坂の上のレストランと若者の謎
レストランの店員が増え、徐々に活性化が近づいている気がしてきたものの、まだお客というお客は来ず、さすがの隆介さんも少し落ち込んでいるよう…。
でもその次の日、町を歩いていると、私はとんでもない光景を目にしてしまった。
──隆介さんが2人!?
「どう…いう事…!?」
なんと、町の人達と隆介さんと思われる人が口論していたのだ。
しかも、それを止めに来た人も隆介さんと思われる人だった。
どちらも隆介さんらしいふわふわさが無く、確信をもてない…。
でも、2人の会話をよく聞いていると…、
「お、隆介」
「"お"、じゃない! 涼介! お前何してんだよ!」
「何って、口論?」
え…?
"涼介"?
隆介と涼介…。
一文字違い…。
…………てこと…は……
「……双…子……?」
……………えっ嘘ぉぉ!?
でもあの似具合は双子だよね!?
双子…双子ぉぉ!?
「何で涼介はそうやってケンカっ早いんだよ!」
「別にいいだろ」
てゆうか隆介さんああやって怒れるんだ!
意外!
「こちとら法事でわざわざ帰ってきてやったんだよ」
「スッと帰ってきてよ! 全く! 何で厄介事を起こすんだよ!」
「何だよ。同じ顔で怒んな」
「怒らしてるのはどっちだよ!」
2人が口論しているところを、私は建物に隠れながら見ていた。
……敬語使ってない所ってあんまり見たことないなぁ。
あんなにふわふわしていた隆介さんが凄い剣幕…。
「てゆうか、じいさんの三回忌とか俺いなくてもいいじゃん」
「僕が出るんだからお前も出るべきだ」
「隆介も出なきゃいいじゃん」
「そんなわけにいかないでしょ」
2人とも黒い礼服を着ている。
話を聞いていると、どうやら今日は祖父の三回忌だったようだ…。
そりゃサボっててしかもケンカしてたらさすがの隆介さんも怒るよ涼介さん…。
…………あれ…?
もしかして悲しげな雰囲気を出していたのは三回忌だったから…?
うーん…。
隆介さんのことだから有り得るんだよね…。
「いいから戻るよ」
「嫌だ」
「ワガママ言わないでよ」
「お前、こういう時ばっか気が強いよな」
「こういう時はきっちりしてたいの。ほら行くよ。皆さん、涼介が迷惑かけてすみませんでした」
「……しかたねぇな」
涼介さんは隆介さんの説得で何とか連れ戻されていった。
隆介さん宅は私がいた方向とは逆の方向にあるようだ。
「…………双子だったんだ…」
意外な事実が発覚し、私は暫し呆然としていた。
それにしても、何とも真逆な双子だった。
天然自由人で、きちんとする所ではきちんとする隆介さんと、多分面倒な事はしないテキトーな涼介さん。
顔は同じなのに…。
今日ばかりは服装も同じだったんだろうし…。
「……何で隆介さんはこの町にいるのに涼介さんは他へ…?」
双子だからと同じにするのは失礼だと思うけど…。
涼介さんは町の人に全然迎え入れてもらってなかったし…。
隆介さんも近いものはあるけど、そこまで拒否されてるわけでもないみたいだし…。
「あんたさん」
「ひゃわぁっ!?」
さっき涼介さんとケンカしていた町の人が突然話し掛けてきた。
「確か、あの坂の上で青山のせがれの片割れとレストランしてる人だよな?」
「あ、は、はい…」
何だか周りくどい言い方…。
てゆうか"せがれ"とか、今の時代でも言うんだ…。
それに…、"片割れ"って言う事は…やっぱり双子なんだよね…。
「一応忠告しておくが、あの一族にはあんまり近付かない方がいいぞ」
「え…?」
何言ってるのこの人…?
「あの一族に関わって良いことがあった試しがない」
ちょっと…。
やめてよ…。
「特にあのせがれ共にはな」
隆介さん達を悪く言わないで…!
