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カエルの王子様と私  作者: 合歓 音子
目覚めたらカエル編
3/7

彼の名前

カエルは生き餌を食らう。


カエルは生き餌を捕獲し食す。


大事なことなので二度言いました。



絶対にあんなもの口にしないと誓ったのに!

あんなものを口にするぐらいなら水と花の蜜だけで生き延びてやると誓ったのに!


私としたことが!!


「ほらほらラナちゃん。活きのいいキンバエだよ」


来た!

目の前でキンバエを散らつかされた私は、驚異のスピードで獲物に飛びかかり、あっという間に舌でそれを絡め取って呑み込んだ。


「さすが生粋のハンターだね。惚れ惚れするよ」


兄の賛辞が耳に痛い。彼は嫌味でなく本気で褒めているので、手に負えないのだ。


ああ………。もうあんなものを口にしないと誓ったのに、また食べてしまった。


滂沱ぼうだ

涙を流し私は突っ伏した。

気分は悲劇のヒロインだが、絵面がカエルなため、間抜け以外のなにものでもない。



キンバエを食すヒロイン。

最悪だ。

人としてのアイデンティティがみるみるうちに崩壊していく。


「そっちの銀色君も食べなさい。ほら」


銀色君と兄が呼ぶのは、無愛想で無口な銀色のカエルだ。

私は単なるアマガエルだが、銀というリュヌ殿下と同じカラーリングに、そこはかとなく漂う気品。

この銀色君はとても私と同じカエルとは思えない。


無表情のまま、銀色君はキンバエを呑み込む。

殿下の部屋の水槽に同居するようになって、はや一週間。

しかし私は銀色君が喋るのを聞いたこともなければ、笑ったり鳴いたりするのすら聞いたことがない。


植木鉢のポトスの茂みを根城にし、その中に籠城していて、こうして餌やりの時間のみ出てくるのだ。




兄の魔法実験により生み出された、人間レベルの知能を持ち、人語を操る奇跡のカエル。


兄は私の存在を殿下にそう説明した。


カエルの生態を研究している殿下は、国内のみならず国外から集めた100種類以上のカエルを飼育している。

カエル飼育部屋には、何百とカエルの入った水槽がある。

兄の部下である精鋭の魔術師達が飼育部屋に配置され、日夜交代で魔法をかけて水槽の中の温度や湿度をそのカエルに適した数値に保っているらしい。

なんたる魔力と才能の無駄遣い。


「ラナはとても賢いカエルです。知能のないカエルだらけの飼育部屋に入れたら、精神を病んで死んでしまいます」


私がカエル飼育部屋に放り込まれないように兄が予防線を張ったおかげで、私は銀色君と一緒に殿下の私室に置いてもらえることとなった。

ものすごいVIP待遇だ。




私がここで暮らすようになって、気になっていることがいくつかある。


一つ目は銀色君の名前についてだ。


カエル好きを公言するだけあって、リュヌ殿下はそれはそれは私達カエルに優しく接して下さるが、銀色君には何と名前がないのだ。


カエルフリーク。カエルマニア。カエル狂。

呼び名は何でもいいが、そんな人間が自分のお気に入りのカエルに名前をつけない。

そんなおかしな事があるだろうか。


可哀想なので名前をつけてあげて、と懇願したら、逆に"ラナがつけるといい"と言われてしまった。


「私がですか!? それはやめた方が」


幼い頃、飼っていた珍しい熱帯魚に"土左衛門(どざえもん)"と名付けたり、番犬代わりに庭に放し飼いにしていた狼犬に"木偶の坊(でくのぼう)"と名付けて家族から大ひんしゅくを買っていたのだ。


勝手に名前を考えるのも申し訳ないし、ネーミングセンスのなさには定評がある私なので、一応お伺いをたててみる。


「銀色君。名前はある? 私達になんて呼んで欲しい?」


しばらく待ってみたが、予想通り答えは返ってこなかった。

仕方なく私はない知恵を振り絞った。

殿下と同じ色を持ち、カエルなのに高貴な空気を纏っている。それなら。


小さな殿下(プティ・リュヌ)という名前はいかがでしょうか? 」


考えに考えた末、そう提案すると、リュヌ殿下は一瞬、虚を突かれたような表情をする。

ポトスが小さく揺れて、姿こそ現さないものの、草の影から注がれる銀色君の視線を感じた。


「愛らしい名前だね」


少しの沈黙の後、微笑して殿下はそう仰られる。


「プティ・リュヌだと長いから縮めてプティと呼ぶことにしよう」

「まぁ可愛らしい。賛成です」


吸盤のついた手を叩いて、賛同した途端、銀色の影が視界の隅で跳ねた。


『ちょっと待って』


「おや、プティじゃないか。餌やりの時間じゃないのに姿を現すとは珍しい」


殿下が感心したように声を上げる。


彼は不服げに両頬を膨らませながら、私の前に着地する。

私はというと、銀色君が喋るのを初めて聞いたため、しばし呆然としていた。


『男の僕がまるで女の子のようにプティと呼ばれるなどゾッとする。もっと違う名前で呼んでくれ』


彼は憤懣やるかたない、といった風情で私に訴えてきた。これまでの無表情さが嘘のようだ。


「プティはなんて言っているの?」


カエルの言葉が分からない殿下は興味深けだ。


「プティと呼ばれるのは嫌だと言っています」


殿下に短く銀色君の意向を伝えた後、私は彼の方を向く。


「だって、あなた。さっき私が聞いた時は無視したじゃない。今さら異議申し立てをするなんておかしいわ」


彼はぐっと言葉に詰まり、渋々といった体で頭を下げた。


『それは僕が悪かった。謝るからプティだけは勘弁してくれ』

「分かったわ。じゃあ、代わりになんて呼ばれたいのか教えて?」


"アルジェントと呼んで欲しい"

熟考したのち、彼はこう答えた。


殿下に彼の考えた名前を伝えたところ、じゃあ縮めて"アルちゃん"にしようか、と冗談なのか本気なのか分からない事を言われ、再び頬を膨らませたアルジェントに抗議される。


私を間に挟んだ話し合い?の結果、彼のことは略さずにアルジェントと呼ぶことになった。


でも反応が面白いので、たまにアルちゃんとかプティと呼んでからかってみようと思う。



名付けの一件以来、アルジェントは私と話をしてくれるようになった。

とは言っても、こちらの呼びかけをスルーされる時も多々あるし、喋っても一言二言の単語だけだったりで、完璧なコミニュケーションとはいかないのだが。


存在ごと無視されていたはじめの頃に比べればかなりの進歩だろう。



気になること二つ目は、殿下の女性嫌悪についてだ。


女性に対し強い拒絶反応を起こす殿下の周囲には、徹底して異性の影がない。

普通であれば侍女が身の周りのお世話や部屋の掃除等を行うが、殿下には侍従が侍りそういった雑用を行っている。


殿下はカエルには優しくして下さるので、彼が女性嫌いであるということを半分忘れかけていた。


そんな中私は、殿下が女性に対して嫌悪を抱いていることを思い知らされる場面に出くわしたのだった。




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