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悪魔を飼えない愚者たちへ  作者: さまー
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File.6 Broken atmosphere

 警察とEBOはもっと歩み寄るべき。先日の先輩の言葉を思い出し、僕はずっと考えていた。


――このままじゃだめだ。


 僕が警察に来たのは、九頭竜碧斗の愚魔討伐術に興味があったから。でも、そんな九頭竜碧斗は今警察にはいない。


 だとするならば、僕がすべきことは何だろう。



「阿久戸くん、おはよ」


 桜田先輩は僕に朗らかな挨拶をしてくる。


「おはようございます」


「よぉ、昨日はお手柄だったらしいな」

「阿久戸~。すげえじゃん!」


 ほかの先輩たちも、僕の活躍を聞いてか、褒める言葉を投げかけてくれている。


「ありがとうございます」


 定型文で返し、デスクワークに取り組む。



「……おいおい、連続強盗事件の逃亡犯、交通手段に電車を使って居場所を転々としているということが判明したぞ」

「マジすか。じゃあ、早速捜査ですね」


 僕が作業をしているその端で、上司の人たちが会話をしていた。どうやら管轄の事件が進展したらしい。


「僕らも行くんですか?」


 僕は自身の教育係である桜田先輩に尋ねる。


「いや、私たちは昨日の案件の事後処理」

「なるほど……」


 僕は桜田先輩の顔をじっと見つめている。仕事に打ち込む姿は、普段の朗らかな印象とはガラリと変わって大人っぽい。


「先輩、EBOのこと、どう思ってるんですか?」

「今度はEBOそのものについて? 色々噂は絶えないけど、別に、何とも思ってないよ。私たちには私たち、彼らには彼らの仕事があるんだから」

「先輩は、僕がEBO出身だって知ったら僕のことを軽蔑しますか?」


「え?」


 一瞬時が止まった。僕は咳払いをして、もう一度言う。


「僕はEBO出身です。EBO発足前の前身組織、退魔隊の頃から前線で愚魔討伐に携わってきました」

「え、じゃあ……どういうことなの?」


 わかっているようで状況をわかっていない先輩の声はたどたどしくなる。


「絶えない噂の正体は、薄々わかります。僕はEBO出身で、身体の中に愚魔を同棲まわせています」

「冗談はよしてよ」


 いつものからかわれているときの顔になる先輩。しかし、僕は別にからかいたくもならない。


「真剣です」


 僕の目は揺るがない。


「……阿久戸くん、私以外の人にこのことを言ったのは?」

「いません。先輩だけです」


 桜田先輩は、いつになく思いつめた顔になる。


「わかった。阿久戸くんが私に話してくれたの、私は嬉しいよ。でも……ほかの人には話すべきじゃないと思うの」

「……どうしてですか?」

「さっき言った通りよ。警察の人はみんな、EBOに対して良い気持ちを抱いてはいないし。私だって、特別に詳しいわけでも、発言力があるほうでもないから、説得したりとかもできないし」

「でも、先輩は言ってましたよね? もっと歩み寄るべきだって」


 桜田先輩の顔が紅潮していく。


「それはそれ……。あくまで理想を掲げたに過ぎないの」


 唇をかみしめている。


「お願い、わかって……」

「僕は、一度決めたことは曲げたくないので」


 彼女の顔を見ていられなくなって振り返る。背中から縋るような震える声を感じ取り、僕もまた同じく唇を噛みしめながら、部屋を出て行った。


 そこからの顛末は簡単だった。僕は、僕自身のことを、課の人全員に告げて回ったのだ。僕自身の正直な行動を、中には受け入れ、ともに協力することを誓ってくれた者もいたが、大半はそんな僕を迫害し、侮蔑する声が占めた。


「ふざけんなッ! 今日捜査に行った連続強盗犯が電車の中で愚魔化し、EBOに手柄を取られちまってんだよッ!」


 半ば八つ当たりのような言葉を投げかけられ、胸倉をつかまれる。多分、こうやって憤慨している先輩のように、僕の言葉の真偽を確かめる前に感情的になるあたり、警察はバカ者が多い。




