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―Art is story― 【第三回・文章×絵企画】  作者: 些稚 絃羽
夜風リンドウさまイラスト『【第三回・文章×絵企画】』より
2/8

囚われのララバイ

イラスト:夜風リンドウさま ( http://6886.mitemin.net/ )

指定ジャンル・必須要素:なし


→→ ジャンル:ファンタジー(?)

  この作品は8,332字となっております。

挿絵(By みてみん)



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「本当にここまで、来てしまった……」


 踏み締める大地の感触。硬く跳ね返すようなそれは、生まれてからこれまで離れたことのなかった土地へと、意識を向けさせる。国が違えば、土もまた違うようだ。

 寂しい、とは思わない。風は、やや冷たい。


 目の前には、かつて大聖堂としてこの国の誇りとまでされていた、巨大な建造物がある。

 実物を見たのは初めてだったが、なるほど昔の面影などないな、とメルは思った。人の手によって描かれたものでも、あの絵の中の大聖堂は確固たる荘厳さを感じさせたのに。


――それも当然だ。もう大聖堂(こいつ)は、化け物のなれの果てなのだから。




 十数年前、それはメルがようやく一人で着替えができるようになった頃であるが、世界はたった一つの、事件とも呼ぶべき出来事の話題で持ちきりだった。


 延べ数千万人の失踪。忽然と、卒然と、それは起こった。


 当時、これが世界規模で起こっていることが分かったのは、随分の人が姿を消してからだった。誰もが知人に降りかかった不運と考えていたし、遠い国の住人も同じく失踪していることなど知りようもなかった。

 その事実が人伝に、旅人や商人達の言葉により広まったことで、事の重大さが知れ渡ることとなった。そうして残された人々はこの不可解な出来事に恐れを感じるようになった。


 その後、何の関わりもないと思われていた失踪者の共通点が明らかになる。

 全員、同じ大聖堂へと訪れて以来、帰路に就くことができていないのだ。


 そんな厄介な噂が立った“大物”を抱える国民達は、何かの間違いだと調査団をつくり、件の大聖堂へと向かった。

 やはり、帰って来る者はいなかった。二度、三度と屈強な男達が立ち上がっては消え、やがては誰も近付こうとはしなくなった。神が宿るはずの場所を見つめながら、どこかにいる神に助けを請うていた。


 元の名を覚えている者は今はほとんどいないだろう。あれ以来、Anathema(呪われたもの)と呼ばれるようになったからだ。


 それでもまだ、つい五年前までは、この奇妙な現象を探るために大聖堂に挑み、なす術なく消失する者がいた。その話を聞く度、成長したメルは、なんて馬鹿馬鹿しいことか、と半ば蔑んでいた。

 忘れてしまえばいいのだ。触れようとしなければ、皆が忘れられる。そうして大聖堂に蠢く何かも、次第に風化して落ち着きを取り戻すだろう、と。

 そう、思っていた。



 しかし今、そんなメルの前には、その大聖堂がある。メルがこの地を訪れたのは、無論、件の大聖堂が目的だ。

 それは決して、少年たちが度胸試しのために廃墟へと赴くような、青い好奇心からではない。まだ短い命の終末がこの場所になっても仕方がないと思うほどの覚悟をもって、彼女はやって来た。それが誰かの涙の理由になるとしても。

 父の最期を、その肌に感じるために。




 メルの父ノエルは冒険家だった。

 家のクローゼットの一つは、ノエルの冒険の記録で埋め尽くされている。今そのクローゼットを開けるのは、メルの母アマンダだけであるが。


 ノエルが向かう先は、いつも少しの危険が伴った。冒険家とはそういうものだ、とノエルは常々言っていたが、あえてそういう場所を選んでいたことに、メルは気付いていた。帰る度に延々と続けられる土産話には、数えればキリがないほど「謎」という単語が含められていたから。


