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悪魔を飼えない愚者たちへ  作者: さまー
1/7

File.1 こうして愚か者は生まれていく

今作は、初のW主人公という試みで行っております。

九頭竜サイド→日本語サブタイ

阿久戸サイド→英語サブタイ

でお送りします。

 人間、誰しもが持つ心の闇。人はそれを“”と呼んだ。魔を抑えるのが、理性であるならば、人間の本能――詰まるところ、人間の本質は、“魔”なのであろう。





「表彰、九頭竜碧斗くずりゅう あおと殿。右は、警察官としての職務を全うし、市民の安全の保全に貢献したとしてここに称する――」


 やけに明るいスポットライトを浴びながら、俺は一心に目の前のお偉いさんを見ていた。警察官としての職務を全う――か。


 俺が表彰されるにあたった経緯がある。捜査中に狂った容疑者を、二次被害が出る前に殺したに過ぎない。この程度で表彰されるのも考え物だし、何しろ俺は殺人者。寧ろ罰せられるほうが自然なのではないだろうか。まあそんなことはどうでも良い。俺は今、この愚か者の集団の中で、最も愚か者として表彰されているのだから。



 表彰式が終わり、オフィスの隅で感傷に浸りながらコーヒーを啜っている。昼下がりの遠い青空、仕事はまだ少し残っている。

「さすがですね九頭竜先輩ッ! 何度目の表彰ですか? 功績挙げまくりですね」


 3月の末は少し暑い。そんな俺の顔に、陰を作る一人の女性――彼女の名前は桜田真琴さくらだ まこと。俺の一つ下の後輩で、同じ部署に努めている女警官だ。


「12回目だ……」

「す、凄いですね……まだ2年しか経っていないっていうのに……」


 いや、違う……これは俺の凄さを計るためのものじゃない。俺の愚かさを計るためのものだ。


 しかし、そんな俺の感傷などには目もくれず、彼女は少し茶色がかった髪をふわふわと揺らしながら輝いた目を向ける。


「そんな羨望の目で見るな」


 決して照れている、謙遜しているわけではない。


「……俺が死なせてきた相棒も多いんだからよ」


そう、俺は誰よりも愚か者だからだ。




「またあの“相棒殺し”が昇進だってよ」

「これじゃあどっちが殺人犯かわかったもんじゃねえな」


 署内の隅々から聞こえてくるのは、俺に対する軽蔑の声。


「あんなのほっときましょって! 気にしてるだけ損です。ひがんでるだけです!」


 俺の後輩の女警官、桜田はそう言ってくれているが、彼らの声、感覚は正しいのだ。


「気にしてはいないさ。正しいのは寧ろ向こうだからな」


 通算12回の功績のうち、10回は、代償を背負っての功績となっている。その代償こそ、俺の二つ名となっている、『相棒殺し』――つまり、俺は10回も相棒を失っている。


「……でも、村岡くんやシンジくん、佐伯さんが死んだのだって、九頭竜さんのせいじゃないですよ」

「お前はそう思ってくれるのかも知れねえが、あくまでそれはお前個人の意見。周りはそうもいかねえやつらばっかりなんだよ」


 自然と、自分自身の廊下を歩くスピードが上がっている。それを教えてくれたのは、どんどん後ろになっていく桜田。


「私は……九頭竜先輩のこと、誤解してる人が多すぎると思います。現に、相棒のみんなを殺してきたのだって、九頭竜さんじゃなくて、捜査していた相手じゃないですか」


 背中から聞こえる彼女の言うことに、嘘は無い。俺はいつも、どんな相手でも誰彼構わず突っ込んで逮捕する――その過程で、容疑者が心の闇を露にし、化け物と化したとしても――だ。つまり、みんな巻き込まれて死んだのだ。俺と化け物――愚か者と愚か者の戦いに巻き込まれて。

 だから、彼女の吐く真実から目を背けたかった。俺の未熟さ故に死んでいった者たちと、その未熟さ故に挙げることのできた功績もあるという事実を、俺は誰よりも理解していた。




 3月ももうすぐ終わる。俺はこの後、部長に呼ばれて今後の進退についての相談を受けることになっている。12回目の功績を挙げた俺は、次はどんな奴とペアを組むことになるのだろうか。頼むから――どうしようもない屑であってくれ。こう懇願するぐらいしか、今の俺にはできなかった。


「……やあ九頭竜よ、元気にしとったか」

「部長、お話とは」


 俺の目前に立つ部長は、もう50を超える。頭髪も後退してきたし、顔の皺が去年に比べてもだいぶ増えている。老化には抗えないものか、と諦観した俺の思考を固くしていた。


「……先日、お前が逮捕――というか討伐した例の容疑者、覚えているか?」

「覚えているも何も、植木用心うえき ようじん、バー経営の32歳。薬物所持及び密売、殺人未遂の容疑で捜査中に、化け物と化した奴のことですよね」

「ああ、その通りだ。実は、彼ら等、捜査中に化け物になり、狂暴化、強力化して我々を襲う……というここ20件、俺たち警察を悩ませてきた案件について、警察庁直属の専門機関から連絡があってだな」


