第十一章 連理
気を失った篝を運んで、寝巻きを着せ、ベッドに寝かせた。
髪を撫で、頬に触れる。
愛しさと欲情が溢れてどうにかなりそうだった。
もう自覚する。
篝に恋をしていた。
親として、許されないこと。
あってはならない想い。
篝が聖女になっていると気づいてからようやくわかった。
篝が鍵になっているとわかって、やっと気づくことができた。
朱音よりもこの娘を愛していると。
娘として、一人の女性として、彼女を愛していることに気づいてしまった。
「普通じゃ……ねえよな……」
嗤いをこらえながら床に座り込む。
倫理的にSERO規定に引っかかるとか、こういうエロゲなかったっけとか、近親婚とか夢見たことあったなとか、いろいろくだらないことを考えては誤魔化そうとする。
だけどもう、自分の気持ちを誤魔化せそうになかった。
篝を見る。
柔らかな銀糸の髪、艶のある唇、開けば吸い込まれそうな深海色の瞳、小柄な身体、細い肢体、小さな胸。
彼女のすべてに魅了されている。
幼い頃からずっと傍で見守ってきた。
いつか朱音よりも美しい娘になるような気がして、嬉しくて日々が過ぎるのも惜しかった。
キスをせがまれる度にしてやり、抱き上げてはあやし、口移しで水を飲ませたり、何度も子守唄を歌ってあげたり。
走馬灯のようにここ数ヶ月が心の中でよぎっていく。
たった半年しか経っていない。
でも瑚太朗の中で、人生でこれ以上はないと思えるほどの、幸せな半年だった。
その幸せな思い出を、自らのよこしまな想いで、汚そうとしている。
鍵が言っていた言葉を思い出す。
――わたしに恋して……
あれは瑚太朗の想いに気づいて言っていたのか。
だとすれば、思惑通りだ。皮肉すら出てこない。
「おまえの望み通りだ……ちくしょう……」
拳を握りしめる。
篝が普通の娘であるなら、こんな想いを抱くことはなかった。
親として娘の成長を見守り続け、慈しんで育てていたはずだ。
だけど朱音が彼女に人格を転写したことを知り、そして鍵であることの確信に至った今、もう篝が娘以上の存在にしか思えなくなった。
娘であること以上に。
守りたい気持ちが勝っている。
この気持ちの源泉が何であるのかもわかっている。
朱音のときと同じ想い。
もしかすると朱音以上……。
篝の告白。
あれが決定打になっていた。
瑚太朗の心を根底から揺るがしてしまった。
いつも飢えていた。
まともに愛された記憶がない人生。普通の愛情などで満足など出来なくなってしまった。
朱音には届かなかった想い。
それがすぐ目の前から降ってきた。
自分の娘ではあるけれど。
娘だからこそ想いがより一層募り、もう抑えがきかなくなっている。
「篝……っ」
頭ごと抱きしめ、覆いかぶさって口づけた。
いけないことだ。わかっている。
だけどもうこの想いを消すことができない。
瑚太朗は何度も何度も、篝の唇を押し開き、口付けを交わした。
篝はなかなか目覚めなかった。
吐息は正常だった。身体的にも異常はない。平熱で、穏やかな寝顔。
ただ意識が戻らないのが気になる。
あれから篝の様子をずっと観察していたが、成長した様子は特に感じなかった。
瑚太朗は何度も篝に口移しで水を飲ませ、脱水症状だけは起こさないよう気をつかった。
汗を拭き取り、下の世話をし、身体を綺麗にしていた。
早く目を覚まして欲しかった。
このまま朱音みたいに二度と目覚めなくなるなど……考えたくもない。
そうやって世話をし続けて二日経った頃。
瑚太朗のもとに政府から命令書のような書簡が届けられた。
重要な書類のようで、何事かと不審に思ったが、わざわざ足を運んできた役人を無碍に追い返すわけにもいかず、とりあえず家から出て森の外れで出迎えた。
「わざわざご苦労様です」
「こちらこそ恐縮です。恐れ入りますがこちらの受取書にサインを」
「…………」
「返事はこの場でと伺っております。緊急事態なので」
「今、……この場でですか?」
「申し訳ありませんが、これは裁判所からの命令です」
嫌な予感がする。
だが断るわけにもいかなかったので、躊躇ったが開封して中身に目を通した。
「…………」
「返事を伺っても宜しいですか」
「返事も何も……。断ることはできないのでしょう」
「では、お引き受けして頂けると」
「私しか出来ないのであれば、仕方ありません。……ただ一つ条件をつけてもいいですか」
「もちろん、可能なことであればなんなりと」
「私自身は討伐に加わりません。あくまで未踏査エリアのデータ収集のみです。データの全てはそちらに送ります。ですがそれ以上の仕事をするつもりはありません」
「もちろんです。あなたの参加を望む声は多くありますが、そういった対応も考慮済みです」
役人は快く承諾し、握手を交わした。
