第二十三章 即是
色のない瞳。
形のない想い。
それは――永劫不変のものなど何もない、実体のない空虚さそのもの。
なのに。
なぜ俺は……それに惹かれてやまないのか。
自らが空虚であるが故か。
自らの本質が空であるが故なのか。
手を伸ばす。
そこには届かないと思っていた領域がすぐ目の前にあった。
ずっと昔に切り離されていた場所。
俺の本質は。
きっとそこに――ある。
海が見えた。
海というよりそれは……何かのエネルギーの塊のような。
自身の内部を漂う海。
だけどあの海は、どこか別の場所に繋がっている。
飛び込めばそこへ至るのかもしれない。
だが……。
(怖い……)
あの海は、今の自分には形のない物質に見える。数字の羅列。原子の集合体。
こうして眺めているだけでも気が遠くなりそうだ。
生命は海から生まれた。
原初の命は形のない物質だった。
もしもそれが、形のないものから生じたものなのだったとしたら……。
なぜ形が生まれた?
物質という形態を取るには、様々な奇跡の上に成り立つ。
形のないまま存在するのなら、命は何も変化することが出来ない。
変化……。
(変化を……求めていた?)
命というのは、均一化された偏在するエネルギーを拡散するために増えたもの。
……なぜそんな考えが浮かぶのか。
自分でもよくわからないが、そうとしか思えない。
それは宇宙そのものの状態を意味する。
宇宙の存在は、もしそれを認識する超越者がいたとするなら、エネルギーを拡散していく命という存在は――。
(危険因子になる……)
だが宇宙は不確定性原理により認識することは出来ない。
宇宙そのものの存在を捉えることは不可能だ。
次元を超越でもしない限り……。
(俺は……)
一度――そこを越えている。
いつだ? どこで……。
わからない。だが、あの海を越えた。ここにいる自分は、そこから出て形を得たもの。
命を得た。
ならば命とは、みなあの海を越えたものなのか。
(……いや、違う)
エネルギーが偏向していくこの宇宙で、いまだ拡がりを続けている存在。それが命だ。
オーロラの波。
あれらは物質を求めて、つまり変化を求めて、拡がりを見せている。
あの波のたゆたう先に。
ひとつの集約された生命体の存在があった。
(篝……?)
彼女は。
命を一度形のないものにしたもの。
それが意思を持った。
意思を宿して、命そのものを存続させようとした。
本能のようなものか……?
だがそれだけなら、果たしてあれほど永い時を閉じ込めてまで模索するだろうか。
執念のようなものすら感じる。
命が増え続ける理由。
それはやはり――変化が必要だということ。
絶えず変化し続けねばならない。
それがこの宇宙を偏向させている原因だ。
命とは――。
(拡がり、増えていくもの……)
熱的拡散。
それは自分とは対極の存在であるかのように感じた。
なぜそう思うのか。
だが……。
(篝に惹かれている理由は……)
あの瞳の奥に宿す意思。
命そのものの発現意識。
自分とは対極に位置するもの。
それがそもそもの原点だった。
(守ってみせる)
俺にはもう、それしかない。
最初からそれがすべてだった。
彼女の瞳を初めて見たそのときから。
篝という存在は、あの冷えた海を越えた一人ぼっちの自分の、頼るべき道標だった。
強くなりたい。
彼女を守れる強さ。
弱くて脆い自分を心の奥深くに沈めて。
暗闇を照らす、あの星の煌きのようなたったひとつの命。
(――篝)
彼女を想うこの鼓動の高鳴りを、ずっと信じて。
守りたいと誓った。
to be continued……
即是……色と空を合わせてひとつにした一体不二であること。仏教用語。
意味はWikipediaのほうが詳しくのっています。まあ難しくて自分もよくわかってませんが。
今回は短いですけど、実は大変重要な要素を詰め込んであります。
これを先に書かないと展開することが出来ないほど重要。
相変わらずそれは隠されておりますが、読み解くことが出来れば作者も望外の喜びです。
それでは。
もうしばらくお付き合い頂けると嬉しいです。