 その事件20件について、我々は“愚魔化ぐまか”と呼んでおり、警察上層部も頭を悩ませていた事件。凶悪犯ほど、多く、その事例が報告されており、人間とは思えない異形の化け物へと姿を変え、狂暴化し、逮捕をしようとしていた警官が殺害されたり、そのまま逃亡して一般人を殺害したり、と暴れまくっている。そのうちの12件――半数以上に、俺は遭遇しており、元相棒たちと何度も戦い、逮捕という名の始末をした記憶がある。その過程で、俺は10人もの相棒を失った。相棒を失わずに愚魔を始末できたのは一度きりで、その相棒も今は手腕を評価され、別の部署に移っている。


「お前も、この案件には思い入れも深いだろう」


 そこまでだ。


「……相棒を失って、相棒殺しと揶揄されるのも相当辛いだろう」


 正しいのだから仕方がない。


「だが、この警察内で始末できた20件のうち、未解決が6件。そして、解決している14件の内の12件が、九頭竜くんが相棒と共に倒してきたものだ。未解決のものの中には、捜査に当たった課が全滅した、なんて例もあるくらい難易度の高い捜査である以上、キミの手腕は高評価せざるをえないという結論に至った」


 まるで、高くは評価したくないと言わんばかりだな。


「あの、その程度で得られる評価なんて、俺は求めてないですから」


 半ば強引に部長にあいさつし、部屋を出ていく。後ろの部長の拍子抜けした顔とやらが、目前の鏡に映っていたが、俺は何も言わずに扉を閉めた。




 残っていた小さな仕事を終わらせてみれば、もう20時を回っている。どうやら予想以上に作業以外のことに心を奪われていたらしい。

「九頭竜先輩、やっぱり疲れてるんじゃないですか?」

こうやって俺を心配する声も、すっかり桜田のみになっていた。


「今日は早く帰った方が良いですよ。とりあえず、あとのことは私に任せておいてください」

「……それじゃあ、お願いするか。すまんな」

「いえ、早く元気になってくださいね」


 俺は首を縦に振ることもなく、礼だけ言って帰路をたどることにした。



帰り道は、やさぐれる他なかった。適当に見つかった飲み屋で、俺は我を忘れたかった。


 店内の雰囲気は静かで落ち着いていたが、客人の背中はどこか哀愁が漂っている。同じ雰囲気の俺が誘われるわけだ、と自分を納得させて、カウンターの一番端に座った。

「何にされますか?」

 店長というか、大将というか、1人で切り盛りしているらしい小さな飲み屋なので何と表現するのが正しいのかわからないが、彼の言葉に俺は「とにかく酔えるやつを」と返した。


「お兄さん、どうしてまた、そんなにやつれてるんですかい?」

隣から、低い声がして俺はそちらを見た。丸坊主の男が飲んでいる。


「仕事で少しだるいことがありまして……」

「そうですか……、お酒の力を借りて忘れようと、いかにも安直な考えだ」


 少し腹が立ったが、こんなところで立てる腹でもない。

「そういうあなたは?」


 俺の問に、隣の男はこう返した。


「仕事で良いことがありまして。言うたら祝い酒ですわ」


 なるほど、だから隣の不幸が気にもなれるわけか。


「それは何より」

「まあ、仕事柄詳しくは話せないんですけどね、いい人材が見つかった、というやつですわ」


 詳しく話せない仕事柄のやつからペラペラと仕事の話をしてくるのはいささか疑問だが。


「例えば、そのいい人材が、今の職場で上手く行っていないらしいとしましょう。もしあなたがその“いい人材”だとして、名前も知らない、でも、今の仕事とは似たような仕事で、好待遇で働ける――そんな会社に移動したいと思いますか?」


 俺は自分の境遇と重ね合わせて考えてみた。俺の仕事は、クロに突っ込んで捕まえるだけ。その過程でどうしようもない化け物を殺し、相棒も殺すだけ。似たような仕事などあるわけがない。


「はは、あったら良いですよね。似たような仕事が」


 冗談めかして笑った俺の顔を、急に真剣な表情で見つめる隣の男。


「まだ酒は入ってねえよな」

「え? まあ……」


 急に変わる口調に、少し困惑している俺をよそに、真剣な表情の彼は続ける。


「俺はこういう者だ」


 渡された名刺には、『愚魔討伐機関(Evil Buster Organization)所長, 栗原新太くりはら あらた』と書かれていた。

「お前――九頭竜碧斗を、愚魔討伐機関(EBO)にヘッドハンティングしたい」


――似たような仕事、あるのかよ。


 俺の酔いたい気持ちは、どこかへと吹っ飛んでいた。

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