 嫌な予感はしていたんだ、とメルは思う。

 彼女が、時が経っても大聖堂へと向かう無謀者に心の中で毒づいていたのには、不安もあったのだ。ノエルも、父親もいつかそこへ行ってしまうのでは、という不安が。

 そうしてその不安は的中することになる。メルが十五の誕生日を迎えたその翌日、ノエルは置き手紙を残して旅立ってしまった。


 世界を慄かせているものの正体を、この目で確かめたい。手紙にはそう書かれていた。



――父さんはここで、その正体とやらを見たんだろうか。


 メルが足を踏み出すと、どこかでネズミの声がした。カラスがこれからの行く末を見守るように、近くの樹に留まっている。



 見た、と信じている。どれだけその行為の愚かさを口汚く罵っても、この怪物を止めたのは、確かに父なのだから。



 彼が、大聖堂を訪れた最後の人間だった。そうしたのはノエルだ。彼は唯一、最も長い時間この場所で生き長らえた人物でもあった。


 ノエルが旅立ってから数週間が経った後、彼の友人だと名乗る人物から手紙が届いた。そこにはノエルを勇敢な戦士に例えた称賛の言葉が並んでおり、彼が最期に書き残した手紙を送るとも記されていた。

 同封されていた手紙は確かにノエルの筆跡だった。外に投げ出されていたところを拾われたらしく、泥を落とした後が残っていたが、見間違えるはずもない。置き手紙をふやけるほど何度も読み返していたのだから。

 手紙の最初の一文はこうだった。


「人生で初めて、誰かを救うために持てる力を注げたことを誇りに思う」


 メルには、その他の難しい言葉は分からなかった。ただ、あの怪物をただの大聖堂へと還らせたのは、自分の父親らしいということだけは、誰に聞かずとも理解できた。

 それ以上の詳しいことは、メルでなくとも分かっていない。ノエルがその手紙の中で、「私は怒りを鎮めさせたに過ぎない、あの怒りに二度と灯を灯さないためにこれからも出入りを禁ずる必要がある」と警告していたからだ。その言葉通り、それから後は誰もここへは近付いていない。


 ではなぜ、メルはこの大聖堂の扉に手をかけることができているのか。

 答えは簡単だ。それが、ノエルの遺言だったのだから。




 ギギギ、と何かの悲鳴のような音が、ノブの軸から聞こえてくる。思わず回す手を止めそうになったものの、メルは腰に提げた十字架を握ることで何とか持ち堪えた。


 開いた扉の隙間から、生温い空気が漂ってくる。埃の臭いにさえ我慢すれば苦もなく進めそうだ、とメルは思う。それが同じ年頃の女性では絶対に出てこないであろう感想であることも、十分理解していた。

 中に入り、扉を閉める。もしかしたら出られないかもしれないとも考えたが、もう一度ノブを握ることはしなかった。

 その時はその時だ。進み出したものを振り返るのは、らしく(・・・)ない。



 大聖堂の中は、思いの外美しかった。数多の人々を呑み込んだ怪物の片鱗は、微塵もないほどに。

 例えるなら、そこは白の世界だった。柱も、壁も、床も、天井も、白く荘厳な光を湛えていた。状況がこうでなければ、信心深い名をもつ者の最期にふさわしい場所にも思えた。


 しかし、メルは知っている。この景色に決して惑わされてはならないと。父の言葉を信じているから。

 十字架をまた握る。手袋越しに、異常な冷たさが伝わってくる。きっとこれが正しい道を教えてくれる、と彼女は確信していた。


「大丈夫、私の力はこの日のためにあるんだから」


 言い聞かせるように、メルはひとりごちる。胸の奥で、確かに何がが頭をもたげるのを感じていた。



 彼女のもつ十字架は、ノエルが幼いメルに渡したものだ。お守りであると聞かされていたが、それがメルの力を抑制するものであることを、本人は気付いていた。

 メルには、得体の知れない力がある。それは生まれ持ったものであり、遠く先祖の代で潰えたとされていた力だった。


 その力については、メル自身も上手く言葉にできない。効力はその時によって異なるからだ。時には予言じみたことがふっと頭を過り、時には雨を願うだけで乾季にも雨が降った。

 一見便利な力にも思えたが、力をまだ上手く使えなかった幼いメルが村で護られてきた祠を壊してしまったことで、彼女は村中から悪魔と呼ばれるようになった。投げられた石で血を流したことも一度じゃない。仕打ちは酷いものだった。

 放っておけば勝手に暴走してしまうこの力から周囲を守るため、そして何よりメル自身を守るため、ノエルは十字架を娘に授けた。同じ力をもっていた先祖が己の力を制御するために、この十字架を用いていたことを長く聞いていたからだった。

 そして実際、それは重要な働きをしてくれた。メルが成長していたこともあったが、十字架のお蔭で力をコントロールできるようになったのだ。


 だから彼女は、もう力を使わなくなった。その力があると、両親が幸せでいられないから。幼心にそう感じたメルは、十字架をいつも携えて、決して力を使わないようにしてきた。

