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坂の上のレストラン   作者: 黒宮湊
9/13

坂の上のレストランとオーナーの1日

「ん〜っ。今日は暖かくていい天気だなぁ〜っ」

「まだ寒ぃよ。それより早く朝食作れ」

 僕が二階の部屋から下りて来ると、涼介がリビングで寛いでいた。

「……朝食あさりに来るのやめてくれない?」

「代わりに起こしてやってんだろうが」

 実は先程、気持ち良く寝ていた所を涼介に無理矢理起こされた。

 おかげで見てた夢を忘れちゃったよ…。

「ありがた迷惑だよ〜…」

 と言いつつもエプロンを付け、朝食を作る準備を始める。

「じゃあ俺が来る前に起きとけ」

「もっと寝たいんだって…」

 涼介はレストランで働くようになってから、3日に1回くらい朝食を食べに実家に帰ってくるようになった。

「実家に居座るお前が言うな」

「結婚したら出てくよ。てゆうか家事炊事してるの僕だから」

 以前は実家に帰りづらそうだったけれど、今は昔のように帰ってこれるみたいだ。

「あ、涼介〜、お茶いれといて〜」

「はいよ」

 僕たちもまた昔のように、仲良く出来ている。

「あとお皿〜」

「大きいやつ?」

「薄いやつ〜」

 今日の朝食は目玉焼き。

 その隣にはウインナーも。

 即席の味噌汁も作って、ご飯を茶碗によそい、ようやく席に着いた。

「「いただきます」」

 2人で声を揃えて言うと朝食を食べ始めた。

 双子だからか知らないけれど、僕たちは食べる順番が同じ。

 まずはご飯を一口食べ、その次にウインナーを食べて、またご飯を一口食べる。

 その次に目玉焼きの白身の部分を食べて、そしてまたご飯を一口食べる。

 昔初めてそれに気付いた時は面白いと思った。

 発言だけじゃなくて、行動も同じなんだって。

 今は発言はそれほど似なくなってしまったけれど、行動は似たままなんだ。

「あ、メール」

 珍しく麻理さんからのメールだった。

「誰から?」

「麻理さん」

「ふーん。何て?」

「今日は仕事があるからバイトに行けないって」

「へー。……仕事?」

 あ、そういえば涼介は知らなかったんだった。

「麻理さんの本職は写真家なんだよ」

「あ、だからあんなに写真撮ってたのか」

 納得したような顔をした涼介は何か少し嬉しそうだった。

「麻理さんのおかげで、マサキくんやハヤトくんがレストランに来てくれたんだ」

「成る程な〜」

「………」

 何でだろ?

