真夜中の冒険
「お願いっ! お願いします! レミじぃ、じゃなかった偉大なる精霊たちの中の長老、大精霊レミ様。どうか哀れなカエルの私めにご慈悲を」
「ふんだ! もうラナの事なんかわし、知らんもんね」
先ほど丸呑みしたことを根に持っているのか、レミじぃはソッポを向いたままだ。
「おじいちゃん。わたしからもお願い。このままじゃラナが可哀想よ」
ミーファが一生懸命取り成してくれるけど、レミじぃはこちらに視線をやりもしない。
まぁ、そんなミーファもある一定以上の距離からこちらに近寄って来ないんだけどね。
「もしも私が無事に戻れたら、黄金蜂の蜂蜜飴を三百個プレゼントするわ!」
精霊たちの大好物で釣ってみるが、レミじぃは反応を示さない。
「さらに、黄金蜂の蜂蜜ケーキ百個もつける」
これまで微動だにしなかったレミじぃの肩がぴくりと動いた。これはいけるか。
「あと、黄金蜂のローヤルゼリーを十瓶」
「その取引乗ったぁぁぁぁ!」
黄金蜂というだけでも希少価値が高いのに、その蜂蜜どころかローヤルゼリーまで付けるとあっては、レミじぃの理性はあっという間に崩壊した。
ふっ。チョロい。
そう、これは千載一遇のチャンスだった。
兄と殿下は不在。そして、姿を現した強力な加護精霊たち。
兄にバレることなくカエルの呪いの解除方法を探るなら今しかない。
レミじぃの魔法で殿下の部屋の外に転移する。
あまり魔力を沢山放出してしまうと、兄が賊を捕らえるために張り巡らせた魔法陣が発動してしまうため、あえて短い距離にしてもらった。
私たちは夜陰に紛れて移動した。
レミじぃとミーファは宙を飛び、飛べない私はミーファの出してくれた虹色の蝶に乗って移動する。
壁に等間隔に飾られた石像が、遠心力とともに高速で後ろに流れていく。振り落とされないよう、掴まりつつも、小さくなったカエルの身体で七色に煌めく蝶の背に乗り、王宮の広大な廊下を飛ぶのはなかなかの冒険だった。
カエルになって良かったとは全く思わないが、私は久しぶりの爽快感を味わっていた。
やがて、我がフォルティス侯爵家の花である、カモミーユに植物の蔦が幾筋も絡まった意匠のレリーフが施された扉の前に到着した。
そう。兄の部屋である。
「兄さんのことだから、扉に七面倒臭い小細工を仕掛けてるんじゃないかしら。レミじぃ破れる?」
レミじぃはふぁさっとカッコつけて白髭を靡かせた。
「ふん! わしを誰だと思うておる。青臭小童のかけた魔術を破るなんぞ児戯に等しいわ! 見ておれ! うりゃっ」
パリーン、というガラスが割れるような破裂音とともに、キラキラと光る何かの破片が飛び散り消えて行く。
「わー! すごいすごい〜! さすがおじいちゃん!」
「レミじぃすごい! かっこいい! いよっ天才!」
「ふっ。わしにかかれば小僧の結界なんぞ朝飯前じゃ! えっへん」
大袈裟に褒め称えると、小さな胸を大きく反らし、ドヤ顔でポーズを取るレミじぃ。
なんてチョロい。
変人で行動と思考が全く予測出来ない兄に比べ、御し易くて助かる。
「では参ろうか」
精霊たちの中の長老らしく重々しく告げたレミじぃは、ゆっくり歩を進め扉に近付きそして。
ばちん、という音と共にネズミ捕りの罠に挟まった。
「あ………」
「えっと。おじいちゃん?」
「ひぃ〜〜! お助けー!」
結局、レミじぃ救出にかなりの時間を費やしてしまった。
この事故でひとつ分かったことがある。
カエルの手は細かい作業をするのに向いていない、ということだ。
またネズミ捕りの罠を外すのに魔術は全くの無力だった。
カエルな私は役立たずで、非力なミーファ一人を頑張らせてしまった。
私のために骨を折ってもらっているのに、レミじぃとミーファには苦労をかけてしまい、面目次第もない。
この数時間でげっそりとしてしまったレミじぃ、罠を外すために体力を使い果たしてぐったりしているミーファとともに、兄の部屋に転移魔法で侵入する。
「さて、目的の書物はどこにあるのやら」
「目的物捜索魔法はミーファが十八番じゃ」
「ミーファ様。お疲れの所申し訳ないのですが、サーチの魔法を使っていただきたく………って、ミーファさん? おーい、ミーファ先生〜」
ミーファはとろんとした瞳である物を見つめていた。私の声にも全く反応しない。何だろう。嫌な予感がする。
ミーファがこういう顔をした後、彼女は必ず暴走する。そしてその被害を被るのは大抵私である。
彼女の視線の先にあるのは。青い上衣を纏った銀髪の美青年の肖像。あれは殿下の肖像画だ。まさかとは思うがミーファは殿下に………。
「ラーナー! ねぇねぇねぇ! この超絶素敵なお方は誰?!」
次の瞬間、私はミーファに飛びつかれ、頭を掴んで強烈にシェイクされた。
「ち、ちょっと! ミーファちゃん、これ以上揺さぶられるとっ脳みそが溶けちゃうっ」
「元々、大したことない脳みそなんだからいいでしょっ」
「こら〜!」
しかし、カエルが苦手だから触れないとか言う話はどこへいった。何とかミーファの手から逃れ、居住まいを正して説明する。
「あの肖像画の方は第百八王子のリュヌ殿下。兄さんの主にあたるお方よ。あと、私は殿下の婚約者候補らしい」
「なんですって!? こんな麗しい方と婚約だなんてラナずるいわ。わたしと代わって!! いいえ、こうなったら実力行使よ。ラナを倒してわたしが代わりに王子と婚約する!」
「待ってミーファさん! その発想おかしいからっ。私を倒しても殿下の婚約者にはなれないから! って、やめてっ来ないで」
「大丈夫。わたしとあなたの仲だもの。痛い思いはさせないわ。一思いにヤッてあげるから!」
「いやー! ミーファさん目が本気だから! ひぃっ。ヤられるー」
殺気だったミーファに襲い掛かられて、私は正直に答えたことを後悔した。
孫のあまりの勢いに、レミじぃが止めに入ってくれなかったら、本当に倒されそうな本気具合だった。
全く。
加護精霊が守護の対象である人間を排除しようとするなんて前代未聞な話だ。