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―Art is story― 【第三回・文章×絵企画】  作者: 些稚 絃羽
halさまイラスト『行き先はコインが決める』より
7/8

冒険はコインを投げたその後で

イラスト:halさま ( http://5892.mitemin.net/ )

指定ジャンル・必須要素:少年ふたり、左年長、右年下獣人・背景、裏側から見た大時計


→→ ジャンル:……なんだろう?

  この作品は9,668字となっております。

挿絵(By みてみん)




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 柔らかな太陽と小鳥のさえずり。小川のせせらぎに、洗濯物を揺らすそよ風の囁き。

 穏やかで静かで優しい、暖かな風景だ。


「父さん、母さん、行ってきます!」

「行ってきまーす!」


 そんな静けさを壊すのは、いつだってこの二つの声だ。しかしそれも、この街での当たり前の光景である。


 二人の少年が坂を駆け下りていく。飛びそうになる帽子を押さえながら、風に靡く耳を押さえながら。

 坂の途中を左に曲がり、狭い路地を減速することなく進む。家々の窓から上がる声に手を振って応えるが、立ち止まらずに駆け抜けた。

 小さな十字路を右に曲がり、行き止まりの塀を飛び越えると、市場が見えてきた。二人はやはり止まらない。

 少年たちの姿を見つけた一人の店主が声をかけた。


「ヘクター、リン! 今日はどこに行くんだ?」


 二人の少年はその声に顔を見合わせると、くすくすと笑って走りながら答える。


「行き先はコインが決めるんだよ!」


 毎朝恒例の返答に店主たちは笑って頷いて、気を付けて行けよ、と口々に見送った。



**********



 噴水広場。そこが二人の目的地で、同時に出発点でもある。それは冒険を始めた頃から変わらない決まりだった。

 そして、変わらない決まりはもう一つ。


「いいか? このコインが表を向いたら西の通り、裏だったら東の通りだ」


 彼の手にはコインが乗っている。何の変哲もない、しかし彼等にとっては大切なコインだ。

 お決まりの説明をする金髪の少年――ヘクターに向かい、母親譲りの兎耳を垂らした少年――リンがおずおずと声を上げる。


「兄ちゃん……」

「どうした?」

「実はそのコイン、さっき水たまりに落としたんだけど、女王様、怒ってないかな……?」


 ヘクターはぎょっとして手の中のコインを見つめた。汚れてはいない。井戸の水で洗ったのだと主張するリンの頭をヘクターは豪快に撫でて、父親によく似た笑顔を見せた。


「大丈夫だよ、女王は心の広いお方だから。むしろこの暑い日に水浴びさせてくれて喜んでいるさ」

「本当に?」

「あぁ。疑うなら聞いてみるか?」


 ヘクターは言うと、握った左手にコインを乗せ、勢いよく弾いた。

 空へ高く打ちあがったコインがくるくると回る。リンは祈るような面持ちで見つめていたが、反射した太陽の光の眩しさにぎゅっと目を閉じた。


「リン、さぁ、答え合わせだ」


 ヘクターが差し出した手を片目だけ開いて窺うリン。ヘクターはその様子に小さく笑うと、手を広げて見せた。

 美しい女王の横顔が優しく微笑んでいる。


「ほらな。女王様は喜んでるよ」

「良かったぁ!! よし、兄ちゃん。早く今日の冒険に行こう!」

「おいおい、さっきまでのしおらしさはどこに行ったんだよ?」

「いいから早く!」


 いつまでも子供っぽいのは母さんに似たのか? そんなことを考えながら、ヘクターは言われるまま、もう一度コインを高く上げた。


「裏だな。今日は東の通りだ」

「うん、今日はどんなものと出会えるかな!」



 彼等が日課にしている冒険は、いつだってこのコインが行き先を決める。

 父親が子供の頃にしていたという遊びを二人は受け継いでいるのだ。使っているコインも父親から貰ったもの。もう今では手に入れることのできない、曾祖父の頃の記念硬貨と聞いていた。

 晴れの日はもちろん、雨の日も雪の日も、二人はこの毎日の冒険を欠かさなかった。年に二度見舞われる台風の日には、両親から必死で止められるため、流石に出て行くことはしていないが。


