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悪魔を飼えない愚者たちへ  作者: さまー
7/7

File.7 困難と向き合う姿勢

 EBOに入って数日が経ったが、まだ慣れない。今までに死なせてきた相棒たちの顔がちらついて、仕事に集中できないわけだ。



 そんな俺の前に現れる桜田真琴。どうやら、例の新人君がEBO出身らしく、職場内でも、彼に協力姿勢を取るもの、徹底的排除の姿勢を取るものの二極化となっているらしい。


「そりゃ、雰囲気も悪くなるわな」


 ぶっきらぼうに横を向いた俺の顔を、桜田はまだ見つめている。


「戻ってきてくださいよ、先輩……」

「俺が行っても逆効果だ。核爆弾二つを同時に保管しておくのと同じだぞ」


 桜田の願いを俺は――受け入れる気はさらさらない。


「……そんなことないですっ……」


 彼女の眼尻に、うっすらと涙が走ったのが見えた。ああ、なんでこいつはこんなに追い詰められているんだろう。きっと、例の新人君と、しっかり向き合ったんだろうな。


「良いこと教えてやるよ……俺は今、例の新人君の出どこと同じ、EBOにいる」

「い、EBOに……? ってことは、こないだ……あんなにEBOに興味津々だったのも……」

「ま、ちょっと前くらいから誘われていたからだな」


 まあ、警察は居心地が悪かった。警察官たちの同族意識というか、ちょっと道を外れたやつに対する異常なまでの排他的スタンスも気に食わないし。それが警察内で勝ち上がっていくための術であるとするならば、俺や今ここにいる桜田なんかは全然向いていない職でもあると言える。


「そんな……相談してくれても……良かったじゃないですかッ!」


 そんなことを言うが、俺が桜田に相談していたとして、こいつは『俺を止める』以外のことをできただろうか?


「……多分、お前に相談する前に、俺の中で決意が固まっちまった……ってのが一番の理由だな」


 署内に居場所は無かったはずだった。いや、無くて良かった。無い方が良かった。俺が居場所としたところは、何故かすぐに壊れていたから――


「……ごめんなさい、その通りですよね……先輩は……そういう人でしたね」


 彼女の中で何かが不満らしい。


「ああ、よくわかってるじゃないか」

「一年間、誰を見てきたと思ってるんですか?」


 泣き顔の中にも少し笑顔が見えてきたところで、俺は本題に戻る。


「んで、俺が一番気になったのは、例の新人くんがEBO出身ってところなんだが」

「ああ、そのことですか。やっぱり先輩は――」


「ん? なんか言ったか?」

「いえ、何も」


 桜田の聞き取れない小声を聞き返したが、彼女の朗らかな顔に流された。


「どうやら、彼なりに、EBOと警察は歩み寄るべきだ、そうすれば被害者はもっと減るし、二次災害も少なくなるはずだ、という理想を掲げているようでして。警察とEBOの改善修復の架け橋になろうとしたんです」

「ほう……」


 まるで舞台の主役に立つ者の考え方だ。


「いいたいことはわかった。でも、俺は警察に戻るつもりはない。愚か者共と付き合うのはもうごめんだ。どうせ、例の新人君を毛嫌いしているやつらも、そういった愚か者たちなんだろう」

「その通りです……。私も、そんな人たちのようになりたくはない。だから……先輩……先輩には、あの人たちの考えを変えるだけの力があります! 先輩しかいないんです! 戻ってきてください……」


「悪いな……」


 戻る気はない、と言ったはずだ。と言おうとして口を噤んだ。



 涙をただ流し続けるだけの彼女を背に、俺は家路とは全く違う方へと向かっていった。




「こんばんは。残業進んでますか?」


 まだ灯りが残っていた俺の今の職場――EBO本部へと戻ってきた。栗原さんだけが残って仕事を続けていた。


「ああ。こないだ討伐した愚魔、あいつ犯罪者だったらしいわ。警察から連絡があって、身柄を引き渡してくれ、だってよ」

「……そうですか」


「犯罪者が愚魔になるケースは珍しくねえよ。むしろ主を行くパターンではあるな。だからいつも手柄の取り合いになっちまう。警察と仲が悪いのも、そのせいだろうな」


 一応は警察直属の組織なんだがなあ。という栗原の独り言を俺は聞こえないふりをした。


「どうしたら……もっと俺たちは歩み寄れるんですかね?」

「おっ、九頭竜、そういうこと考える系だったのか?」


 栗原に揶揄されて、俺は咳ばらいを一つした。


「……まあ今のままじゃ無理だろうな。少なくとも俺にそのつもりがない」


 思っていたより予想外の答えが返ってきて、俺は少し驚いた。


「栗原さんって、思っていたより排他的スタンスなんですね」

「ちげえよ。経験不足なやつが愚魔と戦うのが一番危険だから言ってんだよ。警察は所属して1年の新人とやらでも平気で前線に送りやがる。そんな奴らが愚魔と戦って生き残れる確率なんてほとんど無い。そういう無駄な犠牲を減らすためにも、EBOがもっと強くなって、愚魔の案件全部任せられるくらいにならなきゃいけないんだと、俺は思ってる」


