第10話 不適格者と、餌
水姫の異能である“予知”により、不適格者三人の襲撃を事前に察知した色羽達。
不適格者達は邪魔な男性陣を殺害し、色羽と水姫を傍観しようと待ち伏せる。
それに対して北斗・冬弥・大地の三人は何かを思い付き、不適格者達が待ち受ける場所へと歩を進める。
水姫の異能が、未来を見通す“予知”である事を知る者は少ない。彼女が、明かす相手を選んでいるからだ。
理由は簡単で、彼女の異能を悪用されるのを防ぐ為。そして使用時に目を閉じて移動もできないという決定的な隙に、付け入られないようにする為だ。
つまり江崎達三人は自分達の待ち伏せが、視抜かれていないと信じ切っていた。
――先行は、男三人。
ハンドサインで、江崎と飯島に“透視”した情報を伝える福田。こんなハンドサインを考案している時点で、彼等がどれ程の常習犯かが伺える。
サブマシンガンを構えて、交差点に彼等が差し掛かるのを待ち伏せる。彼等の作戦は、福田の“透視”による監視で、タイミングを合わせた一斉射撃。正に蜂の巣にしようという訳だ。
ハンドサインで、一斉射撃まで十秒と合図を出す福田。
――ククッ……まさか待ち伏せされているとは思わねぇだろ。適格者っつっても、所詮は人間さ……。
銃を持ちつつも、警戒心を感じさせない足取りで迫る三人の男。それを遮蔽物の陰から睨みつつ、福田はそう内心で勝ち誇っていた。
己の異能は、使える仲間が居れば最強だと。
そう……福田は内心で、江崎や飯島を下に見ている。利害が一致し、共に行動する分には良い仲間である。しかし、もし意見が対立したら? 敵対したら?
この“透視”の力を使って、暗殺する。自分の力ならば、それも容易い……福田はそう確信していた。
彼は、もう少し警戒すべきだった。
遮蔽物の向こう側を歩く三人の適格者が、何故警戒もせずに悠々と歩いているのか。その不用意さに疑問を抱くべきだった。
彼等は、訓練を受けた適格者だ。彼等が歩みを進めているT字路等の、敵と遭遇しやすい場所に無警戒で進むなど有り得ない。
これは、彼等なりの警告だったのだ。「俺達は、お前達が待ち伏せしているのに気付いているぞ」と。
最も、北斗達は彼等が退く事は無いと確信しているが。一応は同じ組織に所属する者としての、最低限の礼儀のつもりだったのだ。
北斗は、意地の悪い笑みを浮かべていた。
冬弥は、遮蔽物に隠れている事を悟っていると言わんばかりに睨んでいる。
大地は無表情だが、自分達が狩られる側だと気付いていないのだろうと嘆息していた。
息を殺し、物音を立てないように待ち受ける江崎達。
北斗達が、事前に決めていたボーダーライン……その目印となる電柱に到達した瞬間に、北斗が両手の小石を投げる。
「さぁて、そこの奴。どれぐらい出来るのか見せてくれ」
北斗の言葉が耳に届いた瞬間、江崎達は目を見開いた。
「クソッ、察知系の異能か!!」
そう叫んだのは、飯島だった。それはあまりにも短慮で、考えなしの行動だ。
――馬鹿野郎、何を声出していやがる!!
江崎は怒鳴りたいのを堪えて、銃を構え続ける。三人居るとバレた訳では無い。それに、数の上では互角だ。
しかし彼の脇に落下する小石が地面に接触した瞬間、その冷静さは失われた。
――ボンッ!!
