坂の上のレストランとアドバイザー
今日は本業である写真家の仕事があったため、レストランのバイトはお休みにしてもらった。
久しぶりの写真家としての仕事に嬉しく思っていた。
最近は写真家であることを忘れちゃいそうなくらい、ずっとレストランに通ってたからなぁ~…。
「よし、着いた」
私は、"ラバースフロー"という写真家の会社に所属している。
普段は個人がそれぞれ自由な仕事をしていて、たまに活動を報告するミーティングを行っている。
でも、まさかあんな展開になるなんてねっ。
「おはよ、麻理ちゃん。最近良い写真撮れてる?」
私がミーティング室に入ると、私の先輩にあたる川野さんが話し掛けてきた。
お喋りが好きな陽気な人だ。
結構な自信家でたまに言葉当たりが強いけど、言ってる事はいつも当たってる。
でも実はこの人、ただの先輩ではなく、この会社の創設者でもある最高責任者。
つまり社長さんだ。
「おはようございます。最近は…そうですね…ぼちぼちです」
「確か色んなレストランで料理や店内を撮ってたんだよね」
「はい」
「でも最近はあれだよね。全部同じレストランでしょ?」
「えっ、あ、はい…」
川野さん、私のブログを見てくれてるんだ。
そりゃ社長なんだから当たり前か。
でもそう考えるとなんか恥ずかしい気がっ…。
「その店、お気に入りなの?」
「あ、はい。それもそうなんですが、実は私、そこでバイトしているんです」
「あ、成る程ね」
私は坂の上のレストランでバイトをすると共に、宣伝も兼ねて色々と写真を撮ってはブログに載せている。
ありがたいことに、ハヤトさん曰く私の写真のファンは多いらしいしっ。
「写真だけじゃ食ってけないもんね〜」
「あ、いや、はい、まぁ、そうですね」
それはあまり考えた事なかった。
でも、よくよく考えたらバイトをして正解だったかも…。
収入なんてほとんど無かったし…。
「でもあれだよね? 店員みんな男性でしょ? 居づらくないの?」
うっ…。
痛いとこ突かれた…。
「皆さん優しいので…」
「へぇー。そうなんだ」
確かに居づらいか居づらくないかと考えたら、少し居づらい…。
皆に気を遣わせてる気がするし、何より役に立っているのか…。
「ねぇ」
「あ、はい」
そんな"役に立ってるのか"と思い詰めていた私だったけれど、川野さんの発言で私は少し救われた。
「そのレストラン。紹介してくれない?」
「………はい?」
「連れてって、って言ってるんだけど」
「えっ…えぇぇ!?」
「ダメなの?」
「いえそんな…!! 全っ然大丈夫です…!! えっ本当に…!? 来て下さるんですか…!?」
「アハハッ! 面白いこと言うね。紹介してって言ってるんだから行きたいと思ってるに決まってるじゃんっ」
うわわわぁ!!
本当にっ!?
お客さん連れて行ったら皆どんな顔するだろっ!
「じゃあミーティングが終わった後、いい?」
「はいっ!」
今までこんなに嬉しいと感じた事があるだろうかっ!
早くミーティング終わらせて、川野さんをレストランに連れていこうっ!
「いや〜、皆いい写真撮ってるよね〜」
「そうですね。あの技術も羨ましいです」
ミーティングが終わり、私は川野さんを連れていつもの町にやってきた。
「それにしても、ここは良い町だね。この古い街並みを写真に収めたくなる」
「フフッ! そうですよねっ」
川野さんも良い町だって言ってくれたっ。
自分の故郷じゃないのになんか嬉しいなぁ〜っ。
「あっ、あの坂の上にあるレストランですっ」
「へぇ〜っ! あれが! なんか町に合わない外見だねっ!」
うわっバッサリ…!!
「み、見た目も綺麗ですが店内も綺麗で…」
「あれじゃ流行らないのも当然だな」
えっ……?