 そんな自分との契約を今、破ろうとしている。


 悪い言い方をすれば、それはノエルのせいだった。彼が彼女にだけ残した遺言が、頑なな誓いを破らせた。


「お前にしか分からない、私のしるしを残してきた。いつか力を使ってもいいと思った時、その心に恐れがないならば、私の最期の地へと赴いてほしい」

 これが、送られてきた手紙にノエルが残したメル宛ての言葉だ。馬鹿にしている、とメルは毒づく。そんな言葉を遺されて、そのままでいることなんてできるはずがない。自分のために置いてきた何かを、受け取らずにいられる訳がないのだ。


 だから進む。恐れも不安も抱えたまま、父を信じる気持ちだけで、メルは進んで行く。




 大聖堂は、四方八方へと通路を張り巡らしている。幾つも並ぶアーチの一つを選んで、先へ行く。

 その先にまたアーチが並び、うち一つを選ぶ。更に先にも同じ光景が広がり、次へ次へと足を進める。


 まるで迷路のようだ。何度も何度も同じことを繰り返して、そしてまた同じような場所へと出てくる。

 天井は高い。奥へと進んでいるはずなのに、くぐったアーチの頭上には大きなステンドグラスが上に伸び、薄曇りの空の色を映している。しかし、後ろに扉はもう見えない。どこにいるかも分からない。


「最奥へは進ませてくれないってわけ?」


 笑いが零れる。自分の声が柱に反響して、光の粒に変わって頭上から散り散りに降って来るのが見えた。力が動き始めている。ぐっと拳を握った。


「“怒りを鎮めたに過ぎない”。父さんの言葉はその通りだったのね。こいつはまだ、鼓動を止めていない」


 そして私をからかっているのだ、と思う。久し振りの客人に、どうやら気分を高揚させているらしい。


Anathema(呪われたもの)、か。……あんたと私、似たようなもんか」


 メルは自嘲の笑みを浮かべながらも、内心は苛立っていた。こいつにとって人々を食い荒らしてきたことは、遊びでしかなかったと気付いたから。

 今、自身に向けられているのと同じ色めき立った感情によって、尊い命が失われてきた。

 私とこいつは、絶対違う。


「父さん、どうしてこいつを殺してしまわなかったの……?」


 十字架は答えてくれない。ただ、そこにあるだけで十分だった。


――分かっている、全てを排除することがいかに難しいかなんて。


 大聖堂がどうして化け物になってしまったのか、その根源を見つけるのは恐らく物語の中に解決策を求めるようなものだ。むしろ、その中で大聖堂を制御した父親がどれほど偉大なのかも、メルには分かっている。

 だけれどそれでも、思ってしまう。帰って来られたはずだと、思わずにはいられないのだ。



 今更こんなことを考えても無意味だ。そう頭を振る。

 ここに来た以上、どれだけ遊ばれようと、父のしるしを受け取るまでは帰ってやるものか、と決意を新たにした。

 大聖堂に響き渡るよう、メルは声を張り上げる。


「いいわ、遊んであげる。折角こんな素敵な迷路をつくってくれたんだもの、使わないとね?

 でもズルはだめ。どうやっても先に進めない迷路なんて面白くないから」


 いい? と問うと、突如目の前の通路が闇へと消えて、そうして新たな通路を示すアーチが五つ並んだ。

 どうやら先ほどの迷路はズルをされていたらしい、とメルは笑む。意外と物分かりが良くて助かる。これも父のお蔭かもしれない。メルは十字架を手に、左端のアーチを選んだ。



 導かれるように、足が進む。自身の意思とは無関係に、足にその意思が移ったように。


 歩きながら、メルの頭には一つの映像が流れている。

 目の前に広がるのと同じ景色があり、そこを誰かが歩いている。

 誰か、それは父だ。ノエルだった。背筋を伸ばして地面を蹴るように歩くその姿は、彼以外ありえなかった。


 夢を見ているようだ。父親の後を付いて歩いているような気分にさせられる。時折振り返って、こっちだぞ、と手招きをした。だからメルは目を瞑って、父の後を追うだけでよかった。どの通路を選ぶかを考えることもなく、ただ歩くだけで良かった。


――力を使っていない間に、新しいことができるようになった?