それは決して大きな“爆発”ではなかったが、江崎達の思考を奪うのには十分だった。
「うおぉっ!?」
「なにっ!?」
「くっ!!」
遮蔽物から、転がるように姿を見せた江崎達。予想していなかった奇襲に、慌てた表情をしていた。
そんな様子を見た冬弥は、内心で落胆する。こんなのが適格者として扱われているのか、と。
苛立ちを隠さぬまま、冬弥は小石を福田に投げ付ける。
「ひっ!?」
それを見た福田が、恐怖で地面に蹲る。
冷静さを失っていた彼は、気付かない。“爆発”の異能を持っているのは、北斗だと。彼だけは、その“透視”で視ていたのに。
小石はただ、福田に当たっただけだった。爆発すると思っていた福田は、蹲ったまま震えている。
「無様だな」
厳しい口調でそう告げる冬弥が、福田の落とした銃に狙いを定める。色羽から借りたハンドガンが火を噴き、福田のサブマシンガンを“貫通” した。もう、これで彼の銃は使えない。
「舐めるなあぁっ!!」
冬弥に向けて、サブマシンガンを向ける江崎。しかし彼はそうするべきではなかった……何故か? それは、大地が完全にフリーの状態だからである。
「ふっ!!」
大地が投擲した少し大きめの石。それが江崎の足元に向けて飛ぶ。異能“怪力”の影響を受けて飛ぶ石が、江崎の足元に着弾した。その衝撃で粉砕された小石と、地面のアスファルト。
「うおっ!?」
その大きな音に、江崎は怯む。そんな江崎は、同様でその身体を硬直させてしまう。それに接近する大地が、江崎の腕を取って背中へと回り込み、そのまま捻じり上げる。
「ぎぃっ!?」
鮮やかな手並みで腕を極められた江崎は、痛みに悲鳴を上げる。そのまま、身動きが取れなくなってしまった。
「くそっ!!」
飯島は適格者達の攻撃が始まった直後、一目散に逃げ出していた。
「へ、へへっ!! 俺の“加速”なら逃げるのは楽勝だぜ!!」
自分の異能で”加速”して、戦闘区域から五十メートル程離れた場所に身を隠す。江崎や福田は捕まり、自分は追われる身となるかもしれない。だが、これまでに盗み出した金で十分潜伏生活は出来る。
「このまま、海外にでも高飛びして……がぁっ!?」
その身体に、”電撃”が走った。
「独り言が多い人だ。まぁ、感謝すべきだよね。お陰で攻撃するのに躊躇が要らない」
小太りの男……四谷焔が、飯島を撃ったのだ。最も、当てたのはゴム弾だが……喰らったのは、彼の異能である“電撃”。加減したとはいえ、何の対策もしていない人間には効果は抜群だ。
「スタンガン要らずね。流石は四谷君」
切れ長の目で、飯島を蔑む様に見るのは金指双葉だ。彼女もまた、油断なく飯島に銃口を向ける。その瞳から覗える感情は、軽蔑……そして仄かな殺意。彼が暴れ出せば、異能を使う前にその頭を撃ち抜く事も厭わない……そんな覚悟が見て取れる。
「流石、タイミングばっちりだな」
そこに歩み寄るのは、北斗。トランシーバーによる双葉からの通信を受けて、指定されたポイントへ向かって来たのだ。
「ろくに訓練も受けないで、侵略者をゲーム感覚で殺して、好き勝手して来たんだろ? そういう事ばっかりしているから……」
ボムッ!! と、地面が爆ぜる。
「ヒィッ!?」
飯島の顔、そのすぐ間近でだ。北斗はしゃがみこみ、飯島の耳元に口を寄せる。
「……自分が狩られる側になるんだよ」
いつもの飄々とした声ではなく、底冷えのするような低い声。
双葉からは問題児と評される彼だったが、世界を救う為に戦う……そういう意識は高く、強い。
そんな彼からすれば、異能を悪用する者達は許し難い存在だ。だから不適格者達を狩るのに、北斗は一切の容赦をしない。
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合流した適格者達と、捕縛された不適格者達。
「てめぇら、覚えておけよ!! 後でどうなっても、知らねぇからな!!」
視線だけで相手を射殺さんとばかりに、江崎が適格者達を睨み付ける。しかし両手両足を拘束されて地面に転がる姿は、どうしても滑稽に見えてしまう。
「おいコラ!! 頭から脚をどけろ!!」
福田の頭を踏みつけているのは、冬弥だ。
「断る。お前の異能は“透視”なのだろう? 礼名達にしてみれば、不快なんてものではないだろうからな」
吐き捨てるように言う冬弥に、福田が舌打ちをする。
「くそっ!! テメェが俺の異能をバラすからだ!! そんな事も解らねぇのか、クソがっ!!」
「ンだとテメェ!! 俺に逆らってタダで済むと思ってんのか!?」
口汚く江崎を罵る福田に、江崎が顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。
そんな様子を見て、色羽は眉根を潜めた。そして、少し恐怖を感じてしまう。それは彼等にではなく、異能という力にだ。
――強い力を得てしまうと……こんな風になってしまうのかな。
正体不明の青年から与えられた異能の力は、世界を救う為の力。色羽はずっとそう思っていた。
しかし、現実は違った。目の前で芋虫の様に地面に転がっている、三人の不適格者。大きな力で、悪事に手を染める者も居る。
もしかしたら……自分のすぐ側にも、そういう者が居るのではないか……? 色羽は、そんな不安に駆られてしまう。
「さて、後は侵略者の殲滅かしら?」
