第十七章 生命の歌
―― Finale ――
魔物の群れが人々を襲っていた。
空から舞い降り、人々を食らう。地を駆け、這い回り、人々を襲う。
地上は地獄絵図だった。
逃げ惑う人々。
だが逃げながら、いつのまにか自身が魔物化している人間もいた。
人間の魔物化。
それは異様な光景だった。
人が植物の根を生やし、異形の翼を生やし、鬼の形相になり、手足の節々が岩のように膨れ上がり、――そして。
自覚もなく。
悲しみさえなく。
親が子を。子が親を。愛する者同士が。
お互いにお互いを食らい尽くそうとしていた。
「天王寺……!」
吉野は懸命に自身に巣食う魔物の意識を追い払おうと抗っていた。
信頼できるたった一人の友の名を叫びながら。
「どこにいやがる……?!」
「おにいちゃんっ!」
志麻子が吉野に駆け寄ってきた。
彼女は数体の魔物を従えている。使役する魔物を使って身の安全を確保していた。
「おまえ、無事なのか?!」
「おにいちゃんこそ……なんで魔物になってないの?」
「このうっとうしい歌のことかよ? さっきから頭ん中でガンガン響いてやがるからあいつを罵倒し続けてただけだ!」
「おにいちゃん……。ごめん。しま子にはどうすることもできない」
「おまえに何が出来るってんだ?」
「この歌は……滅びの歌。世界が滅ぶきざし。魔物も人間も滅びてしまうの。もうとめられない」
「なん……だと?」
「おにいちゃん、しま子を抱きしめて。おにいちゃんだけはしま子が最後まで守るから。魔物になんてさせないから」
志麻子は吉野に縋りついてきた。
不思議なことに、吉野は志麻子に触れている間、歌が遠のくような気がした。
お互いに抱きしめ合う。
吉野は志麻子を胸に膝を折りながら、街の中央にいつのまにか出現した巨大な樹木を見上げた。
(天王寺……)
あの樹に彼がいる。そんな気がする。
(おまえ……まさか……)
不吉な予感がよぎるなか、吉野は志麻子をぎゅっと強く抱きしめた。
―― Philosophy of ours ――
瑚太朗は最上階に辿り着いた。
疲労はとうに限界を超えている。目の前はほぼ真っ暗だった。足の感覚などもはやない。
だがそれでも、前に進む意志だけは存在した。
顔を上げる。
そこにいるはずの愛しい娘を見るために。
「篝……」
虚ろな目をしっかりと見開いて、姿を捉えようと、焦点を合わせる。
残りの命を、彼女の姿を見るためだけに、力の限りを振り絞った。
「…………」
ぶれる。合わない。
だがそこにいる。
最後に見た姿を思い出す。
半分だけ被った毛布の下から見えた艶かしい姿態。まだ頬の熱が残る色づいた顔。自分だけを見つめる瞳。
最後に思い浮かべるのがそんな扇情的な姿であるのを、瑚太朗は内心笑いながらも、心の底で幸せを感じた。
(愛している……)
篝への想いが溢れる。
この世の誰よりも彼女だけを愛していた。
瑚太朗はやっと気づいた。
自分は彼女に会うために生まれた。
篝に巡り会うために生まれてきたのだと。
朱音を愛していた。今でも変わらず愛している。
――だが。
自分の存在そのものが、篝という女性一人のためだけに在るのだと、いま知った。
知らず涙が一滴流れた。
幸せだった。
そのことに気づけた自分を、やっと誇ることが出来た。
何もない、空っぽの自分。
いつも何かを求めていた自分。
求めて得られるものなど何もなかった。
求めるものではなかったからだ。
最初から気づかなかっただけで、ちゃんと心の中にそれはあった。
――篝火が。
それは……現象。
形のないもの。
手の届かないもの。
だけど、確かにそこにある。
心の奥底から響いてくる。
想いの波が歌になって。
ただの振動が、震えが、交差する。
命の歌。
それは彼女から響いてきた。
(ああ、そう……だったんだ……)
瑚太朗は目の前にいるひとつの現象をはっきりと見た。
それは自身の命が消える寸前の、最後の穏やかな瞬間だったのかもしれない。
篝。
それは現象。
命そのもの。
彼女は歌う。
魂を重ねて、数多の世界で、想いを響かせて。
宇宙と共鳴する。
世界が重なる。
命の波動は歌となり、世界が再び作り変えられようとしている瞬間を感じた。
「……篝……」
想いが溢れてとまらない。
泉のように次から次へと湧き出ていた。
この存在と出会えた奇跡に感謝を。
瑚太朗は篝であり鍵である彼女に、精一杯の想いの丈を込めて、抱きしめた。
「ありがとう……」
歌い続ける篝に、今の気持ちを伝えた。
鍵の姿をした少女。
そして自分の娘でもある少女。
愛する女性でもある少女。
どれも同じ存在だった。
篝は歌っていた。
言葉などなくても、それだけで伝わった。
瑚太朗を守るために……。
彼女が歌い続けているのだと。
「俺のことは、もう……いいから」
篝の頬に唇を寄せる。
涙がひとつ伝っていた。
それを掬い取り、頬を優しく指で撫でる。
「どうか最後まで……一緒に……」
抱きしめる。
それが最後だった。
耳元で聞こえた最後の声。
篝が発した言葉は――。
「生きて……!」
それを最後に。
世界は、光に包まれた。
to be continued……
本文区切りの文章は推奨BGMです。ゲームを起動してGalleryからお聴き下さい。サントラ持ってる方はそちらからどうぞ。
わかりにくい話で申し訳ありません。解説したいところですが……。
次回でうまく書ければ、それを説明にしたいと思います。
書けるといいのですが(遠い目)
サブタイトル「生命の歌」ですが、「滅びの歌」なんじゃないの?という突っ込みもあるかと思います。
どちらも同じものなんです。(筆者的には)
この話は、世界を構成しなおす話です。発端は、朱音です。
そのへんうまく書けるよう、頑張ります。
では次回までしばらくお待ちください。