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悪魔を飼えない愚者たちへ  作者: さまー
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File5. Be tamed me

「これ、阿久戸くんが一人でやったの?」


 桜田先輩は凹んだアスファルトと倒れ込む意識の無い男と、周囲にいた証言者たちを見ながら言った。


「そうですよ。言ったじゃないですか。僕は愚魔を倒すことに関してだけはスペシャリストなんです」

「……とは聞いてたけどねえ……ほんとに一人で倒しちゃうなんて……」


 桜田先輩の『信じられない』と言いたいばかりの表情は下がりに下がった眉毛でわかった。


「愚魔と化したのは、ペットショップに勤務していたアルバイトの知場昭人ちば あきと。無類の爬虫類マニアで、売れ残ったペットの処分中に狂って愚魔化したらしいです」

「……なるほどね」


 桜田先輩の悲しそうな顔は、僕の理解しえない感情だった。

何で愚魔になるようなやつに同情するような顔をするんですか? と言いたい気持ちをぐっとこらえ、彼女のとなりで捜査の続きを行う。


「とりあえず、知場さんって人を意識不明とは言え、生きて愚魔化から解いたのは、警察史上初めての快挙よ。さすが、大口切っただけのことはあるじゃない」

「えへへ……先輩ほめ上手ですね」


「……なんで愚魔になったのか、しっかり聞かないとね」


 わかったところでどうしようもないけれど……。とりあえず、よっぽど狂っていない限り、一度愚魔化した人間はその罪悪感からこれまで通りの生活を送れないらしい。今回の知場さんのような、被害者がいない例は稀で、だいたいは周囲にいた人を殺したり、ケガさせたりしているものだ。


「再発も考えないといけないとなると、やっぱ殺した方が良かったんですかね」

「バカ言ってんじゃないの」


 桜田先輩に小突かれた。


「愚魔になろうと、本当は助けなくちゃいけないの」


 桜田先輩は悲しそうな顔をしていた。


「でも、九頭竜先輩は殺してたんですよね?」

「ええ……でも、彼はいつもそんな自分を“愚か者”と言っていたわ」


 なるほど。言うなれば九頭竜碧斗の影響でそういう思想になってるわけか。


「でも、本当に凄いのね……どうやって殺さずに“倒した”の?」

「……まあ、僕の実力が高すぎるってのが、何よりの原因ですかね」

「阿久戸くん、割とビッグマウスなのね」

「まあそうですね……割と」


 うん、だって僕は、全ての愚魔を知り尽くすことができる力を持っている。あらゆる愚魔を潰したいという、僕自身の心の闇が僕に潜む愚魔となり、どんな愚魔の能力にも適応し、その能力を解析することができる能力を手に入れた。ただし、これは僕が愚魔に身体を貸しているときだけだ。


