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プロローグ 英雄譚の白紙化


 唐突だが、魔王は倒された。


 大陸を、星をも分断する、長きにわたった魔族と人類との戦いは、勇者と呼ばれる人間の個体によって、唐突に幕を閉じた。

 侵略勢力であった魔族が敗北したことで、世界に泰平が訪れた──────


 と、戦後の世界で吟われる数多(あまた)の英雄譚は、いつも決まったようにそこで終わる。


 何故か。


 そのほうが勝利した人類側が素晴らしいように伝えられるからだ。

 悪しきものは去り、正義を貫いた我らが勝利した。そうした方が、物語として綺麗だからだ。でも、


 ──実際はそうだろうか?


 この英雄譚はあくまでも物語だ。

 原作はノンフィクションであったとしても、今日(こんにち)まで語り継がれる過程で多少は脚色されている。


 しかし、この物語は本来、こう続く。


 世界に泰平が訪れたかのように思われた(・・・・・・・・・)


 そう。世界は平和になどならなかったのである。

 だがそうはせず、物語として綺麗に終わらせるために修正されてしまったのだ。


 では世界は平和にならず、どうなったのだろう。

 戦後の世界を少し、覗いてみよう。


 ■■■


 厳かに飾られた勇者の部屋。

 そこは王城の一角にあり、世界を救った英雄だからと、広い部屋の至るところに丁寧な装飾が見られる。

 天蓋付きの大きなベッド。美しくデザインされた壁。金の額縁に入れられた絵画。


 だが華やかな内装に反して、一人闇に堕ちたように暗い者がベッドに突っ伏している。

 整えられた茶髪に、荘厳された正装姿。茶色と赤色の美しいオッドアイは、今は涙で赤く腫れている。

 彼こそ、勇者、その一人である。


 魔王を討ち果たしてから早一週間。

 初めの三日程は笑顔だった彼も、日に日に表情は曇っていった。


 未だ祝杯ムード漂う国内、しかしそれは王都周辺の話だ。

 遠方では貧困に飢饉に紛争に反乱と、泰平とは異なったことが起こっているのである。


 戦争の経済効果は凄まじく、人と物とお金が国中を駆け巡った。

 が、軈て戦争は終結し、同時に経済効果は止み、貧困、飢饉といった状態に陥る地域が出始めたのだ。


 また、戦争の勝利で得た魔族の身柄や土地を、どの貴族が所有するかで紛争も起こり始め、奴隷的扱いに堪えられなくなった魔族による反乱も連鎖的に発生し、戦争中より更に酷い状態になりつつある。


 これらを知った勇者は、自身の行動を後悔し、泣き暮らしていたのである。


 時に過ちは、責められた方が気が楽になることがある。

 しかし勇者は何も間違ったことはしていない故に誰からも責められず、寧ろそれが辛くて、罪悪感に押し潰されそうになっている。


「(……結局俺のしたことは何だったんだッ!)」


 一粒、また一粒と頬を伝う涙は、止む気配を見せない。


 ■■■


 どうだろう?

 平和になってなどいなかったろう。


 当然だ。

 たかが魔王が一人討たれた程度で世界が平和になれるはずがないのだ。

 確かに共通の「魔王」という敵がいるときは簡単に意志の統一が出来た。だがその敵がいなくなってしまってはどうだろうか。敵という接着剤で固めた統率は解れて、またもとの状態に戻るだけだ。


 まあ、魔王が討たれたことで世界は大きく変わったことは事実だ。認めよう。

 ただ、変化はいつも決まって良いものとは限らない。


 そう。状況は、悪い方に(・・・・)変化したのだ。


 ■■■


 ついに涙も枯れた勇者は、ふとあることを思い出す。

 死ぬ間際、魔王が言っていた奇妙なことと、そのとき渡された奇妙な結晶。


 ──星空が宿ったような見た目の、淡く紫に輝き、神秘的で、力の原石のような膨大な力を感じるその結晶。

 ──魔王の遺言の『もしまた会えたのなら、その時は「ただいま」と言ってくれ』という言葉。


 その二つから、勇者は自分が何をするべきか考えていく。


「(この膨大な力、魔術結晶か? ただ並の魔術にしては強すぎる。既存の魔術でもかなり高ランクのものだろう。『また会えたのなら』、あいつは確かにそういった。じゃあこれは、蘇生? いや、それは不可能だと証明されたばかりだ。蘇生のほかにもう一度会う方法──タイムリープか? 確かにそれなら……!)」


 そこまで考え、実行に移すことにした。

 勇者がその結晶を優しく抱くと、結晶から漏れ出た白い光が、部屋に、城に、国に、世界に満ち、全てを白く染め上げた。


 ■■■


 まるで世界が再構成されるようだ。

 全てが無へと還り、そして有へ変化していく。

 白かった世界に色が戻り、時間が巻き戻るように万物が組み立てられていく。


 遠くに黒煙はなく、耳を澄ますと鳥や虫、風の音、市の賑わいが聞こえる。

 どことなく懐かしい感覚がするこの景色を、勇者は久しぶりの自宅で感じていた。


 斯くて時は半年程(さかのぼ)り、同時に英雄譚はリセットされた。

 そしてまた作られ、だが前回とは違う物語となって、今日(こんにち)まで吟われ語られることだろう。


 ではこれから、真っ白な物語に、また一から書き出すとしよう。

 先ずは様式美として、この言葉から始めるか。


『昔々──



さて、あなたなら、この先をどのように綴りますか?

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