 この冒険のお蔭で、二人は様々なことを知った。

 ヘクターは一つの街の中に沢山の世界があることを、リンは自分と同じ獣人が街の担い手として欠かせない存在であることを。そしてまだまだ知り尽くせないほど、世界は大きいということを。

 だから今日もまた、冒険へと出かけて行く。大人になるまでの、もう少しの間。



 コインに導かれて進んだ東の通りは、彼等の大好きな通りだ。道を挟んだ両脇には武器屋が軒を連ね、中には冒険家御用達の道具屋や薬品調合の研究所などがひしめき合っている。

 二人が身に着けている道具類はすべてこの東の通りで揃えたものだ。父親が言うにはここほど腕のたつ職人が集まっている所は少ないらしい。もうじき武器を所持できる年齢になるリンは、どれをおねだりしようかと窓越しに店の中を物色した。

 ヘクターは店を素通りして人の往来する十字路の中心で足を止めた。コイントスの時間だ。

 表なら右、裏なら左へ進む。基本的に直進は選ばれないが、万が一コインを取れなかった時には直進すると決めていた。


「さて、どっちが出るかな?」


 ヘクターが左手を構えると、リンは太陽を背に次は裏だろうと予想を立てた。

 親指がコインを弾く。煌きの残像を残しながら、コインは空を舞っていく。


「おーい。ヘクター、リン」

「ん?」

「へ?」


 呑気な声のする前方を見やると、見慣れた顔がこちらに向かって手を振っていた。


「コイン、落ちるぞ」


 その言葉に慌ててヘクターがコインを探すと、もう肘より下へと落ちていた。彼が手を伸ばすより先に、リンが両手で挟むようにして、敬愛する女王が地面に打ち付けられてしまうのを防いだ。


「バーナードのおっさん!」

「悪い悪い、でもこれでリンが一人前の男だってことは証明されただろ? な?」

「へへ、おれ一人前?」

「そういう問題じゃないって!」


 ヘクターは何度かこうしてコイントスの邪魔をしてくるバーナードに嫌気が差していた。近所に住む気の良い男で、強面の割に茶目っ気があるのは理解していたが、そろそろ勘弁してほしいと思っていた。軽口でいい気分になるほど、もう幼くはないのだ。


 不機嫌さを露わにするヘクターに向けて、バーナードは顔の前で両手を合わせた。それは確かに謝罪のポーズ(・・・)だった。


「悪かったよ、二人にどうしても頼みたいことがあってさ」


 バーナードは二人の父親よりも十は上だったはずだが、まるで少年たちと対等に話す。そんなところが彼を嫌えない理由だった。

 頼み、という言葉にリンの耳はぴんと立ち、ヘクターは帽子のつばをついとなぞった。


「内容によっては聞いてやらないこともない」

「ヘクター、そこを何とか、な? 父ちゃんと母ちゃんには内緒で新しい銃、新調してやるからさ」


 ヘクターの目が明らかに輝きを増す。リンはバーナードの服の裾を引っ張った。


「おっちゃん、おれには?」

「リンはそうだな、そのコンパスを新しくするか。調子が悪いって言ってただろ?」

「うーん」

「最初の武器は父親から贈られるもんだ、俺の役目じゃないからな」


 リンはそれで納得したらしく腰に提げていたコンパスを一瞥してから、どうする? と兄を見上げた。ヘクターは一つ咳払いをすると、バーナードに頷いてみせた。少し気取って。

 バーナードの髭面に白い歯が並んだ。


「そう言ってくれると思ってたぞ、同志よ!」


 大袈裟に両手を上げて喜ぶバーナードへの視線が自分たちにも向いているようで、少年たちは頭を抱えた。それで頼みって? と先を促してみる。

 するとバーナードはベストのポケットから一枚の紙きれを取り出した。


「今朝起きたら、ドアにこんなものが挟んであったんだ」


 ヘクターが受け取り、リンも覗き込む。この帯状に破られた紙切れには、こう書かれていた。

『女王が恋しく見つめるその先で、ラッパ隊が列を成す。賑やかな行進の裏側で、歌うたいの少女が独りで眠る。時の鼓動を聞きながら。――少女を救い出せ』


 少年たちは不思議そうな顔を上げた。


「これはどういう意味?」

「俺にも分からん。分からんが、その「救い出せ」って言葉がどうも引っかかってな。

 しかし気にはなるが、生憎今は忙しくて考える暇もない。それでお前たちに助けてもらおうと思ってな」


 バーナードの言葉にヘクターが眉根を寄せる。


「でも、本当に救い出さなきゃならないような女の子がどこかにいるなら、大人が探した方がいいんじゃないか?」

「もちろんそれも考えた。だが、恐らく俺たちの誰よりもこの街を知っているのは、お前たちだ。それにこの街の連中は年中、武器や薬品のことにばかりかまけている。こんな暗号みたいな複雑な問題は解けねぇよ」


