第三十章 蜜月
※15禁扱いとします。
篝に変化が訪れていた。
瑚太朗を避けるようになっていた。
「か…」
声をかけようとすると。
瑚太朗の姿を見た途端、ものすごい勢いで走って逃げていく。
信じられないことだが、彼女が理論を紡いでいるときも、近づくだけでどこかへ走って行ってしまう。
おかげで、不用意に篝に近づくことも出来なくなっていた。
「なんで……?」
訳がわからない。
思いあたることといえば、この前彼女を回復させるためにした性交だが、それはうまくいったはずだった。
あれから規定異常は起きていないし、篝の状態は安定している。やつらも姿を現していない。
瑚太朗は戻ってくる気配のない丘から腰を上げ、少し歩きながら考えてみることにした。
最近――。
篝の姿を見ていない。
少し恋しかった。姿だけでも見たい。別に振り向いてくれとかそういう贅沢は言わないから。
こうして目を瞑るだけで彼女の姿を思い浮かべることができるのに。
実際のところ、こうしてみると――いつも篝のことばかり考えていたからわからなかったけれど――好きなんだなあと思う。
人を好きになるのに理屈なんてないけれど。
篝は人ではないが。
もう根源的な、自分の存在意義そのもののような、なくてはならない空気みたいなもので。
篝がいる世界にいるだけで。
自分のすべてが赦されているような、そんな気がしていた。
「……だからなのかな」
赦されたいと思っている。……罪深い自分を。
もう取り返しのつかない存在になってしまった自分を。
この世界を侵し、生命の存在を脅かし、変転する宇宙の在り様すら危機に陥れかねない――自分。
考えるだけで罪業の重さに押しつぶされそうだ。
篝に必要とされていると思うだけで、救われていた。
その篝に嫌われてしまったのだとしたら……。
「救えねえ……」
膝を抱える。
こんなんじゃ、また絶望スパイラルになる。いい加減にしろと言いたい。
こんなメンタルの弱さなのに、なぜあの時ちはやはあんなことを言っていたのか。
(俺が……道を切り開けるだなんて……)
慰められていたのだろうか。それとも。
本当にそんな力があるのなら……。
この閉ざされたような運命を、何とか出来るということなのか。
難解すぎてとてもじゃないが想像もできない。
だが。
「やるしかない……」
やれないのでは放棄するだけ。今の自分に放棄する道は許されない。
足掻くんだ。
惨めでも情けなくてもいい。最後まで足掻き通してやる。でなければ。
「篝の傍にいる意味がない」
もう一度丘へと向かった。
あの理論のどこかに――。
解決への糸口が見つかるかもしれないという一縷の望みを賭けて。
篝がいた。
戻ってきたのか、とホッとすると、――また。
逃げようとした。
手を差し伸ばしてみるが、振り向きもしない。……だが。
距離が変わった。
丘の上には、一本だけ大樹が植わっている。その樹の根元を篝は這うように進み、そのまま後ろに隠れた。
そして後ろ向きのまま座り込んでいる。
……どういうことなのか。
いつもなら丘から逃走するのに。
少しは気を許してくれたということなのか。
嬉しかったが、しかし。
(篝が傍にいると……)
理論に触れるわけにもいかない。
一応許可を取っておくか、とできるだけゆっくりと篝の背後に近寄った。
声をかけるのを躊躇う。
かけた途端、また逃げて行ってしまいそうな気がする。
せっかく許された距離を崩したくはなかった。
どうしようかと思い悩んでいると。
篝は膝を抱えこんで俯いてしまった。
「え……?」
小さく肩を震わせている。
あまりにも弱々しく見えるその姿に、思わず胸を打たれた。……慰めてあげたい。
そして――。
躊躇は捨て、背後から篝を抱きしめた。
「……っ!」
篝の声にならない叫び。
だけど無視してそのまま髪に顔を埋めた。……久しぶりの感触。また抱きたくなる。
篝が身を捩った。だけど、リボンは垂れ下がったまま。
嫌がっているわけではないらしい。
少し調子に乗りすぎかもしれないと思ったけれど。
彼女の耳たぶを甘噛みし、うなじから首筋へと唇を落とした。次第に染まる肌。微かな吐息。
篝の唇が震えていた。
……キスしたい。
情動のまま手が動き、顔をこちらに向けさせた途端――。
その表情を見て。
目を剥いた。
「かが、……り……」
篝の顔が、羞恥で真っ赤に染まっていた。
これではまるで……。
瑚太朗に恋しているかのような。
(ありえない……)
信じられない思いで篝を見る。
彼女は人間ではない。一個の生命体だが、人間としての感情は持ち合わせていない。
(感情を……覚えた?)
