01.勇者の選定
ある小さな村に、今日で十八歳になる少年がいた。
グラン・エグザクト。
茶髪でひょろっとした体格の、キリッとした――しかしどこか濁ったような――茶と赤のオッドアイを持つ、顔の整った少年。
白衣を着ている彼は、若いながらも村では医者として働いていた。
彼が営む診療所は小さいが、かなり人気のあるものだ。
曰く、どんな病もそこなら治せると。
曰く、その身には神が宿っていると。
そんな噂が人を呼び、人が噂を流し、更に噂が人を呼び……
そんなわけで、今日も今日とて良くも悪くも大賑わいである(ここは病院なので、本来賑わってはいけない場所ではあるのだが)。
噂の一つである、どんな病もそこなら治せるというのは、本当だ。
彼の赤い右目がその秘密。
その目は、あらゆる物の成分を瞬時に解析し、あらゆる病を見抜き、暗闇でもはっきりと機能し、どこまでも遠くを映せ、さらには未来まで見透せる、まさに超絶イケ目ンなのだ。
だから案外、神が宿っているという噂も本当かもしれない。
さて、今日が誕生日な彼は、診療所を臨時で休業とした。
五日に一度の定休日以外、毎日営業してきた彼にとって、これは異常なことだ。
なぜそうしたのかと言うと、左手の震えが止まらないのだ。
今まで、重症でない限り病気でも最大限の配慮をして営業してきたのに、たかが手の震え程度、という感じだが、これはたかがでは済まないものだった。
手が震えるのと同時に全く動かせず、全身が熱く燃えるようなのだ。
明らかに異常、病気であろう。
ところが自身の超絶イケ目ンには、どうも《健康》としか映らず、そして彼は、この現象を知っていた。
これは、勇者選定魔術の効果。
即ち、この日、グラン・エグザクトは、
勇者に選ばれたのだ。
■■■
――――あれは……確か半年程前のことだ。
魔族の軍に反抗するために、国の王様がこう宣言したらしい。
『来る年始より、我々は更なる進軍の象徴として、勇者、即ち英雄の選定を行う。対象となるのは来年で齢が満18を迎えるものだ。人数は最大三人……(以下略』
その選定のために国中の高位魔術師が集められ、さらにグランが作った高級魔術補助薬が一瞬で、在庫まで無くなったのだった。
今までにない、初の取り組みであるこれは、どうやら成功したらしい。
まあ失敗すれば国の威厳にかかわるし、当然と言えば当然だ。
さておき、グランは後の英雄となるであろう勇者となった。
最低でも明日、早くて今日の午後には迎えが来るであろう。
熱で回らぬ頭を、無理をして活動させ、凡そ必要なものを集めていく。
では、ここらでグランが勇者選定時の現象を知っていた理由を話そう。
話の流れから察せると思うが、彼こそ、間違えて魔王を倒してしまった勇者なのだ。
だが今回は間違えない。何故なら彼には、昔の――時を戻す前の――記憶が残っているからだ。
■■■
午後になった。
前回と同じ時間に、遣いが迎えに来た。
遣いが来る時間を知っていたので、とてもスムーズに準備をすることができた。
迎えに来たとき、既に準備が終わっていたグランを遣いは不思議がっていたが、適当に誤魔化しておいた。
グランの村から王城までは、馬車で凡そ1時間の場所にある。
移動中に、この遣いから勇者について教えられる。知っていることだが、一応知らない風を装う。
二回目だからわかるが、この遣いは勇者のメリットしか言っていない。
(魔王を倒せば)金が貰える、地位が貰える、爵位が貰える……ぶっちゃけどうでもいい。
それに言っていることは間違いないが、これではとんだ悪徳商法だと言わざるを得ない。リターンが割に合わないのだ。
勇者と簡単に言ってくれるが、実際はすごく苦労した。
遠い場所まで歩いて行けと言われるし、仲間は言うことを聞かないし。
それに敵を倒すことだって簡単ではない。
勇者に選ばれたからって何か特別な力を得られるわけではない。結局自分の技量で頑張るしかないのだ。
「(ほんっと、何にもわかってねえなこいつら。)」
グランは遣いの説明を聞き流しながら、気づかれないように車窓からの景色を眺めているのだった。
前回のことを思い出していると、王城が見えた。
前回はグランと、フェルリープトという騎士と、ミュルミューレという魔法使いが勇者として選ばれたわけだが……。
「(この二人にちょっと問題があるんだよな。)」
特にフェルリープト。
騎士としての性能は申し分ないわけだが……。
■■■
王城の正面入口付近で馬車を降ろされる。
城の白い外壁が傾き始めた太陽の光を反射していて眩しい。
城を見上げれば、特徴的な尖った屋根の鮮やかな赤色が、これも太陽の光を受け、輝いている。
所々にみられる、金と銀色の装飾もいいアクセントになっている。
何より城の巨大なシルエットから威風堂々たる様が伝わってくるようだ。
でも、一つ不満を言わせてほしい。
「もうちょっと先で降ろしてくれないかねぇ。」
遠いのだ。
降ろされた場所から建物の入り口までが。
だからこそ城の外観をよく見れたのではあるが、とにかくグランは歩きたがらないので、ほんの100m程の距離を面倒がる。
考えてみればこれから一応魔王討伐に行くのに、歩きたがらないというのは致命的だ。
どうせ馬車のひとつも用意してはくれないのだろう。歩いてあの城まで行かなくてはいけない。
「面倒くさ。」
やる気が失せる。
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ふっかふかのベッドに思いっきり飛び込む。
埃が舞うとかそんなこと気にせずとにかくはしゃぐ。
「でもなんか、悪い気はしないな。勇者。」
あれだけ愚痴を叩いておいての見事な手のひら返し。
ふかふか天蓋付きベッドだけでここまで機嫌を治せるグラン。ちょろい。
さて、ここは王城の一室。
儀式の準備まで時間がかかるそうなので、ここで待機している。
そうそう、左手の麻痺と高熱は、遣いが来た時点で既に治まっている。
ここで待っていろとのことだったが、時間を潰せるようなものが何一つない。
だからふかふかベッドでトランポリン宜しく飛び跳ねているのだが、傍から見ればただのやばい人である。
十八になる青年が、無邪気にベッドで飛び跳ねているのだ。
頭に異常があるのではと疑われても不思議はない。
それにその身長でそんなことをしたら、いくら部屋の天井が高いとはいえ──
──ゴンッ
当然、頭を打つことになるだろう。
アホらしい。
著者がキャラクターを煽る作品はそうそうないと思う。