06.急勾配の坂
「ぅわー!」
ミュルの悲鳴。
しかしフェルはこんな時でも楽しそうだ。
「(グラン、まさかこれを知ってて……!)」
「ハァ、ハァ//」
フェルは息を切らし、そして息を漏らしながらミュルを背負ったまま走っていた。
そんな二人を、後ろで見守るグラン。
「俺が何の意味もなく断ると思ったか?」
必死に笑いを堪えるように二人を眺めていた。
さて、この辺りで今の三人の状況をお伝えしよう。
別に三人は何かに追われているわけではなく、またグランが裏切ったというわけでもない。
単純に、三人は下り坂にいる。
勾配が55%。かなり急な坂である。
フェルはミュルを背負っていることで斜面に平行な重力と垂直抗力の分力が増し、更に等加速度運動を続けた結果、自力で止まれなくなってしまったのだ。
勾配55%、角度にして約29度であるその坂は、よく見なくても急坂だと気付けるはずであり、事態は回避できたはずである。
しかしこの坂は、凡そ100mおきに1~2度ずつ角度が大きくなっていき、その上道が曲がりくねっているので気づきにくいのである。
斯くてこのような事態になってしまったわけだ。
「というか、昨日辛かったのは上り坂だったからで、寝たのが山の頂上付近なら、あとは下るしかないってわかるだろ?」
嘲笑するグランの声は、だが二人には届かない。というよりそんな場合じゃない。
「フェル! 岩!」
「わ、わかっている!」
ミュルを背負って走るフェルの前に、大きな岩が現れた。
なかなかに頑丈そうな岩だ。
うまく使えばこの運動エネルギーをどうにかできるかもしれない。
「やれるかどうかわからないが、こうなっては仕方ない。ぶっつけ本番で行くぞ!」
「ん。任せた……!」
フェルは3,2,1で踏み切り、岩の表面に垂直に刺さるように飛び蹴りした。
――結果的には止まれたのだが、頑丈そうな岩には亀裂が走り、頑丈そうなフェルの足の骨にも罅が入った。
「――ックぁ……! ん~~///」
フェルの目にはいろんな意味のこもった涙が浮かび、そしてミュルは青い顔をしている。
フェルが悶えている姿を笑いながら、グランは慎重に二人の元へ駆けた。
「疑問に思ったなら追及する癖をつけようぜ?」
ミュルたちを嘲笑うように言うグラン。
悔しいがミュルはグランに言い返すことができない。
「今になって、ようやくわかっただろ。」
「……」
「じゃあ問題。なぜ俺は朝、フェルに乗ることを遠慮したでしょうか。」
「……この先が急勾配の下り坂だってわかっていたから。」
「だーぃせーぃかーぃ。」
なおもへらへらと続けるグランに、ミュルは初めてグーパンチを食らわせたくなった。
足を負傷したフェルは、グランによって手当てされた後、グランに背負われることになった。
■■■
山を下り切り、暫く道なりに進んで行くと、村を見つけた。
「あそこの村で宿を探そう。昼頃には着きたいな。」
「あんまり進んでないけどいいの?」
「足怪我してるやつを歩かせるとかあんた鬼かよ。」
ミュルの確認にグランは引き攣った表情で即答する。フェルは鼻息を荒くして「私は一向に構わんが」と言っているが聞かなかったことにする。ちょ、動くなフェル重い。
その場所から村までそれ程距離はなかったようだ。
目標より少し早い、昼前には既に村に着くことができていた。
宿もすんなりと取ることができたので、大分時間が余ってしまった。
今は各々で疲れをとっている。
グランは薬草採取をしていた。
腰に提げている鞄には薬草のストックが入ってはいるが、急に使うことになって補充が出来ないなんてことも想定できる。
特にフェル。あいつが何かをしないとは思えない。大怪我をしてまた背負わされてはこちらが辛い。
そう思いながらグランは次々に必要な成分を持った薬草を採取していく。
「このくらいでいいか。」
気付けば鞄の中は採取した薬草でいっぱいになっていた。というか溢れていた。
「……」
なかなか閉まらない鞄と戦うこと約2分。
負けたのはグランだった。
負けたのが悔しいのか、半開きのままの鞄を睨んでいると、後方でガサッと草の音がした。
不思議に思ったグランは、自分がそこに移動することをイメージしながら、そっと右目に手を当てる。
紅正星式真眼の能力の一つ、未来視の使い方である。
未来のイメージが、眼から脳に映像となって流れてくる。
その映像によると、草の音の正体は人だ。それも大変な怪我をした。
グランは急いで駆け寄り、手当てを始めようと鞄を開く。半開きだったため開けやすかった。
状態はあまりよくない。
肩を脱臼していて、全身に掠り傷があり、血が流れている箇所も多々ある。また、脳震盪を起こして意識を失っているようだ。
――赤毛のショートカット。見たところ年齢は14~5歳で、やや幼い印象を受ける。
白い肌をしていて、なかなかに整った顔の少女。
ただ、服は所々破れており、それにあまりいい生地で作られてはいなかった。
「木から落ちでもしたのか?」
そんな考察を呟きながら肩を嵌め、鞄から緑色のアロエのように肉厚な葉1枚と少量の綿を取り出したグランは、葉を半分に折って出てきた汁を綿に染み込ませ、傷口を消毒していく。
それが終わると、鞄から青色のキャップがされた瓶を取り出し、これも綿に付けて傷が目立つところから優しく塗っていく。
するとシュワシュワと炭酸水にも似た音を立てながら傷口がみるみる癒えて行った。
仕上げに自己再生能力を上げる薬を飲ませ、水で不要な薬の成分を流し、手当ては完了した。
流石元医者。手の動きに迷いがなく鮮やかで且つ素早い。この一連の作業を終えるまでに5分と掛からなかった。
「うん。いい動きだ。さっすが俺。略してさすおれ、なんて。」
……凄さを台無しにするアフターフォロー付きだが。