……愚魔に身体が乗っ取られてしまったあかつきには、僕自身が異形の化け物と化し、愚魔となって討伐される側になるだろう。ゆえに、この能力にはあまり頼れない。


「……強すぎるってのも、考え物だよなあ」

「……阿久戸くん、何か言った?」


 僕のつぶやいた小言を、桜田先輩は聞き逃してはいなかった。僕は咳払い一つでごまかし、「いえ、何も」と返してやり過ごした。


 僕がEBO出身だと言うことは伏せておくべきだ、というのが、栗原さんたちEBO組の総意だった。


『警察には、EBOに手柄を取られ続けたせいでEBOを恨んでるやつもいる。あまり素性は明かさないほうが良いかもな』

栗原さんに唯一言われた注意がこれだった。

『警察上層部とッ、EBOのお偉いさんはッ、かつての警察時代の動機だッ! EBO創立にあたって仲違いをしているらしいッ!』

柴垣さんもこう言っていた。



 帰り道、商店街の外れにある定食屋さんにやってくる。やってくるとは言っても、半ば強引に桜田先輩に連れてこられる形になってだが。


「阿久戸くんタバコ吸う?」

「いえ……」

「じゃあ禁煙席で」


 店員と朗らかに話す、小奇麗なスーツを身にまとう彼女を、刑事だなんて誰も思わないだろう。


「あ、あの……」


 財布持ってきてないんだったよな。


「財布持ってきてないことは知ってるし。遠慮しなくていいよ~。かつ丼定食と、かけうどん……一応野菜も取らないとね……」


 僕の遠慮を吹っ飛ばすようにメニューを見ながら独り言をつぶやく桜田先輩。


 互いに注文をし終えたところで、桜田先輩は水を啜りながら僕を見る。


「阿久戸くんは、EBOに誘われたりとかしなかったの?」


 一応個室っぽく仕切りはしてあるのだが、いきなり核心を突いた発言に、僕は口に含もうとしていた水を吐き出してしまう。


「っと……」

「……んー。その動揺具合から見るに、EBOを知らないわけじゃ無さそうね」


 ええ、まあ……そうなのですが。


「知ってるには知ってますけど……それがどうかしたんですか?」

「うーん。警察とEBOが仲悪いのは知ってるでしょ?」

「ええまあ」


 警察とEBOは、統括元は同じであるが、それゆえに管轄や手柄などの問題でずっと争ってきた経緯があるらしい。これは、僕が栗原さんから聞いた話である。


「阿久戸くんがもし、EBOの上司で、いい人材を警察内部に見つけたとしたら、EBOに欲しいな、とか思う?」


 僕は思わないけど、少なくともそう思いそうな人の心当たりぐらいならある。


「思わないです」

「だよねえ……」


 窓を見ながら何かに馳せるように瞼を落とす桜田先輩。上に伸びていた長いまつげが、前に伸びている。


「……どこに行っちゃったんだろ」



 まるで親の帰りを待つ子のような、寂しそうな顔を見せる先輩の顔を、僕はどことなく罪悪感を抱きながら見ていた。


「……九頭竜さんですか?」


「えっ!?」


 図星なのだろう。どうしてわかったの? と言いたいばかりに目と口を開けて動揺している。


「いや、まあ……先輩の昨年までの人間関係を考えたらどことなく察しは付きますよ」

「それもそうか……。だって、九頭竜先輩ってね、何も言わずに部長にだけ辞表を出して出ていったんだよ? 私に新人君のバディを推すだけ推しといてさ」


 新人君のバディ――僕のことか。


「損な役回りですね」


 僕の皮肉めいたいやらしい苦笑い。


「いや、そんなことはないけどね」


 返答は僕が思っているよりずっと純粋だった。


「私だってね、こう見えても頑張ってるんだし……先輩は私に役目を押し付けてどっか行くぐらいなら私の頑張ってる姿をこう、もっと見てよっていうか……」


 自身の熱弁に気付いて顔を朱くする桜田先輩。


「好きなんですね、九頭竜さんのこと」

「ちょっ、そんなんじゃないって」


 からかいたくなるのはどうしてだろう。一応これでも年上の先輩なんだよなあ。照れる彼女の元に、大量のどんぶりがやってくるのはこの直後だった。


「んじゃ、いただきます」


 大量の皿を目の前に、箸を取り出し、器に乗ったカツを切っていく。切られた話の腰は、宙ぶらりんに僕の頭の中で浮いていた。



「先輩って、EBOと警察の対立、どう考えてるんですか?」


 今度は僕から聞いてみる。彼女は動かしていた箸を置き、僕の方を見る。


「まあ、私はこの一年間、その対立関係についてはタブー視するように教育されてきたからね。実際は上層部も触れたくないんじゃない?」

「そうなんですね……」

「教育されてきた、とは言っても遠回しに、ね」


 彼女の作り笑いに胸が痛む。


「……本当は、対立なんかしてる場合じゃないとは思うけどね。これは上には秘密で」

「……はい」


 今度は僕が笑う。先輩の安心したような笑みに、僕も同じく安心した。


「僕も……同じこと考えてますよ。もっと……警察はEBOを頼るべきです。九頭竜さんや先輩のように、愚魔と戦って仲間を失ってきた警官もたくさんいると思うので。その点で言えば、EBOって特別な訓練を受けてるんですから、その手のエキスパートなんです」

「あ、実は詳しいクチだったのね」


 先輩に遠慮を見抜かれて、少し恥ずかしい。


「ふうん……なるほどね……」


 桜田先輩の顔は、少し真剣になっていた。うどんを啜る手も止まっている。汁を吸ってふくらんでいく麺のように、彼女の思考は膨らんでいるようだった。


「EBOも警察も……もっと歩み寄らなくちゃね。結局愚魔を取り逃がして二次被害を起こしてる件もあるわけだし」


 最終的に桜田先輩が出した結論は、それだった。




「ごちそうさまでした~」


 店を出ていく僕ら二人。午後5時すぎ。外はまだ明るい。


「先輩、ありがとうございました」

「いえいえ~。最近明るくなったよねえ」


 急に話を変えるスタイルか。


「だってもう四月ですよ」


 僕は笑って、先輩の半歩後ろについていくしかなかった。


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