いや、それもありえない。
鍵ならば感情を学習して覚えることも可能だが、ここにいる篝は鍵であって鍵ではない。
いわば生命そのもの本質であり、原型ともいえるべき存在。
感情自体は知識や高次元的見解で知っていても、それを自ら持ち合わせるなど篝にとって不合理でしかない。
それなのに。
瑚太朗に対して、明らかに恋愛感情を抱いているかのような態度を見せていた。
「なんで……?」
訳がわからず思わず問いかける。いや、無粋な質問なのはわかっている。
だけど訊かずにはいられない。
これはひょっとすると……。
(大変なことをしてしまったんじゃ……)
篝の生命力回復のために、篝と共に快楽を共有した。
それが変化をもたらしたのだとしたら。
「篝、それは……恋なんかじゃない。ただの錯覚だ。一時的な気の迷いなんだ」
言い聞かせる。
慌てていた。もし自分のせいなら、とんでもないことをしてしまった。
篝の命の研究に影響を及ぼしてしまう。
そんなことになったら死んでも償いきれない。
篝は。
瑚太朗の身体に抱きついて、口づけを求めるかのように見上げてきた。
「篝……」
その表情に、不覚にも胸がときめいてしまった。
逃げていたのは――。
羞恥心。
それを覚えさせてしまった。そうだ、思えば最初にそれを見たのは。
初めて篝が痛みを凌駕した感覚を快楽にすりかえた瞬間だった。
(じゃあ、あの桜も……)
この世界のあちこちに、いつの間にか桜の木々が出現していた。不思議に思ったが……。
篝の――性徴。
その象徴的な意味での桜だった。
篝を変化させてしまった。
(どう……すれば……)
どんどん事態が悪化していく。
このままでは。
ますます自分の罪が積み重なっていく。
「篝……その……」
なんて声をかければいいのかわからない。
戸惑っている瑚太朗に、篝は右手を頬に差し伸べ、そして。
恥らうように口づけをしてきた。
「……!」
娘と同じ仕草。――心がかき乱される。
だけど。
このまま篝と、蜜月を過ごす気には……なれない。
そんな資格などないというのに。
篝の甘やかな口づけが。
涙を誘うほど優しくて。
心を溶かしていく。
「篝……。俺なんかに恋しちゃ……駄目だ」
泣きながら語りかけて。
篝をきつく抱きしめ、柔らかな身体を解きほぐすように触れていった。
快楽の共有感は、これ以上はないほど至福に満ち足りていた。
いけないことだと頭の中で囁く。
娘と同じ過ちを繰り返しているのだと……。
取り返しのつかないことになるのかもしれないと。
そう思えば思うほど。
行為はとどまるところを知らなかった。
いつもそうだった。
手遅れになってから気づく。
数多のどの世界においても、何ひとつ、解決すら導けずに自滅していった。
強いわけでも、弱いわけでもない。
ただ――愚かなだけ。
それがわかっているから。
たったひとつだけ残された大切な存在を、こうして見守ることしかできなかった。
「篝……」
気を失っても瑚太朗から腰を離そうとしない彼女を、優しく撫でながら見つめていた。
今は安定しているが、……いつか。
きっと破局は訪れる。
それもそう遠い話じゃない。
こうして過ごしていられるのも、今だけなのかもしれない。
だけど……。
「守るから……」
それだけが。
もはや自分に許されたただひとつの生きる理由になっていた。
to be continued……
篝(月)が恋をしました。
ありえないですね。いえ、ありえるよう、いろいろ状況証拠を作りましたが。
なんかこれで大丈夫なのかどうか。(不安)
アニメでも恋心抱いてたみたいだし、大丈夫ですよね。(多分)




