07.怪我人の治療と
「さーて、どーすっかなぁ。」
どうやらグランは、手当てしたはいいがその後どうするべきか悩んでいるようだった。
「ここに居ても野生動物が襲ってきちまうし、かと言って連れて帰るわけにもなあ。」
少女の顔と周りとを交互に見ながらぶつぶつと呟くグラン。
声はいつもの調子だが、顔は本当に困っているようだった。
そんな時、少女は目を覚ました。
「ぅ……ぁ……」
「お、起きたか。」
少女はゆっくり目を開き、目の前のグランにピントを合わせた。
意外にも少女は落ち着いていた。
「……そうか、あたし、木から落ちて……」
「あっ、まだ完全に治ってないからじっとしてて。」
起き上がろうとした少女をグランが止める。
そして少女は軽く周りを見た後、体が痛まないことに気づく。
「……傷が、ない?」
「当たり前だ。グラン・エグザクトをなめてもらっては困る。」
無表情なまま、少女は蚊の羽音くらいの声の大きさで呟いた。
「……――てきは……」
「ん、なんて?」
「目的は、何だ?」
「は? 目的?」
何を言っているのかわからないと言った様子のグランは、ややオーバーに肩を竦めて見せた。
「人は必ず目的、理由に沿って行動するはず。あた――」
そこまで言いかけた先を、「あー」と理解した様子のグランが引き継ぐ。
「――あたしを助けたのには何か目的がある、って推測したわけか。」
グランは困ったように、ただあくまでお道化て、続ける。
「んな大層なものじゃあねえよ。俺はあんたを治療したいと思った、って言うただの自己満足だよ。」
しかし少女は何か納得がいかないような顔でいる。その様子にグラン。
「俺はエゴイストなんだ。自分のやりたいようにやりたいことだけをやる。やりたくないことはしない。あんたを治すことが、俺のやりたいことだったってだけだ。」
「……」
尚も無表情なまま考え込んでいる様子の少女に少し笑いながら、「そろそろ治っただろ」と立ち上がって、村のほうへ歩いて戻って行った。
「もう木から落ちんなよ。」
「……」
カッコつけ気味に優しく呟いた言葉を背に、だんだんグランは森の木々に隠れ見えなくなっていった。
一人残された少女は、起き上がり、見えなくなっていくグランを見ながら、どこか嬉しそうに、何度もこう呟いていた。
「……グラン・エグザクト……やりたいようにやる……」
■■■
気づけばもう夕方だった。
薬草を採取しながら村に戻ると、何やら騒がしい。
村の一番大きい酒場からだろうか。
グランは今はそういうの気分ではないので、「向かう」「逃げる」のコマンドのうち「逃げる」を選択して宿へ向かおうとした。
しかし回り込まれてしまったッ!
「遅いぞグラン。もう宴は始まっておる。」
不機嫌そうな顔のフェルが酒場からグランの方へ向かってくる。
よく見るとフェルの顔が少し赤い。もう既に少し飲んでいるようだ。
「いや、俺今はそういう気分じゃ……」
「つべこべ言わずに来い、いや、力尽くでも連れて行く。」
ひょろい体のグランはあっさりとフェルに抱えられ、酒場へと連行される。
「……もしかしなくてもフェル、酔ってる?」
「うるさい。」
やや食い気味に不機嫌そうに答えたフェルに、グランは引き攣った顔をしながら運ばれるのだった。
店内は大いに賑わっていた。
既に顔が赤くなるまで飲んだおっさん達が楽しそうに騒いでいる。
先ほど調子に乗って柄にもないことを喋り後から強烈な羞恥に襲われているグランは、フェルに抗うことができずに輪の中心に運ばれていく。
「とにかく一杯飲め。」
ぐっと差し出された発泡酒を受け取り、グランは自棄気味に半分を飲み干す。
実はグランは酒を飲むのはこれが初めてである。
すかさずグランは鞄から薬草を数本取り出し口に運ぼうとして、フェルに手を掴まれた。
「グラン、それは何だ?」
酔っているからだろうか。いつも以上に迫力がある。
「な、何って、えへ、あはは……」
誤魔化そうと適当に笑顔を作って見せる。が、フェルの視線に負けたらしいグランは渋々薬草を鞄の中にしまった。
「(こいつ、酔うと強いッ!)」
前回の攻略ルートではフェルが酔う機会がなかったので、酔っ払いフェルには初めて会ったのだった。
薬草はフェルの隙を見て呑むことにして、グランは残った半分の酒を飲み干すのだった。
「(むう、苦いしかわからん。俺にはまだ早い飲み物だな。)」
口直しにと目の前の豪華に盛り付けられた肴をつまむことにした。
「ん、うまい。」
昨日の夕食のニクモドキには劣るが、外はカリッ、中はジューシーなとても美味しい唐揚げだった。
唐揚げを口に運ぶ手が止まらない。
いつの間にかコップには酒が追加されていた。
苦いんだよなーと思いつつも、もったいないので飲む。そして気づく。
「(あれ、美味しく感じる。)」
唐揚げは酒に合うよう計算された味付けがされていたようだった。
「(こりゃ、おっちゃんたちも太るわ。)」
周りを見てみて、グランは心の中で理解したように呟いた。
そういえばミュルはどこにいるのだろう。
ふとした、疑問だった。
考えてみるとミュルには昼頃別れてから会っていない。
どこへ行ったのだろう。気になったので、隣で飲んでいるフェルに訊いてみる。
「なあフェル、ミュルってどうしてるんだ?」
軽いノリで訊いてみた。だが、フェルから返ってきた答えは、グランの予想していないものだった。
「……みゅる、とは誰のことだ?」
「は? 何言って……? ミュルミューレ・ヒュプッシュ、覚えてない?」
グランは、冷や汗を流しながらフルネームでもう一度訊いてみる。
フェルは頭を抱えて思い出そうとし、そして答えた。
「……さっぱりだな。」