 今回の俺の生え抜きも、その考えの一環なのだろうか。俺としては嬉しい限りだが、それでもなお、栗原さんの強面顔は浮かない。


「ま、お前も心の中に曲げられない意思ってのを持っておけよ。そうじゃないとこの仕事は辛すぎて心身持たねえからな」


 高笑いしながら缶コーヒーを投げつける。


「相談したいことがあったら何でも言ってくれ。話くらいなら聞いてやれる。まあでも、お前の中で、俺がその相談をするに値する人間になるまでは待っといてやるからな」

「あ、ありがとうございます」




 全く、この人は人のことをわかりすぎる。



 帰り道、治安の悪い道を歩きながら、俺は周囲で起こっていそうな軽微な犯罪に目を凝らしていた。


 どうしてこうもこの世はくだらない事件が多いのだろうか。と思っていたら目の前でひったくりが起きていた。


「バカが」


 俺は小さな声でひったくり犯を罵倒すると、足をひっかけてその男をひっくり返した。


「ぐはぅ!」


 声にならない声を上げると、その男は俺を強く睨んだ。眼光の鋭さなら負けないと、俺も強く睨み返す。


 警察だ、と言おうとしたが踏みとどまった。俺は今、警察ではなかった。


「今警察呼んでやるから待ってろ」

「畜生……愚魔になれたら、こんな状況を切り抜けられるのに」


 悔しそうに呟くひったくり犯。屑だ。


「それだけはやめとけ」



 どうしてこの世はこうも救われないのだろうか。愚魔になりたくないのになってしまった者、愚魔にならざるをえない場所まで行き、引き返せなくなった者。


「お前に悪魔は飼い慣らせない」


 ――悪魔を飼う者は、悪魔に飼われないようにだけ気を付けろ。



 この世には、愚か者が多すぎる。





 翌日の朝、またしても愚魔が現れたという情報が入り、EBOは出動する。


「毎日出てくるもんなんすね」


 まるで害虫駆除だ、と言いたい口を噤んだ。隣の柴垣さんも、斎戸も、顔が少しも冗談の通じる雰囲気を出していない。


「それくらいこの世界は腐っているということだッ!」


 柴垣さんの言葉には同意しかできない。



「愚魔の出どころ解りますか? 栗原さん」

『警察の捜査中に愚魔になって逃げたやつらしい。警察官1名が死亡。1名が重傷だ』


 パトカー内の無線で栗原と連絡を取り合う柴垣。今回はかなり重大な案件になってくるようだ。


『3丁目曲がって……そこの酒屋の路地裏に逃げ込んだという目撃情報が入った。奥には広場があり、そのフェンスの向こうは小学校だ。絶対にそこは越えさせるな』

「はい」


 かなりヤバいらしいな……と考えている内に、パトカーが入れない路地裏までやってくる。


「降りて追うぞッ!」


 柴垣がエンジンを止め、ドアを乱暴に開けて出て行く。俺と斎戸さんもついていく。


『フェンスの所で、警察官3名がなんとか食い止めているらしい。絶対に越えさせるなよッ!』


 栗原の声にも力が入っている。愚魔が見えた――警察官は普通に倒れて動かなくなっている。たった今、フェンスを飛び越えようとしている愚魔。これはまずい。


「愚魔化しねえとッ!」

「だなッ!」


 柴垣さんと斎戸さんは目を合わせ合うと、スイッチが入ったかのように動きが変わった。


「愚魔化……したのか?」


 となると、俺にできることはこの倒れている警察官の保護くらいだ。


「大丈夫ですか?」


 返事がない。


「……かはっ! なンで……九頭竜……がいるンだッ!? この案件は……俺たちの管轄ッ……だはっ!!」


 血反吐を吐き出す警察官。どうやら俺のことを知っているらしい。そんなことを言っている場合ではないだろう、と俺は救急車を急いで呼んだ。



「……あいつは……小学生の女児を監禁している容疑が数件懸かってる……ンだ。愚魔化したからと言って……殺しちまったら……行方不明になった子たちがどこにいるのかわからねえままなンだ……。心配してる家族の人たちにもッ……顔向けできねえッ! だから、俺たちが……やらなきゃいけねえンだッ……よッ!」


 無理やり立ち上がろうとする警察官。俺は止める。


「無理しないでください。俺たちだって、その気持ちは同じですから……」


 この人たちに、もっと力があれば――あの愚魔を彼らの望む形で止められたのだろう。だとすると、栗原さんの言っていたことも、少しはわかるかな。


 フェンスの向こう――小学校のグラウンドを駆け回る愚魔、そして柴垣さんと斎戸さんがそれを追う。


「……九頭竜さん、あの二人を追って」


 後ろから声をかけられ、振り返ると、ゴーグルをつけた射場奈々子さんが立っていた。スナイパーライフルを抱えている姿は小柄な彼女にはいかにも不釣り合いだった。


「私がここを預かるから……はやく」

「は、はい」




 俺は急いでフェンスを飛び越え、愚魔を追う。そうだ、愚魔を急いで倒さなければ、今度こそ二次災害が出てしまう。それだけは、何としてでも食い止めなければならない。


「斎戸ッ! 奴の身体の触手に気を付けろッ! 上手く距離を取りながら戦えッ!」

「うっすッ! でも、あいつ、一心不乱に校舎向かってますよ!? 大丈夫なんすか?」

「……チッ、早く片付けねえとッ!」


 柴垣さんと斎戸さんが愚魔と身体を張り合って戦っている。その間に俺ができることは――


「小学校の方に、避難の連絡をしてきます!!」

「頼んだッ!」


 俺は回り込んで小学校の方へ向かう。もうすぐで入口だ。ガラス戸を強引に開け、事務室の窓口を強く叩く。


「愚魔討伐機関、EBOです! たった今校舎敷地内に愚魔が侵入ッ! 正面玄関以外からの避難をお願いしま――」


 すべて言いかけた時だった。俺のすぐ後ろから、ガラスが突き破られる音がした――


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