 言われてみれば、とヘクターは思う。この街の大人たちは専門的な知識においてはずば抜けているが、子供が呆れるような失敗をすることも少なくない。どちらかと言えば頭は硬いだろう。

 それに比べれば、ヘクターとリンのコンビは知識量では劣るが、柔軟性では胸を張れた。誰も知らないような道を知っていることもある。この紙切れの文言がこの街のどこかを指しているなら、そこに辿り着けるのは自分たちしかいないだろう。


「分かった、引き受けるよ」

「おお、そうか! お前たちなら絶対見つられるって、期待してるぞ」

「当たり前だろ」


 ヘクターが得意げな笑みを浮かべたところで、黙っていたリンが肘をついてくる。リンは両手を重ねたまま、唇を突き出していた。


「リン、嫌なのか?」

「そうじゃないよ。このコインの結果はどうするのかと思って」


 確かにコイントスの途中だったが、リンは律儀に結果を待っていたらしい。リンはコインに対して驚くほどの敬意を常に示している。そのことをヘクターは、リンがコインの女王に恋しているからだと考えていた。でなければ、ただのコインにここまで執着することはないだろう。

 気持ちは逸るが、弟をないがしろにする訳にはいかない。結果を見てから考えることにしよう。


「じゃあリン、結果を見せてくれ」

「うん! いくよ、せーの!」


 上の手を開くと、コインは表だった。リンの恋する女王の横顔が輝いている。


「なんだ、今度は裏だと思ったのになぁ」

「残念だったな、リン。今度は自分でやってみたらどうだ?」


 当たりが外れて肩を落とすリンにバーナードが声をかける。ヘクターはその間に考えを巡らすことにした。


 女王がラッパ隊を見つめる……女王がいるのは宮殿だ。そこからラッパ隊が見えるのは何かの式典の時だけ、場所は宮殿の前の中央広場。だけどその行進の裏側に少女を隠そうとしても、場所がない。あそこは広い一本道で、はっきり言って何もないところだから。

 それにどうして、女王はラッパ隊を“恋しく”見つめていると言える? 現女王はもう齢七〇を迎えている。王とは恋愛結婚と聞くし、ラッパ隊に現を抜かすようなお年頃(・・・)でもない。何かもっと、抽象的なものを指しているのだろうか?


「見て見て、兄ちゃん!」

「何だよ、気が散るだろ」

「だってほら、おれコイントス上手くなったよね!?」


 嬉々とした声に仕方なく顔を向けると、何度も何度も、コインを弾いては取る弟の姿があった。その表情は嬉しそうに緩んではいるが、瞳の真剣さは揺るがない。


 自分がコイントスを練習していた頃を、ヘクターは思い出す。手足をばたつかせる赤ん坊の弟の隣で、繰り返し練習していた。何度も失敗したけれど、成功する度、リンが笑うのが嬉しかった。

 それを今度はリンが味わっている。ヘクターよりもずっと上達は遅かったが、ようやく成功率が九割を超えた。隣で拍手を送るバーナードの声援に、胸を弾ませていることだろう。これからはもう任せてもよさそうだ、とヘクターは思った。


「なぁ、おっちゃん。こうやって見るとさ、女王様が空飛んでるみたいに見えない?」

「お、本当だな。女王様の行き先はどこだと思う?」

「んん、あ! 時計台!」


 リンの返答を聞いて、ヘクターの頭に疑問符が浮かぶ。どうして女王が時計台へ?


