第9話 予知と、小石
礼名色羽は、剣崎冬弥・天野北斗と共に特異点に突入した。
また、同じ適格者である初音水姫と三枝大地と合流し、侵略者との戦闘に臨む。
大地が侵略者を牽制し、引き付ける。その隙を突く役割は、冬弥と北斗だ。更に冬弥と北斗に意識を向ける侵略者には、水姫のライフルが撃ち抜いていく。
経験の浅い色羽は、水姫の護衛だ。注意深く周囲を警戒しつつ、姿を現した侵略者を一撃で屠っていく。
――双葉先輩が居たら、心強かったんだけど……!!
そう内心で思うくらいは許されるだろう、と色羽は思う。
双葉の異能は“検知”。周囲の侵略者を把握する力に長けている異能だ。
前回の特異点……色羽が経験した、初めての戦場。彼女の力が無かったならば、色羽はこうして生きてはいなかったと思っている。
同時に色羽が考えるのは、水姫と大地の異能だ。二人はまだ、異能を活用している様子は無い。
ナインライブスの一員として戦場に身を投じる事になった色羽は、訓練を受けて来た。味方と敵を知る事、自分の実力を知る事。それを、教官達から繰り返し教えられた。
しかし、気安く問う事は出来ない。異能は切り札であり、それを秘匿する方針の者もいると教えられた為だ。だから、自分も安易に異能を明かす事はしない。
それに今は戦う時である。
とはいえ三人で行動していた時よりも、五人になって戦況はこちらに傾いていた。それは、他の四人も感じている事であった。
だからこそ、色羽達は大胆に行動している。
「順調だな」
「おう、前回みたいに銃を持っている侵略者もいないしな」
冬弥と北斗の掛け合いに、水姫が反応した。
「そういえば、前回は銃を持つ個体が現れたのでしたね」
水姫の表情は、真剣そのものだ。それだけ、侵略者が銃を扱えるという事実が驚異的なのだ。過去の戦闘では、適格者は銃火器という近代兵器によって優位に立っていた。しかし侵略者も銃を扱うとしたら、その優位性が失われる。その先に待つのは、この殺し合いの激化だ。
「支部長は、ナインライブスのメンバーから奪われた物……と」
大地の言葉に、水姫が哀しそうに表情を歪める。銃を奪われた適格者は、恐らく死んでいるのだろう……その適格者の死を悼んでいる。
「報告によると、死亡したのは適格者の中でも……問題のある輩だった様ですが」
「問題、ですか?」
大地の発言に気になる点があり、色羽は問い掛ける。
「……礼名さんは、まだ日が浅いのでご存じないのですね。適格者には、三種類の人間が居ます」
それは、この場に居る面々。ナインライブスに所属し、異世界の脅威に立ち向かう者達。
二つ目は、ナインライブスに所属せずに異能を使って悪事を働く者。
そしてナインライブスに所属していながら、適格者以外は特異点内を把握できないのを良い事に悪事を働く者だ。
「時折居ますよ、我々ナインライブスに攻撃を仕掛けて来る者も」
「そんな……世界の危機だって、解っているはずなのに……」
大地の言葉に、信じられないという表情をする色羽。そんな彼女に、北斗と冬弥が声を掛ける。
「自分が痛い目を見ていないから、本質を理解してないのさ。差し迫った危機だと、認識出来ていないんだよ」
「それに、異能という力は強大だ。強い力に精神が歪み、酔い痴れて溺れる愚か者がいるのも道理だろう」
納得はしたくはないが、そういう人間だって居る。色羽にも、それは解っていた。
例えば、盗みに仕える異能だとしたら? 自制出来ない人間は、容易く犯罪に異能を使うだろう。
もしも、他人をコントロール出来るなら? その力を使って欲望を満たそうとする人間は、少なくはないのだろう。
「……言い難い事ですが、適格者に対抗する事が可能なのは……同じ適格者なんです」
大地の言葉が、色羽の胸に突き刺さる。その言葉が意味する所を、色羽にも理解できたからだ。
「異能を悪用する適格者を……殺すっていう事、ですか」
震える声で、色羽はそう問い掛けた。
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一方、特異点の外。ナインライブスの職員が交通規制をする中、他の適格者も集まって来ていた。
金指双葉と四谷焔が到着したのは、同じタイミングだった。
