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悪魔を飼えない愚者たちへ  作者: さまー
2/7

File.2 新たな居場所に踏み入る

 次の日の朝――すずめが鳴いている。こんなに気持ちよく目覚めたのはいつぶりだろうか。昨日やけ酒をしなかった自分を少し褒めたい。


 しかし、思い出すのは昨日の出会い。財布の中にあった、まだ新しい名刺を取り出す。


「しかしまあ……愚魔を倒すための機関があったとはな」


 知ってしまって後悔した。彼らが出向いていれば、そもそも我々警察の中での犠牲者など、ほぼいなかったに等しいだろうから。俺が“相棒殺し”という二つ名を得てまで功績を挙げることもなかっただろうから。昨日の男との話――栗原新太という男との、1対1の会話を思い出す。


『愚魔っていう化け物は、元々は人間の心の闇の中に潜む“魔”なんだよ。その“魔”が、精神的、肉体的に追い詰められることによって肥大化し、最終的に潜伏主である人間の人格、人体そのものを呑み込んで異形の怪物と化す、これが愚魔だ』

『それを狩るのが、あなた方、愚魔討伐機関(EBO)である……と?』

『っとまあそんなところだな。言うたら専門機関。その道のスペシャリストなわけだ。警察よりもずっと特殊な訓練をしてるし、もっと特殊な武器を使っている。まあ、特殊な“才能”を持つ輩も、俺たちはたくさん見てきてる』


 そんなことをしている奴らがいながら、どうして警察は――こいつらとの連携を取れていなかったのだろうか。


『警察とはちぃと仲が悪くてだな。言うたらライバル関係だ。愚魔は元々警察の管轄だった奴らがほとんどだから、手柄を取られたくないわけよ』


 なるほど、自分が勤めていた場所が、愚か者の集団だったと改めて認識させられた。


『だから、お前の引き抜きを警察通しては無理だと判断し、今こうしてこうやって話しているわけですわ』

『なるほど』


 俺を引き抜くことに対する思い入れは強いらしい。


『悪い所じゃない。今よりもずっと好待遇だ。考えてみてくれ。考えが決まったら、名刺のここに連絡を頼む』



 そうだ、確かそこから俺は一杯も飲まずにまっすぐマンションに戻ってきたんだった。記憶が鮮明なわけであって、相手も飲んでいない様子であって、確かに真面目な話をしていた……ということははっきりわかっている。昨晩メールが一着きていた。

『From:桜田真琴 本文:大丈夫ですか!? やけ酒は禁物ですよ! しっかりとご飯食べて早く寝てくださいね!』


 母親か、と言わんばかりの心配ぶりに少し口元が緩んだ。かれこれ一年、桜田とは同じ職場にいるが、なぜこんなに俺に構ってくるのかはわからない。


「……異動か」


 今更警察を離れても……はっきりと顔を思い出せるのは、今までに組んだ相棒とせいぜい桜田ぐらいだろう。思い入れのある組織ではない。


 今日、桜田ぐらいには挨拶でもしといてやるか。




 職場には、一駅分揺られて、そこから徒歩2分くらいで到着する。オフィスに入ると、顔をこちらに向けて挨拶するいつもの人がいた。

「おはようございます、昨日は大丈夫でしたか?」

「ああ、心配には至らないよ」


 桜田の言葉を流して、俺はデスクに座った。他のやつらはパソコンや資料とにらめっこを続けている。俺も、課長から頼まれていた新しい仕事に着手しようか……


「そういえば、聞きました? この部署に4月から新人くんが来るらしいんですよ」

「そうか」


 さぞかし不幸な新人だこと。


「かなり期待株らしくて、欠番になってる九頭竜さんのバディ説流れてます」

「……そいつは大した貧乏くじ引いたもんだな」


 先日の件を思い出し、桜田に聞いてみる。


「なあ、愚魔討伐機関って知ってるか?」

「愚魔討伐機関……ですか?」


 ぴんと来ていない様子の彼女に、違和感を覚える。


「ああ、EBOって俗称らしい」

「ああ、聞いたことあるっていうか知ってますよ。なんてったってうちのライバルみたいなもんじゃないですか」


 EBOで通っていたのか。というか、こいつは知っているのに俺は知らなかったのか。無知を恥ずべきだな。


「九頭竜先輩も、仕事人間ですからね。ライバル組織のことなんか目にもくれないって感じですよね」

「……」


 事実そうだったから言い返せない。


「俺はもしかしたら、EBOの方が向いているのかもしれない。たとえ容疑者が愚魔化しても、突っ込んでいってしまう俺は、市民の安全保持よりも、危険因子の排除の方が向いている気がしてな」


 俺のネガティブな意見に、桜田は少し返答に困っている様子だった。


「ああ、すまない。忘れてくれ」

「……私は、そんなことないと思いますよ」


 返ってきた答えは、思いもしない言葉だった。


「私、こないだ先輩が一人で愚魔を倒したとき、言ってたじゃないですか。『あんな化け物を野放しにできるかッ!』って。誰よりも市民の安全を考えている――だから愚魔相手にも突っ込んでいけたんだと思います。そんな九頭竜先輩の、真っすぐな熱意があったから、相棒のみんなも命を張って九頭竜さんと共に愚魔を倒しに向かえたんだと思えます」


