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【短編集】あなたシリーズ

あなたを億万長者にする方法

作者: A-T

 青年はSNSのタイムラインをボーッと眺めながら、知人や友人の幸せアピール写真に溜め息をついた。

「なんで、こんな写真をわざわざアップするんだか……。そんな写真なんか、誰も見たかないっての」

 パソコンの画面に向かって愚痴ってみるも、一人暮らしのボロアパートでは、その声に反応する者さえいない。静かな部屋に響く自分の声に、かえって虚しくなった。

 思えば、今日は日曜だというのに休日出勤させられた挙句、やることがヘマをした奴の尻拭いだった。その問題を起こした奴は、作業をさせても仕事を増やすだけなので、途中で帰ってもらっている。

 なのに、そいつはパソコンの画面内では恋人と腕を組み、笑顔をこっちに向けている。投稿したのは今日ではないが、このタイミングで見るとイラッとする。

 しかも、何日かタイムラインを遡っても、出てくるのはそいつの写真ばかりだった。

「仕事で使えない奴ほど、投稿が多いのな」

 ほとんど毎日のように「楽しかった」「美味しかった」といった小学生並みの感想付きの写真がアップされている。その情熱を仕事に向けろと言いたくなったところで、ひとつの広告が目に入った。


『ブラック企業のサラリーマンだった僕が、3ヶ月で1,000万円を稼いだ方法』


 正直、よくあるタイプの広告だなと青年は思った。平凡な主婦が何とやら、1日10分の作業で月収ウン百万円、その手の胡散臭い広告はネット上に溢れている。

 そこだけ見れば興味を持つこともなかったが、副題を読んで目を見開いた。


『僕が幸せアピール写真を馬鹿にしない理由』


 使えない奴の幸せアピール写真に苛立った後だけに、どんな理由が書かれているのか気になった。

 広告のリンクアドレスをコピーし、安全性を確認できるサイトを開いて、アドレスを入力欄に貼り付ける。“CHECK”と書かれたボタンを押すと、通信中、チェックを実行しています、といったメッセージの後に判定が出た。


『このサイトは安全です』


 安全性を確かめた青年は広告をクリックし、『ブラック企業のサラリーマンだった僕が、3ヶ月で1,000万円を稼いだ方法』と題したページに移動した。

 そこには、お世辞にもイケメンとは言い難い太った男が、大きなソファに深々と腰を掛け、左右にいる美女の肩を抱いている写真が貼られていた。

 その写真の下には、太った男が通帳を持っている写真が載っていて、通帳の拡大画像を見ると自分の年収以上の金額が毎日のように入金されていた。

「胡散臭いなぁ……」

 そう思いながらも、青年はページ内の文章を読んでいった。


『僕は落ちこぼれでした。学校の成績も悪く、運動もできない。これといったスキルもなければ、ご覧のとおり容姿にも恵まれていません。何とか入れた大学は底辺中の底辺で、就職活動もうまくいかず、大学卒業後はフリーターからのスタートでした』


 よくあるパターンだなと思いながらも青年は読み続けた。


『バイトをしながらも、正社員で働くことを諦めませんでした。転職フェアはフリーターでも参加できると知って、いろんな企業のブースを見て回っていたところ、ある会社の人にウチで働いてみないかと声をかけられました。誘われたのが嬉しくて入社を即断してしまったのですが、そこはブラック企業で有名なところでした』


 その後には、ブラック企業で理不尽な労働を強いられ、体を壊して夜逃げするように会社を辞める過程が書かれていたが、青年は途中で読むのが辛くなって適当に飛ばすことにした。


『非人道的な会社に入ったことで、僕は会社という組織を信用できなくなりました。あんなところでは働きたくない。でも、働かないと生活費を稼げない。やっぱり、会社が嫌でも就職して働くしかないのかと思った時、“会社が嫌なら就職するな”という本に出会いました。その本には雇用されない生き方と、誰でも稼げるノウハウが学べる講座について書かれていました。この続きは、僕とSNSで友達になってから』


 文書はここで終わり、“友達になる”と書かれたボタンが用意されていた。そのボタンの下には、美女をはべらせた写真が貼られ、“待っています”というメッセージが添えられている。

 青年はてっきり、何かを買わせるような文言が最後にあるとばかり思っていた。儲け方を伝授する本やDVDなどが、今ならお買い得と期間限定の割引価格で販売され、商品を褒めちぎる購入者のレビューが並んでいるのを想像していた。

 故に、SNS上で友達になるという展開に面食らった。

「友達になるだけなら金もかからないし、続きが見られるなら……」

 続きが気になる青年は“友達になる”と書かれたボタンを押し、太った男へのフレンド申請を行った。自動的に承認する設定になっているのか、青年の申請は即座に了承され、SNSの友達欄に太った男の写真と名前が表示される。

「早いな」

 驚きながらも男の画像をクリックし、彼のページへと移動すると、投稿という形で彼が成り上がってきた経緯が綴られていた。青年は彼の投稿を遡って読んでみた。

 “誰でも稼げるノウハウが学べる講座”で今の師匠と会った男は、そこで学んだことを活かして月の収入を倍増させていく。具体的に何をやっているかは書いていないが、入金日もわかる通帳の写真が、彼が稼げていることへの信憑性を増していた。

「一体、何をして儲けたんだ?」

 そんな疑問を口にしながら読み進めていくうち、情報商材を販売しているサイトの売上ランキングが出てきた。ランキングのトップには男の名前があり、上場企業で働くサラリーマンの生涯年収を超える額が売上として書かれていた。

