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第二章 出産



 朱音の身体はどんどん変化していった。

 まだ四ヶ月半だというのに、もう臨月に近い状態になっている。

 幸い前ほど苦しむことは少なくなっていったが……。

 いくらなんでも異常だった。

(それとも……この人工来世の環境が……)

 終焉へと向かうだけの世界。

 人は出産制限を余儀なくされ、人口の増加はこれ以上見込めない。

 人間に備わった生きる本能のようなものが、妊婦の体質を変化させているのだろうか。

 もし同じ事例があるなら少しでも知っておきたい。

 瑚太朗は月刊テラの安西氏に向け、鳥型魔物でメッセージを送った。

 返事は次の日に届けられた。



『天王寺君


 結論から書きます。

 奥様の症状ですが、前例はありません。

 街中の全病院で問い合わせてみましたが、医者にも原因はわからないとのこと。

 ここから先は僕なりの忠告になります。

 そこから離れたほうがいい。

 境界域では魔物が放出するエネルギーが澱んだ形で停滞しています。

 魔物がこの世界を創り出すために、すでにこの世界の人々の命が少なからず失われています。

 人口はどんどん減っています。

 ただ、人々は世界を維持するのみに神経を注ぎ、魔物を次々と生み出しています。

 その余剰分の魔物が、おそらく、境界へと流れているのだと思います。

 僕にも魔物が生み出すエネルギーがどのようなものか、科学的に理解できていません。

 ですが、……人体に影響があるのは確かです。

 奥様だけでもいい。避難して下さい。

 一人だけなら僕の家に匿うこともできます。

 せめて出産までの間、そこから離れるよう、奥様を説得して下さい。

 君も。身体に異常があればすぐに言って下さい。

 僕も政府に掛け合ってみます。

 奥様の状態をお聞きした限り、おそらく一刻の猶予もありません。

 急いで下さい。返事は今日中にでも。』



 手紙の内容に瑚太朗は顔面蒼白になった。

(そんな……!)

 考えが甘かった。

 朱音の状態はきっと他にも症例があるものだとばかり……!

「朱音っ!」

 瑚太朗は急いで家へと向かった。

 仕事中に受け取った魔物だったから、かなり距離が離れていた。

 走りながら思う。

 なぜもっと早く相談しなかった。

 せめて朱音が苦しんでいたときに少しでも早く手を打っておけば。

(……いつも、いつも……俺は……)