「突入した適格者は?」
焔の質問に、職員が答える。その表情は、憮然としていた。
「確認出来た範囲では、全員がナインライブスのメンバーです。ただ……」
言い淀む職員の態度から、焔も双葉も事情を察した。異能を悪用していると思われるメンバーが、特異点に入ったのだろう、と。
「三十分前に江崎銀二、福田聡、飯島拓哉の三名……三枝大地、初音水姫が二十分程前に突入。その後、十分前に剣崎冬弥、天野北斗、礼名色羽が突入しています」
色羽の名を聞いて、双葉は眉を顰めた。
異能を悪用するメンバー……ナインライブスには、彼等を”不適格者”と揶揄する者が居る。その呼称は職員に広く浸透しており、適格者達も耳にする事がある。
三十分前に突入した三人は、不適格者と目される面々だ。そんな連中が居る所に、色羽が向かってしまっている……その事実に、気分を悪くしていた。
「……金指さん、援護に向かおう」
「そうね。もう一人くらい同行してくれるなら良かったんだけど……無い物ねだりは出来ないわ」
既に装備を整えた二人は、頷き合うと特異点へ向けて駆け出した。
……
その頃、不適格者と扱われている江崎達。
「あーあ、野郎ばっかりっすよ。女とも呼べねぇババアくらいしか、見つからねぇし……」
つまらなそうに言うのは、福田だ。彼はこの三人の、斥候的な役割を担っている。その理由は、彼の異能にあった。
「羨ましいぜ。”透視”だろ? って事は、普段から良い女の全裸が見えるじゃねぇか」
「攻撃系の異能じゃないから、仲間が必須だけどなー」
三人は、福田の持つ”透視”の異能で特異点に取り残された一般人を探していた。その目的は、女性を暴行する事だ。
こうして異能を悪用し、彼等は己の欲望を満たす為に特異点に入っていた。盗み、殺人、強姦……既に三人は、何度もその手を汚している。
「……おぉ? ありゃ適格者か」
福田は、その”透視”の目で建物の向こう側を見る。そこには、五人の適格者……色羽達の姿があった。
「女も二人居るっすね。一人はまぁまぁ……もう一人は上玉だ」
福田の言葉に、江崎は口元をニヤリと歪める。
「コマして、連れ回すのも良いな。いつでもヤれる」
獰猛な笑みを浮かべる江崎。だが、飯島は相手が適格者という点が気になった。
「大丈夫ですかね。異能によっては、攻撃されるかもしれないですよ」
「あぁ? 両手を折れば良いだろうが」
江崎は、これだけ歩いても獲物が見つからない事に苛立っていた。その為、折角の相手……それも二人。ここで躊躇うという選択肢は無かった。
「江崎さん、女二人の周りには野郎も居ます。三人だ」
「……チッ、それを早く言え。だとしたら……野郎を闇討ちするか。それぞれ一人ずつ狙って、一撃で殺す。そうすれば、残るは女二人だ」
彼は既に、数名の人間を手にかけている。殺人に対する精神的ハードルは、無いも同然である。
「チッ、ライフルがありゃあ楽だったんだけどな……確実に殺るには、出鼻を挫くしかねぇか」
「武器庫から取って来ようにも、この辺りにゃ無いっすもんねェ」
その理由は、このエリアが住宅街だからである。学校等の施設ならば、一般の業者のフリをしてメンテナンスや補充が行える。
しかし、住宅街ではそうはいかない。特定の家屋を武器庫にしようにも、不特定多数の人間が出入りする様子を見られたら怪しまれるであろう。
その為、住宅街等に特異点が発生した場合、ナインライブスの武器庫車輛で装備を整えるしかないのだ。
「待ち伏せして、出会い頭に野郎を殺すぞ」
江崎の言葉に、福田と飯島が歪んだ笑みを浮かべたまま頷いた。
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侵略者との戦闘は、順調に進む。
理由の一つは、侵略者側だ。銃を持つ個体は、現状では居ないらしい。
もう一つの理由は、適格者の編成だ。各々の役割分担が出来ており、メンバーの練度も平均を上回っている。
新人の色羽も、異能を活用してチームに貢献していた。
侵略者の力が弱い部分を、正確に狙い撃つ事が出来る“力の強弱を見る目”。最初は微妙な能力と評した色羽自身も、その認識を改めていた。
――この異能があれば、私も皆を守る為に戦える……!!
