坂の上のレストランと5人の店員
隆介さんに双子の弟がいるという衝撃的な事実を知ったと共に、その双子の弟、涼介さんが新たに店員としてレストランで働くことになった。
店員も増えてきたし、何か順調な気がするし、これからますます楽しくなりそうだなっ。
「おはようございま──…」
あれ?
鍵…開いてる…?
「あ、おはよ」
……………あれ!?
いつも一番に来る私より前に誰かがいる!?
しかもその人物が…!
「りゅりゅりゅ隆介さ…!?」
「涼介だ」
ですよね───!!
「お…お早いですね…」
「鍵、貰ってたから。それに、出勤時間の前に来るのが当たり前だろうが」
それ…そっくりそのまま隆介さんに言ってあげて下さいよ…。
「おはようございます」
「はよーっス!」
「あ、おはようございます」
裏口からハヤトさんとマサキさんが入って来た。
「あれ!? 隆介さん!?」
「今日は早いっスね!?」
あ、やっぱり2人も隆介さんが来るのが遅いって思ってたんだ。
「あ、今日から一緒に働く涼介です。よろしくお願いします」
「「……はい?」」
そりゃまぁ…、訳分かんないよね…。
「こちら、隆介さんの双子の弟の涼介さんです」
「「はい!?」」
「今日は間に合ったー!!」
2人が驚いたと同時に隆介さんが駆け込んで来た。
「ギリギリですよ」
「うわわわわっ!? 本当に双子だったんスか!?」
「そっくりですね…」
「あ、涼介! 早いね!」
「"早いね"じゃねぇよ。お前もっと早く来いよ」
「ん? 何で?」
「何でって…、お前がこの店のオーナーだろが」
「そうだけど?」
「………」
双子なのに何か話が噛み合ってない!
しかも涼介さん怒ってる!
今の会話で明らかに機嫌悪くなったよ!
隆介さん気付いて!
オーナーだから早く来てほしいんだよ!
「ああああのっ! 早く準備しないと! ほらっ! 早く制服に着替えましょうっ!」
「そうっスね!」
「早く準備しましょう」
「じゃあ皆さん、着替えましょうか」
「………」
うわぁ…。
涼介さん無言だよ…。
絶対機嫌悪いよ…。
しかも全然動かな───…
「あれ? 涼介着替えないの?」
「制服まだ貰ってねぇんだよ!」
あっ、それでか!
てゆうか隆介さんまだ制服渡してなかったの!?
裏口の鍵は渡したのに!?
「あ、そうだったけ? ごめん、持ってくるの忘れた…」
「はぁ!?」
「でも大丈夫! 僕のスペアがあるから!」
「サイズ合うのかよ」
「双子なんだから合うでしょ」
「まぁ合うか」
それで納得するんだ!
俺様だと思ってたけど意外と素直なんだ涼介さん!
そんな涼介さんの意外性に驚きつつ、制服に着替えるために男性陣は更衣室に、私は2階へと向かった。
「よーっし! 仕込みするっス!」
「あまり張り切らないでくださいよ。ただでさえ危なっかしいんですから」
制服に着替えたマサキさんとハヤトさんが喋っている隣で、隆介さんが涼介さんに仕込みのやり方を教えていた。
「この玉ねぎをこうやって」
「うわっ目痛ぇ!」
微笑ましい光景だなぁ…。
……あ、そういえば…、
「隆介さんと涼介さんって、どうやって見分けたらいいんですか? 制服だと違いが無くて…」
「あー…、ねぇよな…」
「一卵性双生児だからね」
2人は顔をじっくり見たら雰囲気で分かるけど、瞬時に見分けるのはかなり難しいくらいそっくり。
話し方は全然違うのにね。
「あ、じゃあ俺がネクタイでもつけるか」
「あ、それ格好良い! 僕もつけたい!」
「何でだ。お前もつけたらまた見分けがつかなくなるだろ」
「じゃあオーナーだけがつけたらどうですか?」
「…いや…俺もつけたい…」
何なのこの双子!
妙なとこ頑固!
んで2人とも子どもかっ!
「じゃ、じゃあどちらかだけが髪留めをつけるとか、前髪を分けるとか…」
「ハイハイッ! 俺にいい考えがあるっス!」
突然マサキさんが手をあげてぴょんぴょん飛び跳ねながら乱入してきた。
「何ですか?」
「隆介さんがタイ、涼介さんがネクタイにするんっス!」
「それならどちらも格好良いですし、分かりやすいですね。マサキにしてはいい考えです」
「失礼っスね!」
本当に、マサキさんにしてはいい考えっ!