 朱音に置いていかれて。

 朱音に追いついて。

 追いついたと思ったらまた取り返しがつかなくなっている。

 そんな自分にどうしようもなく吐き気がするが、今は朱音のことしか考えられなかった。

「朱音! ……無事かっ?!」

 家に着くと、朱音はこともあろうに庭先で洗濯物を干していた。

 寝ていろと言ったはずなのに。

「朱音、なんで起きて……!」

「お帰りなさい。ちょうど今起きたとこ……きゃっ」

 朱音を正面から抱きしめる。

 大きくなったお腹を締め付けないよう緩く抱いたが、朱音は苦しそうに息を吐いた。

「ちょ、ちょっと瑚太朗」

「寝ていろと言っただろ!」

「ずっと寝てるわけにも……」

「朱音……。今すぐここから離れるんだ」

 瑚太朗の言葉に朱音は「え?」と首を傾げた。

「ここにいたら危ないんだ。朱音の身体に良くないんだよ」

 瑚太朗は安西氏の手紙を朱音に見せた。

 読み進めると朱音は目を見開いたが、やがて手紙を破り捨てた。

「なっ……?!」

「断って、瑚太朗。私はここから離れるわけにはいかないから」

「なっ、なんでっ?! 危ないのはわかってるんだろ?!」

「魔物が召喚される感覚はずっと感じている。だからここにいないといけないのよ」

「どういう……意味だ?」

「…………」

 朱音は言いよどんで佇んだ。

 まただ。

 最近ずっと、朱音は何かを隠している。

 朱音が言ってくれるまで待つつもりでいたが。

 もう耐えられそうになかった。

「朱音」

 朱音の肩を引き寄せ、目を見て正面から語りかける。

 誠意をこめて話せばきっと打ち明けてくれる。

 そう信じた。

「産まれる子供について、何か知っているなら教えてくれ」

「…………」

「俺にはわからないが、朱音には何か感じてるようなものがあるんだろう?」

「…………」

「頼む。……俺たち二人の子なんだ。教えてくれ」

「……瑚太朗」

「なんだ?!」

「瑚太朗は私を……愛してる?」

「あっ、当たり前だろ! 何を今さら……!」

「ごめんなさい。今は何も言えない。……だけど」

 朱音は瑚太朗の背中に腕を回してしがみついた。

「産まれた子を……どうか、……守って」

「朱音……?」

「瑚太朗にしか、……瑚太朗だから」

 朱音は泣いていた。

 もうそれ以上なにも聞くことができない。

 だけど。

(朱音を死なせたりなんかしない)

 抱きしめ、そして、強く思った。






 夜中。

 瑚太朗は突然ベッドから跳ね起きた。

「……っ!」

 思わず叫びそうになった口を手で塞ぐ。

 隣で眠る朱音を起こしたらまずいと横目で見たが、幸いぐっすり眠っていた。

 ホッとして毛布を掛け直す。

 喉が異様に渇いていた。

 だが何も飲む気になれなかった。

 今飲んでしまうと……。

(絶対、吐く……)

 夢を見た。

 鍵を抱えて森の中を疾走する夢。

 あれからもうだいぶ時間は経った気がするのに、夢で見た記憶はやけに鮮明だった。

 次々と襲いかかる魔物。鍵を庇いながら逃げ惑う自分。

 なぜ今頃になってあの時の夢など……。

 それほど心に刻みつけられた恐怖が根強かったのか。

 恐怖……。

 あのとき自分は怯えていた。

 力のない自分に、殺されるかもしれないと思う自分に、……鍵を抱えている自分に。

 世界の命運を握っているのかと思うと、怖くてたまらなかった。

(今でも……俺は……)

 朱音を失うかもしれないという恐怖。

 もう子供はいつ産まれてもおかしくない状態になっている。

 七ヶ月が過ぎた。

 普通ならようやくお腹が膨れ始める頃。

 だが朱音はずっと臨月の状態が続いている。

 子供はぴくりとも動く気配がなかった。

 覚悟している。

 死産の可能性。

 もうとうにその覚悟はできていた。

 だが朱音は産むのだといってきかない。

 何度も病院に連れて行こうとした。……だが、もう。

 これ以上朱音に精神的負担をかけるわけにはいかない。

 だから自分だけは覚悟を決めようとした。

(最低だ……俺……)

 最初から諦めて、朱音さえ助かればいいと思うなんて。

 頭を抱えて膝を抱えていたそのとき。

 朱音が声をかけてきた。

「……瑚太朗……」

 見下ろすと、とても穏やかな顔で瑚太朗を見つめていた。

 こんな表情、久しぶりに見た。

 そう、あれは……追放処分を受けて、二人で麦畑を歩いていたとき以来。

「朱音。……どうした?」

 朱音の頬に手をそえて、優しく語りかける。

 その手を朱音はそっと握りしめた。

「……ごめんね」

「え? なにが?」

「先に、いくね」

「え……?」

「ありがとう」

「何を……言って」

「…………ぅぅうううぁぁぁああああああっっっ!!!!!」

 突然。

 朱音が苦しみ出した。

「あ、朱音っ?!」

 朱音は目を見開き、絶叫していた。

 瑚太朗の手を必死で握りしめながら。

「朱音っ!!」

(陣痛……っ?!)

 なんの準備もしていない……!