「………」
「……"何言ってんの"、って顔してるね」
「…えっ……あの…」
「あのレストラン、外観が町と全く合ってない。内観はいいとしても、普通はせめて外観くらいは町に合わせるもんでしょ」
「それは…」
「町を活性化させたいからって、ただ新しいものを作ればいいだけじゃない」
「………」
「麻理ちゃんの写真、ずっと見てきたし、どんなに良いレストランかは分かってるよ。でも、あまりに町と雰囲気が違い過ぎる」
「でも店員になった2人は…」
「麻理ちゃんの写真のファンだから来てくれたんでしょ? 君がいなかったらあのレストランは1人も客なんか…」
「違います…!」
「現に今、そうでしょ?」
「…!」
川野さんの言ってる事は…、自惚れかもしれないし悔しいけど…、あってる…。
私があのレストランに行ったのは偶然だったけれど…、マサキさんやハヤトさんが来たのは…私のブログを見たから…。
「オレもその1人だよね?」
「………」
「アハハッ! やだな〜。そんな怖い顔しないでよ」
「……すみません…」
「言いすぎたかな?」
「いえ…合ってます…」
川野さんって、見た目ちょっとチャラいし、言葉はキツいけど、かなりまともな意見を言っている。
「さ、早く連れてってよ。オレお腹すいてるんだよね」
「あ、はい…」
川野さんって、言葉当たりを直したらいい人なのにな〜…。
でも思った事を素直に言えるから社長さんになれたのかも…。
「こんにちはー」
そんなこんなで私は川野さんを連れてレストランに入った。
「…………へ?」
「麻理さん? 何でそっちから?」
皆ホールでいつもみたいにくつろいでいたようだ。
「あれ? やってないんですか?」
そう言って川野さんが扉から顔を出すと…、
「うわわわぁぁぁ!? お客様だぁぁぁ!?」
「いいいいらっしゃいませ!?」
「こら! お前ら取り乱すな!!」
突然の来客にマサキさんとハヤトさんがテンパりだした。
「すみませんお客様。店員が失礼をいたしました。すぐ席にご案内いたします」
隆介さんが厨房から落ち着いた足取りで出て来た。
私が来た時のようなオーナーらしい接客。
やっぱ格好良いなぁ…。
「たるんでるね」
「すみません。何せあまり人が来ないものでして」
「"あまり"、ですか?」
「察しの通り、と言えばあっていますかね。どうぞお客様、こちらの席へ」
「ありがとう」
隆介さん凄い…。
川野さんのキツい言葉をもろともしてないよ…。
てゆうか、なんか川野さんの言葉にいつもよりトゲがあった気が…。
「アイツすげぇな…」
あ、涼介さんも思ったんだ。
「麻理さん。どうぞこちらへ」
「え? ……あ、そっか」
私今、お客なんだ。
「麻理さん、デートっスか?」
「は!?」
「マサキ! そういう事は聞いたらダメでしょうが!」
「いえ!! 違いますよ!?」
「違ったんだ…」
「え?」
「いえ、何も」
「麻理ちゃん。バッサリ言い切っちゃうんだね」
「はい!?」
何で川野さんとそう見えちゃってるの!?
んで川野さんも何言ってるの!?
「川野さんはただの先輩です!」
「え〜そうなの?」
「川野さん! 悪ノリしないで下さい!」
ここにきて陽気な面を出さないで下さいよ!!
「麻理さん必死っスね」
「えっ…!?」
「マサキ」
「ん?」
「貴方の鈍感さには呆れますよ」
「何の事っスか?」
………必死…だったね…そういえば…。
………あ!
思わず必死に弁解しちゃったけどこれってなんか川野さんとフラグ立ってない!?
嫌だよ!?
川野さん今年で32だよ!?
5つも離れてるよ!?
「あの皆さん!! 本当に違いますからね!!」
「そんな必死に否定しなくても大丈夫だよ。オレも麻理ちゃんのことそんな風に思ってないしっ」
「当たり前です!!」
「ご注文決まりましたか?」
隆介さん!
マイペース過ぎです!
こんなにずっと話してたのに決まってる訳ないでしょう!
「じゃあ、このきのこパスタで。あと、コーヒー」
決まってるんかい!!
「かしこまりました。麻理さんは何にしますか?」
「え? ………うーん…」
普段働いていた分、お客として来るのはかなり違和感…。
「えっと…じゃあドリアで…」
「かしこまりました。では、ごゆっくりどうぞ」
注文をとった隆介さんはすぐに厨房に入っていった。
…なんかこの光景…懐かしい感じがする…。
「お冷やっス」
「ありがとうございます」
水をテーブルに置いたマサキさんを川野さんは目を鋭くして見ていた。
「君は言葉使いがなってないね」
「そ、そうっスか…?」
「まず、"っス"て言うのをやめたら?」
「えっ、えと…」
「"お冷やです"。はい」
「お冷や…でっス…」
「接客する気ある?」
「すみません…っス…あっ」
「それ、直しな」
「………っはい…」
うわわわわ…。
マサキさん泣きそうだよ…。
川野さん言葉キツいよ…。
「あの…川野さん…」
「あとそこのメガネくん」
話聞かねぇ!!