「女王は時計台なんか行かないだろ」

「行くよ! ほら、よく見ててよ」


 そう言ってリンは、やっと慣れてきた構えを取ると、思いっきりコインを高く上げた。

 よく見てて、と言われたからにはヘクターもじっとコインを見つめる。

 いつもと同じ動きだ、コインはくるくると回り、女王の微笑みが光る。そしてコインが裏返ると、すらりと佇む時計台の姿が見えた。

 女王、時計台、女王、時計台。女王がうっとりとした表情で見つめる先に、時計台がある。


「そうか、時計台。この言葉は時計台を指していたんだ!」


 きょとんとするリンに、笑って見つめるバーナード。そんな二人を余所にヘクターは考える。

 コインに描かれた時計台は、今もこの街のシンボルだ。名前も知らないコインの中の女王が建てたとされている。

 そしてあの時計台は長針が真上を向いた時、ラッパ隊の人形が出てきてメロディーに合わせて行進するのだ。

 そして「時の鼓動」。それはきっと、時計の針が時を刻む音だ。

 ヘクターは確信した。時計台の中で“歌うたいの少女”は眠らされている。


「リン、行こう!」

「え、えぇ?!」


 ヘクターは走り出し、リンが後を追う。彼等が向かうのは時計台だ。そしてコインの結果通り、右手方向に彼等の背中は消えて行った。

 一人取り残された男は、並ぶ屋根に隠れる時計台へ向けて、祝福の歌をハミングした。



**********



「兄ちゃん……時計台の中って入っていいの?」

「今は緊急事態だぞ。そんなこと言ってられないだろ」


 時計台の裏側にある扉を開けながら、ヘクターが答える。扉に貼られていた立ち入り禁止の文字は見なかったことにした。

 中は薄暗い。筒状に聳える時計台の中は、螺旋階段になっているようだ。恐る恐る階段に足をかけた。


 時計台は、勝手に入ってはいけない建物の一つとして、両親からよく教えられていた。ここの時計は複雑な作りになっており、少しでも状態が変われば動きを止めてしまうほどの繊細さらしい。どんな危険があるかも分からないから、と絶対に入らないよう言われていた。

 しかし、誰かがこの中で助けを求めているかもしれない。助けたくても助けられない誰かがバーナードに書き置きしたのかもしれない。もし自分の手で救い出せるならたとえ非難されても勲章だ、とヘクターは考えていた。


 時計守がいるなんて話は聞いたことないけれど、もしいたらそいつは悪い奴かもしれない。戦う心構えもしておかないと。ヘクターは銃に手を当てて、ふっと息を吐いた。


 兄の後ろで、リンもしっかりとした足取りで階段を上っている。

 怖くないはずがない。暗いところは苦手だ、突然何が出てくるか分からないから。でもだからといって扉の向こうで待っていたいとは思わなかった。兄よりもまだ未熟ではあるものの、彼もまた立派な男なのだ。


 女の子が怖がっていたら、頭を撫でてあげなくちゃ。おれよりもずっとずっと、怖いと思うから。リンは拳を固めて、ヘクターの後を付いて行く。



 階段は長い。時折リンの頭くらいの大きさの穴が申し訳程度に開けられていて、そこから見る景色で着実に上へと向かっていることを感じた。

 初めからかすかに聞こえていた音が、少しずつ大きくなる。カチ、カチ、と規則正しい「時の鼓動」が。



 上り続けていたヘクターが足を止める。リンは後ろから顔を覗かせると、そこで階段は切れていた。ここがいわゆる最上階なんだろう、とリンにも分かった。

 階段の先は部屋のようになっている。凹凸の多い石でできた壁や階段とは違い、板張りでつやつやと光っている。管理が行き届いているらしく、埃が舞っているようなこともなかった。