思考の海に沈みかけていた色羽だったが、双葉の声に意識が浮上する。そうだ、今はまだ特異点の中。侵略者を殲滅しなければ、この特異点から出られないのだ。
「特異点発生から、現在は三十分。巻き込まれた現地の市民が居るならば、限界も近いでしょう」
「はい。一刻も早く解決すべきですね」
大地の言葉に、双葉が真剣な表情で頷く。
「現在、動ける適格者は私達七人。手分けして事に当たるのが良いのではないでしょうか」
水姫がそう提案すると、冬弥が鋭い視線で足元を見た。彼の足の下には、踏み付けられた福田の頭がある。
「コレをどうする? これからの事を考慮するなら、殺して捨てるべきだろう」
「け、剣崎さん!?」
過激な発言をする冬弥に、色羽が慌てて止めようとする。しかし、それに横やりを入れたのは北斗だ。
「ナインライブスにおいて、異能を悪用する適格者を処分するにもルールがあるだろ?」
そんなものがあると、色羽は知らなかった。その理由は、彼女がまだ訓練を始めて間もない為だ。不適格者の処理等について知らせるには、色羽は未熟だと判断されていたのだ。
「あの……その、ルールって……?」
「任務遂行に支障を来し、処分しなければ生還が困難と考えられる場合に限る。これが、不適格者を処分する為のルールだ」
絶対零度の視線で、江崎達に視線を巡らせる冬弥。その視線には殺意が込められている事が、色羽にも理解できた。
それを、水姫が窘める。
「彼等はこの通り、拘束出来たわ。そうなると、処分対象には成り得ない……そうでしょう?」
「……なら、どうすると言うんだ?」
冬弥は、彼等を処分すべきだと思っていた。理由は簡単で、彼等の更生は望めないだろうからだ。生かしておけば、今後も悪事に手を染めるに違いないと考えている。
しかし、それは水姫にとっても同じ考えであった。
「任務遂行の為に……私達、適格者は一丸となって侵略者を倒す必要があります。まずは侵略者を倒し、特異点の発生を終わらせなければなりませんから」
既に、特異点の発生から大分時間が経っている。時間帯や場所から考えると、一般市民が巻き込まれている可能性は非常に高いのだ。だからこそ、特異点をどうにかしなければならない。
そのくらい、冬弥にだって解っている。
「……それで?」
だから、続きを促す。目の前の女傑が、どのような結団を下すのかに興味があったのだ。
それを知ってか知らずか、水姫はニッコリ微笑んだ。
「彼等もまた適格者です。この特異点を攻略する為に、彼等にも任務を遂行して貰うべきでしょう」
その言葉に、北斗や焔が彼女の意図に気付いた。冬弥はまだピンと来ておらず、先を促すように頷いた。
「拘束したままこの場に放置したら、侵略者は獲物と見做すはずでしょう? それは、侵略者の注意を引き付ける役割になるでしょう」
その言葉に、冬弥が片眉を上げた。
「意外ですか?」
ニッコリと微笑む水姫。彼女は悪びれも、誇らしそうにもしていない。ただ、自然体だ。
「意外だ。お前は八方美人だと思っていたからな」
「剣崎さん?」
失礼な発言に、大地が冬弥を睨む。しかし、冬弥はそれを受け流して言葉を続ける。
「優先すべきは侵略者の撃破だ。俺はその為に、邪魔になるだろうこいつらを殺すべきだと言った……だがお前は、こいつらを餌にしようって言うんだな?」
侵略者達をおびき寄せる餌。両手足を拘束され、地面に転がる彼等は格好の標的となるだろう。そんな彼等に襲い掛かろうとする侵略者達を、こちらで処理するという腹積もり。
見た目は完璧な淑女である水姫が、そんな判断を下すのが冬弥には意外だったのだ。
「彼等もナインライブスのメンバーです。侵略者との戦いの重要性は、よくご存じのはず。危険な任務ですが、きっとやり遂げてくれると思いますよ?」
使える物は、何でも使う。そういった非情な決断を下す事も厭わない。それが出来る程度には、初音水姫はただの女子高校生ではなかった。
「面白い、その案に賛同しよう」
冬弥もまた、それを良しとした。
対して、江崎達三人の表情。先程までは怒りで真っ赤だった顔色は、今は青ざめていた。
彼等は自分達を囮にすると言った。だが、侵略者が攻撃する前に倒すとは言っていない。
攻撃している瞬間こそが、付け入る隙だ。それは自分達にだって解っている。
適格者達は、自分達を襲っている最中の侵略者を闇討ちするつもりなのだ。
……
そんなやり取りに、色羽は口を挟みたくても挟めなかった。彼女はまだ二度目の戦場に立ったばかりの新兵で、彼女達に指示を仰ぎ、任務を遂行する立場だからだ。
やり切れない感情が募る。他のメンバーに視線を巡らせると、皆が皆……それが妥当だ、という表情だった。
――もしかしたら……この中の誰かは、彼等が侵略者に襲われていても助けないかもしれない。
疑いたくはない。仲間を非難したい訳ではない。だが、そんな不安がどうしても拭えない。
確かに彼等は悪人だろう。数多くの悪事に手を染め、人を傷付けて来たのだろう。それは、ここまでの経緯で察する事が出来た。
だが、死ねばいいとまでは思っていない。色羽は平凡な女子高生で、命の重さに差など無いと思っている。相手が、誰であろうとも。死ねばそれまでなのだから。
だからこそ、色羽は手を挙げた。
「……色羽ちゃん?」
「どうした、礼名?」
視線が集まる中、色羽はなけなしの勇気を振り絞って……宣言した。
「私の”目”なら……彼等に襲い掛かる侵略者を、一撃で倒せるはずです。狙撃役、やらせて下さい」