「タイ絶対似合いますよ!」
「"タイ"ってあの交差してるやつですよねっ! いいですねっ! じゃあ早速、今日の仕事終わりに買ってきますっ!」
「ついでに俺のネクタイもな」
「一緒に買いに行こうよ」
「何でだ」
これで明日からは絶対間違えなくなるんだっ。
しかもタイとか絶対似合って格好良い!
涼介さんもネクタイ絶対似合って格好良いと思う!
「でも、本当に双子って似てるんですね」
「当たり前だろ」
「あ、いえ、見た目じゃなくて中身です」
だって2人とも子どもみたいに頑固だったし…。
「似てないですよ」
「似てますよ」
「似てない」
本人たち全否定!
見た目が似てる事は認めたのに!
「こいつと似てねぇからこの町がこんな事になってんだろ」
「!」
あっ…、また私…デリカシーの無い事を…。
「す…すみま…」
「僕は涼介と働けて嬉しいよ」
また隆介さんがフォローしてくれた。
本当に…何かとよく気付いてくれる人だ…。
「…俺は仕方なく手伝ってやってんだ」
「それでも嬉しいよ」
「お前は何なんだよ。何がしてぇんだよ」
一瞬変な空気になりかけたのに隆介さんが話を変えたらまた明るくなった。
それをさり気なくやっちゃうから格好良いんだよねっ。
「さぁっ! 仕込みを早く終わらせちゃいましょう!」
「はいっ!」
「……来ねぇなぁ…」
「そうですね…」
開店してからもう2時間も経っている…。
このレストランにとってお客さんは、来ない事が当然…。
私達がここに来たのは本当に偶然で、隆介さんからすれば奇跡に近かっただろう…。
「……あ、そうだ。お客が来るまで少し昔話してやるよ」
えっ…!
昔話…!?
って事は小さい頃の隆介さんの話が聞けるの…!?
そんな期待を膨らませる私に涼介さんがニヤニヤとして小声で言った。
「………昔の隆介の話、聞きたいだろ?」
「…!」
た、確かにちょっと思ったけど…!
涼介さんも違う所で何かとよく気付く人だな…!
「昔話? 何か話すようなことあったっけ?」
「小さい頃の2人ってどんな感じだったんスかっ?」
「今と変わらないですよ」
「嘘つけ。お前全然違っただろうが」
今と全然違う隆介さん…!?
すっごく気になる…!
「ああ〜、それ見た目でしょ?」
見た目!?
見た目が違ったの!?
「中身もだろ」
いやそれ結局全部違うじゃん!
「昔はどんな感じだったんですか?」
話が前に進まなさそうだったためハヤトさんが尋ねた。
「昔は外で遊ぶのが大好きな子どもでしたので今より髪も短くて、まだパーマもかけていなかったので今とは全然違いますね」
「隆介が何かを発見するたび、よく無理矢理連れ出されたよ」
昔は結構やんちゃだったんだ!
今はかなり落ち着いてるのに!
ってゆうかそれ天パじゃなかったんだ!!
「隆介さんって天然パーマじゃなかったんですね」
あ、ハヤトさんも同じこと思ってた!
「元々少しだけ天パだったんですが、もう少しだけパーマをかけたんです」
「因みに俺も」
それ変わるの!?
確かにストレートな隆介さんは想像出来ないけど!
天パ+パーマだったの!?
一番最初に思った疑問の答えがそれなの!?
「昔から似てたんスか?」
「そうですね。全く見分けてもらえなくて、いつも間違えられていました」
「違いがねぇからな。しかも親がお揃いの服を着せるもんだから余計にな」
「中学と高校は制服だしね」
学校も同じだったんだ。
こんな美麗な双子が学校にいたら噂になるだろうなぁ…。
絶対モテ…
「やっぱモテたんスか?」
マサキさーん!!
今回はナイスタイミングー!!
「隆介はモテてたな」
「涼介はモテてましたね」
2人が同時に互いを指差して答えた。
それは多分、どっちもモテてたんだろうね。
「じゃあ彼女とかいたっスか?」
か、彼女!?
順序的にも心の準備的にもその質問はまだ早いよマサキさん!!
「こーら。女性の前なんですからそういう話に持っていかないで下さい」
「あっ、すみませんっス…」
隆介さんが優しく注意した。
鈍感なんだか鋭いんだか…。
「まったく、マサキはデリカシーないですね」
貴様が言うなぁぁ!!
