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最終章 星の階を昇った先に



 生まれる前。

 まだ意識も意思も芽生えていなかったけれど。

 母親の胎内に包まれながら。

 ――夢に、まどろんでいた。


「きっと……。この子は、辛い思いを味わうことになるだろうな」

「あなたは休んでいてください。研究は、私が……」

「いや、一緒にやろう。俺たちの子だ。……だからなのかな。この子のために少しでも、この先の可能性が見たくなる」

「この子の虚数波動が……可能性だと?」

「ありえないと一蹴するのは簡単だよ。でも別の未来をこの子が見出してくれそうな気がしないか?」

「……わかりません。でも恐ろしくて……」

「君だけに背負わせるつもりはないよ。――これを見てくれ。この子の生命力を契約線の負荷率に置換することで、おそらく普通に魔物を召喚したり操ることは出来るはずだ。もっとも……契約線を視認されてしまえば元も子もないが」

「やはり……ガイアに入れるべきなのでしょうか」

「それしかないだろう。魔物使いになるかどうかはこの子の意思に委ねよう。……ガーディアンになるのなら、それも致し方ない」

「まだそうと決まったわけでは」

「この子の人生だ。親の私たちが決めるべきじゃないよ。研究だけは続けよう、この子のために」

「そう……ですね」

「生命とは不思議なものだな。……どこから生まれてくるんだろう。何の意味もなく生まれるものなのだろうか」

「この子の命が、意味のあるものだと?」

「たとえこの世界を脅かす力であろうと、それは意味を持つものだと思うよ。――いや、きっと。意味を作ってくれるさ。……名前、決めたよ」

「なんて?」

「瑚太朗。……はは、ひねりも何もなくてすまない」

「いいえ。――いい名前」






 そこは自宅のベッドだった。

 辺りは真っ暗。いつもなら窓の外から月明かりが見えるのに。

 窓の外は。

 真の闇に包まれていた。

「……っ!」

 家の周りは。――何もなかった。

 そこはまるで……月面のような。土くれと瓦礫、砂しか見えない。

 空を見上げる。

 星ひとつなかった。……いや、ないのではない。隠されているだけ。

 この家を取り巻いている命の欠片が、大気の組成を構成し、ちょうど膜のように包み込んでいる。

 あまりにも高密度な生命素子が大気圏のようにこの家を守っていた。

 ――そう。

 この家の外は……大気などない、宇宙空間になっていた。

 手を見る。

 肉体は、再構成されていた。

 喉に触れる。

 貫いたはずの刃の傷は、どこにもなかった。

 復活……していた。

「なんで……」

 声が出る。意識もある。どこも異常はなかった。

 ブレードを出してみる。――出た。むしろ以前より輝いて力が溢れている。

 今の自分は。

 人間ではあるが、生命そのものの力が凝縮されていた。

 ……わかる。

 膨大な知識が押し寄せてくるのに、それを何の苦もなく受け入れている。

 むしろこれは。

 篝の存在と等しいといってもいいのかも――。

「……っ、篝!」

 思い出した途端。

 すべて――理解した。

 彼女が飛び込んだ先。

 あれは……因果律に閉じ込められたマイナスエネルギーの海。

 そこに篝は自身に集約した生命エネルギーごと衝突させた。

 衝突というよりも、それは。

 その事実ごと消去するかのような、因果の消滅。

 篝は――。

 因果律を操ることが出来る。

 命の理論。

 それをすべて解体、根源にあたる原世界を事象の渦に変換した。

 つまり……。

 運命的にも、因果的にも、歴史的にも――篝は。

 存在が消滅してしまった。

 命の系譜のみを自分に託して。

 もう二度と……会えない。

 ……なのに。

 涙ひとつ流せないなんて。

「……これが……篝、なのか……」

 諦観でもない、何か。

 到達した一種の――光のようなもの。

 生命そのものであった彼女。

 その彼女といま、こうして……初めて意識を共有できた。

 そうか……。

 繋がりを……求めたのは……。

「わかるよ……」

 今なら。

 命という存在の意味を、知ることが出来る。

 彼女がやろうとしていたことも。

 やらなければならないことも。

「やるよ……。君から……託されたんだしな」

 でも。

 少しだけ、我儘をさせて欲しい。

 君と同じ存在になったけど。

 俺は……我儘なんだ。

 君のすべてが欲しい。

 だから。


「最後の……大仕事と、いきますか」


 瑚太朗は。

 命のすべてを――。

 月に……満たしていった。

 自身の肉体もすべて、引き換えにして。


 光の粒子が舞い上がり、瑚太朗の家そのものも光の粒子に変えてゆく。

 荒れくれた月面に。

 生命の波動が……少しずつ。

 少しずつではあったが。

 染みこんで、広がって、……そして。

 時の流れとともに。

 新たな進化が始まろうとしていた。






 黒と白のヒナギクの丘。

 風が花びらを舞い散らせていた。

 柔らかな光が、花々を彩らせている。

 そこを。

 一人の少年が歩いていた。

 もう一度。

 彼女に逢うために――。






―― fin ――


ここまでお読み頂いて本当にありがとうございました。

この話はこれでおしまいとなります。

連載初めてでしたけれど、試行錯誤でしたけど、とても楽しかったです。

よろしければ感想などお寄せください。……ちょっと反応が怖いですけど。

それでは。

ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました。

また機会がありましたらよろしくお願いします。

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