 ヘクターが慎重に身体を低めて首を伸ばすと、無数の歯車が動いているのが見えた。あれが時計を動かしているようだ。傍らではラッパ隊が出番を待っている。

 後ろの弟を振り返って、ヘクターは小声で話し掛けた。


「いいか、この先にはここに書いてある“少女”がいるはずだ。でももしかしたら、悪い奴もいるかもしれない」

「悪い奴って、どんな?」

「その子を連れて来てここに閉じ込めている奴だ。身体が大きいかもしれないし、武器を持っているかもしれない。とにかく俺たちの敵だ。だから慎重に進む」

「待ってた方がいい?」


 寂しそうな顔を見せるリンに、兄は首を振る。


「いいや、もし悪い奴がいたら俺は戦わないといけない。そうなったら、リンがその子を連れて時計台を下りるんだ」

「下りたらどうするの?」

「危ないから一緒に家に帰ってくれ。後は父さんと母さんが何とかしてくれるから」

「……分かった」


 不安そうな目をしつつも強く頷く弟に、ヘクターは頷き返す。銃を構えてそろりと移動を開始した。

 恐らく突然飛び出す方が相手の不意を突けるはず。しかし時計を壊す訳にはいかない。銃の引き金を引くのは相手の出方次第だ。

 ヘクターは、本当に鼓動のように周囲を揺らす針の音に合わせて、心音を落ち着かせようと試みる。日々繰り返す冒険の中で今日が最も冒険らしい。高揚してなかなか収まってくれそうにない。

 リンが、いつ動くのかと次の行動を待っている。それが分かるだけに、余計に緊張感と興奮が抑えられなかった。


 すると、何かの音が聞こえてくる。針の音ではない。もっと別の、軽やかな音色だ。


「歌うたいの、少女……」


 それは歌とは言えない、不器用なハミング。調子外れで、かろうじて何の歌か分かる程度のメロディーだった。ヘクターには懐かしく、リンには記憶に新しい、この街の子供ならみんな歌える数え歌である。

 何とも緊張感のない、愛らしい声だ。


 よく耳をすませても、聞こえるのはその声だけ。床板を叩く小気味いい音は十中八九、声の主のものだ。敵らしき気配は少しもなかった。

 ヘクターはもう一度あの紙切れを見て、首を傾げた。少女はいかにも楽しそうな声を上げているが、どういうことだ?

 危険がないのであればひとまずは問題ない。少女が怪物の仮の姿、なんてこともないだろう。銃をホルダーに戻すと、リンと共に足を進めた。


「どなた?」


 足音に気付いて、声がかかる。当然ハミングは止んだ。姿は見えないが、どこかに隠れているのか?

 ヘクターが答えないままでいるため、リンも口を噤んでいる。そうしていると、勝手に親しい人物と勘違いした声が楽しそうに上がった。


「あら、もしかして当てっこゲーム?

 そうね、パパは今日は来られないし、ママは来てもこういう遊びはしてくれないわ。すぐに抱き締められるもの。だとしたら……バーナードおじさまだわ!」


 そうでしょ、と歯車の込み合う隙間から顔を出したのは、リンよりも幾らか小さそうな、笑顔のチャーミングな少女だった。


「あら、どなた?」


 彼女はすぐに笑顔を引っ込めて不思議そうに尋ねた。耳を疑いながらもヘクターはできるだけ自然に答えようと努める。


「驚かせてごめん。俺はヘクターで、こっちは弟のリン。俺たちは街の外れに住んでいるんだけど、何て言うかその、冒険の途中で……」

「冒険ですか?!」


 少女はヘクターの言葉を遮ると、顔にまた笑顔を咲かせて、歯車の間から器用に抜け出してきた。手には電動ドリルのような工具を持ち、所々に黒い染みのついた白い作業服を着ている。その姿は立派な仕事人のようだ。

 少年たちの驚きを感じ取ったのか、慌てて工具を床に置き身体をはたくと、背筋を伸ばした。


「失礼いたしました。わたしはカーラと申します。お会いできてコーエイですわ」


 少女カーラは、無理に大人の言葉遣いをしようとして、ロボットのように自己紹介した。可笑しかったが笑ってはいけないとヘクターは頷くだけに留めておいた。


「それで、お二人は冒険をして来られたのですか?!」

「えっと、まぁ……でもその話は後で」


 先にこちらの疑問を解決させる方が先だ。少年たちは今の今まで、少女を救うつもりでいたのだから。


「カーラ、さっきバーナードおじさま、って言っていたけど知り合いなのか?」

「はい、バーナードおじさまはおじさまですから」


 ヘクターが変わった返答の意味に至ったのは、少しの間が開いてからだった。


「つまり、バーナードは君のお父さんかお母さんの兄弟ということかな?」

「バーナードおじさまは、パパのお兄さまですよ」

「……嵌められたって訳か」


 初めから、バーナードが仕組んだことだったのだ。あの紙切れもバーナードが用意して、二人をここに向かわせたのだ。何のために? それは目の前の少女が理由としか考えられなかった。