 俺が予想していた以上に純粋でまっすぐな目に、俺は思わず目を逸らしてしまった。


「お前は、他人を好意的に解釈する悪い癖があるみたいだな」

「……そうですかね?」


 でも、彼女のおかげで気づけたことがある。俺のやりたいことは……EBOでも見つかりそうだ。


「例の新人くんの相棒に、桜田――お前を推薦しておくよ。お前がペアなら、俺よりもずっと人格のある警察官に育ちそうだ」

「ええ、そんな私には無理ですって!」


 桜田の楽しそうな声色をこの職場で聞けるのも――今日が最後か。




「本当に、良いんだね?」

「はい」


 部長が座る椅子の前にて、俺は辞表を出していた。


「俺の居場所は、ここではない気がしたので」



 そう、俺の居場所はここではない。警察署をすぐに出た俺は、その足でEBOの基地があるところへと向かった。建物は、いかにも研究所といった白壁の建物で、俺はおそるおそる入っていく。


 スーツを着ていてもなお場違いのような雰囲気に、物怖じしてしまわなくもない。

 入口に、『SPEAK ME』と書いてあった電子モニターがある。どうやらここに話しかけて入るようだ。


「すみません、栗原さんの紹介でやってきました。九頭竜です」

『お前さんが九頭竜碧斗かッ! 入れッ!』

語尾を短く切る男の声と共に、電子モニターの後ろにあったシャッターが開いた。


「……!」


 思わず息を呑む俺。目の前には3人の男と一人の女が並んで立っていた。光景はいたって普通のオフィスの一室。ただ無駄に広いホワイトボードを背景に、討伐したのであろう惨い愚魔の死体がいくつもの写真となって俺の目を同時に覆い尽くした。


「やばいですね」


 思わず出た一言目が、これだった。その一言目に、少し前で立っていた、栗原新太――俺の唯一見知った顔の男が笑った。


「はははっ、状況の理解が早いこった。良いことだがな」


 飲み屋で会った時と、全く変わらないテンションで気さくに話しかけてくるこの男。あのときは気が付かなかったが、相当いかつい顔をしている。


「二度目の紹介。俺は、ここの所長を務める、言うたらEBOのリーダー、栗原新太だ。EBOは、見てわかる通り、愚魔を実際に討伐している。しかし、勘違いしてほしくないのは、討伐――殺害は最終手段であり、第一の目的は無力化であると言うこと。愚魔の潜伏主の心の闇を浄化できれば、愚魔は自ずと力を失っていく」


 意外な倒し方をここで知る。そこで後悔する。そんなに危険な戦闘をしなくても良かったのか、と気づく。


「俺はその心の浄化を主に担当しているわけだが……ここで後ろの三人の名前と役割について説明し、最後にお前の役割を説明していきたいと考えている」

「は、はあ……」


 勝手に話を進める栗原という男。ピアス等を開けていて、公務員だとはとても思えない。


「まずは……さっきお前が入口でちょろっと会話したこいつ――柴垣達成しばがき たつなり。主に前線で肉弾戦および近接戦を担当している」

「おっすッ! 俺が柴垣だッ! 身体の硬さは誰にも負けねえぜッ!」


 頭の弱そうな自己紹介だ。全身の筋肉は見たことも無いくらいに膨れ上がっており、スーツのワイシャツが今にもはち切れそうである。


「んで、隣のチビが斎戸渡(さいこ わたる)。中距離から距離を取って、主に柴垣のサポートをする役割だ」

「こんにちは。僕の名前はサイコワタル。よろしくお願いします」


 目前の小柄な男は、視線があっちに行ったりこっちに来たり、安定していない。中性的な少年のような見た目をしているが、心の中にはどす黒い何かを抱えていそうな雰囲気すら漂っている。


「それで、最後――主に遠方からの狙撃を担当するスナイパー、射場奈々いば ななこ。全然しゃべらないけど腕だけは確かだ」

「……」


 明らかに俺を避けるかの如く後ずさりしていく姿に、困惑を覚えた。


「そんなわけだから、まあよろしく頼むわ。頑張ろうや」


 頑張ろうや、か……。2年前は俺も同じようなことを先輩から言われた記憶がある――いつからだろう。俺を腫物扱いするようになったのは。



「……おっと。早速連絡が来た。郊外の駅に愚魔化した会社員を発見。直ちに迎えと」


 栗原の顔つきが変わり、同時にほかの三人も顔つきが変わる。


「とりあえず、お前も来い。戦ってもらうことには多分ならないだろうが、このカバンだけは持っていけ」


 革製の少し重みのあるカバンだけ渡されて、みんな外へと急いで出ていく。俺もそれにただ付いて行ってみることにした。


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