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悪魔を飼えない愚者たちへ  作者: さまー
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File.4 Brightness

「EBOは飽きました。もっと他の仕事がしたいです」


 きっかけは僕自身のこの言葉だった。


「お前がほかの仕事? できるわけないだろ?」


 斎戸さんはこういうけれど、僕はいたって真剣なわけでありまして、今更引き下がることなどできないわけでありまして。


「そうだ。警察に入ろう。僕、才能あるしいけると思うんです」


 今度は怪訝な顔をする柴垣さんの顔が目に入ってくる。


「確かにッ、お前にはッ、才能とやらがあるのかもしれんがッ、警察とEBOは全く違うぞッ!!」

「全くじゃないでしょ。こないだ新聞で見たんですよ。10回以上愚魔を討伐した警察官がいるって。結局僕たちと同じような仕事してるじゃないですか」

「確かにそうだがッ!」


 うるさいなあ。


「……あーもううるさい。僕の対愚魔に関するノウハウが警察内部に持ち込まれれば、僕はこの九頭竜っていう警察官よりもずっと優秀な警察官になれるはずなんです! 愚魔を10回どころか100回も屠殺ほふってやりますよ!」


「ヒカル……自信家はお前の良い所だが、自信過剰は悪い所だ」


 栗原さんだけだな……落ち着いて僕の話を聞いてくれるのは。


「やだなあ、栗原さん。自信もないやつが市民の安全を守れますか? EBOは愚魔を倒すスペシャリストの集まりなんですから、自信があって当然なんです。悪いですけど、僕、一度決めたことは曲げたくないので、警察になってきます」

「あのなあ」


 さすがに栗原さんも呆れているようだ。紹介が遅れて申し訳ないが、僕は阿久戸光あくと ひかる。高校在学中からEBOの仕事に入っていたから、おそらくここにいるEBO5人の中では一番強い――と思ってる。


「何で警察なんだ? お前ならもっと退屈しない場所あるでしょ?」


 斎戸さんの言う通りなんだけど……僕は気になってしまったんだ。新聞に出ているこの警察官のことが。


「九頭竜碧斗――この警察官がいかにして愚魔を倒しているのか、純粋に気になりません?」


「ああ、確かに」


 僕の言葉に第一に反応してくれたのは、栗原さんだった。


「じゃあ交換条件だ。お前は警察官になってもいい。その代わり、九頭竜碧斗のことについて調べ上げてこい」

「ちょッ、栗原さんッ、良いんですかッ?」

「あいつ見た目によらず頑固だからな。このくるくる天然金髪パーマ野郎が」


「僕はおしゃれパーマです」


 小さな抵抗をしたところで、僕より5つも年上の栗原さんは高笑いするだけで、結局僕は警察に潜入し、九頭竜碧斗という警察官を調べることになった。




 しかし、僕はまんまと利用された。九頭竜碧斗が警察署内の捜査課の第一係に所属していると分かり、住んでいる地域、利用している飲み屋などなど、調べ上げた直後、栗原さんは九頭竜碧斗をEBOにヘッドハンティングしてやがったのだ。


 そう、僕を引き付けた九頭竜という警察官は、今僕がいるこの警察署内にはいないのである。


「……事務作業だるいっすね」

「文句言いたくなる気持ちもわかるけど、もうちょっと頑張ってよ」


 今日も僕はデスクワークをしている。警察官って意外に地味な仕事なんだな、と悪態をつきながら手ばかりを動かす。もっと足を、全身を、駆動、躍動させて……愚魔と戦いたい……。


「あーあ、事件起きないかなあ」

「ちょっと、不謹慎でしょ」


 また悪態をつく僕に、一々苦言を突っ込んでくるのは、一応僕の教育係的なことを任された女の子だった。


「だってェ……僕は事件を解決したくて警察に来たんです。こんな退屈な仕事したくて来たわけじゃ」

「あのね、退屈な仕事をしている間が平和なのよ、それくらいわかるでしょ?」


 この先輩名前なんて言うんだったっけ? 忘れた。まあでも関係ない。今僕たちがこうして平和ボケしている間にも、愚魔は現れ、人々を傷つけている。僕らの耳にその事実が伝えられるまでのタイムラグの間に、愚魔は数多くの人間を殺せるだけのポテンシャルを秘めている。ある意味、それが神秘的で魅力的だったりするんだけどね。


「少なくとも、阿久戸くんが憧れてる九頭竜先輩は、こういう仕事こそキチンとやっているような人でしたけど?」


 さっきからこの先輩は九頭竜の話ばかりしている。顔はかわいいのにちょっと口うるさいのがもったいない。


「はーい。でもね先輩。そんなに口うるさいと、犯人は捕まえても、男は捕まんないよ?」

「……んなッ!」


 先輩の顔が茹蛸のように赤くなる。あー、さすがに言っちゃいけないライン超えたかなあと自省している僕の顔を見ながら、彼女は息を整えつつ言った。


「……まだ捕まえなきゃいけないほど焦る年齢じゃないので」


 理性で怒りを鎮めている。なかなかできる上司だ。確か、僕より一つ年上だから23だよね。


「見た目の割に歳食ってるんだから、もう少し焦った方がいいってば」


 でも、純粋にカワイイ女の子って感じがして、イジリ甲斐もある。


「もう許さないッ! ヒカルくん!! そろそろ真面目に働いてッ!!」


 彼女の怒鳴り声がオフィス全体に響き渡り、全体が何事かとざわつき始める。冷や汗をかき始めたであろう彼女を背に、僕は椅子からさっと立ち上がり、部屋を出る。


「んじゃ、巡回行ってきまーす」


 担当じゃないけど、外回りが一番退屈しなくて楽しい。



 そういえば思い出した。彼女の名前は桜田真琴先輩だ。顔は確かにかわいいんだけどなあ。何かがもったいない女性だ。今は四月、ちょうど咲き誇りだしている桜を見ながら彼女のことを思い出したところだった。