 麻理さんの話題になると、いつも涼介は少し笑顔が増える。

「ん? どうした?」

「いや、何でもないよ」

 涼介は雰囲気が固いから、いつも笑った方がいいよ。

 って言うと怒るだろうから言わないでおこう。

「あっ! おい! もう時間ねぇぞ!」

「あ、本当だ」

「ちんたら食うな! ほら!」

「あっ! ちょっと! 大事に残してたのに!」

 大事に残していた黄身を食べられた。

 まだ家を出るまで20分もあるのにー…。

「ほらほら! 皿は俺が片付けとくからお前は身支度してこい! 寝癖ひどいぞ!」

「はーい」

 涼介も寝癖ついてるけど、あえて言わないでおこう。

 黄身を食べた仕返しだっ。

 食べ物の恨みは恐いんだよ〜。


「お前いつまで歯磨いてるんだ」

「へ? ふぁらさんふん…」

「家出るまであと5分なんだよ! 寝癖直すのに何分かかってんだよ! もっと急げ馬鹿!」

「いっひゃっ!? ひゃふるひゃばひゃっ!」

 涼介が背中を叩いてきた。

 5分あったら大丈夫だってー…。

「あーもうっ! 寝癖もちゃんと直ってねーし!」

「なおひひゃー!」

「直ってねーよ後ろが!」

 それは気付かなかった。

 涼介ありがとー。

「ふー…。スッキリ!」

 よし、歯も磨いたし、あとは、

「涼介」

「ん? 何だ?」

「寝癖、ついてるよ」

「えっ!? おまっ…! もっと早く言えよ!!」

「黄身食べた仕返し〜っ」

「あ〜! もう出発時間じゃねぇかよ! お前待ってろよ!」

「勿論〜」

 涼介が寝癖を直している間、二階の部屋に鞄を取りに行く。

 そしてリビングに戻ってきた頃には涼介も準備出来ていた。

「よしっ! 早く行くぞ!」

「うん」

 そして、家を後にした。


「うぃー…寒い…」

「お前暖かいとか言ってなかったか?」

「さすがに外は寒いよ…」

 まだ雪が残っている道は、冷たさが靴を通り越して来るため足先が凍りそう。

「早く行って暖房つけて暖まろうよ…」

「あっ走ったら…!」

 という涼介の声が聞こえた瞬間、

「「あ」」

 思いっきりすっ転んだ。

「ほら言わんこっちゃない!」

「母さんかっ。あ、ありがと」

 涼介が手を貸してくれた。

「お前ドジなんだか…うぉ!?」

 が、引っ張り過ぎて涼介も滑って転んでしまった。

「あっごめっ…!」

「お前ふざけんなよっ…!」

 道の真ん中で27にもなる男2人が転ぶとは…。

「あーあー…。ズボン濡れたじゃねぇか馬鹿…。あっ鞄も濡れたじゃねぇかよ…」

「うわ〜…」

「うわ〜じゃねぇよ! 全く…。ドジも大概にしろよ…。仮にもお前が兄貴だろうが」

「よいしょ…。ありがとう」

 僕が兄なのは産まれた順番が早かっただけなんだけど…。

 涼介のがお兄さんっぽいのに。

「ほら、早く行って乾かすぞ」

「僕そんな濡れてない」

「何でだ!?」

「涼介の所だけ溶けかかってたみたいだね」

「マジかよ…。何だよ…今日は厄日か…?」

「災難だったねー」

「元はと言えばお前が…!」

「きゃーっ!」

 そんな風に年甲斐もなくはしゃぎながら僕達はレストランに向かった。


「おはようございまーす」

「おはよう」

「あ、おはようございまっス!」

「おはようございます」

 僕達が厨房に入ると、すでにマサキくんとハヤトくんが来ていた。

「少し遅れたか…。全く。お前がしっかりしないからだぞ」

「ごめんごめんっ」

「本当に分かってんのかよ…」

 分かってるよ。

 頼りない兄でごめんね。

「ほら、早く着替えに行くぞ」

「うん」

 マサキくん達にバレたくなかったのか、ズボンの濡れた部分を鞄で隠しながら更衣室に向かう涼介。

 こんな時も隙がない。

 僕も見習わないとなぁ。

 そんな事を考えつつ、涼介と着替えに行った。


「よーっし。じゃあ仕込み始めましょうか」

「はい」

「はいっス!」

 今日は麻理さんがいないからか、何だか聞こえてくる声が低い。

「………なんか、むさ苦しいね」

「当たり前だろ。野郎しかいねぇんだから」

「マサキ、頑張って高い声を出しなさい」

「俺っスか!? 無理っスよ!」

 なんか麻理さんがいないとテンション上がんないな。

 僕たちだけだと全く花が無いし。

 紅一点がいなくなるだけでこうも違うものか…。

「あ、そうだ。今日は麻理さんいないし、いつもはしないような話しようぜ」

「いつもはしないような話?」

「恋話だよ、恋話」

「恋話っスか!?」

 涼介、いきなりすごい話持ってきたねー。

「僕は恋話なんて持ってないんだけど…」

「お前さ、麻理さんの事どう思ってんの?」

「ん?」

 麻理さんの事?

 ん〜…。

「………恩人」

「は?」

「麻理さんは、レストランを救ってくれた恩人だよ」

「あのさ、今してるの恋話なんだけど…」

「だから、麻理さんは僕なんかには勿体ないよ。そんなこと思ってたら罰が当たる」

「………馬鹿が…」

「え?」

「何でもねぇよ」

「麻理さん良い人っス!」

「マサキ、ややこしいから入らないで下さい」

「えっ!?」

 麻理さんね…。

 本当…、僕なんかには勿体ない人だよ…。

 あんなに素敵な人だもの。

 僕にとって麻理さんは、仏みたいな人だし。

「涼介は?」

「ん?」

「涼介はどうなの?」

「何が?」

「だから、麻理さんの事」

「はぁっ!? 急に何言いだすんだよ!? 本当に馬鹿か!?」

 あれ?

