chapter:6.
戦車を滑走させ、戦場を走り回るオレに、敵う白兵はほとんど残っていなかった。
が、周囲を見回すと、見慣れない白兵が2人いるのを確認した。どちらも線が細く、この戦場の男のような発達した筋肉も見られない。恐らく女性だ。白軍の奥深くの地に新たに発見した二つの駒……ようやく相手にも「適合者」が見つかったようだ。これで、相手にとって不足無し、と言ったところだろう――もっとも、両軍ともに兵を削られている現状で、今更王や女王が出てきても、出来ることはほとんどないのだが。
オレの見る限り、両軍ともに歩兵はほぼ全滅、役職のついた駒も互いに削られ続け、戦争の終結は目前、と言ったところだろうか。
先程のオレの砲撃によって、白軍は戦車を全て失い、機動力に長ける騎士官も一人削られている。しかもその騎士官は治癒能力の持ち主だ。これは白軍にとっては相当な痛手のはず。なお、白軍はオレが潜入する以前から、既に戦車を一機失っている状態だった。
白軍に残る主な戦力は、僧正官で結界を作る異能を持つガートレイ、騎士官のシエルとレオンハルト、それに加えて先程初めて見た王と女王だけだ。歩兵も粗方狩り取った後のため、白軍の全戦力はコレだけだろう。
一方、こちらの黒軍はというと、僧正官のエレン、城将官のオレとリンゲージ、騎士官のツクヨミに女王レインと王。他にも数人歩兵を残してあり、いつでも成り上がれるところまで攻めている状態だ。
本当は、僧正官のオルフェウスと騎士官のリリアという兵もいたのだが、敵兵に討ち取られてしまった。討たれた者達の望みなど知る由もない(黒軍では白軍と違って、仲間内で自己紹介をする際に己の望みを語るなどという慣習は無い)が、彼らの討伐がオレの潜入捜査のきっかけになったのも事実だった。
オレは相手の女王に向かって砲撃を放ってみた。距離からして射程範囲内ではない事は分かっているが、相手を発見したという合図くらいにはなるだろう。
と、思った矢先、黄緑色のロングヘアを風に流すようにして相手の女王がオレの目の前に立ち塞がった。
オレが先ほど放った砲弾はまだ地面に着弾すらしていない。
「私はフレイヤ。白の女王。そしてこれからアナタを倒す者よ、元潜入者さん?」
ブラウンの瞳を輝かせながら、オレにそう問う敵の女王。その手には闇を纏わせたランスが握られている。――どうやら異能力の方はオレとほぼ同じようなモノらしい。
「潜入? 何のことだ?」
「しらばっくれたってムダよ? アナタが『白軍僧正官ブレイド』であり『白軍僧正官ウェイルド』であるという事は、部下たちの報告から容易に推察できますからね」
言いながらランスを突き出してくるフレイヤのそれを、オレは体術とダガーを使い躱していく。一度互いの武器の間合いに入ってしまえば、もう戦車は使い物にならない。
「驚きましたよ……まさか手に入れた異能力を使って、軍全体の兵たちの記憶を全て書き換えてしまうなんてね……全く、馬鹿げた能力だわ」
「ソリャドーモ!!」
「しかも実の妹2人を自ら手に掛けるなんて……どういう神経してるの?」
「オレは昔から手段は選ばない性質でな」
「でもね、この戦に勝つのは……私たちよ!!」
そう言って、フレイヤがランスを深く突き刺そうとした時だった。
彼女の持つランスに纏われていた「闇」が、彼女自身を襲い始めたのだ。
「ちょっ、何よコレ……!? 何なの!?」
オレはすぐそばにエレンが来ているのを確認した。レオンハルトをどうしたのかが気になる所だが、とりあえず今フレイヤのランスの「闇」を操り、彼女を屠ろうとしているのは彼らしい。
フレイヤの断末魔を聞き、エレンの能力が解除されたのを確認すると、オレは声を掛ける。
「邪魔すんなよなァ? 俺だって『闇』を操ることくらい出来るのに、余計な世話焼いてくれて」
「こちらこそ、奴との一騎打ちをこの女史に邪魔されたところだったのでな」
「制裁、ってヤツか?」
「戦場でのルールを破った罰だ。たとえ新参者の女王であろうと、自分は容赦などするつもりはない。微塵もな」
「ま、ソレは同感だわな」
そこに、粗方の敵残兵をレインと共に狩っていたリンゲージが現れる。
「こちらはだいたい倒したぞ。あとは相手の僧正官一体と騎士官二体、それと王で終わりだ。……オレはレインと共に王を挟撃する。お前たちは残りを頼む、とのレイン様からの伝言だ。……確かに伝えたぞ」
言いたいことだけとっとと言うと、リンゲージは戦車を転がして白の王の元へと走り去る。
「……オレ達は残飯処理かよ」
そうぼやくと、エレンは仏頂面を崩さないまま呟いた。
「これでさっきの続きをしに行けるな」
どうやらレオンハルトとの再戦を望んでいるらしく、レインの(オレとしては非常に)惨い言伝てにむしろ喜んでいるようにすら見えた。