裁判所からの命令。
空間の亀裂の詳細な出現位置の調査依頼だった。
討伐部隊のほぼ半数が行方不明になっている。
それらの多くが境界付近で消息不明になっていることから、空間の亀裂に飲み込まれた可能性が高いとのことだった。
(魔物が作る空間が狭まっている……)
以前からそれは感じていた。
だがもう、現実的な被害を及ぼす段階にまでなっている。
滅びの予兆であることは明らかだった。
増えすぎた魔物は、生き延びる本能で自身の複製を作ることのみに奔走している。
この人工来世の空間を維持し続けるには、どうしても使役型魔物が必要になる。
その使役型魔物を作る制限をしている為、空間自体の維持が難しくなっている。
このままだと街全体が亜空間に飲み込まれるのは、時間の問題だろう。
そうなってしまってはもう、人間も魔物も、助かる道は残されていない。
(おそらく数年しか……)
瑚太朗はすでに滅びを受け入れていた。
ただ、……篝。
彼女が生きる世界が、こんな絶望的な未来しかないなど、哀れを通りこして無念でならない。
たとえこの世界のすべての人間が不幸になろうと。
篝だけはなんとかしてやりたかった。
家に戻ってすぐに篝のいる二階の寝室へと走る。
ほんのわずかな時間でも目を離したくなかったので魔物に見張らせていたが、帰る直前に篝がベッドから起きる姿を魔物の目で目撃した。
「篝っ!」
駆け寄ると、篝はゆっくりと顔を瑚太朗のほうへ向けた。
ちゃんと意識が戻ったようで心の底から安堵した。
「良かった……。目が、覚めたんだな……」
「…………」
「篝、覚えているか? 風呂場で倒れて……」
言いかけてハッとする。
篝がもし覚えているなら。
何て答えればいいか、何も考えていなかった。
「そ、その……」
「……こたろう……」
「え?」
「こたろう……篝……」
「か、篝……?」
まだ正気ではないのか?
目は虚ろではない。無表情だが、ちゃんと意識はある。
「篝……。パパって……言ってくれないのか?」
「…………」
「篝、頼む……。パパって、言ってくれ……」
「言っちゃって……いいの?」
篝が、笑った。
それは風呂場で見た、あのときの鍵と同じ笑顔だった。
瞬時に顔が凍る。
瑚太朗は篝の肩に手を置き、険しい顔で言った。
「なんでおまえがそこにいる?」
「わたしは……篝よ」
「違う。おまえは鍵だ。篝を出せ。おまえの中にいるはずだ」
「篝は、わたしなの……こたろう……瑚太朗……わからない?」
「何がだ?」
「あなたがわたしを……見つけてくれた……篝を……」
「……? なにを……」
「わたしは篝なの……名前なんて、意味ないの……篝っていう、存在なの」
「どういう……意味」
「瑚太朗……あなたが言う篝は……わたしでもあるの……だから」
篝、……いや鍵は。
瑚太朗にぎゅっとしがみつくと、顔を見上げて微笑んだ。
「その記憶を……なかったことにしないでね……」
「え……」
「あなたの中に……いつまでも残して。……残してあげる……わたしが……」
何を言っているのだろう。
だけど。
何かとても大事なことのように感じた。
忘れてはいけないような。
そんな強迫観念にとらわれた。
「篝はそこにいるんだろ?!」
「わたしも篝なのに……」
「娘を出せ! 俺の娘の、篝を!」
「妬けちゃう……なあ……」
その言葉を言った直後。
篝の目が大きく見開かれた。
目をぱちぱちとさせて、瑚太朗を見つめている。
「……パパ?」
「篝っ!」
きつく抱きしめる。
小さな身体を折れそうなほど強く。
篝は苦しそうに吐息を漏らした。
その唇を吸い付くように奪う。
篝の目が見開かれたが、構わずそのまま深く口付けた。
もう引き返せない。
そう思ったけれど、どうでもよかった。
篝に触れて、口付けて、肌の感触を味わうだけで。
禁忌とか、既成事実とか。
そういう単語も浮かびはしたけれど。
すべてがどうでもよくなるほど、愛しさがこみあげていた。
「篝……好きだ」
「…………」
「おまえが好きだ。……もう誤魔化さない。二度と気持ちに嘘はつかない。篝が好きだ。誰よりも……朱音よりも」
「パパ……」
「篝……。名前で呼んでくれないか?」
「え?」
「瑚太朗、って……呼んでくれ」
「……瑚太朗……」
「ああ、そうだ。……おまえを愛する、男の名だ」
篝を抱きしめ、口付けながら押し倒した。
小さく震える娘の身体を、傷つけないように、いたわるように、優しく抱きしめた。
to be continued……
一番書きたかった部分です。後悔しておりません。
あえて言わせていただけるのでしたら。
このお話は悲恋です。
次回「未来」。
18禁になります。
あらかじめ断っておきます。
もちろん書き上げるつもりでおります。頑張ります。