「今年も署の前の桜、綺麗に咲いとりますなあ」


 署の目の前で、おじいちゃんが僕に向かって話しかけているらしい。


「そうですね……。僕は見るの、初めてなんですけど……毎年こんな感じなんですか?」


 桜の木は、太い幹を中心にしてその花弁を盛大に広げていた。まだ散ることを知らない花びらたちが、我を我をと主張しつつも、全体の調和を保つようにバランスよく広がる様に見惚れる他ない。


「もちろんじゃ……この街が平和じゃったころに比べると、だいぶ霞んでしもうたがな」


 ここに警察署が建ったことを皮肉しているらしい。


「……なるほど、それもそうですよね」


 当たり前だ。平和無き世の中で、桜を見てたのしむ余裕なんてないだろう。



「ま、最近はグマとやらが出とるらしいな。大丈夫なんか?」


 喉も皺がれて掠れた声しかでないおじいちゃんからの言葉に、僕は丁寧に答える。


「大丈夫ですよ。最近は、愚魔を討伐するノウハウを持った警官も入ってきていますし」


 僕のことだ。嘘ではない。


「そうか……それは期待しておるぞい」


 こうやって、何も知らずにのほほんと過ごしてられる人を、もっと増やすためにも、僕たちはもっと、頑張らなくちゃいけない。


 街に出ると、お昼時の商店街は思ったより活気づいている。

「いらっしゃいませ」

「見かけない顔だね?」


 街の人たちは、見知らぬ僕に対してもこうやってあいさつをしてくる。


「こんにちはー。今日もいい天気ですね」


 定型文で返す。――刹那、聞こえる悲鳴。


「キャーッ! 愚魔が出たッ!」


 マジかよ。


 獣のような唸り声が聞こえるあたり、商店街の奥の方で愚魔が出たらしい。


「警察ですッ! 道を開けてくださいッ!」


 すぐさま向かう。逃げていく人波を掻き分けながら、僕は一心不乱に奥へ奥へと向かう。近づくごとに、悲鳴の声、唸り声、泣き声、色々な声たる声が、僕の耳に出入りを繰り返す。


「警察ですッ! 愚魔はどこにッ!?」


 見渡す限り、震える一般市民がいるばかりで、愚魔らしきものはどこにもいない。


「き……消えたんです……。愚魔が……姿を……消しました」


 何? 姿を隠すことができる愚魔……? 抱いていた劣等感コンプレックスが爆発したタイプの愚魔である可能性が高い。


 姿を隠している以上、これだけもの一般人を迂闊に動かすのは危険だし、僕も彼らから離れづらい。


「どうするのが正解かな……?」


 生憎僕は現在EBOではないので、対愚魔七つ道具は持っていない。これまでのような殺傷能力の高い銃や、動きを封じる杭、防御に優れた剣や盾も無ければ、反響速度で愚魔の位置を割り出す共鳴笛もない。


「こいつを呼ぶか……」


 僕は意識の奥に、すっと自分の姿を思い描いた。




――ようやく呼び起こす気になったか……阿久戸光。


 お前も阿久戸光。僕自身だろうが。


――ふん、所詮仮の姿のお前では、愚魔は倒せん。




 僕の心の闇――そう、僕の愚魔に僕の身を一時的に任せる。お前の憎む――自我に呑まれた雑魚愚魔とやらを、ぶっ潰せッ。


――任せな。


 敵の愚魔の居場所は、感覚ですぐに分かった。商店街の店――ペットショップの屋根に登っている。透明化の能力に相応しそうな、カメレオンみたいな姿をしている。愚魔の跳躍力を借りた僕の足は、すぐさまその屋根に登り、愚魔と対峙する。


「お前のことは見えてるんだけど?」


 目前のけだものは、僕の声に一切耳を貸す気など無いのだろう。


 ぶっ潰そうぜ。

――そうだな。


 決意してからはすぐだった。すぐに背後を取った僕は、そのまま愚魔を羽交い絞めにする。腕力ではイーブン。でも、仮の身体である僕の愚魔の方が、当然出せる力は弱い。でも、仮の姿であるからこそ、人間である方の僕の理性もしっかりと働いている。


 懐から拳銃を出した僕は、愚魔の眉間と思しき箇所に数弾打ち込んだ。透明化した身体が、周囲にも見えていることがわかる悲鳴。銃声に対するものだけではないことは容易にわかった。


「……さあ、理性に敗けて、欲に呑まれて、甘い汁をすすろうとしたこと、後悔してな」


 羽交い絞めにしたまま、屋根の上から頭を下に、真っ逆さまに落ちていく。愚魔もろとも。


「ぬん!」

「グッ」


 頭部を強打した愚魔はぐったりとして動かなくなった。愚魔化は解かれ、元々の人間の姿と思われる男が現れた。


――用済みか。


 その通りだ。


 僕も愚魔化を解いて、人間だけの僕の状態で彼の元へと向かっていった。


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