 朱音の手を振りほどいて出産の準備をしようとベッドから降りかけたが、朱音は瑚太朗の手を痛いほど強く握っていた。

「朱音、頼む……! 手を……っ!」

 緊急事態だ。

 瑚太朗は空いている手でなんとか連絡用の魔物を掴もうとするが、ベッドから遠く置いてあるため届かない。

 朱音の手は瑚太朗の手に爪を立て、皮が裂け、もはや血塗れになっていた。

 痛いなどとは思わない。

 だが苦しむ朱音を何とかしてやりたくて、瑚太朗は唇を噛み締めて一瞬の躊躇いの後、毛布を取り外した。

「朱音。……すまん!」

 自分がやるしかなかった。

 湯も、鋏も、布も、何の準備もないけれど。

 本で得た知識を総動員して朱音の足を開く。

「……っ!」

 一瞬だけ目を逸らした。

 だが朱音の悲鳴が躊躇いを消した。

 すでに破水している。

 だが問題は、産道から出かかっている足だ。

(逆子……?!)

 状況はまったく思わしくなかった。

 どころかこれは、素人の手に負える代物じゃない。

 自分でやれば朱音の命も、赤子の命も……。

 だけど。

(時間が、ない……!)

 もう人を呼ぶ時間など残されていない。

 瑚太朗は朱音の口に布を噛ませ、血が出るほど握りしめられた手をようやく離し、すぐさま洗面所へと向かった。

 戸棚の下にいつでも準備できるよう用意だけはしていた。

(くそ……っ!)

 瑚太朗は血が出ている手に意識を集中し、必死で体内の血液循環をコントロールした。

 まだわずかに残された自分の能力。

 それを使って、出ている血液を極限にまで加熱させる。

「く……っ、……うぅっ」

 激痛と疼痛に頭が痺れたが、構わず、それを水に浸す。

 一瞬で加熱された水は、血で赤く染まったが、即席の湯にすることが出来た。

 本当は清潔な湯のほうがいいが。

 火を使えない世界では、お湯を作るには時間がかかる。これしか方法がなかった。

 すぐさま朱音の元へ行く。

 口に鋏を銜え、布を脇に抱え、洗面器で作った湯をベッドの下に置いた。

 朱音は両足を激しく動かし、見るも無残に暴れていた。

「朱音。……朱音。俺がついてる。頼む。頑張ってくれ!」

 瑚太朗は朱音の両手を頭の上に括りつけ、覚悟を決めて足を持ち上げた。

「…………」

 想像以上の惨状。

 だがそれ以上に瑚太朗の決意が固まる。

(死なせたりなんて、しない……!)

 朱音の産道に手を伸ばし、生まれてくる我が子の足を掴んだ。






 三時間後。

 顔中血塗れの瑚太朗は、産まれた女の子を産湯につかせていた。

 ヘトヘトだったが、心の中は澄み渡っていた。

「……元気、だ……」

 女の子はよく泣いていた。

 産まれたてはなんだか猿みたいだな、と思う。

 だけど自分で取り上げたせいなのかそれがとても可愛らしく見えた。

 綺麗にして身体を拭いてやると、朱音の隣に置かせてあげた。

 朱音はすやすやと気持ちよさそうに眠っていた。

「……はは、は…は…」

 乾いた笑い声。

 本当に自分が出している声なんだろうか。

 もう疲れて何が何やら。

 だけど。

(生きて、くれた……)

 それだけで死にたくなるほど嬉しかった。

 そのまま床にへたりこんだ。

「……腹、……減った……」

 ほっとしたせいなのか。

 急激な空腹感に襲われる。

 立ち上がる気力さえないのに。

 人間、なんでもやれば出来るものだ。

 地竜と闘ったときより、精神的ダメージが強い。

 世の中の親を尊敬する。

 こんな大仕事をやってのけることができるなんて。

(いや……これ……医者の仕事だから……)

 瑚太朗はうとうとと船を漕いだ。

 血で真っ赤な手とか顔とか、そのままにして。






to be continued……

続きます。

もう少しお付き合い下さい。

全体的に見ると、そうですね……まだ序章なんですが。

連載物は初めてなので、これでいいのかと手探り状態です。

ちゃんと終わらせるつもりですので、今後ともよろしく。

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