 こんなことは初めてだった。これも大聖堂が見せている幻影でないことを祈るばかりだ。



 アーチを二十と少しくぐった後、ノエルは立ち止まって振り返り、そして手を振った。


「待って、父さん」


 突然の別れに惑う呼びかけを無視して、彼は消えていく。振り続けられる手が、力強い脚が、温かな笑顔が、すべて遠くなっていく。


「父さん……父さん、行かないで!」


 叫んだ途端、地面が揺れ始める。目を開くと辺りは薄暗く、紺色の薄闇を被ったように見えた。柱も天井も、轟々と音を立てながら揺れている。

 怒っているのだと気付いた。メルがズルをしたから。まるで小さな赤ん坊のように、不機嫌に身体を揺らしているのだ。


「ごめんなさい。悪かったわ。だからもうやめて、頭が割れそうよ」


 まだ足りないとでも言うように大聖堂は揺れ続けていたが、次第にそれも収まってきた。

 元通りになってから、辺りをもう一度見渡す。選ぶべき通路はもうないらしい。広いホールに取り残されているようだった。

 しかし、闇の向こうにやけに惹きつけられる。鳩尾が熱を持ち始めている、何かに共鳴するように震えながら。無数に立つ柱のその奥に、行くべき場所があるようだ。


 思うままに足を進ませる。時折柱が向かってきたが、躱しながら走っていく。

 辿り着いたのは、扉の前だった。大きく、決してメル一人では開けられないと思えるような。


 扉に触れる。一瞬にして焼け焦げてしまいそうなほどに熱せられていた。しかし触れた手袋を見ても何の変化もない。

 これも幻影らしい、感覚もすべては錯覚だ。でも、そうと分かっていても、どうすればいいのかには思い至らない。

 幻影なら、感じているものがみな虚像なら、物理的な破壊は難しい。恐らく扉に吸収されてしまうか、はじき返されるだけだろう。

 それならいっそ体当たりしてみる? 感覚を焦がされて終わりだろう、とメルは結論付けた。


――力を、使う?


 それしか方法はない。物理攻撃が効かないなら、物理的でない何かを使うしかないのだ。

 具体的な案はない。力をぶつけるだけ。それしか思いつかない。


「やってみるしかない、か」


 意を決して、強く念じる。扉が壊れる様を想像すると、身体の内側に力が激流のようになって溜まっていく。熱を帯び、時に凍てつくように、渦を巻きながら力が強まっていく。

 かつて感じたことのないような力の波に、メルは恐れを抱いた。こんな力を私が扱えるのか、そう思うだけで、膨らんでいく恐怖心が力を制圧してしまう。


 行き場を失くした力が、腹の底で鼓動を打つように震えている。

 その心に恐れがないならば。ノエルの言葉に反して、メルの心には恐れだけが鉛のように留まってる。

 けれどもう、戻ることもできない。この扉を開けることでしか、先へ進む方法はない。


「……父さん、助けて。勇気を、ちょうだい」


 これまで誰の前でも弱音を吐こうとしなかったメルが、亡き父に願う。瞼の裏でここまで導いてくれた父に、純粋で無垢な、勇気という力を。



<恐れるな>


 言葉が、父の声のような色をして、心に入り込む。目には見えず、ただ感じることだけでその言葉を受け取った。


<信じろ>


 これは自身の力が起こした幻なのかもしれない。でも、それでもいい。これは確かに、かつての父さんの言葉だ。


<その力はいつか、世界の誰かを救うから>


 だから、信じる。私は、私と私がもつ力を、信じる。父さんが信じてくれた、私自身を。



 十字架を両手で握る。身体に溜まっていく力と同調して、手の中でカタカタと動いている。

 この中に、どれほどの力が集められているのだろう。二倍か、三倍か、もしかしたら十倍もの力がこの中に吸い上げられているのかもしれない。メルは一層強く念じていく。


 そうであれば今日、ここで十字架を壊そう。

 メルが自分で力をコントロールできることを、ノエルは恐らく確信していた。だからこそ、信じるようにと何度も伝えてきたのだ。


――世界の誰も救えなくていい。ただ一人、父さんの思いだけは、この手で。


 苦しくなるほど、力が身体中で脈打っている。汗が流れ、心臓が掴まれるように痛む。もう限界だった。



 焦点の定まらない目で、十字架を見つめる。

 父の顔がちらついた。

 震える手で、十字架を振り上げる。

 父さんが頷く。

 そして、思いっきり、叩きつけた。




 黄色い光の粒子が、メルの身体から、砕けた十字架から、勢いよく飛び出していく。

 音はない。ゆっくりと、散らばるように、集まるように、扉めがけて向かっていく。


 扉に光がぶつかったのが、胸を打つ振動で分かる。

 光は少しずつ扉に吸収されて、一つになるように扉の端々を発光させた。


 すべての光を出し切ると、メルは床に倒れ込む。手にも足にも力が入らないものの、それでも事態を見届けることが使命だと、顔を必死で扉に向ける。


 メルから出た力の光が、やがてすべて扉に吸い込まれた。隠すように薄墨色に染まっていたそれは、金色に輝く扉へと様変わりしている。煌めきは眩しく、しかしそれ以外に変化は何もない。


――何も、起きない……?