更には、この一カ月の訓練も功を奏した。毎日のように色羽は訓練施設に赴いては、銃器の扱いや戦闘の基礎知識を学んでいった。その甲斐あって、色羽は他四人との連携も卒なくこなしている。
それは、四人の適格者も感じている事だった。新人とは思えない、安定した戦いぶり。特に彼女に護衛されている水姫は、その頼もしさを肌で感じる。
――まさか、異能を得て一カ月でこれ程とは。
末恐ろしい、戦いの才能。しかし味方として考えるならば、これ程頼もしい存在もそうは居まい。
ならば、と。水姫は異能の力を使う事を選んだ。
「少し待って頂いても良いですか?」
仲間達にそう告げる水姫。その言葉に足を止めて、彼女に視線を向ける色羽達。
「何かあったのかい?」
北斗がそう問い掛けると、水姫はふわりと微笑む。
「異能を使います。つきましては、周囲の警戒をして頂けると助かります」
北斗や冬弥も、彼女の異能については知らなかった。このメンバーで水姫の異能を知るのは、大地だけである。
彼女の異能は“予知”だ。
目を閉じて、精神を集中する水姫。この先に自分達に起こる事を予測する。この異能の難点は、目を閉じなければならない事だ。その為、護衛する者が必要になる。
――これは……!!
水姫の表情に陰が差した。
彼女が視た未来の出来事……それは、三人の不適格者の襲撃だった。
……
「予知か……凄いな」
「随分と強力な異能だ。秘匿するのも解るな」
北斗と冬弥は、水姫から受けた説明に驚きを隠せなかった。無論、未来は確定では無い事……そして、使用時に無防備になってしまう事も聞いている。
「分かりました、絶対に他言しません!」
胸元でグッと両拳を握る色羽に、水姫は笑顔を見せる。色羽が本心からそう言っているのが、水姫にも伝わったからだ。
水姫が異能を明かした事で、色羽達も自分の異能を水姫と大地に明かす。
ちなみに、大地の異能は“怪力”というものだった。接近戦で真価を発揮するのだが、同時に銃撃でもこの異能は重宝するという。
「銃によっては、反動が大きい物もあるでしょう? この異能があると、それを無理矢理に抑え込めるんです」
「成程、高威力の銃を安定して運用出来るのか」
得心が言ったとばかりに、冬弥が頷く。
「それにしても、女性には“視る”系統の異能が多い気がするな」
そう独り言ちる北斗に、水姫が首を傾げる。
「そうなのですか?」
「あぁ、内容は明かせないけど。俺の知り合いは大半が“視る”系だな」
大半とは嘘だ、北斗には適格者の知り合いなど四人しか居ない。色羽と水姫に加えて、双葉や美鈴である。その四人共が、何かを“視る”異能なのだ。
「男性は多岐に渡るそうですね。全てを把握しているのは、恐らくナインライブスの上層部のみでしょうけれど」
「で、不適格者が襲撃を仕掛けようとしている、と」
大地の言葉に、水姫が頷く。
「はい、相手は三人です。風体は……そうですね、いわゆるヤンキーさんでしょうか」
「さん付けなんですね」
色羽の言葉に、水姫はクスリと笑って話を続ける。
「所持しているのは、サブマシンガンです。所有している異能は解りませんけれど、待ち伏せをしています……あの、青い屋根のT字路の左右ですね」
全員の視線が、水姫の示した場所へ向けられる。
「闇討ちとは、不適格者らしい」
吐き捨てるような冬弥の言葉に、大地が頷く。
「ええ、水姫さんのお陰で事前に襲撃される事が解りました。ここは、丁重に叩き潰すのが良いでしょう」
“怪力”持ちらしい、聞き様によっては脳筋とも聞こえる発言だった。ちなみに普段はお嬢様呼びする大地だが、対外的には水姫さんと呼ぶ。そうしなければ、お嬢様の不興を買う。その後に来るのは精神攻撃なのだ。大体が、双葉関連。
「……あの、済みません」
遠慮がちに、そして戸惑いを隠せない様子で色羽が声をかける。
「その……不適格者の人達には、どういう対処をするんですか……?」
相手は同じ適格者であり、同じ人間だ。モンスターである侵略者とは違う。
そんな彼等を止めるのは勿論だが、その処遇はどうなってしまうのか?