「あのっ…!!」
「この人に何か用でしたか?」
「!」
りゅっ隆介さん…!?
何でここに…!?
向こうに行ったんじゃ…!?
「青山…!」
「彼女に何か用でした? 僕が代わりに聞きますよ」
隆介さんを目にすると、その町の人は言葉を詰まらして怯んだ。
「どうぞ。仰って下さい」
黒い礼服だからなのか、今の隆介さんにはいつもの子どもらしさがない。
だから、そのいつもの冷静な敬語がとても怖い。
「っ…」
その気迫に負けたのか、隆介さんだったからなのか、その町の人は去って行った。
「麻理さん、大丈夫でしたか?」
隆介さんが心配そうに尋ねてくれた。
いつもの隆介さんだ…。
「…はい…」
「そいつ誰だよ?」
「あ、涼介」
あ、そうか!
さっきの今だから涼介さんも一緒だったんだ!
「ってか、急に走り出すなよ」
「ごめんごめん」
うわわわわどうしよ!?
この鉢合わせは微妙に気まずい!
「で? そいつは?」
「麻理さんだよ。僕と一緒にレストランで働いてくれてるんだ」
わあぁぁぁ!?
敬語を使ってない隆介さんが近いよぉぉ!?
「へぇ〜。あれじゃねぇの? お前目当てとか?」
りょ、涼介さんなんて事を言っ…!
「こらっ! 麻理さんに失礼でしょうが!」
隆介さんが鈍感で良かった!
「アンタ、隆介が好みなら俺も好みっしょ?」
「は…!?」
「こら涼介!」
何この人!?
想像以上の俺様なんだけど!?
「………何だよ?」
でも俺様な隆介さんもイイ!!
涼介さんだけど!!
「そういえば麻理さん。こんなところで何をしてたんですか?」
「えっ!」
口論を覗き見してたなんて言えるわけないし…!
「ま、町をブラブラしてました」
少し戸惑った後、あながち間違っていないことを答えた。
「おっ! こんな町を出歩くとは珍しい人だな!」
「こんな町とか言うな!」
涼介さんはこの町の事をそんなに気に掛けてないんだ…。
「すみません麻理さん…。こんな弟連れていて…」
「お前こそこんな弟とか言うな」
「い、いえ…! あの…よ、よろしく…です…涼介さん…」
「ん? 何で俺の名前…」
あ!!
しまった!!
まだ涼介さん名乗ってなかったんだった!!
「僕が話した事あるんだ。だから知ってるんだよ」
「あ、成る程。そゆことね」
え…?
涼介さんの事を話された事なんてなかっ…
そう思った時、隆介さんが、涼介さんに見えないように私に微笑みかけてくれた。
きっとフォローしてくれたんだろう。
──ケンカ見てたのバレてる…?
フォローしたってことは…多分バレてるよね…。
「あっ、そうだ。俺がこの町を案内してやるよ」
「え!?」
「あ、ちょっ…! 涼介!」
──えぇぇ!?