 そんなはずはない、そう強く願う。

 過信ではなく、確信していた。十字架が壊れた時、確かにそこからもっと強い力が流れ出ていた。幾つもの力が折り重なるような、そんな偉大な力にメルの力が押し出されていたのだ。

 それをメルは、先祖の持っていた力だと感じている。幾年、幾百年と受け継がれてきた力が、彼女の後押しをしてくれた。だからここで、何も起こらないなんて、そんなはずがないのだ。


――父さん。


 そうだ。今もまだここに囚われているのなら、父ならきっと応えてくれる。大聖堂の一部になったとて、ただ消え失せたりなんかしない。この大聖堂の強い怒りの炎を鎮め、私を正しい道へと誘ってきた父なら、きっと。


 そのことだけを信じて、メルは叫んだ。


「父さん……!」



 その時、目の前が白く弾けた。十字架を砕いた時の数十倍の眩しさに、メルは目を開けていられない。

 唸るように、自分の発した力と何かが混じって散って、全身を掠めていく。目を瞑っていても光が容易に瞼に入り込んできた。


 メルが目を伏せる前には、寂れた大聖堂の面影。誂えられた礼拝堂が、今にも崩れそうに鎮座している。

 それが、この大聖堂の本当の姿だった。彼女の呼び掛けに応えるように、扉も柱も、大聖堂が見せていた幻影がみな、霧が晴れるように消え失せたのだ。



 どこからか、音が聞こえてくる。音は繋がり音色になって、メルの耳にそっと語り掛けてきた。


「……これって」


 それは耳馴染みのある、懐かしいメロディーだった。優しく温かい、父の香りのする歌だ。

 瞼を開くと、青い光が音色に合わせて踊るように舞っている。メルを抱き締めるように集まっては、周りをくるくると回り出す。


「温かい……」


 母とは違う、温もり。外の喧騒に怯える私を抱き締めてくれたあの時の父さんの体温みたいだ、とメルは思う。

 力を使わず強く生きることを誓った時から、誰の手を取ることもやめた。だから、自分以外の温もりに触れた最後の記憶がそれだった。


「父さん。……力のこと、隠していたんだね」


 青い光はメルの力によるものではない。身体に何も伝わってこないからだ。明らかに違う誰かの力が、メルのためだけの歌を奏でていた。


 父の背中におぶさって聞いていたことを、ふと思い出す。或いは母の腕の中で。そしてベッドに入ったその後で。

 不安に駆られる時、悲しさで涙が溢れそうな時、いつも少しだけ遠くで、ノエルはこの歌を歌っていた。メルが強くあれるように、涙の後に笑えるように。

 それはきっと、その心の内を知る父だけが贈れた、娘への応援歌だ。


「ねぇ、父さん。父さんがしたように、私もこの力を使えるかな?」


 踊る光の粒ひとつひとつに父がいるような気持ちで、メルは語りかけた。


「されたことを忘れて、誰かのためにこの力を、使えるかな?」


 その声に微睡みが混じる。幼い少女のように瞼を重く瞬かせながら、回り続ける父の残像に忘れかけていた微笑みを見せた。


「ねぇ、父さん……?」


 ゆっくりと寝そべるメル。彼女の耳にだけ、柔らかなメロディーが注がれ続けている。

 赤子のような静かな甘い吐息が、広い大聖堂でほんのかすかに、何かの音色のように聞こえた。



  

夜風リンドウ様、ありがとうございました。


長編作品の粗削りダイジェスト版みたいになってしまった感じは否めないのですが、いかがだったでしょう?

「力」とか特に、何だかとっても手荒に……。書き慣れないファンタジーを無理くり書いてみたってことで、お許しいただければありがたいです。精進します。


次ページからは担当外の作品となります。

5月21日より随時更新致します。ぜひまたお立ち寄りいただけたらと思います。

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