それが、色羽の心に影を落としていた。
北斗も冬弥も、大地すら首を傾げた。
彼等にとっては、敵だからぶっ潰す……という脳筋的思考しか無かったのだ。この場に双葉か焔が居れば、彼等に少しは考えるように言うのだが。残念な事に、二人は居ない。
故に、そんな色羽の内心を察したのは水姫だけだった。
「別に、銃殺処分しろという事では無いですよ。可能な限り生け捕りです」
そう言って、水姫がタクティカルベストから手錠を取り出す。
「大地さんのように、怪力持ちでなければこれで十分ですから」
普段は呼び捨てにする大地に対し、対外的にさん付けする水姫。何故ならば、この場には北斗が居る。恋人と思われては敵わない、彼女だって恋する乙女の一人なのだった。
「成程……その後は、ナインライブスの支部に?」
「ええ、連行は職員の方が請け負って下さいますよ」
その後はナインライブスの幹部メンバーにより、処分を言い渡されるという。凡その場合、武器庫へのアクセス権を失うらしい。また、ナインライブスの除名も有り得るのだとか。
思ったよりも穏便な内容だったので、色羽も安心した。
「でも、そうすると私はあまり撃たない方が良さそうですね……」
「あー、礼名ちゃんは一撃必殺だからな。そのまま初音ちゃんの護衛をしててくれよ、汚れ役は俺らが引き受けるって事で」
北斗の言葉に、色羽も水姫も頬を綻ばせる。北斗のこういう部分は、色羽にとって親しみを感じられる。また、そういう所に惹かれたのが水姫だった。
「礼名、ハンドガンを借りるぞ」
そう言うのは冬弥だった。アサルトライフルより、ハンドガンの方が咄嗟に構える事が出来る。そう思っての発言だった……だが。
「いや、護身用のハンドガンくらい持ってないのか?」
「もしかして、デリンジャーみたいな小銃しか無いんですか?」
北斗と大地の言葉に、冬弥が表情を歪める。アサルトライフルのマガジンを最大限持って来たので、ハンドガンすら装備するスペースが無いのだ。
こういう部分が、双葉にバカと呼ばれる所以である。
「あはは、構いませんよ。どうぞ、剣崎さん」
そう言って、冬弥にハンドガンを差し出す色羽。代わりに彼の愛用するアサルトライフルを受け取った。
「うわ、結構重いですね……」
色羽にとって、アタッチメントが複数付いている冬弥のアサルトライフルは、ずっしり重かった。
「そいつ、フロントヘビーにするからなぁ。女の子の細腕にゃ重いだろうさ」
「俺の異能を生かすには、それが丁度良いんだよ」
不貞腐れた様な冬弥に、思わず苦笑が漏れる。こういう表情を見せるのも、冬弥と北斗の付き合いが長いからだろう。
「俺の爆破や剣崎の貫通、三枝の怪力……もしかしたら、接近戦でもそれなりに使えるんじゃないか?」
そう言い出した北斗が、小石を拾い上げる。
「……そういう事か。面白い」
「ええ、試してみるのも良いでしょう」
いくつかの小石を拾い上げた三人は、路地を歩いていく。
「……何をする気でしょうか?」
「……嫌な予感がするわね。私達もフォロー出来るように、行きましょう」
とはいえ、彼女達の攻撃手段は銃だ。侵略者との戦闘で手加減は要らないので、ゴム弾等は持って来てはいない。出来る事ならば使いたくは無いが、手足を狙撃するくらいはする必要がありそうだった。