野君も三枝先輩も、落ち着きましょう。色羽ちゃんが戸惑っているわ」
彼等にも、そろそろ自分達が戦場に立っているのだと思い出して貰おう。
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「あぁぁっ!! くそっ!!」
マンションのメールコーナーに転がされた江崎は、何とか逃げ出そうともがいていた。
このままでは、自分達はナインライブスに連行されてしまう。その後、待ち受けるのは投獄が処刑。彼はそう考えている。
侵略者をおびき寄せる餌になるのはごめんだったが、ナインライブスに連行されるのも嫌だった。
「くそっ、外れねぇ……!!」
何か使える物がないかと、視線を巡らせる……が、都合よく手錠を外せる物が落ちているはずもない。
江崎と同じくメールコーナーに転がされた福田と飯島は、意識を失い眠りこけている。彼等を眠らせたのは、江崎の異能である“睡眠”の効果付与だ。
弾丸に効果を乗せれば、睡眠弾となる。これで一方的に、侵略者を虐殺して来た。だが、その異能では両手足を拘束する手錠を破壊する事は出来ない。
福田の“透視”も、飯島の“加速”も無力だ。
「チッ、使えねぇ奴等だ……!!」
自分の無力さを棚に上げて、毒吐く江崎。
そんな彼の耳に、足音が聞こえて来た。
「チッ……あいつらの中の誰かか?」
江崎が足音のする方向……廊下の方向を見る。
このマンションは、エントランスにあるオートドアの中へ入るには暗証番号か鍵が必要だ。何故知っているのかは江崎には解らないが、水姫が暗証番号でオートドアを開けていた。
その後、メールコーナーに江崎達を放置していった色羽達が、上層階へ上がっていくのを江崎は見ていた。その為、足音は色羽か水姫・大地の内の誰かのものだと判断したのだ。
しかし姿を見せたのは、三人とは似ても似つかない男だった。
「その恰好……適格者だな」
男はニヤリと笑い、江崎に近付く。嗜虐的な笑みを浮かべる男が何をする気かを想像し、江崎は異能を使用する気で意識を集中した。
それを見た男が、その右足を上げる。
「ぐはぁ……っ!?」
男は、勢いよく江崎の腹を踏み付けた。ストンピングだ。
「異能はな……意識を集中させないと、発動しないんだ。だからこうして、集中できないようにしてやればな? 力は発動しないんだ……よっ!!」
腹や足を蹴られ、江崎は地面を転がされる。
「ぐぁ……あぁっ……!! て、め……ぶっ殺すぞ!!」
その瞬間だった。
「シャアァァ……ッ!!」
一体の侵略者が、二人の声を聞き付けて迫って来た。
「チッ、邪魔が入ったか。まぁ良い……」
男はそう言うと、江崎の額に向かって左手の小指を近付けた。
「な、何の真似だ!! おい、止めろ!!」
その指が触れた瞬間、江崎の意識は波が引くように薄れていった。
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侵略者が、マンションに接近しているのに気が付いた大地。慌てて階段を駆け下りて来た彼は、エントランスホールに辿り着いた瞬間に目を見開いた。
そこに居たのは、侵略者……そう、眠っている侵略者が居たのだ。
そして、同じく眠りこけている福田と飯島。そして……江崎の姿が消えていた。
「各員、緊急連絡! 不適格者一名、江崎銀二が逃走!」
インカム型トランシーバーを利用し、大地は適格者達に異常を伝えた。
『何? まさか手錠を破壊して逃げたのか?』
真っ先に返事をしたのは、冬弥だ。その言葉に対し、同行する双葉からも神妙そうに呟いた。
『もしかしたら、江崎の異能かもしれないわね……』
しかし、それにしては異常だ。大地は現場を、厳しい視線で見渡す。
「それにしては、妙です。侵略者が、寝ているんです……福田と飯島も。これが江崎の異能ならば、恐らくは相手を睡眠状態にする異能……そうしたら、手錠を壊したのは……?」
ブツブツと呟く大地の声は、トランシーバーを通じて全員に聞こえている。
「……グゥ。グ……アガアァッ!!」
物音や話し声で、睡眠状態にあった侵略者が目を覚ましたらしい。大地の姿を認識すると、徐に立ち上がった。
「……チッ!!」
福田と飯島は、未だに寝こけている。暢気なものだ。
丸太の様な太い腕を振り上げながら、雄たけびを上げて襲い掛かる侵略者。それを冷めた目で見ながら、大地は右手に握ったサブマシンガンを構える。
激しい発砲音、命中していく弾丸。侵略者の苦悶の叫び声と、サブマシンガンの銃声が轟く。
その音で、ようやく福田と飯島は目を覚ました。
「なぁっ……!?」
「うおおっ!? な、何なんだよぉっ!!」
至近距離で始まった、サブマシンガンの銃撃。その音に混乱した二人は、喚き立てる。
「グオォ……」
激しい銃撃の末に、蜂の巣状態となった侵略者。ベシャッという生々しい音が聞こえる。リノリウムの床に、侵略者の血が広がっていく。
「このまま、ここに放置するのもまずいか。お前達も上に来い、命が惜しいならな」
普段の穏やかな話し方ではなく、冷たい声色。敬語も使わずに、不適格者の二人を見下ろす大地の視線は絶対零度だった。
「ま、待て! ぎ、銀二さんはどうした!?」
「こっちが聞きたいが……どうやら、逃げたらしいな」
その言葉に、福田と飯島は歯嚙みする。
「一人で逃げやがった……!!」
「くそ、先輩だからっていい気になりやがって……!!」
そんな二人に、大地の眉間に皺が寄っていく。彼等の様な独り善がりな人物は、大地の最も嫌う所だった。
……
一方、色羽と水姫はマンションの屋上からの狙撃を継続していた。ライフルによる狙撃は、どうやら色羽の異能と相性が良いらしい。次々と侵略者達を、撃ち抜いていく。
「もう、侵略者は殆ど残っていないようですね」
「だとしたら……もうすぐ、特異点が解消されるんでしょうか?」
水姫に色羽が視線を向けると、水姫は穏やかな表情で頷いた。
「その為に、金指さんが捜索してくれています。彼女の”検知”で、残る侵略者を探し出せば……」
そう言った瞬間だった。マンションの屋上から、空間が歪み始めるのが見えたのだ。
「終わったみたいですね」
「はい! まだ、住宅街を駆け回っている皆さんは解らないですよね?」
「そうですね。色羽さん、報告してあげて下さい」
水姫が言わなくていいのだろうか、と一瞬思った色羽。だが、すぐに察した。水姫は、色羽が仲間とのやり取りに慣れるようにと気遣っているのだ。
心遣いを感じて、色羽は笑顔を浮かべる。
「はい、水姫先輩! えと……適格者の皆さん、特異点の空が歪み出しました! 学校で見た、特異点の最後と同じです!」
トランシーバーで声を掛けると、すぐに別行動中のメンバーから声が帰って来る。それは、色羽や水姫を労うものだった。