涼介さんが私の手を引いて走りだした。
隆介さんも追い掛けて来ていたが、くねくねと曲がりくねって入り組んだ路地裏を走り回っていた途中で撒かれてしまった。
そんなこんなで私は、涼介さんにある場所に連れていかれた。
私と涼介さんが着いた場所は、小さな古い木造の家の前。
「ここは昔、俺と隆介が秘密基地にしてた場所だ」
へぇ…。
今じゃあんなに仲悪いのに、昔は仲が良かったんだ…。
「……俺があんな事しちゃったから、町の人たちも、隆介も、俺を拒むようになった」
「あんな事…?」
私が問いかけると、涼介さんは少し悲しいような、寂しそうな顔をした。
そして少しだけ間を置いて、涼介さんは口を開いた。
「俺、この町にいた若い連中を連れて県外で働いてたんだ」
「!」
もともとこの町に若者は少なかったはず…。
それが隣町との合併の原因になっていたのに…。
「今じゃ皆が自由に働いてるよ。県外でな」
「…何で…そんな事…」
そう問うと、涼介さんの顔に悔しさのようなものが混じった。
「……俺はこの町が嫌いだったからだ。小さいし、何も無いし、不便で仕方がない。そんな町が嫌いだった」
「…涼介さん…」
「…でも、あいつは違った」
「隆介さん…?」
「ああ。あいつは俺と同じ血肉でできてるはずなのに、俺とは考え方が全く違った」
「…隆介さん…、この町が大好きですもんね…」
「何もねぇのにな」
「……」
確かに、この町に観光出来るような場所はない。
でも、それ以外の良い所を隆介さんはたくさん知っている。
「俺はあいつに負けたくなかったんだ。だから若者達を連れて町を出て、この町に新しいものを取り入れようとした。……でも、ダメだった。皆、新しいものに心を奪われ、この町に戻りたいなんて思わなくなっちまったんだよ…」
「!」
涼介さん…、ちゃんと町の事…考えて……?
「こんな事になるはずじゃなかったのに…、この町に何かしてあげたかっただけなのに…、俺は…大事な所を間違えてしまった…」
2人の違いがわかった…。
涼介さんは不器用なんだ…。
隆介さんは思っている事を直球でぶつけることが出来るけれど、涼介さんは直球には言えない…。
変化球でぶつけてしまうから…相手が受け取ってくれるかは運次第なんだ…。
その変化球が…受け取ってもらえなかった…。
「町の人達には迎え入れてもらえないし…、家族とも疎遠になってる…。俺が帰れる場所なんて…どこにもない…」
「………じゃあ…、隆介さんと私と一緒に…あのレストランで働きませんか…?」
「は…?」
私は自然と口が動いていた。
「何言ってんの…?」
「まだ、この町のために何かしてあげたい気持ちが少しでも残っているのなら…、この町のために…あのレストランで働いてあげて下さい…」
「……あいつが嫌がるさ」
「隆介さんならきっと喜んでくれます。誰よりもこの町の事を想っている人ですから、本当の事も、知ったらきっと喜んでくれますよ」
「……お前…」
「私もこの町のために何かしてあげたいんです」
「……………………考えとく」
そう一言呟くと涼介さんはその場を離れて歩き始めた。
私もすぐに追いかけ、少し早足で歩く涼介さんの後ろについていった。
「あ、涼介! 麻理さん!」
少し大きな道路に出ると、道路を挟んだ反対側の歩道に隆介さんがいた。
「どこ行ってたんだよ!」
そう怒りながら隆介さんはガードレールを乗り越えてこちらに走ってきた。
「町を案内してた」
「何で僕を置いてくんだよ! 心配するだろ!」
心配してくれてたんだ…。
汗だくだし…礼服も乱れてる…。
町中探し回ってくれてたの…?
「隆介さん…すみません…」
「あ、いえっ…! 麻理さんが謝る事ではっ…!」
「隆介」
涼介さんが隆介さんをさっきとは少し違う風に呼んだ。
「え? 何?」
「………俺、お前のレストランを…手伝って…やってもいいよ…」
「!」
涼介さん…!
私が話してからこの数分間で決断してくれたんだ…!
何か上から目線だけど…!
「本当…!?」
「俺が嘘言うかよ」
「いや、言うでしょ」
「…とにかく、手伝うから」
「ありがとう、涼介」
照れているのかそっぽを向く涼介さんに、私達には向けないような笑顔を向ける隆介さん。
どんどん町が成長していくようで私も、多分隆介さんも、心から喜んでいた。
レストランに新しく涼介さんが入り、町の活性化に向けて徐々に徐々に進んでいる気がし、この町に来てまだ3日目だというのに、私はさらにこの町が好きになった。
"坂の上のレストラン"のある、この町が、ね。