 男が販売している情報商材は“稼ぎ方”に関するものだった。タイトルは『ブラック企業のサラリーマンだった僕が、3ヶ月で1,000万円を稼いだ方法』で、副題が『僕が幸せアピール写真を馬鹿にしない理由』となっている。最初に見た広告と同じものだ。

「結局は、これを買えって話か……」

 情報商材の内容は具体的に書かれていなかった。紹介文に具体的な手法まで書いてしまったら、誰も買わないだろうから仕方ない。

 青年は具体的な手法が気になるものの、金は出せないと諦めることにした。



 それっきり、太った男が稼いだ方法のことは忘れるつもりだったが、SNSで友達になってしまったが為に、男の近況を見続ける羽目になった。

 毎日のように大金が入金された通帳の写真がアップされるのをはじめ、美女を引き連れて旅行に行き、美味しいものを食べ、買った高級品を身に着けている様が、これでもかと投稿され続けた。

 仕事で疲れ切った状態で彼の投稿を見るたび、自分が大変な思いをしているのに、コイツだけいい思いをしてと、腹立たしさを覚えていたが、日が経つにつれて“自分も彼のようになりたい”と思えるようになっていった。

「アレさえ買えば、俺も……」

 気が付けば、そんなことを呟くようになっていた。

 やがて給料日になり、まとまった金が入ったところで、青年は太った男が販売している情報商材のページを開いた。この後の生活に支障をきたす販売額と知りながら、救いを求めるように情報商材の購入ボタンを押した。



 数日後、青年の元には1つのpdfファイルが送られてきた。

 早速、ファイルの内容を確認する。

 まずタイトルページがあり、次のページには例の通帳の写真と美女をはべらせた写真が載っていて、“この写真こそ、僕の手法のすべて”と書かれていた。

「何だと!?」

 大金をつぎ込んだのに、これが“すべて”かと、青年はパソコンの画面を叩きそうになった。だが、寸でのところで堪えて、次のページを表示した。


『最初に僕の写真を見た時、あなたはどう思いました? 胡散臭い男だ、詐欺商材に違いない、そんなことを思われたことでしょう。でも、最後には“こんな奴でも稼げる方法があるなら、自分だって……”と考えたからこそ、購入を決断されたのではないでしょうか?』


 否定できなかった。


『あなたが購入した理由、そこに稼げるノウハウがあったのです。これを買えば自分も儲けられると相手に思わせること、それが“誰でも稼げるノウハウ”なのです。そのために、相手から冷静な判断力を奪ったり、購買欲を刺激する情報を提示したりすることを考えます。冷静な判断力を失っている人の目に留まるよう広告を打ったり、儲け情報を欲しがっている人を狙ったりするのも効果的です。

 単純接触効果という言葉を聴いたことはないでしょうか? 繰り返し接するうちに好意度や印象が高まるというものですが、これはSNSでの接触も同じだと僕は考えています。狙いとしては、何度もコマーシャルを見るうちに、その会社の製品が良い物だと思い込み、無意識のうちに選んでしまうのと同じです。その効果は、購入者であるあなたには、よくおわかりでしょう』


 生唾を飲み込み、次のページを表示する。


『それを踏まえたうえで、具体的には僕と同じことをすればいいのです』


 その言葉の周りには、SNSで嫌というほど見せられた幸せアピール写真が並べられていた。美女と旅行に行き、美味しいものを食べ、高価なものを身につけ、しまいには札束の風呂に浸かっている。絵に描いたような成り上がりぶりが写真として完成されていた。


『成功している自分を演出し、あなたも仲間にならないかと囁きかけるのです。実際には成功していなくても構いません。コイツは“いい思いをしている”と相手に錯覚させればいいのです』


 とんだペテン師だと思いながらも、青年は男の言葉に惹かれていった。


『美女と写真を撮ることは難しくありません。そういう商売の人がいますから、費用さえ払えば何とかなります。リムジンもレンタルできますし、高級ブランド品も借りられます。多額の入金がある通帳の写真は、ネット上に山ほど転がっています。今でこそ自分の通帳の写真を使っていますが、開始当初は誰かの通帳の画像を掲載し、さも自分の通帳だと言わんばかりにアピールしていました』


 青年はメモ用紙とボールペンを取り、リムジンをレンタルと書き記した。


『自分の成功を演出し続けることで、その成功は本物へと変わっていきました。僕のようになりたいと思う人が、次々にお金を振り込むようになったのです。だから、あなたも僕と同じことをすればいいのです。偽りの幸せアピール写真が、本当の幸せに導いてくれます。それが、僕が幸せアピール写真を馬鹿にしない理由です』


 pdfファイルを閉じた青年はブラウザを立ち上げ、検索窓に“リムジン レンタル”と打ち込んだ。検索結果の中から、ここが良さそうだというサイトを選び、内容を確かめてみる。コースにもよるが、ボロアパートの家賃より安かった。

 ふと、こんな安いので大丈夫だろうかと、あの男が乗っていたリムジンを確認するため、青年はSNSを開いてみた。すると、タイムラインの一番上に、さっきまで見ていたリムジンの写真がアップされていた。

「また乗ったのか?」

 だが、あの太った男の姿は何処にもなかった。

 そこに映っているのはリムジンの前で微笑む見慣れたカップルであり、会社で顔を付き合わせているアイツだった。仕事はできないクセに、幸せアピール写真を毎日のように投稿していた同僚が、自分がやろうとしていることを実践していたのだ。

「アイツ……」

 青年は言葉にしづらい不快感に頭を掻きむしった。

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