 午後からの部屋の雰囲気ははっきりしていた。僕の味方と、敵――二極化してここまでわかりやすいと清々しい。


「……阿久戸くん、これ……」


 桜田先輩は気まずそうに資料を手渡しする。そりゃそうか。先輩は僕に忠告してくれていたもんなあ。


 怒ってるのかなあ――




 その日の夕方、たまたま栗原さんから連絡があったので、僕は久しぶりにEBOに顔を出すことにした。




 相変わらず殺風景な研究室風の一室。悪趣味な背景は、斎戸さんの倒してきた愚魔たちの写真。


「こんばんは……話って何ですか、栗原さん」

「よう……元気してたかヒカルよ」

「ええ、そりゃもちろん」


 他愛もない世間話から始まった僕らの話は、栗原さんの方から進展させられていく。


「――九頭竜碧斗、愚魔化するぞありゃ」

「えっ……マジですか」


 栗原さんから、予想外な言葉を投げかけられ、僕も困惑するしかない。


「白部のじーさんが“要経過観察”って言ったくらいだ。やっぱりEBOに置いといて正解だわ」


 白部尊しらべ たける――このおじいさんは愚魔研究のスペシャリスト。そんな彼がまだ愚魔化していない彼のことをそんな風に言うってことは――


「相当ヤバい愚魔飼ってる可能性があるってことですか?」

「……ああ。現在いま愚魔になったら……お前抜きのEBO4人じゃ太刀打ちできないかもしれない……と思ってな」


 弱音をはく栗原さんは珍しい。だからこそ、ことの深刻さが伝わる。


「なんかあったらすぐに来てくれ……警察の仕事もあると思うが……」

「はい……わかりました」


 僕抜きの4人では、太刀打ちできないほどの愚魔――今まで僕らが倒せなかった愚魔はいなかった。今いるメンバーで、EBOの前身機関、退魔隊を始めてから、一度もメンバーの交代や殉職が無いから……こんな事態になりうるなんて話を聞くことが初めてだった。


「僕らは、EBOである前に、退魔隊です。絶対に愚魔は退ける。これが絶対――」

「そうだ。絶対だ」


 このことは、柴垣さんや斎戸さんは知ってるんだろうか。射場さんは多分、そんなこと気にしないで仕事に打ち込める人だから大丈夫だろうけど……。


「それじゃあな。警察官の方も頑張れよ」

「当たり前です……ようやく、やりたいことを見つけられた気がしましたから」




 職場に戻ってくると、僕の居場所はより狭くなったように感じた。桜田先輩がいないからだ。


「あれ……桜田先輩どこに行ったんですか?」


 周囲に尋ねても、誰も返してこない。


――うっとうしいな。


 仕方ないので自力で探しに行くか――と思った瞬間、オフィスに入ってくる若い男の声。


「こんにちわ! 阿久戸光くんはいますか!?」


 こんなに大声で、元気そうに僕のことを呼ぶなんて変わってるな――と声のする方を見ると、周囲とは頭ひとつとびぬけた背丈の男が立っていた。


「あなたは……?」


 はっきりとした目鼻立ち――特に鼻は高く、目はネイビー色をしていて、日本人の顔とはかけ離れていた。


「僕は池田=クリス=ハートソン。阿久戸くんッ、池田って呼んでくれ!」


「い、池田……よ、よろしくおねがいします……」

「僕は君からみたら一つ年上の上司だけど、気にすることはないさ! 身分は上司、気分は同志ってね」


 場が凍り付く。桜田先輩のようにこういう人となんとなしに話すスキルが欲しいと思った瞬間、池田は僕の手を強引につかんできた。さきほどとは打って変わって真剣な表情である。


