桜空
月日はさらに進んで11月、俺とサラはほとんど毎週どこかに遊びに行った。
でも、互いに心の思いを伝えることはなかった。
俺もなんとなくわかっているんだ、病気が治らないことに。それはサラも同じ。
日に日に痩せる体。そして、時折彼女が見せる苦しみの表情。
うまく隠せていると思っているだろう、でもそれが俺を苦しめる。
もしかしなくても無理しているんだ。
そしてある日その時は訪れた。
それはいつも通りの日曜日、ショッピングをしている時にサラが倒れた。
急いで救急車を呼び病院に運ばれた。
癌だった。
もしかしてと考えたことはあった。
でも、実際にそう聞くと心の奥底ではどうしようもないくらいに心がちぎれそうで締め付けられた。今にでも叫び出したい。
そして病室に運ばれたサラが目を覚ました。
「おはよ」
「おはよう、気分はどう?」
「だいぶ楽になったよ、ごめんね迷惑かけちゃったね」
「そんなこと気にするな……それよりも、聞いたよ癌なんだな」
「……」
そう言った途端サラから笑顔が消える。
俯く彼女は初めて俺に涙を見せた。
「初めてあった日覚えてる?」
「ベンチで本を読んでた時?」
あの時一目惚れしてまさか今ではこんな関係になるなんて思ってなかったな。
「あの時余命あと3ヶ月って言われてたんだ」
なんだよそれ、そんなの唐突過ぎるよ。
「でも、リョーヤ君を心配させたくないから」
必死で隠してたのか、しんどい自分を。
「とにかく今日はゆっくり休もう、明日また来るから」
「うん」
そう言って俺は足早に去った。
いや、逃げたんだ、あの空間から。
あのまま居続ければ俺は泣きじゃくんでわがままを言っていたかもしれない。「何で隠してたんだ」「なんで治らないんだ」って。
でもそんな自分を見せるわけにはいかない。
一番辛いのはサラなんだ。
その夜、俺は一晩中バイクで駆け抜けた。
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次の日、病室の前まで来る。
扉を開けようと手をかけた時中から会話が聞こえてきた。
「なんでこうなるまで無理をした」
「ごめんなさい」
「あんな男に連れ回されたからお前は」
「……それ以上言わないで! リョーヤ君は悪くない……っ! ……うぅ」
「と、とにかくゆっくりしなさい」
父親との会話なのだろうか。
俺の話をしている。俺が悪いのか? そうか、俺が無理やり連れ回したから。
開かれる扉、俺はその人物と目が合った。
「……あ、あの…」
「失礼」
そう言って、その男は歩き去っていった。
扉を開けることが出来ない。そのまま立ち尽くす。
「なんで我慢してたの?」
聞こえてきたのは別の女性の声、母親か?
「だって、彼を心配させたくないから。辛い顔をする私を見て欲しくないから」
「冷たい事を言うけど、このまま一緒に居てもきっと別れは変わらないわよ?」
「わかってるよ、自分の体だもん、それでも好きな人と最後までそばに居たいって思うのって……わがままかな?」
「そうね……女の子は少しわがままな位がかわいいのよ」
再び扉が開かれる。そして目が合う。
「……」
「少しお話しませんか?」
たった数ヶ月前までここでサラと遊んでいたんだ。
その中庭で、サラの母親と話している。
「娘がお世話になっています」
「いえ……そんなこと、むしろ僕がサラさんを」
「主人の言った事は気にしなくていいんですよ」
そう言ってお母さんは立ち上がり深く頭を下げる。
「あ、頭を上げてください」
「娘はずっと笑わなかったんです、でもあなたという人を知ってから笑顔が増えました、本当に感謝してます」
笑わなかったなんてことを言われても、俺は笑顔のサラが一番印象に残ってる。想像もつかない。
「察していると思いますが、娘はもう長くありません、お互いのために忘れた方が――」
「僕は、サラさんが大好きです、彼女の笑顔に元気をもらいました」
ベンチから腰を上げ地面に膝をつける。
「申し訳ないですが、僕は最後までサラを愛します」
地面に頭を打ち付け、その場を離れる。
再び訪れた病室、ノックをし入る。
「あ、リョーヤ君遅いよー」
笑顔で出迎えてくれた。そしてふくれっ面で少し拗ねたような顔をする。
「ごめんごめん、サラの好きなもの買ってきたから」
「やったー」
持ってきた果物を嬉しそうに食べる。
「クリスマスどこ行こうか?」
できるだけ先のことを話そう。
その未来が来るように。
「私はリョーヤ君の家でゆっくり過ごしたいな」
「そうだな、そういうのもいいな」
「でも初詣は遠くの神社に行ってお祈りするんだ」
「何を?」
口に指を当てしーっとする。
「へへっ教えない」
なぁ、今の君は無理しているか? それとも素で笑えているのか?
そんなことを言いかけた自分に驚き、そしてサラに近寄る。
「え?」
「ごめんな」
サラを抱きしめる、出来るだけ優しくギュッと、あの時以来触れられなかった彼女に触れた。
温かい、温もりを感じる。
「どうしたの?」
「俺は最後まで君を愛します」
「うん」
「だから付き合ってくれる?」
「うん、ずっとそう言ってくれるの待ってたよ」
花に少し口を近づけた。
そして花が少し散る。
君がくれた温もりがこの冬の寒さに冷めないうちに俺は帰ろう。
家の前に咲く季節外れのワスレナグサ、それを摘んで部屋に飾ろう。
「愛してるよ、桜空」