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第十六章 道標



 泣き声が聞こえる。

 幼い娘の泣き声だった。

 朱音を探して、母親を求めて、泣いていた。

「泣くな、篝……」

「ママ……ママに……会いたい……」

「パパじゃダメか?」

「ママぁ……」

「困ったな……」

 抱き上げる。

 首筋にすがりついて鼻水をかむ娘に苦笑しつつ、瑚太朗は篝をあやしながら優しく話しかけた。

「篝……。ママの名前、教えてあげるよ」

「ママの……名前?」

「朱音、っていうんだ。千里朱音。パパは、ママの名前が大好きだった」

「千里……朱音……」

「辛い道をママに背負わせてしまったんだ。パパの……仕返しだった。ママに振り向いてもらえなくて、悔しくて。だからママに自分の名前と同じ目にあわせてやりたくなった」

「ママが……かわいそう」

「そうだね。だけど、朱音、って呼ぶとママはとても喜んだ。もっと呼んでってねだった。パパも嬉しくて何度も呼んだ。朱音という名前は、とても明るい希望に満ちた名前だから」

「朱音……」

「篝。篝の名前もそうなんだ。パパの希望だ。道しるべなんだ。パパの生きる道が、おまえの名前にこめられている。だから」

 娘の額にキスをする。

 泣いていた頬は、いつの間にか涙が乾いていた。

「篝がいればパパは寂しくないんだよ。篝。おまえの名前を呼ぶだけで、朱音と同じ、暖かい気持ちになれる。だから篝も寂しいなんて思わないで欲しいんだ」

「パパ……」

「言ってごらん、自分の名前」

「……篝」

「そう」

「……篝……」






 意識が戻った。

 時間にすればほんの数分だった。左腕の時計は針がほとんど動いていない。

 愕然とした。

 右腕が……ない。

 痛いとか、そういう感覚はなかった。右腕の存在そのものが消滅している。腕の付け根から何もない感覚しかなかった。

 だが。

(腕一本で済むなら……それで)

 目の前の扉には大きな穴。一瞬で切り裂いたのだろう。円形の穴の切り口は鋭利なもので斬られたかのように大きく広がっていた。

 瑚太朗は眩暈のする頭を無視して、足を奮い立たせた。

 立ち上がる。

 倒れれば二度と起き上がれない。命はもう尽きようとしていた。

 おそらく、あと……数時間。

(だからなんだ)

 篝の元へ辿り着ければ十分だ。

 最後に一目だけでも、あの娘に会えれば。

「篝……」

 懐かしい夢を見ていた。ほんの数ヶ月前のことなのに、もう遠い昔のように感じる。

 たったひとつの道しるべ。

 ――篝。

 それだけが生きる意味だ。

 他に何もいらない。篝だけいれば。篝の存在だけあれば。

「待ってろ……」

 視力が薄くなる。息が辛い。心臓の動きが弱まっている。

 だから、それがなんだ。

 自分の命など篝に会えるのならいくらだってくれてやる。

 扉に踏み込む。

 観測者の部屋へと入った。

 一歩入っただけで、意識の遠くなりかけていた瑚太朗にも、その部屋の異常を感じ取ることができた。

「な……?!」

 目の前にそびえる大きな樹木。

 現世側へと繋がる観測者の木が……。

「魔物化、している……?」

 起動していた。

 だが、瑚太朗は思い出す。

 朱音とともに木から降りて人工来世側へと戻ったとき、観測者の木は停止させたはずだ。

 今持っている起動キーは、観測者の木を魔物化・停止させるためのもの。

 この鍵がなければ魔物化することなど出来ないはず。

 これが出来るのは……。

「篝……か」

 聖女の力。

 木を魔物化させたのは間違いなく彼女だ。

 聖女の持つ魔物使いとしての能力。

 それはこの観測者の木すら魔物として召喚できるほどの力を秘めていた。

 改めて思う。

 篝は鍵であり、聖女でもあると。

 もう加島桜の意志にほとんど乗っ取られているのかもしれない。

 正気に戻すなど不可能に近いだろう。

 それでも。

「諦めるかよ……」

 篝は俺の娘だ。俺だけの女だ。他の誰にも渡さない。

 もう一度篝をこの手に取り戻す。

 そして二度と離さない。

 たとえ篝自身が離れていこうとも。

「…………」

 瑚太朗は観測者の木に近づいた。

 見上げると、歌声はさらに近づいているような気がした。……間違いない。

 上層にいる。

 今この木は魔物化しているが、篝がここへ来れたはずがない。何らかの手段……魔物か、それとも……上層へと上がり、木に近づいたのだろう。

 この木の内部は空洞になっている。

 人一人通れるほどの隙間の階段があり、それが最上階へと繋がっている。

 これで何度目かわからないが、再びこの木に登るとは……。

 瑚太朗は木の空洞に足を踏み入れた。

 ……いる。

 歌が聞こえる。

 それは鍵なのか娘なのか。それとも両方なのか。

 もうどちらでも構わない。

「俺を置いて行ったこと……後悔させてやる」

 以前、朱音に仕返しをしたときと、同じ台詞を再び呟いた。

 ただしその時とは違って、今は――。

 愛おしい者を見つめるような眼差しを向けていた。






to be continued……


サブタイトルは「みちしるべ」とお読み下さい。

短くてすみません。サブタイトルに合わせて途中で切りました。

次回はちょっと遅れるかもしれません。ほんとに。一番難しい部分なので。

難しいというか……いや……難しいな、これ……書きたかったテーマでもあるし……。

うまく書けるといいのですが。(他人事)

それでは、まだ続きますので、よろしければお付き合い下さい。

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