早速先程フレイヤに邪魔を入れられた隙に逃げられたと言うレオンハルトの後を追おうとするエレンと、さて僧正官と騎士官のどちらに行こうかと思案していたオレの周囲に、結界が張られた。
……白軍僧正官、ガートレイの異能だ。潜入時代にイヤというほど彼と組まされた甲斐もあり、彼の能力については知りすぎているほどに知っている。
「……コレは……結界を張られたのか?」
オレとエレンを囲うようにドーム状に張られた結界を見て、すぐにエレンが反応を示す。
「あぁ。お相手サンの異能だよ。但し、ソイツぁ結界の外からの攻撃には強力な防御力を発揮するが……内側からの攻撃にはトコトン脆いぜ?」
レオンハルトの元へ行く道を寸断され、若干イラついている様子のエレンにそう教えてやる。元々防御のために張られるこの結界の長所も短所も、オレは然りと知り尽くしていた。――伊達に大食い様を見せつけられてしつこい胸やけを繰り返していたわけではない。
オレの言葉の通りに、闇を纏わせた鎌で結界に斬りかかるエレンだったが、何度やってもヒビすら入らない結界に、だんだんと焦りが見え始める。
「どうなっているのだコレは……!?」
「あー……やってくれたな、アイツ……裏返しさせて結界を張れるなんて、オレも初めて知ったぜ?」
つまり、本当ならば外からの攻撃に備える為の結界を、逆に内側からの攻撃に耐えるために敢えて結界の「表」と「裏」を反転させたのだ。
確かにこれならオレの戦車もエレンの鎌も歯が立たないが、相手にとっても致命的な弱点がある戦法だ。
「おい、アイツの結界って、対象を閉じ込めた後そのまま消滅させることで、中に閉じ込めた敵を消滅させることが出来なかったか……?」
エレンは過去の戦場での出来事を思い返しながら尋ねてくる。実際にめのまえで見ていたことでもあったのだろう、その顔はまさに蒼白だ。
「あー、ソレについては安心していいと思うぜ? 言っただろ、アイツは『逆転させて』結界を張っているって」
「……どういうことだ」
「だからさぁ、例えるとしたらアイツの結界は『掌』みてーなモンなのよ。手の平の方で結界張られりゃ外からの攻撃は甲が防いでくれるし握りつぶすことも出来るだろ? でも今張られてるこの結界は、『平』と『甲』が逆転してるってワケ。だからこっちからの攻撃は通らないけど、アッチは握りつぶすことも出来ないワケ。まさか掌グニャングニャンで表も裏も握れます、なんてヤツァいねーだろ」
「だから、この中で俺達が消滅させられることはない、そういうことか」
どうやらエレンは納得した様子で、ふむ、と頷く。しかし、何かが目に入ったのか、再び頭上の結界に目を向けた。
そこには、鎌を振りかぶりながらも、何十何百という鉄の杭を発生させたレオンハルトがいた。
レオンハルトの鎌は、エレンの鎌の通らなさがウソだったかのように結界にヒビを入れ、鉄杭は容赦なく結界を粉々に割り砕いた。硝子のように鋭い結界の欠片が、オレ達の真上から降り注いだ。それと同時に、結界を突き破った鉄杭も落ちてくる。
初めから計算していたかのような軌道で落ちてくる鉄杭を、オレはヒュゥ、と口笛を吹きながら躱していく。そのくらい、ウェイルドにとっては朝飯前だ。
しかし、エレンにとってはそうでもなかったらしい。降り注ぐ鉄杭の一本に胸を貫かれ、金色に輝いていた髪を血液で赤く染め、紫紺の瞳を見開いたまま既に動かなくなっていた。
「あーあ、ヤられてやんの」
そんなエレンに一瞥をやり、オレは砕けたことで出来た結界の突破口へ戦車を走らせる。
そして滑走しながらの一撃。相手は――騎士官、シエル。なぜ其処にいるのか、オレも白兵にもわからなかったが、とにかくその騎士官はそこにいた。
「……上官に向けて砲撃とは、感心しないな、ブレイド」
オレの砲撃をやすやすと躱し、そう言うシエルは――黒軍の兵装に身を包んでいた。ハンマーを持ち、その頭上には王冠を頂いている。
「……まさか王御自ら敵陣に紛れ込むとは思いもしませんでしたので」
「まぁな。……皆の記憶も大分弄らせてもらったしな」
白軍時代の小柄な鬼上官だった彼は、自軍の王だった。
人物データ
オルフェウスは黒のビショップ。薄桃色の髪に青の瞳。武器はメイス。水を操る事が出来る。無邪気な性格。黒のポーンとは師弟関係。願い事は「消えた友人を捜す」です
リリアは黒のナイト。薄紫の髪に金の瞳。武器は大剣。氷を操る事が出来る。無邪気な性格。白のビショップと親友。願い事は「運命を変える」です。
フレイヤは白のクイーン。黄緑の髪に茶色の瞳。武器はランス。闇を操る事が出来る。素直になれない性格。白のナイトと兄弟関係。願い事は「過去をやり直す」です。
シエルは黒のキング。真紅の髪に紫の瞳。武器はハンマー。記憶を改竄する事が出来る。厳しい性格。白のナイトは実は恋人。願い事は「自分自身の消滅」です。
チェス盤戦争http://shindanmaker.com/286476より