このレストランに初めて来た時に隆介さんに言い掛けた言葉を思い出してみなさいよぉぉ!!
「……話し終わったけど、お客さん来ねぇな」
「そうですね…」
一通り話し終わった私達は入り口の扉を見つめる。
当然…と言っていいほどお客さんが来る気配は全く無い。
お客さんが来る確率のが低いから当たり前なんだけどね…。
「………」
隆介さん…。
やっぱり悲しいよね…。
店員が増えて、休憩時間にこうやって雑談が出来るようになったけれど、肝心のお客さんは全く来てくれない…。
「隆介さ…」
「ハックションッ!!」
ええぇぇぇぇ何でくしゃみ──!?
「ん? 風邪か?」
「いや、ずっとムズムズしてて、やっと出た」
私のしんみり返してよ!
てっきり思いつめてるのかと思ったじゃんか!
「もう来ないと思いますし、閉めちゃいましょうか」
そう言って隆介さんが立ち上がろうとした。
「ダメっス! まだ待つっス!」
でもそれをマサキさんが止めた。
「でも…」
「閉めちゃったら来た人も入らないっスよ!」
確かに、マサキさんの言っている事は正論だ。
せっかく来たのに閉まっていたら帰ってしまうのが普通。
早くから閉めてしまうのは諦めてしまったも同然だよ…。
「まだ待ちましょう」
「マサキの言う通りですよ」
「俺も同感」
隆介さん以外は閉めることに反対した。
皆、まだ諦めたくないから。
「……そうですね。まだ待ちましょうか」
今の隆介さんが思っている事は分かる。
今までがずっとそうだったから。
でも、諦めたらダメだ。
「あの、隆介さん」
「はい?」
「写真、皆で撮りませんか?」
「写真?」
「ブログに載せたいんです。お客さんに来てもらいたいので、このレストランを知ってもらうために皆の写真を載せようと思ったんですが…」
さすがに我が儘かな…?
「それは──…」
「い、嫌なら店内だけでも…!」
「良いアイディアですね!」
へっ…?
い…良い…って言った…!?
「店員の顔も分かれば来やすくなるかもしれませんね」
ハヤトさんも賛成のようだ。
「じゃあ早速撮るっス!」
マサキさんが立ち上がり、ハヤトさんの腕を引っ張る。
「集合写真くらいではしゃがないで下さいよ」
「だってなんか嬉しいじゃないっスか!」
「子どもかっ」
あ、涼介さん。
てゆうかナイスツッコミ!
「隆介、早く来いよ」
「うんっ」
隆介さんも立ち上がり、扉へと向かう皆のもとへ駆け寄って行った。
「じゃあこの角度から撮りましょう」
撮影場所は外で、背景にレストランが入るようにした。
「皆さんもう少し右…! あっ! 行き過ぎです…!」
普段は集合写真なんて撮らないからバランスが難しい…。
私が加わるから皆は左に寄せて…後から私が右に入って…レストランがよく見えるように…
「堅っ苦しい。もっと自然な感じで撮っちまえよ」
涼介さんが呆れた顔で見てくる。
「でも大事な宣伝写真ですし…」
「だからこそ、楽に撮りましょうよ」
隆介さんは早く撮りたいのか、マサキさんと2人でソワソワしている。
やっぱりこの2人は気が合うみたいだ。
「楽…に…?」
楽に…ってどうやったらいいんだろ…?
肩の力を抜くとか…?
なんか違う気が───…、と私が考えていたその時、
「あっちょっ…!」
「ほら走って! 早く早く!」
駆け寄って来た隆介さんがセルフタイマーにしてあるカメラのシャッターを押し、ピッピッとカウントダウンが始まる中、私の腕を引いて駆け出した。
「麻理さん、ありがとうございます」
「え?」
走っている最中、隆介が落ち着いたトーンで皆に聞こえない程度の声で話始めた。
「あなたが来てからまだ一週間も経っていないのに、このレストランはこんなにも賑やかになりました。本当に、ありがとうございます」
そう言う隆介さんの顔はとても嬉しそうだった。
「2人とも急げー!」
いつもの子どものような無邪気な笑顔ではなく、
「もうシャッター下りちゃうっスよ!」
"坂の上のレストラン"のオーナーとしての顔だった。
やっぱり、レストランが関わっている時の隆介さんは頼もしくって格好良いなっ。
私と隆介さんが定位置に駆け込んで振り向いた瞬間にシャッターが下りた。
後で見たその写真に写っていたのは、何とも明るくて楽しそうな、坂の上のレストランの5人の店員の姿だった。