第十章 告白
「パパ。髪……洗って?」
篝が半分濡らした頭にタオルを引っ掛けて部屋に入ってきた。
思わず飲んでいたコーヒーを噴き出した。
「ぶふぅーーっ!!」
「パパ?」
「待て待て待て! さすがにもうそれはマズイ!」
バスタオル一枚の篝の姿。
どう見ても年頃の女の子の姿。
いくら娘だろうと越えてはいけない一線というものが……!
「マズイって、なに?」
確かにいつも一緒に風呂に入っていたけれど。
それは篝が子供だったからで。
いきなり十五歳前後の姿になってしまった娘に、どう対応していいのかわからない。
「あのな、篝。そういうのはもう一人でやりなさい。できるよな?」
「だっていつもパパが」
「うん、洗ってた。……そう、洗ってたんだ。一人で……できないか」
瑚太朗は頭を抱えた。
篝の髪を見る。
シャンプーの泡がまだついたままになっていた。
途中まで一人で洗おうとしていたのだ。
だけどやり方がわからず、濡れたままの状態でここまで来た。
身体もよく見ると、ぽたぽたと雫が垂れていた。
このままだと風邪をひく。
……仕方ない。
今回だけだ、と瑚太朗は自分に言い訳をした。
「わかった、おいで」
瑚太朗が手招きすると、篝は嬉しそうに胸に飛び込んできた。
(すっかり大きくなっちゃって……)
胸は……小さいけど。
肩の線は滑らかで。
肌は透き通るように綺麗で。
このまま抱きしめてキスしたいくらい可愛かった。
(娘、だぞ……)
何度も頭の中で同じ言葉を繰り返す。
何度繰り返したかわからないほど。
なのに。
自分でも、もうわからなくなっていた。
この娘が鍵なのか、聖女なのか、人間なのか、自分の娘なのか。
属性が多すぎて。
いっそ一人の女として見れば、楽になれるんだろうか……。
(だから、娘だっつーの……)
何度目かわからない言い訳。
篝と風呂場に向かいながら、ぶつぶつと繰り返していた。
新しい家には露天風呂がついていた。
しかも温泉だった。
もちろん地下から出ているわけではない。
あらかじめ汲み置きしてある屋上の給水タンクから配水管を伝って、一階の露天風呂まで水が流れてくる。
大量にもらった温泉の素を入れ、ドラゴン系の魔物に湯を作ってもらっている。
魔物と一緒に露天風呂に入るのが篝のお気に入りだった。
「パパも一緒に入ろ?」
「……後で入るよ」
「なんで? 今一緒に入ればいいのに」
目のやり場に困っている。
篝にはバスタオルをつけたままにしてもらっているが、湯に入るにはどうしても裸になる。
髪だけ洗ったらさっさとここから出ないと精神衛生的にもマズイ。
「ほら、目を瞑って」
「んー」
「篝、もう一人で洗わないとダメだぞ。一緒にはもう入れない」
「なんで……?」
「なんでって……」
「いつも一緒だったじゃない」
「それは篝が子供で」
今も子供だけど。
「小さかったからだよ。もう大人になったから無理なんだ」
「大人だとどうして無理なの?」
困った。
篝が聞き返す性格だというのを忘れていた。
なんとか言い訳せねば。
「篝が年頃の女の子になったから、むやみに男に肌を見せてはいけないんだ。パパでもダメだ」
「どうして?」
「それは……」
目のやり場に困るから。
とは言えない。
「パパをあんまり困らせるなよ……」
「篝、急いで大きくなったのに……」
「え?」
「パパに喜んでもらいたかったのに」
「な……に?」
「篝と結婚してねって言ったら、パパ嫌がらなかったじゃない!」
篝が抱きついてきた。
弾みでバスタオルが落ちる。
全裸でしがみつかれ、瑚太朗は身体が硬直した。
「ちょっ……かが…」
「篝のこと選んでくれたと思ったのに!」
「なにを……」
「なんで?! 篝じゃダメなの?! ママがいいの?!」
「……っ?!」
「こんなにパパのこと好きなのに……!」
篝の突然の告白に、瑚太朗は息がとまった。
身動きひとつ取れなかった。
頭の中が真っ白だった。
(なに……言ってんだ……?)
理解できない。
いや、理解したくない。
篝は勘違いをしている。
親への愛情と恋が、ごっちゃになってるだけなんだ。
そう思おうとした。
……が。
「……ぅ、……んんっ?!」
いきなり、篝が口づけてきた。
瑚太朗の口をこじ開けて中に入ってこようとしている。
(どこでこんなの覚えた……?!)