 大人のように振る舞うカーラがテーブルへと案内して、二人は椅子にかけた。お茶を用意しますね、と奥に入っていったのを目で追うと、ベッドや小さなキャビネットが見えて、ここで暮らしているらしいと分かる。


「カーラはここに一人で住んでいるのか?」


 ややあって、カーラがコップの乗ったお盆を揺らしながらそっと歩いてくる。すかさずヘクターが受け取ると、ほっとした後、はいと答えた。


「時計の番があるので。古いからすぐに調子が悪くなるんです」

「でもカーラはまだ、その、小さいじゃないか」

「小さくても、わたしにしかできないことだもん」


 頬を膨らませてから、失言したと思ったのか小さく謝った。お菓子を持ってくる、と言って駆けて行った。

 ヘクターはこの子はいい子だ、と思う。小さいけれどしっかりしている。寂しくても自分の仕事を全うしようとする姿勢が、眩しかった。きっと俺たちよりもずっと、大人だ。

 そういえば黙ったままでいる弟の様子が気になってちらと窺うと、ぼうっとした目でカーラの座っていた椅子を見つめている。その目はコインの女王を見つめる時のような、うっとりとしたものだった。

 恋多き弟の将来を少しだけ不安に思いながら、それでもいい出会いをしたと考える。

 この街の要とも言える時計台を管理しているのが、幼い少女であったことは最近一番の驚きだ。そしてもうじき冒険をやめなくてはならないヘクターにとって、仕事をこなすカーラは敬うべき先輩なのだ。新しいことを知れる期待に胸が膨らんだ。


 リンの頭を軽く小突いていると、カーラが戻って来る。クッキーの盛られたバスケットを手に、今度はわたしの番だと言わんばかりの表情を見せた。


「あの、冒険とはどんなものですか? どんな所に行くのですか? 怖いかいじゅうと戦ったりもしますか?」

「待って待って、質問が多いよ。女の子に冒険の話は退屈じゃないのか?」

「そんなことないです!」


 カーラの声にリンの肩がぴくりと揺れる。彼女は彼等の周りにいるような女の子とは少し違うらしい。カーラは振り返り、時計の文字盤を見つめる。


「ここから、色んな人たちが見えます。みんながここで暮らしているんだな、って思います。それを見るのはとっても楽しいの。だけど少しだけ、うらやましいな、って思うんです」


 当然のことだ。幼い少女にとって、それは当然の思いだ。だけど彼女はそれを少しだけ悪いことのように感じていて、みんなには秘密ですよ、と微笑んだ。


 ヘクターには、バーナードがここへ向かわせた意味が分かった気がした。

 きっとカーラに、冒険をさせてあげたかったんだ。時計のために、みんなのためにここを動けないカーラがここにいながらにして冒険ができるように、これまでの冒険の記録を語らせたかったのだ。

 こんなまどろっこしい手を使わなくたって、とヘクターは思う。でもこれがバーナードのやり方なのだろうとも分かる。だから、ここへは冒険の途中に立ち寄ったという彼女の勘違いは、訂正しないことにした。


「じゃあ、俺たちの冒険の話を聞かせてあげる。ただし、怪獣と戦う場面はないからがっかりするなよ?」

「ふふ、はい!」

「まずはそうだな、弱虫だったリンがヒーローになった時の話でもしようか」

「ヒーローですか? すごいです、聞きたいです!」


 カーラが輝く眼差しを向けると、リンは驚いたように居住まいを正した。ヘクターは兄として、後押しするために肩を叩いた。


「だってよ。リン、話してやれよ」

「……え、あ、うん! あれは今年の初めのことなんだけど」



 リンが話し、時折カーラが質問する。途中でヘクターが訂正を挟みながら、彼等の冒険は語り始められた。

 ヘクターはこの時間が、冒険とは違う高揚に満ちているように思えた。

 これからきっと、何度もこんな日があるのだろう。コイントスをして進む冒険の数は減っていくのかもしれない。もしかしたら彼女に話すための冒険を、また重ねていくのかもしれない。先のことは分からないけれど、これも俺たちの日課になっていく、そんな気がする。


 ヘクターと、リンと、カーラの冒険は、今始まったばかりだ。



  

halさま、ありがとうございました。


この作品、ジャンルはなんでしょう?(笑)

とりあえず楽しくなりすぎて思ったより長くなりました。

楽しんでいただけましたら幸いです。

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