「……君に話があるんだ」

「……話……ですか?」


 彼の小声に、僕は小声で返す。




 オフィスを出た僕ら。廊下は昼間と言うこともあり、閑散としている。


「……あの……話とは?」


 僕が高い鼻の男を見つめると、彼は先ほどと同じような真剣な表情のまま、語りだした。


「僕のことはため口でいいよ。僕の同期が、九頭竜碧斗さんとペアだった時期があったんだ」

「あ、はい……」

「もちろん死んだけど」

 ってことは死んだんだな。って言おうとしたら、その通りの言葉が返ってくる。


「それ以来……僕はどうやら心の中に愚魔を飼っているんじゃないかって思い始めてさ。EBO出身の君なら、何か知ってるんじゃないかと思って」


「……なるほど」


 彼が僕を頼る理由は、凄く納得が行った。むしろ、“愚魔を飼っているかもしれない”なんて警察内部の人には絶対に言えないし、同じく愚魔を飼う僕に相談するのが自然だし――と、ここまで思って、自分が“愚魔を飼っている”という事実を警察内部に告白したことを思い出し、納得せざるをえなくなった。


 ――僕は相当バカだったんだな。


 桜田先輩の理想に、僕の願望を当てはめて、勝手にそれが最善だと思ってしまっていた。これは……桜田先輩が僕に愛想を尽かせても仕方ないレベルかな。



「……んで、どうやったら愚魔が出てこなくなるか、キミに教えてほしいんだ!」

「無理だ」


 池田という男の懇願を、僕は頭から否定した。


「……愚魔はその人自身の欲が顕在化したものと考えていい。だから、心の闇がいつ愚魔になってもおかしくないって気づけたこと自体がまず大きな成長なわけだけど、それを抑えるには、今君が一番求めているモノを切り捨てるぐらいの覚悟じゃないと無理なわけで、それを我慢すると、余計に心の中に棲む愚魔は強大になっていく」

「そうか……愚魔と付き合うのも難しいんだね……」


 池田という男は、僕の否定から入った話にも真剣に耳を傾けてくれている。面倒くさがったことを少し後悔した。


「にしても……EBOに入っている人はみんな愚魔を飼い慣らしているって噂、本当だったんだね」


 池田は僕を羨ましそうな目で見ている。


「語弊はあるよ」


 実際に、愚魔を飼い慣らすというのは、とても難しい。僕も愚魔と戦うときみたいに、ちょいちょい自分の愚魔を出してきてあげないと、いつ暴走してもおかしくないわけだ。


「愚魔を一度出してしまった人の社会復帰は難しい。それでも、自分の中でしっかりと自分の愚魔と見つめ合って、戦って、自分に勝った者だけが愚魔を飼い慣らすことができる。そして、それができたとしても、社会に受け入れられないことの方が多い」


「……へえ」


「そして、EBOは、そんな人たちを少しでも減らそうと、愚魔を即殺処分するのではなく、無力化し、その人を愚魔化から戻し、社会復帰までの支援を行うことも……目的の一つなんだ」

「支援……愚魔の?」

「愚魔とは言ったって……みんな人間なんだ。俺も、池田も、警察署の人も、今愚魔化して苦しんでいる人たちも……みんな」


 そう、だから……お互いに歩み寄らなければならない。愚魔を畏怖し、すぐに殺そうとしてしまう警察――社会復帰の可能性を信じない行政――愚魔かれらのメンタルケアを十分に行えない医療機関――これらの意識を改革し、もっと可能性のある未来を創るためにも……。


「阿久戸くん、僕にも協力させてもらえないかな?」

「協力?」


 池田から出てきた言葉は意外なものだった。


「だって阿久戸くんは今までそれをEBOでやってきたんでしょ? せっかく警察署に来たんだから、警察のみんなにもその意識を植え付けさせようよ」

「ああ……ありがとう、池田!」


 初めて、僕を認めてくれた気がした。そして、目前の池田という男も、初めて認めてもらえた気がしていたのだろう。僕らは向かい合って、同じ方向を見ていた――


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