いや、それどころじゃない。
このままだと非常にまずい。
現に、少し反応してしまった。
「……っっっ!!」
なんとか篝を押し戻そうとする。
だが、手がちょうど篝の小さな胸に被さって、さらに事態は悪化した。
どけようと動かしたが、篝が瑚太朗の手を押さえつける。
必死に口づけしながら手で自分の身体に触れるよう導いている。
娘のとんでもない所業に、もはやなすすべもなく。
瑚太朗は篝の気がすむまで口内を蹂躙される羽目になった。
「う……っ、……くっ……!」
(まずい、まずい、マズイ……!)
このままだと本当にとまらなくなる。
篝の熱い吐息が、柔らかな肌が、しがみついてくる身体が、そのすべてが。
媚薬のように瑚太朗に襲いかかってきていた。
腕を伸ばして抱きしめ返してしまったら最後。
そこから先は考えるまでもなく。
(それだけは……!)
なんとか必死に理性を繋ぎとめて制した。
篝は涙をぽろぽろと流して、瑚太朗からようやく離れた。
「……どうして……」
胸が痛む。
だけどわかってもらわないと。
「篝。親子でこういうこと、しちゃいけないんだ」
「…………」
「パパだって篝のことは大好きだ。だけどパパが好きなのは」
「……ママは、もう、いないのに」
「ああ。だけど……パパが選んだのはママだから」
「…ちがう…」
「え?」
「パパが選んだのは、世界。……滅びゆく世界。あのときパパは世界を選んだ」
「なに……言って?」
「わたしを選ばなかった……わたしを見捨てた……最後の果実を、こたろうは見捨てた……」
「篝っ?!」
「だから選ばせてあげる……もう一度、わたしを……こたろうといられれば、それでいいの……」
篝の様子が変だった。
目が虚ろで、自分が何を言っているのかもわかってない。
いや、違う。
これは篝じゃなかった。
篝の姿を借りた……。
「おまえ……あのときの……」
思い出した。
まだ朱音が行方不明になる前に、頭の中に響いてきた声。
舌足らずな、未成熟な、子供のような声。
朱音の声のイントネーションによく似た声。
当時はその声が誰なのかわからなかった。
だけど。
「鍵……なのか」
篝は……いや、篝の姿を借りたその少女は。
くすくすと鈴が鳴るような声で笑った。
「おまえは死んだはずだ」
「そうよね……こたろうが殺したんだもの……」
「なぜここにいる?」
「この世界が……わたしを呼んだの……」
「おまえを呼んだ?」
「こたろうも……気付いているでしょう? ……この世界が……終わりに近づいてるって……」
「…………」
「ひとの命は……もう尽きかけている……ひとは愚かで……あさましい……」
「……また説教かよ」
「あかねは気付いてた……この世界が終わるって……だからあのとき……世界を切り捨てた……」
「なに……?」
「それはあかねの意志……かわいそうなこたろう……愛するひとに見捨てられた……」
「どういう意味だ、それは!」
「わたしを選んで……もう一度、わたしを……わたしに恋して……そうすれば……」
「そうすればなんだよっ!」
「歌わないで、あげる」
鍵は、瑚太朗の口に指を押しあてた。
はっきりとした言葉で告げられたそれは。
ただの脅迫だった。
「ふざけるな……」
鍵はくすくすと笑うと、そのまますうっと気配を消した。
意識の失った篝を抱きかかえる。
身体はすっかり冷えていた。
「篝……」
きつく抱きしめる。
なんの因果だ。
この娘になんの恨みがある。
どうして今さらよみがえった。
「ひどすぎる、こんな……」
抱きしめたまま、泣いた。
篝の肩に顔を埋めて。
泣き崩れていた。
to be continued……
そろそろ15禁に近くなってきたので情報更新しました(笑)
朱音ルートで瑚太朗に呼びかけた声は、鍵だと思いますが、どうなんでしょうか。
全部ひらがなだったのは、洲崎に捕らえられていたからですよね。
朱音ルートの鍵は、注射器うたれたり、仮死状態にされたり、瑚太朗に殺されたり、さんざんな思いをしているので、少し救ってあげたいなと。
この話を書く動機のひとつになってます。
この後も出てくる予定です。どうぞよろしく。
次回「連理」。
そろそろ18禁になりそうな……(苦笑)