「あっ、はい…」
「もっと笑った方がいい」
「え?」
「愛想が悪いって言ってんの」
「は、はい…すみません…」
「川野さん…もうその辺で…」
「そこのネクタイくんもね」
「えっ…あ…はい…」
「川野さん!」
大声で呼び掛けると、川野さんの口はようやく止まった。
「オレは彼らの為に指摘してあげてるんだよ? いじめてるわけじゃない」
「だとしても言葉がキツすぎだと思います。普段はそんなに強くないじゃないですか」
「ここの店員がたるみすぎなんだよ」
「皆頑張っています」
「頑張ってる、ね」
川野さんが言わんとしてることは分かる。
けど、
「川野さんだって、頑張ったから社長さんになったんでしょう?」
「うん。まぁね。でも、オレの頑張りと、彼らの頑張りは違う」
「ちょっと川野さん…!」
「オレはちゃんと実績を持って頑張った。けど彼らは…」
「実績、ありますよ」
「!」
私と川野さんの口論が激しくなりそうだったその時、パスタとドリアを持った隆介さんが口論に割って入ってきた。
「お待たせいたしました」
「…実績、何があるんですか?」
「僕はちゃんと専門学校にも通っていましたし、様々なレストランで修行だってしました」
「へぇ。それが結果に繋がってないのは残念ですね」
川野さんが嫌味のように目を細めて含み笑いをする。
「本当にそう思います」
そんな川野さんに真剣とも取れる微笑みを見せる隆介さん。
「でも、このレストランは始まったばかりです。結果が出せていないのはそのためです」
「言い訳でしょう? 彼女がいなかったら客なんて来なかったんじゃないですか?」
「いえ。麻理さんが来てくれたから、このレストランは始まったんです」
そう言われた川野さんは少し驚いたかのような顔をした。
言葉で押す川野さんに対して、隆介さんは雰囲気で押している。
敬語で威圧する隆介さんは涼介さんより恐い。
隆介さんを取り巻く雰囲気も強いけれど、でも、優しい。
「では、ごゆっくりと召し上がって下さい。コーヒーは食後の方がよろしかったですか?」
「……ええ」
不思議な雰囲気の口論が終わり、隆介さんは皆を連れて厨房へ戻っていった。
「……彼は、あれだね」
「えっ、あ、はい…?」
皆がいなくなると川野さんが静かに口を開いた。
「優しくて良い人だ。よく気が付くし」
「はい。良い人です」
「……ちょっと見直した」
「え?」
「こんな流行らないようなレストランのオーナーはどんな性格だろうと思ってた。どうせテキトーな性格なんだろう、とか思ってた。でも、全然違ったよ。しっかりしてる」
「見た目や普段はふわふわしていますよ、隆介さん。でもレストランや町が関わると人が変わったかのようになります」
「本当にね。写真で見てたらアホっぽそうだったのに」
「ちょっと川野さん!」
「でもいいんじゃない?」
「はい?」
「彼、良いオーナーになれる。このレストランもいつか多くのお客が来るよ。このオレが言ってんだから、絶対ね」
それから川野さんは、隆介さんに色々試していたと話してくれた。
隆介さんに挑発したのは、お客とケンカになったらどう対処するのか、を見ていたんだそう。
「理想よりいい対処方だった。料理も美味しいし」
満足そうな笑顔でパスタを食べる川野さん。
どうやらこのレストランを気に入ってくれたようだっ。
「また来たいな、ここ」
「えっ本当ですか!?」
私が驚いて返すと、
「今度来る時は友達を連れて来るよ。友達にも紹介したい」
嬉しそうに笑ってくれた。
「最初は厳しく言い過ぎた。ごめんね」
「い、いえっ…」
「この内装、実は結構好み。まぁ外観の件はまだ認めないけどね」
厳しい事ばかり言う川野さんだけれど、料理と内装を褒めてもらった上に、今度は友達を連れて来てくれるとも言ってくれた。
こんなに喜ばしいことはない!
「ありがとうございますっ!」
実は、私と川野さんが話している声は厨房に聞こえていたらしく、話は全て皆に聞かれていた。
この話を聞いていた時、隆介さんがどんな顔をしていたのかを聞いたのは翌日の朝のことだった。




