02.変わっていないことの確認
そろそろ式が始まるようだ。
ベッドで遊んでいるのも飽きたので暇つぶしに城を探索していたら職員に見つかって式が行われる場所に来るよう言われた。
イケ目ンは未来視ができ、こうなることは予測できたが、グランはネタバレはしない主義なので、極力未来視を使おうとはしない。
というわけで、今は式場にいる。
まだ準備は終わっていないようで、職員たちが準備を進めている。
グランがそれを眺めていると、後ろから誰かが近づいて来て、声をかけられる。
「君も、勇者?」
グランはこの声を知ってる。
魔法使いの勇者だ。
グランは振り返って「ああ。」と軽く答える。
振り返った先に居たのは、雪のように白い少女。
薄水色の髪は短く切られ、瞳は髪とは違い、紅色をしている。
細身の胴からはすらっと細い四肢が伸び、魔法使いにしては珍しくローブではなく無地の白いワンピースを着ている。
小柄で童顔なので実年齢より若く見えるが、勇者に選ばれている以上彼女も18歳だ。
「私はミュルミューレ・ヒュプッシュ。魔法を使える。名前長いからミュル、呼び捨てでいい。」
「俺はグラン・エグザクト。医者をしていた。よろしく、ミュル。」
簡単に自己紹介を交わし、暫くして式が始まった。
にも拘らず、もう一人の勇者の姿はない。
だが心配する必要はない。前も彼女はそうだった。
もう少しすればやってくるだろう。
そうグランが思っていると、式場の扉が大きな音を立てて開かれる。
急いで来たらしく、遠くからでもわかるほど汗をかいた女性が立っていた。
肩で息をしている彼女は勇者の一人で、名前はフェルリープト・プラハトフォル。騎士である。
ブロンドの長い髪をしていて、大人な雰囲気がする。
瞳も髪と同じブロンドである。
ごつい金属の鎧をつけているが、体は細く(だが胸は大きく)背は高い。ミュルと比べると頭一つ分違う。
……ミュルに睨まれた気がするが気のせいだろう。
「全員揃った様なので選定結果を改めて発表させて頂きます。」
フェルリープトがグラン達のいるところに並ぶのを確認して、司会が話を進めて行く。
「これより、選定魔法により選ばれたものを発表する。
一人目、フェルリープト・プラハトフォル。
二人目、ミュルミューレ・ヒュプッシュ。
三人目、グラン・エグザクト。
以上の三名を、只今をもって勇者とする。」
その後も色々と話は続いたが、それらは要するに「頑張れ」ってことだった。
話が長いことは知っていたので、貧血を防止する薬を式の前に調合して飲んでおいた。
前回はこの長い話の所為で貧血に倒れ、格好がつかない始まりになってしまった経験を活かせてなによりだ。
何はともあれ、これからこの三人と魔王とで、泰平な世を築いていくのだ。
■■■
式の途中で三人には初期装備が配布された。
初期装備とはいえ国の一流鍛冶師が作ったものだ。そこらのものとは比べ物にならないくらいによく出来ている。
ピカピカの新品高級装備一式。
傍から見ればどこかの貴族のぼんぼんみたいだ。
だがこの三人は勇者に選ばれるに匹敵する能力と強さを誇る。
先ず一人目の勇者、フェルリープト・プラハトフォル。
騎士の一族、プラハトフォル家の出身。
騎士の一族というだけあって、かなりタフで壁役にもってこいの人材だ。……良く言えば。
家庭的な面もあり、旅の途中では主に彼女が料理を作っていた。
三人の中では一番誕生日が早い。
身長は170㎝台だろうか。
次に二人目の勇者、ミュルミューレ・ヒュプッシュ。
平民出身の魔法使い。
魔法使い(魔導士と言ったりもする)は普通黒いローブを着ているが、彼女はワンピースを身に着けている。何故かは知らない。支給されたローブも身に着けてはいない。
ローブを着けていなくても全く問題はなく魔法を使える。
また、彼女は普通魔法を使うのに必要な詠唱をすることなく魔法を使うことができる。
身長は146㎝。成長中、だそうだ。
そして三人目の勇者、グラン・エグザクト。
元医者(藪とか言ったやつ出てこい)。
彼の赤い右目は正式には紅正星式真眼と呼び、万物の成分、性質を瞬時に見抜き、暗闇でもしっかりと機能し、どこまでも遠くを見ることができ、更には未来をも覗くことができるという。
医者の知識と、紅正星式真眼(通称イケ目ン)の能力を併用して、対象を暗殺することもできる。
一応短剣を支給されたが、使うことはないだろう。
身長は170㎝弱。
勇者に相応しい三人といえばその通りだ。伊達勇者はいない。
さて、明日の朝より出発となった三人は、今はフリータイムである。
まだお互いのことは名前しか知らないことになっているので、自己紹介をすることになった。
「私はミュル。二人のことは知ってるから、もう寝る。」
そう言うと、ミュルはその場に横になってすやすやと眠り始めた。
残った二人は、一瞬で眠りに落ちたミュルに苦笑いして自己紹介を続ける。
「私はフェルリープト・プラハトフォル。フェルと気軽に呼んでくれ。見ての通り騎士だ。壁役は任せてくれ。……囮として使い捨ててくれて構わん///」
途中から彼女は顔を赤くしてもじもじしながら言った。
グランは顔を引き攣らせ、辛うじて「お、おう。」と答えた。
気を取り直して。
「俺はグラン・エグザクト。呼び方は任せるよ。薬学と医学が使えるから、怪我とかしたら言ってくれ。」
「ああ。よろしく頼む。」
「こちらこそ。」
そして握手を交わす。
そう言えば、と何か確認するようにグランはあることをフェルに言ってみる。
「袋の中、一番底の茶色い本……」
「!」
フェルは目を見開いて顔を真っ赤にし、そしてグランの手を強く握りなおす。
骨が折れるくらいに強く。
「いたたたたた!」
「どこでそれを知った!?」
「おぉ俺の袋の話だよ!」
「!!!///」
フェルは強烈な羞恥心から、顔をルビーのように赤くして、その場にしゃがみ込んでしまった。
今、グランは噓を吐いた。
グランの袋の中に茶色い本など存在しない。
これはただの確認作業だ。
前の世界と同じことを確認するための。
ただ、その代償としてフェルが犠牲になったが、まあ大丈夫だろう。
明日になればすぐに良くなる。
さあ、明日の朝の出発に備えなければ。