 怒るんだ。

「俺は何とも思ってねぇよ!」

「そうなんだ」

 涼介は色恋沙汰に興味あるのか無いのか分かんないなぁ。

「んじゃまぁ、仕込み始めるか」

「あれ? もういいの?」

「いーんだよ」

 変な涼介。

 でも、レストランが賑やかになってから、麻理さんがいない事なんて初めてだから、なんか、変な感じ。


「さーてと…」

「仕込み、終わりましたね」

「後は開店を待つだけっスね」

 朝は仕込み以外は特にする事がない。

 掃除は帰りにしてるから綺麗だと思う。

「今日はお客様が来てくれるかなぁ〜」

「願うだけじゃなくて実力もあげておかないとな」

「この前のドリアの作り方ちゃんと覚えてる?」

「ま、まぁまぁ…」

「ちゃんと覚えてよ〜。もしお客様がたくさん来たら、僕だけじゃ厨房回せないよ?」

「ちゃんと練習しとくよ」

 "もし"、だけどね。

 そんなにお客さんが来る訳がないんだよ。

 何年こうやって、誰も来ないレストランで待ち続けてきたか…。


 だから、麻理さんが来たときは本当に驚いた。


 突然足音が聞こえだして扉に目を向けたら、普通のレストランと同じように、麻理さんはこの店へと入ってきた。

 その時はもう本当に嬉しくて嬉しくてたまらなかったんだけど、お客様の前で取り乱したらダメだと思ったから、ちゃんとオーナーとして振る舞った。

 でも水を出すのを忘れてしまったのは痛恨のミスだったな…。

 あまり嬉しかったから、普通に同じテーブルに座って普通に麻理さんを見ていた。

 幻なんじゃないかと思うくらい麻理さんは理想のお客様だった。

 写真を撮っていいかと聞かれた時も、あまりに上手く行き過ぎではないかと一瞬戸惑ってしまった。

 でも、"いいですよ"、と返すと麻理さんはとても嬉しそうに笑ってくれた。

 この人が来てくれて本当に良かった…って思った。

 麻理さんの前に来たのは…、お客ではなかったから…。

「おい、隆介」

「………」

「隆介ー?」

「えっ!? あ、はいっ!?」

「なーに暗い顔してんだよ」

「あ、いや、何でもないよ」

「本当かよ」

「本当本当」

 皆に迷惑はかけたくない。

 この町を残すためにも、皆を守るためにも、この坂の上のレストランはお客様に来てもらわなければならない。

 麻理さんに任せていてはいけないのに、僕には何の力もない。

 顔も広くないし、ネットに載せたりするやり方も分からない。

 涼介やマサキくんやハヤトくんは知り合いに広めてくれているらしい。

 僕は役に立てているのだろうか、とたまに思う。

 僕なんかがオーナーでいいのだろうかとも思う。

 こんな頼りない、意気地なしのオーナーでいいのかって…。

 やってる事って、野菜育てたりしてるくらいだよ…。

 でも、お客様が来たときに満足して頂ける料理が作れるように、新メニューを作り続けている。

 昨日は麻理さんに見つかっちゃった上に、寝ぼけてたから弱音を吐いてしまうという情けない姿を見せてしまった…。

 今度からは気を付けよう…。

「よーっし! 今日も頑張って待ちましょう!」

「おぉぉ…っ。何だよ。急にやる気出すなよ。ビックリする…」

「麻理さんが居なくてもしっかりしないとねっ!」

「それ当たり前だから!」

 今日はいつも頼りになる麻理さんがいない。

 だからこそ僕がしっかりしてないとねっ。

 そう思っていた僕だったけれど、麻理さんは僕よりもレストランのために動いてくれていた。

 麻理さんが来てくれたから、この坂の上のレストランは始まった。

 そして、この坂の上のレストランが、少しずつ少しずつ進歩していたことに、僕はまだ気付いていなかった。

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